四、論理くん、私のうなじを愛でる

土曜日。今日は私からしてみればデートの日だ!論理くんからしてみれば、ただ遊ぶってだけかもしれないけど…。服、何着ていこうかな。と迷う。そういえばこの前の誕生日のときにおばあちゃんにもらった、このかわいい服にしようかな。なんだか、『Baby, the Stars Shine Bright』っていうブランドの服なんだって。黒いワンピースなんだけど、裾やボディにフリルがたくさん付いていて、前にはバッスルが付いている。セーラーカラーで、後ろはファスナー開き。コスプレみたいな服だけど…かわいいからいいよね。髪の毛も、ヘアブローしてかっちり整えた。よし、これで完成!行ってきます!

「じゃあ、行ってくるね~」

「論理くんと遊ぶんだっけ?行ってらっしゃい、気をつけてね」

お母さんにそう言われ、私の中ではデートなんだけどね!と思った。


十二時五十分に噴水前に着いた。うーん、論理くんどこだろう。まだ来てないかな。と、思っていたら、いた!わあ、緊張する。論理くんの私服姿初めて見たよ。かっこいい…。私の格好見て何か言われるかな…。と、ドキドキしながら論理くんのもとへと歩いて行く。論理くんの近くに来たとき、論理くんも私を見つけたらしく目が合った。私は、恥ずかしげに笑った。

「あはは、論理くん、こんにちは!いつから待ってた?」

論理くんは、なんだか挙動不審に目を動かしていた。

「え、さ、さっき…だよ」

そわそわしながら言う論理くん。私は、どうしたんだろう?と思った。

「どうしたの論理くん、なんかおかしいよ?」

私はそう言って論理くんに近づいた。すると論理くんは一歩下がった。

「論理くん?」

あれ…まさか、私のこの格好が嫌で一緒にいたくないのかな…。私は不安になった。

「…かわいい」

ぽつりと、論理くんは口を開いた。

「え?」

「かわいい!池田さん、その服かわいいよ!」

論理くんは、満面の笑みでそう言い、喜んでくれる。

「あ、そ、そう?確かにかわいいよね!」

そこまで喜ばれるとは思っていなかったから少し驚いたけれど、かわいいって言ってもらえてよかった。と、私も笑った。

「じゃあ、カラオケ行こうか」

「うん」

私と論理くんは、カラオケへ向かった。カラオケへ向かう間、論理くんは歩きながら私をじいっと見てきた。

「あはは、論理くん、なに見てるの~」

私は恥ずかしくなり、論理くんに聞いた。

「え…だって…池田さん、かわいいから…」

ドキッ、心臓が舞う。喜びの舞だ!かわいいなんて…しかも論理くんから言われるなんて…。

「かわいくないよ…。でも、ありがとう」

胸のドキドキがおさまらなかった。


カラオケに着いた。二人だけの密室空間。すぐ横には論理くんがいる。なんだか緊張してきた。論理くんも緊張しているようで、落ち着きがない。

「さ、なに歌おうかな~」

とりあえず、歌う曲を決めなくちゃ。私は、前屈みになってデンモクを操作する。

「あ!」

論理くんが声を出した。私は、論理くんに振り向く。

「どうしたの?」

論理くんは、嬉しそうな表情をしていた。

「池田さん…うなじ、きれいになってる…」

論理くん、気づいてくれたんだ…。私は嬉しくなった。

「あ、うん…。昨日剃ったの。論理くんが、そのほうがきれいだって言うから…」

なんだか恥ずかしい。恥ずかしいよぉ。

「池田さん…よくうなじ見せて」

「うん、いいよ、見て」

私は、ぴっ、と振り向き、論理くんにうなじを見せた。

「池田さん………」

論理くんにうなじを見られて、なんだか恥ずかしくなった。

「自分で剃ったの?」

「うん」

「この傷は?」

「ああ、ちょっと失敗しちゃった。恥ずかしいからあんまり見ないでね」

私、今、論理くんにうなじを見られてる…。なんだか恥ずかしい。しかも、なんか熱い視線がうなじに突き刺さっているような…。

「論理くん、もういい?」

「あっ!あのさ」

論理くんは、思いついたように言った。

「なに?」

「…ちょっと、触ってもいい?」

ドクン。触るって、うなじをだよね?

「あ、うん、いいよ」

私はドキドキしている。論理くんの指が、そろそろと私のうなじを撫でた。

「ひゃっ、くすぐったい」

私は、人にうなじを触られるとくすぐったいということがわかった。それに、今、論理くんが触ってくれてる…。と思うと、体が熱くなった。論理くんの指が、私のうなじから離れた。私は論理くんのほうを向く。論理くんは、茫然となっていた。

「論理くん…うなじ好きなの?」

私は、はにかみながら聞いた。

「うん…」

論理くんは、うつむきながら小さな声でそう言う。

「へえ、そうなんだ!」

「うん。俺は、かっちりと揃えられたおかっぱの下に見える、うなじの毛もきちんと剃られた、剃りたてのうなじがいちばん好き」

論理くんは、嬉しそうにそう話してくれた。

「へえ!なんだかマニアックだね」

「そうかな」

論理くんの嬉しそうな顔が見られて、なんだか私も嬉しくなった。胸がときめいてくる。この瞬間を残しておきたくなった。

「ねえ、論理くん。よかったらでいいんだけど、二人で写真撮らない?」

「え、写真?俺と?」

論理くんの頬が、さーっと赤く染まる。

「うん、論理くんと。せっかくこうやってカラオケに来て仲良く過ごしてるんだし、記念に画像残しておきたいと思って」

「わ、わかった。ありがとう」

ちょっとドキマギした感じで、論理くんはそう応えてくれる。私はそんな論理くんに少し近づくと、スマホをかまえた。画面に論理くんと私が映る。変な顔してるよ、私。それに論理くんも表情が固い。

「あはは、ちょっと緊張するね」

「うん。俺、写真撮られるのなんてめったにないから」

ちょっと突っ込んだことを聞いてみよう。

「論理くんって、女の子と撮ったことある?」

「え、ないない。一度もないよそんなこと」

私は少し嬉しくなった。論理くんの生まれて初めての女の子とのツーショットが、私なんだ。

「じゃあ、私が最初なんだね。嬉しい」

「ああ、俺も嬉しいよ。池田さんと写真撮れるなんて」

画面の中の私、思わずにやけてるよぉ。論理くんも心なしか表情を和らげてくれたみたい。

「じゃ、じゃあ撮るよ〜!」

「う、うん」

私は画面の中の、白いボタンに手を持っていく。そして、シャッターを切った。やった!論理くんとのツーショットゲット!

「ありがとう論理くん!ラインで送るね」

私は画像をラインで論理くんに送った。論理くんがスマホをのぞき込む。

「池田さん。俺と写真撮ってくれたんだね、ありがとう。この画像、大事にするよ!」

論理くん、心の底から嬉しそうな顔をしてそう言ってくれた。ちょっと恥ずかしくて、私は顔をそむけた。

「ささ、歌おう!なに歌う?どっちから歌う?」

「あ、じゃあ、池田さんから」

「わかった!リクエストはある?」

私がそう聞くと、論理くんはデンモクをポンポンと指で突き、ある画面を出した。

「これが…聞きたい」

論理くんは指を差しながらそう言った。デンモクを見てみると、『春に』だった。

「『春に』が聞きたいの?」

「うん」

『春に』は、私たちが中学一年生のときに歌った合唱曲だ。カラオケにまで来て合唱曲とは…。と思ったけど、論理くんのリクエストに応えて、私は歌おう。

「じゃあ、歌うね」

「あ、あのさ…。前に立って歌ってくれないかな…」

「え?まあいいよ」

前に立って歌うと、論理くんの目の前で歌うことになる。恥ずかしい。でも、論理くんの要望に応えたい。

「じゃ、歌うね」

イントロが流れる。さあ、歌うぞ!思いきり息を吸い込む私。「すはあああっ」と、私のブレス音。お腹が、ぐうっとふくらむ。そして大きな口を開けて、真剣に歌う。音程は合っているかな、ここは少し息が続いたな、ここは息が続かなかったな、ここは結構いい音が出たな、ここはイマイチだったな、など、歌っている間に、頭の中がめまぐるしく回転していく。そして、論理くんの前で歌うの恥ずかしいな、論理くん聞いてるかな、論理くんに聞いてもらいたいな…。頭の隅で、論理くんのことを考えていた。そして、『春に』が終わった。

「はい、終わりです、うふふっ」

私は照れてはにかんだ。論理くんは目を見開いて、呆然としている。

「論理くん?」

「あ、ああ、ありがとう」

論理くんは、私の勘違いだろうか、顔を真っ赤に染めていた。

「どうだった?私の歌…論理くんの前で歌うの、ちょっと恥ずかしかった」

私は体をくねらせて論理くんを見つめた。

「池田さんのソプラノ…すごくきれいだった。あと、お腹が大きく動いてたし…。やっぱり肩はあまり上がらないね…。あと、近くで見られたから、舌の動きがよくわかってよかった…。あと、やっぱりブレス音が池田さん独特の音がして…」

論理くんは、長々と感想を言ってくれる。お腹も、肩も、舌の動きやブレス音まで、みんな感じてくれてるんだね…。嬉しい。がんばって歌ってよかった!

「池田さんは、普段の声はアルトだよね。でも、歌うとソプラノになる。その落差がいい」

論理くんは、嬉々として語ってくれる。

「あはは。私、話し声低いからね。まあ、聞いてくれてありがとう」

私は、にっこり笑った。

それから、お互い何曲か歌った。論理くんは、まあまあ歌が上手で、すごくかっこよく見えた。私は、論理くんに合唱曲ばかりリクエストされたので、合唱曲を歌い続けた。私が歌い終えると、論理くんは毎回、顔を真っ赤にしてくれていた。


「今日はありがとう!すごく楽しかった!」

帰り道で私がそう言うと、論理くんは、赤い顔をほころばせた。

「俺も、今日はすごく楽しかった。幸せだった」

論理くんは、しみじみとそう言ってくれた。幸せ…。論理くん、私といて幸せだと思ってくれたんだ…。嬉しいよぉ。

「私も、幸せだったよ…」

夕日が、論理くんと私を照らしていた。


『えーっ!論理とカラオケ行ったのー⁉︎』

その夜の優衣とのライン通話。私が今日のことを話すと、優衣は電話口で大きな声を上げた。うるさい。

『ぶんちゃん、それってもう、デートじゃん』

「あはは〜。いやいや、遊びに行っただけだって」

私は照れながらそう応える。私の中ではしっかり、デートということになってるんだけど。

『それでぶんちゃん!論理に変なことされなかった⁉︎胸触られるとか!』

「やだよぉ優衣、そんなことあるわけないじゃーん」

でも、そういえば。

「あ、うなじは触られたよ」

『えぇ〜⁉︎うなじ?論理のやつ…ほんっとに変態なんだから!触るトコが違うっつの!』

「変態なんて言わないであげてよー。論理くん、私のこと熱く見つめてくれて、嬉しかった…」

私のうなじにそそがれた、論理くんの熱い視線を思い出す。

『はいはい。そこまでするなら、もう早く付き合っちゃいなさいよ。両思い確定でしょ』

付き合う…。でも、もし、論理くんが私のこと好きじゃなかったら…。って考えると、やっぱり怖い。

「優衣…。やっぱり、両思いだって思う?」

『もちろんそうでしょ。優衣さまの予想は、天気予報より当たるわよ』

「…それ、あてになるのかならないのかわからないよぉ」

それからも優衣は、盛んに『もう付き合っちゃえ!』と勧めてくれた。でも、今ひとつ踏ん切りがつかない。それは確かに、論理くんの今日の熱い顔を見ていたら、私も変な期待はする。でも、どうしても自信が持てない。どうしたらいいんだろう…。今日撮った、論理くんとのツーショットを見つめる。論理くん…好きだよぉ。


「ぶんちゃんったら、論理と二人きりでカラオケ行ったんだよねぇー!」

月曜日。優衣が、教室中に響き渡るくらいの声でそう言った。

「静かに!…うん、ね、論理くん」

私は、隣の論理くんに話しかけた。

「池田さん…すごく歌うまいんだよ…」

「知ってるわ!同じ合唱部員なんだから!」

優衣は、はぁ、と溜息をついた。

「論理あんた…。一体ぶんちゃんのこと、どう思ってんの!」

優衣!なに聞いてるの!気になるけど…。

「…ブレス音が」

え?論理くんは、よく意味のわからないことを、ぽつりと言った。

「なに?ブレス音?が、どうかしたのか?」

沢田くんまでやってきた。

「い、いや…なんでもない」

論理くんは、うつむいてしまった。

「もうデートまでしたなら、お前たち付き合っちゃえよ」

沢田くんが爽やかに言った。沢田くんまでそんなことを言う!

「ほんと、付き合いなさい!」

優衣が何故か命令する。それができたら苦労しないよ…。

「あはは…。困ったね、論理くん」

私は論理くんの反応が知りたくて、論理くんに話を振った。

「あああうううう…」

論理くんは、困ったような唸り声を上げて机に顔を突っ伏した。

「論理くん?どうしたの?」

私が話しかけても、ずっと唸っている。

「論理、お前ちょっと立ってみろ」

沢田くんが、変なことを論理くんに言う。沢田くんの顔はにやにやと笑っていた。論理くんは、顔を上げた。

「え、なんで」

「いいから、立ってみろ、立てないのか?それとももう…」

「あ!いや!た、立てるよ」

論理くんは、立ち上がった。

「あはははははは!」

沢田くんは、大笑いした。論理くんは、沢田くんから顔を背けている。優衣と私は、意味がわからずポカンとして見ていた。

「ポケットに入れてる手を出してみろ」

沢田くんが、また笑いながら言う。ポケット?論理くんは、確かにポケットに手を入れているけれど…ポケットに何か入ってるのかな?

「嫌だ」

「出してみろって」

論理くんは、片方の、ポケットに入れてない手で、『ごめん』のポーズをした。

「沢田、勘弁してくれ」

論理くんがそう言うと、沢田くんはまた大笑いした。

「あははははは!論理、なに立ってんだよ!」

そう言い、また沢田くんは爆笑した。論理くんは、顔を真っ赤にして沢田くんを睨んでいた。なに立ってんだよって、沢田くんが立てって言ったのにな?何がおかしいんだろう?

「論理の変態!スケベ!バカ!」

優衣は、論理くんを罵り、去って行った。ん?優衣はわかったの?私は、最後まで訳がわからなかった。

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