1:16歳の門出

「おい、何言ってんだよ!なんでナクトがそんな目に合わなきゃいけないんだ!」

「何故彼がそんな惨い仕打ちを受けなければならないのですか!」


 魔法学院の制服を着た少年と少女は腰を抜かして怯えるもう一人の少年の前に立ち彼を庇うように両手を広げ迫りくる兵士達に睨みを利かせる。


「ええーい、どけどけ!」

「そいつは追放だ!」

「さあ出て行け!さっさと国から出て行け!」


 傷だらけの鉄の鎧で身体を覆う大勢の彼らに取り囲まれ少年は罵声の渦に巻かれた。


「…どうして…どうして僕がこんな目に…」


 目を涙ぐませた少年は地べたに座り込み耳を塞ぐ。



 ―――― 2日前


 王都セントラル・リクベクノより遠く離れた農村に、田畑の中に廃れた孤児院が空風からかぜに吹かれ淋しげに建っている。

 いつもは園庭で遊び騒いでいる子どもたちがこの日は『ホロハイル孤児院』と刻まれた看板を番線で括りつけられている錆びついた門扉もんぴの内側で顔を見合わせざわついている。

 子どもたちの前には三人の孤児院職員が背を向けて並び、その向かいの門扉の外には旅行にでも行くのであろうかと思うほど大きな荷物を肩にかけ、深い茶色にグレーのストライプが入った真新しい制服を身にまとった二人の少年と一人の少女がいた。


 不安で押しつぶされそうな少年、高揚し浮足立っている少年、凛々しく前を向く少女。


 同じ場所に並ぶ3人の表情は極めて異なっていた。


「いいかい、あんた達。落ち着いたらでいいからちゃんと連絡するんだよ」


 小太りな女性職員が涙を堪え体の前で腕を組んだ。


「分かってるよー、ムワンナさん。心配しすぎだって」


 制服を着た青髪に金眼で目の下にそばかすを散らした活発そうな少年が目を輝かせ、さっさと行かせてくれと言わんばかりにパタパタとしている。


 少年の足が地につかない様子なのも無理はない。

 今日この3人はルキアリム魔法学院に入学し自身の魔力を知ることができるのだから。


「きみ達ももう16歳なんだよね。なんだか寂しくなるなあ」


 ムワンナと呼ばれた女性職員の隣りの眼鏡をかけ金髪を後ろにかき上げた男性職員がしみじみと話す。


「フロイドさん、いつまで感傷に浸っているんですか。ナクトもジーンもクロエも立派にやっていけますよ」


 もう一人のパーマがかった茶髪の若い男性職員がフロイドと呼ばれた職員の顔を覗き込む。


「ジェフリーさんの言う通りです。私たちは16歳、もう子どもではありません。心配はいりませんよ」


 パタパタとしている青髪の少年の隣りの黒く長い髪をなびかせた切れ長の目の少女が凛とした表情で答える。


「なあ、ナクト!お前も大丈夫だよな!」


 青髪の少年は隣りで俯く白髪の間から碧眼を覗かせる少年の肩を叩く。


「…僕…不安だよ。ジーン」


 ナクトと呼ばれた少年は眉を寄せ職員達に目を向け救いを求める。


「大丈夫だよ、ナクト。僕はきみが本当は強い子だということを分かっているよ」


 フロイドは腰を下ろし目線をナクトに合せ優しく微笑んだ。


「でも僕…」

「ナクト、弱音を吐くのはそこまで。ムワンナさん達にこれ以上心配かけちゃだめよ」


 クロエは前に立ちナクトの嘆きを遮った。


 高揚を抑えきれないジーン、凛々しくリーダーシップを張るクロエ、そして不安を一身に背負うナクト。

 3人は職員と年下の子ども達にそれぞれ異なる感情で手を振り魔術師への一歩を踏み出した。



 ♢♢♢


 この農村から遠方にある学院への交通手段は限られていている。

 馬車で1時間、そこから汽車に乗り換え30分といったところだ。

 しっかり者のクロエは一人で前もって確認していた時刻の大型馬車に浮かれているジーンと俯くナクトを押し込み御者ぎょしゃに賃金を払う。

 3人はシートの布が裂けかけた席に座る。


「なあクロエ。おれ達はどんな魔力なんだろうな!」


 瞳の奥の星が輝くジーンが馬車の車輪の音をかき消すほどの大声を出す。


「うるさいわね…知らないわよ。でも私はどんな魔力だとしても自分のものにしてみせる」


 少女は窓の外の田園風景を眺め毅然とした態度で返す。


「おれは光属性だったら嬉しいな!もしくは火属性!なんか騎士っぽいじゃん?」


 正義感の強い二人は、孤児院に居た頃からジーンとクロエは王家に仕える騎士になりたいと度々話していた。


「ナクト、お前はどうなんだ?」

「僕は…人の役に立つことができる魔力ならなんでもいいかな」


 ナクトは昔から消極的で自己主張がなく自分の夢を語ることなど一切なかった。

 その性格のためか、いつも部屋の片隅で蹲っていて他の子どもたちから執拗にいじめを受けていた。


 そこでナクトに救いの手を差し伸べたのがジーンとクロエだった。


 正義感の強い二人はナクトに付き纏ういじめっ子を片っ端から追い払った。

 それからというもの三人はいつも共に行動し、今では親友と言えるほど太い絆で結ばれている。


「ナクトは優しく思いやりがある。どんな魔力を手に入れたとしてもきっと人の役に立てるような魔術師になれるわ」


 クロエは外を見ながらナクトを勇気づけた。

 クロエの優しさに緊張が解けてきたのか、ナクトの強張っていた表情が少し緩む。


 1時間ほどほこり臭い馬車に揺られ途中で下車し、二人はクロエに導かれ汽車に乗り換えた。


 さっきまで乗っていた馬車とは違い小綺麗な車内の席は全て埋まっていたため三人は壁沿いにもたれかかった。


「あ、おれと同じ金眼だ。孤児院ではいなかったけど街に来るとそんなに珍しいものじゃないんだな」


 ジーンは車内をきょろきょろと見渡し自分と同じ瞳の色をした人を探していた。


「クロエ、やっぱり黒い目のやつは多いぞ」


 乗客の瞳の色は大体が黒か茶色だ。


「そんなの当たり前よ。孤児院も黒い目の子ばっかりだったでしょ。…でも碧眼の人はいないねナクト」


 彼女もジーン釣られ車内を見渡した。


 ナクトは珍しい碧眼持ちで孤児院ではそれを他の子どもたちによくからかわれていた。


「でも学校に行ったら一人や二人は居るかもな、ナクト」

「…うん。だといいな」


 碧眼をコンプレックスとしていることを知っているジーンはナクトに歯を見せ笑顔を作った。

 彼はいつもこの笑顔に救われていた。

 孤児院に居た頃、ナクトが一人落ち込んでいる時に彼はどこからともなく現れ、くったくのない笑顔を見せた。

 初めはただ鬱陶しいとだけ思っていたナクトだがそのしつこさに次第に笑みがこぼれるようになっていった。

 泣き虫で引っ込み思案な彼をここまで成長させたのはまぎれもなくジーンの存在が大きい。


 車輪が金切り声をあげゆっくりと停車した。

 三人が車内から出ようとすると周りの乗客もぞろぞろと降り始めた。



 押し出され降車した三人は足を止め、目の前に広がる光景に息を飲んだ。



 レンガ調の石畳の幅広い車路の両脇には華やかな家屋や店舗が並び立ち、それを際立てるように木々や花がシンメトリーに植栽され、車路の遥か先には誰一人忍び込むさえ許されないほど高い塀に囲まれた琥珀色の屋根をかぶる金を散りばめられた白い城壁の神々しい城がそびえ立っていた。

 商人が荷物を積む馬車の車輪がガラガラと石畳の上を転がす音、街人やら商人、旅人の止まない話し声。

 きらびやかなそれらに目を奪われたナクトたちは生まれて初めてヴェルスタミラ王国の王都セントラル・リクベクノに足を踏み入れたのであった。


「こ、ここが王都…リノベクト…」


 ナクトは碧い瞳を輝かせ無意識に言葉を漏らした。


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