六、論理くん、期末テストを受ける
もうすぐテストだ。論理くんと私は、毎日勉強をしてがんばっていた。
「はあーあ、疲れたー。ちょっと休憩」
私の家で勉強中。私は勉強をやめて、腕を伸ばした。
「論理くんも休憩しない?ねね、面白い漫画があるんだよ。読まない?」
私は本棚から、一冊漫画を取り出した。
「これなんだけど」
論理くんも勉強をやめて、私のほうへ来てくれた。私は、漫画を読み始める。
「…池田さん、ちょっと後ろから見てていい?」
「うん、いいよー」
論理くんは、私の斜め後ろに体を移した。この漫画は恋愛漫画なんだけど、ハラハラするシーンとかがあって結構面白いんだよね。と、思いながら読み進めていく。と、うなじの近くに何か気配を感じた。振り向くと、論理くんの顔がすぐ近くにあって、ドキッとした。
「ろ、論理くん、近い近い!どこ見てるの⁉︎」
私は慌てて論理くんを離した。
「えー、池田さん、もう一回…え…漫画見せて」
「う、うん」
私は、また漫画を読み始めた。でも論理くんが気になる。また、うなじに気配を感じる。論理くんは、漫画じゃなくて私のうなじを見てる⁉︎そのとき、うなじに風を感じた。
「ひゃあっ!」
私は飛びのいた。論理くんが、やっちまったというような表情で座っている。
「論理くん何するの」
「ご、ごめん…。池田さんの襟足とうなじ見てたら…興奮してきて…つい、鼻息が…ごめん」
真剣に謝っている論理くんだけど、私は笑ってしまった。
「あはは!論理くん、よっぽど好きなんだね!うなじ!」
論理くんが顔を上げた。
「うん…。襟足も好きだよ。おかっぱのかっちりと揃った襟足に、惹かれるんだ」
論理くんは、恍惚とした表情で答えた。
「おかっぱに?」
「うん。おかっぱに惹かれる。池田さんの、かっちりと揃ったおかっぱ見てると、…まあ、いろんなことを思ったりするよ」
「へえ~」
私は、論理くんの秘密が知れた気分になって、嬉しかった。
いよいよ明日からテスト期間が始まる。今日は、論理くんと二人きりで勉強する最後の日だ。私は、もう論理くんと二人きりで下校したり、勉強できないのかと思ったら、少し寂しくなった。
「ねえねえ、論理くん。論理くんは、夏休みどこか行くの?」
私は鉛筆を止めて、論理くんに聞いた。テストが終わるともうすぐ夏休みだ。
「うーん、どうだろう。まだわからない」
「そっかあ、私はどうだろ。夏だから、海とかプールとか行きたいな」
論理くんと。
「そうだね」
論理くんは、夏休み、私と会ってくれるかな…。夏休みは長い。その間、一日も論理くんと会えないなんて、寂しすぎる。
「…論理くんは、休みの日はどうやって過ごしてるの?」
「好きな本を読んだり、漫画を読んだりして過ごしてる」
「へえー」
「あと、電車に乗ったりして旅をするのが好きだから、夏休みに行きたいけど、勉強しないと、あいつ…お袋が許さないかもな」
「そうなんだ…お母さん、厳しいんだね」
「なんせ俺を明立に死んでも入れたいらしいから」
「明立って結構難しいよね」
「うん」
明立かぁ…。論理くんが行くなら、私も行きたい…。と考えている自分がいる。
「…旅行、行きたいな」
論理くんが、本当に行きたそうにつぶやいた。
「お母さんの目を盗んで行くことはできないの?」
「無理だよ。あいつ、動けないけど、俺…逆らえないし…」
「論理くんがどうしても行きたいって言えばどう?」
「無理。話し合いができる相手じゃない」
「うーん、困ったねぇ」
私は体を反らして、天井を見ながらしばし考えた。勉強…旅行…電車…勉強…旅行…電車…あ!
「いいこと思いついた!」
私は、論理くんの顔を見る。
「図書館旅行っていうのはどう⁉︎図書館を旅行するの!」
その私の言葉に、論理くんは目を瞬かせた。
「図書館旅行?」
私は勢いこんで、「すはあああっ」と息を吸い込んだ。
「うん!この街近辺の図書館に行って、図書館で勉強するの!そうしたら、電車やバスにも乗れるし、ちょっとした小旅行気分を味わえるでしょ?勉強という面では、図書館で勉強すれば、気分が変わって能率も上がるし!どうかな⁉︎」
私は、自分で言うのもなんだけど、結構いいアイデアなんじゃないかと思った。
「うん…いいかもしれない…!」
論理くんは、少し笑ってくれた。
「でしょ!お母さんに相談してみて!」
「うん」
論理くんと私は、笑い合った。
「明日からのテスト、お互いがんばろうね」
「うん」
勉強が終わり、論理くんはもう帰ってしまう。明日から、もう論理くんと二人きりのテスト勉強がなくなるんだと思うと、なんだか気分が沈んだ。
「池田さんと一生懸命勉強したから、良い点取れそうな気がする」
「ありがとう。私もそう思う」
「じゃ、また明日もよろしく」
「え?」
「ん?テスト期間が終わるまで一緒に勉強するでしょ?」
あ、そうか。テスト期間が始まっても、全部のテストが終わるまでは一緒に勉強できるのか。私は、気分がぽっと明るくなった。
「うん!もちろん!明日もよろしくね!」
テスト一日目当日の朝になった。
「論理くん、おはよう!いよいよテストだね!」
「池田さん、おはよう。テストがんばろうね」
私は、論理くんがテストで良い点が取れるようにやろうと思っていたことがあったのだけど、今になって恥ずかしくなってきた。でも、やる!
「…ねえ、論理くん、論理くんって、うなじとおかっぱ好きなんだよね?」
すると論理くんは、驚いた表情を見せた。
「池田さん、いきなり何を言い出すの」
よし、言え、私!
「論理くんがテストで良い点取れるように、私のうなじとおかっぱでよければ、存分に見て!うなじの毛も、昨日ちゃんと剃ったんだよ、ほら!」
私は、めちゃくちゃ恥ずかしかったけれど、ぴっ、と、机に顔を伏せてうなじと襟足を見せた。少し時間が経つ。論理くんは何も言わない。
「あれ?論理くん?嫌だったかな…」
私は、不安になって顔を上げて論理くんを見た。論理くんは、顔を背けた。
「嫌じゃない…。むしろ…よかった…。でも…逆効果だよ…池田さん…」
論理くんは、手をお腹の所の辺りでもじもじとさせていた。
四日間のテストが終わった。中学二年生一学期の期末テスト。私は、なかなか良い点が取れたんじゃないかと、内心喜んでいた。論理くんはどうなんだろう…。論理くんが明立を受けるなら、私も明立を受けたい…。
「論理くん、テストどうだった?」
私は、帰りの支度をしている論理くんに聞いた。
「うーん…あんまりかな…」
論理くんは、浮かない顔をしてそう言った。
「そっかぁ…私と勉強した意味、なかったかな…」
私は、少し残念だった。
「そんなことないよ!よかったよ。今まで一緒に勉強してくれてありがとう」
論理くんは、微笑みながらそう言ってくれた。
「こちらこそありがとう!」
私も、満面の笑みでそう答えた。
「もう、一緒に帰れないね…」
論理くんは、うつむき加減でそう言った。
「えっ」
「俺は部活をしていないから、池田さんを待ってて遅くに帰ると、あいつが不審がる。早く帰らないといけないんだ…」
「あ、そっかぁ…。じゃあ、しかたないね…」
私は、もう論理くんと一緒に帰れないのか…。と、落ち込んだ。
「絶対…」
「え?」
「絶対、また、一緒に帰れるようにするから」
論理くんはそう言って、私を真っ直ぐに見つめた。その目には、固い決意が込められているように見えた。
「う、うん」
心臓が、ドキドキしている。論理くんは、そのまま教室を出て行った。私はその背中を、熱い目で見送った。
週が明け、テストが返却されていった。
私は、二百三十人中四十位、九百点満点中、七百五十六点だった。平均は八十四点だから、中間テストのときとあまり変わらなかった。
「論理くん、成績どうだった?」
論理くんは、浮かない顔をしている。
「池田さんのおかげで上がったけど、明立行くには、まだ遠いな」
「そうなの?ねえねえ、よかったら見せ合いっこしようよ」
「うん、いいよ」
お互いの成績表を交換する。
「わあ、池田さんすごい。池田さんのほうが、明立狙えるじゃん」
「えー、私、一年の三学期のとき、内申点三十七しかなかったもん。明立まだ無理だよ。でも論理くん、国語九十八点ってすごいね!これ学年トップじゃないの?」
「国語だけできたって、他が付いてこないから」
論理くんの成績は、二百三十人中六十八位。九百点満点中、六百七十五点だった。平均は、七十五点だ。確かに、明立はこれでは厳しいかもしれない。
「論理くんのお母さん、絶対明立じゃなきゃだめだって?」
「だめだって」
「そうなんだ…」
ふと、私は気付いて、論理くんに聞いた。
「ねえ論理くん、明立にがんばって受かったとして、そのあとどうするの?何かやりたいことでもあるの?」
論理くんの眉間にしわが寄った。
「あるわけないじゃんそんなの」
「え?」
「あいつは、俺が明立に受かったら、『うちの子は明立に受かったんですのよ』と、世間にほざきたいだけなんだよ。俺が何をしたいかとか、考えてなんかいるもんか!」
そんな親なんているんだ…。と、私は驚いた。
「ねえ!」
論理くんは、気分を変えようとしているのか、急に明るい調子で言った。
「池田さんは、どこ狙ってるの?」
「私…論理くんが明立を狙うなら、私も…って思ってる」
「やめなよ」
悲しそうな顔で、論理くんは言った。論理くん…お母さんの話になると、いつもこの顔をするなぁ。
「俺は明立を無理に受けて、滑って尾州(びしゅう)に行く。俺が失敗したところを見て、あいつ、吠え面かけばいいんだ。だから、池田さんと同じ高校にはいけないと思う」
尾州って…男子校だよね…。私、入れないじゃん…。それに、なんだか論理くん、自分の大切な進路なのに、それを、お母さんを傷つけるためだけに使おうとしてる…。そんなのは悲しい。だから論理くん、そんな悲しい顔をしているのかな…。
「そんなこと言わないで、一緒に同じ高校に行こうよ。そうすれば、明立に受かってお母さんは喜ぶし、私たちは一緒の高校に行けるし、一石二鳥じゃん!」
でも、まだ論理くんは悲しそうな顔をしている。
「池田さん、俺、内申点三十六しかないんだよ。受験までに、あと三も四も上げられないよ」
「じゃあ、また一緒に勉強して、受験までに内申点が上がるようにがんばらない?」
「ありがとう、池田さん…。それじゃあ、また一緒にがんばろう」
でも論理くんの表情は、悲しいままだった。
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