第3話

 「まず、一つ!私、水崎倫果の話を最後まで聞くこと。私が話したいな〜って思ったこと全部話してからじゃないと死ぬことができません!」


 この時点で言いたいことは山ほどあるが、一旦抑えてすべて聞くことにした。


「二つ!私がその人の死ぬ瞬間をちゃんと見ておくこと。上から、ちゃんとその人の体が海に吸い込まれるのを監視しなきゃいけないの!」


「そして三つ!自分が自分であることに執着していないこと。もし別人でもいいと思ってるなら死ぬことができるよ!」


「最後に四つ!孤独であること。以上だよ!」


 壁の向こう側から、ハキハキとした声に乗って伝えられてきたのは、孤独海岸の四つのルールだった。そのとき、俺はふと疑問に思った。


「…わかりました!ところで、気になったんですけど、それを決めたのはエチカさんなんですかー?」


「ううん、違うよー!私だけじゃないの。と一緒に決めたの!」


「向こうの方…?」


 これだけ聞いても、エチカや孤独海岸の全貌は一切掴めない。ただ一つ言えることは、エチカが飛び降りた人間が無傷で元通りなんていう人知を超えた何かであるか、もしくはそれと繋がりのある特別な人間であるということだ。


「そろそろのぼせそうだし、ご飯食べよう!」



 気づいたら食卓についていた。さきほどのふっくらとした女性はエチカの叔母さんで、今俺の隣りに座っている、少しおっとりとした表情の男性は叔父さんなのだという。向かいにエチカが座り、叔父と叔母で俺を挟んで四角いテーブルを囲っている。

 今朝、一体誰がこうなることを想像できただろうか。一般成人男性が女子中学生の家庭にお邪魔して夕食をいただこうとしている。あまり良い状況ではない。が、しかし眼の前には丁寧に盛られた焼き魚とお漬物、湯気を立てたお味噌汁、そしてぴかぴかの白米が並べられていた。

 どうぞ召し上がってください、と言われ恐る恐る口に運ぶ。それは言葉では言い尽くせない素朴で豊かな万国共通の故郷の味だった。俺は人目も憚らず一心不乱に箸を進めた。こんなちゃんとした食事は果たして何ヶ月ぶりだろう。感極まって少し泣きそうになったくらいだ。


 「さて、それではツダさんには少し話をしないといけないな。」

 食事の最中そう言ったのはエチカの叔父さんだった。


「話…ですか。」思わず息を呑む。


「ああ、この孤独海岸にずっと昔から続く言い伝えについて。」



 ずっとむかし、この辺りは「サライ海岸」と呼ばれていた。なぜなら、海に住む巨大な「海坊主」が、海辺の人を攫ってしまうから。毎月、満月の日の夜には巨大な「海坊主」が現れ、そこにいる人を海に引きずり込んでしまった。

 しかし、奇妙なことに次の日にはその引きずり込まれた村人たちは村にいた。村長は怪しく思い、引きずり込まれた村人を調べることにした。するとどうだろう。次の満月の夜、引きずり込まれた村人たちが列をなして海のなかに入っていったではないか。なんとそれは村人の姿をした偽物だった。

 村長はその夜、サライ海岸で「海坊主」を呼び出した。そして村長はこう聞いた。

「私の村人たちをどこへやった。なぜお前は人をさらうのか。」

そういうと、海坊主はこういった。

「一人が寂しかったのだ。私は友達が欲しくて、海に連れて行こうとしただけなのに、皆途中でおっ死んじまった。仕方ないから皆生き返らせた。しかし、皆私の言うようにしか動かない。」

 「海坊主」の話を聞いて哀れに思った村長は「約束」をした。

 

 一、海坊主は、友達になることを認めた人以外を殺してはならない

 二、海坊主は、友達になった人間を使って悪いことをしてはならない

 三、村長は村の中から一人、これらの約束を説明する「案内役」を用意しなければならない。

 四、「案内役」はその力を悪用してはならない。


 こうして、村と「海坊主」は和解した。二つの関係は今も脈々と受け継がれている。

そして、いつからかここも、サライ海岸ではなく、「孤独な海坊主の住む海岸」として【孤独海岸】と呼ばれるようになった。


 こんな話を聞くと、できの悪い都市伝説のようだと思ってしまう。しかし、エチカの叔父さんの言葉には説得力があった。偽物…海坊主…小春…そして、孤独海岸…。俺が考え込んでいると、しばらくしてエチカが口を開いた。


「…じゃあ、今度は私たちがツダさんの話を聞かなきゃ。聞かせてください。ツダさんの話を。」


 思えば俺がなぜここにきたのかは、少ししか話をしていなかった。これも小春の元へ行くために必要なことなんだ。俺は目を開いた。


「津田貴尋、二十五歳。二ヶ月前、十一歳離れた妹の小春が、行方不明になりました。」

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孤独海岸のエチカ @george_kinema7

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