2:田舎者
「こ、ここが王都リノベクト……」
田舎者丸出しな言葉を口にしたのはナクトだったが両隣りの二人も同じことを思っていただろう。
馬小屋や小さな民家がポツポツと建っているだけの農村から今まで出たことがなかった三人にとって、この光景はめくらになるほど眩しすぎた。
街並に目を奪われていたその時。
「ッ……!」
突然ナクトが胸元を握りしめ
「どうした!? ナクト!」
「ナクト大丈夫!?」
ジーンとクロエが歯を食いしばり悶絶するナクトの元へ駆け寄る。
「…急に胸を刃物か何かで切りつけられたような」
「き、切りつけられた!? ちょっと見せてみろ!」
ジーンはナクトの胸元を見たが出血も無ければ着ている服に傷一つついていなかった。
「傷は無いみたいだ……、でもとりあえずどこかで休もう!」
「ジーンの言う通り休んだ方がいいわ、ナクト」
クロエは屈みナクトを支え、ジーンは立上り周りに宿屋がないか見渡した。
しかし到着したばかりの初めての街で宿屋を探し出すのは不可能だった。
「……もう大丈夫……だよ。休んでいたら入学式に送れちゃう」
「そんなのどうでもいいだろ、はやく……」
「行こう」
「そんなわけにはいかねえだろ!」
「行くよ、ジーン」
「……ナクト」
ナクトは苦痛に耐えながらも心配そうに声をかけるジーンの声を落ち着いた口調で振り払った。
ジーンはナクトが見かけによらず人一倍頑固な男だということを知っていた。
「……分かった。行くぞ、ナクト。その代わりきつかったらすぐに言えよ」
「無理はだめだからね」
ジーンとクロエは屈んでいるナクトに手を差し伸べた。
「ありがとう、二人とも」
ナクトは立上り制服の袖で額の細かい汗を拭った。
♢♢♢
「さあ学校へ行くわよ」
クロエは深呼吸をして胸ポケットにしまってあった地図を取り出す。
ルキアリム魔法学院は城に近接しているわけではないため、初めての人間が地図なしで辿り着ける場所ではなかった。
初めて足を踏み入れた街並みにまだ戸惑いつつも眉をしかめて地図上の建物の平面図と付近の建物の配置を照らし合わせながら慎重に前へ進むクロエの後ろを、ナクトの様子を気にかけチラチラと後ろを振り返るジーンと本調子ではため下を向きながら歩くナクトが列を作る。
クロエが立ち止り、こっちかな、とつぶやきながら大通りの途中で左に曲がる。
すると、その道先を見て三人はまた呆気にとられた。
そこには鈍く光る鋼鉄の鎧で身を隠し剣を背負った魔戦士達や様々な紋様が縫われた革製のマントを身に纏い杖を手に持つ魔術師達で溢れかえっていた。
そして両脇には武器や防具、魔法武具などを売っている店がびっしりと並び建っていた。
「おいおいおい! ここに居るのってみんな魔術師じゃねえか!?」
いち早くそれに気づいたジーンは彼らを指さしクロエとナクトに輝く眼差しを向けた。
「そうみたいだね、みんなかっこいいな……」
少なからず魔術師に憧れを抱いていたナクトは口をポカンと開けた。
「……かっこいい」
気を張っていたクロエも初めて目にする魔術師達を前に心の声が出た。
しかし学校へ行かなければいけない三人は人混みをかき分け初めて見る剣や盾、杖など様々な武具を店の外から硝子越しに首を伸ばし眺めながら道を進んだ。
そんな中、ジーンがある店の前で足を止めた。
「おお! あれいいじゃん!」
ジーンは店内の奥に堅固に飾られているガードとグリップが金色に光り、青い宝石の様な物が装飾された両手剣を指さした。
「いいってなによ。ジーンにはあれぐらいがちょうどいいわ」
店の前の木箱に雑に立てかけている銅製の安っぽい剣や木製の剣を指さすクロエにジーンが、うるせーなあ、と噛みつく。
キョロキョロとするジーンの後ろを歩くナクトはジーンほど店内の武具に興味を示さず、周りの魔術師達と目が合わないようにあることを観察していた。
ナクトはジーンやクロエのようにお世辞にも勇敢とは言えないため、自分の将来と重ねられることができる戦闘とは無縁そうな魔術師を探した。
しかし武器屋街にそのような魔術師は一人も見当たらなかった。
ここに居たらキリがないと思ったクロエは、キョロキョロしている二人の首根っこを掴みこの通り抜けまっすぐ学校に向かった。
誘惑の多い武器屋街を抜け、開けた道へ出るとクロエは立ち止った。
「この人達って……」
唐突に歩みを止めたクロエの横からナクトが
「うん、たぶんみんな魔法学院に通う人だね」
剣を背負う者、弓を携えている者、魔術師の帽子をかぶりマントを
皆が向かっている方向に目を向けると暗いレンガ積みの外壁で、背が高く威圧感のある建造物が遠くに建っている。
クロエが地図を見返す必要もなく三人はそれを察した。
「絶対あれが学校だ! 早く行こうぜ、クロエ! ナクト!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「あ、待ってよ二人ともー!」
二人は意気揚々と駆けだすジーンを追った。
♢♢♢
「やっと着いたー」
走り出した場所から学校は思いの外遠く、流石に体力に自信のあるジーンも息を切らしていた。
「何してんのよ。入学式の時間は決まっているんだからこんなに早く来ても意味ないよ」
「……はあ……はあ……、そうだよジーン。なんでそんなに急ぐのさ、僕ら以外新入生らしい人は来てないよ」
ジーンと同じ道を辿ってきたがほとんど息を切らさず到着したクロエと、中腰で膝に手をつき額から汗を滴らせるナクトには明らかな体力差が目に取れた。
「だって、早く学校の中に入ってみたいじゃん?」
ニンマリと歯を光らせ両手を腰にあて仁王立ちした。
「分かったわよ。えーっと、新入生はそのまま大会堂に集まる、って書いてるわ。少し疲れたし先に中に入って休んでようか」
クロエはリュックから入学の手引・案内書と書かれた小さなハンドブックを取出し高揚するジーンの脇を涼んだ顔をして通って行った。
石積みの円柱が立ち並ぶアプローチを通り扉の前に着いた。
高さは5m以上あるだろうか、半円のやや錆びついた鉄製の扉はどう見ても人が押して動くような物には見えなかった。
「ねえ、入口ってここで合ってるんだよね? どうやって中に入るのかな」
ナクトは顔を引き
「おれに任せろ、ナクト」
そう言うとジーンは助走をつけ左肩から体当たりしたがびくともしない扉に案の定はじかれ転倒した。
「……何してるのジーン。うーん、確かにこの扉を人の力で開くのは無理ね。魔術を使って開くのだとしたら魔力のない私達はまず入れないわ。……そういえばさっきまで周りにいた生徒達はどこに行ったのかしら」
クロエは目の前に立ち塞がる扉を二度程ノックし手をあて扉を見上げた。
ジーンを追いかけるまで新入生らしき生徒は見かけなかったが見習い生、つまりナクト達の先輩にあたる生徒は多数見かけた。
三人が途方に暮れていると後ろから足音が聞こえ振り抜くと見習い生がこちらに向かってきた。
「お、ナイスタイミング。あの人達がどうやってこの扉を開けるのか見てみようぜ」
二人は剣と弓を担ぎ談笑しながら開かずの扉に近づいてきた。
三人は端に
「おいおい、あいつら大丈夫か?」
見習い生達は互いの顔を見て話しながら徐々に近づき、あと1mでぶつかるという瞬間にジーンは手を伸ばし叫んだ。
「お前ら! 前見ろ! ぶつかるぞ!」
―――― シュィーン……
三人は目の前で起こったことを理解できず茫然自失となった。
見習い生の二人は扉に吸い込まれるように消えたのだった。
その後も呆然としている三人の前で見習い生達が次々に消えていった。
「ねえクロエ?……なにが起こってるの?」
最初に言葉を発したのはナクトだった。
「し、知らないわよ。き、きっとみんな魔力を持っているからよ」
遠い目をするナクトに問われたクロエは必死に平然を装った。
クロエの言う通り扉に消えていくのは見習い生だけで魔力を開花できていない新入生はまだ一人も来ていなかった。
その時、アプローチから扉に向かい目を開けていられない程の突風が吹いてきた。
「うわっ」
ナクトは咄嗟に目を瞑りしゃがみ込み、ジーンとクロエも反射的に片腕で目を覆った。
「なんだ!?」
ジーンは通路を掻っ切る風音に負けじと声を張る。
すると突風は止みそれと同時に風の様に透きとおる爽やかな男の声が聞こえた。
「ふう、間に合った……かな?」
言葉をとぎった後、何もない空間から突然背にキラキラと輝く新緑の紋様が縫われたローブから姿を見せ、足を地につけた。
「え、あ……え」
咄嗟のことに声を失う三人の存在に気づいた男は、ん~?と眉間に眉を寄せながら近寄ってきた。
「……きみ達こんなところで何してるの? あーもしかしてあれ忘れちゃったのか」
肩にかかる灰色がかった緑髪で程よくキザな雰囲気を漂わせる男は、なるほど、と左手を開き右手をポンっと乗せた。
「まーったく、新学期早々そんな調子で大丈夫なの? きみ達」
見た目に反して気さくでどこか抜けているようにも見えるこの男に、ジーンは片眉を上げながら口を開いた。
「お前……誰だ?」
nact. 裏伊助 @izu515
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