第2話 こちらも幕開け

 榊󠄀原聡さかきばらさとしは不安だった。それは、今日から2学年に進級し、クラスが変わるからだ。肛交校では、クラス発表は始業式終了後に、そのクラスの担任から1人ずつ名前が呼ばれ、そこで初めて自分のクラスが分かるというなんとも非効率なシステムが採用されている。この意味不明なシステムだけが榊󠄀原の不安を加速させているわけではない。

 朝から続く雨は、まだやまないらしい。

「あーあ、せめて艶間先輩と同じ学年ならなー」

そんな声は雨に消された。僕は諦めたように始業式の行われる体育館へと向かった。


 「おっ、榊󠄀原くん久しぶり。春休みは楽しかった?」

こう話しかけてきたのは、同じ魔法研究部の鈴本康介すずもとこうすけだ。鈴本は肛交校の制服に身を包み、その高い身長を窮屈そうにして、座っていた。

「んー、まぁまぁかな。でも、艶間先輩と1日中一緒にいられるのは楽しかったかな?」

「ぼくもなおちゃんとセブ島に遊びに行ったんだ。2人の思い出の場所だし、とっても楽しかったよ!」

と聞いてないが顔を赤らめて返された。よほど何か記憶に残ることがあるのだろう。

「ふーん、そうなんだ」

僕は”2人の思い出”が気になったが、何か嫌な予感がしたので、詮索はしないでおいた。

「それでは2学年の教官たち、まずは学年主任を発表します__。」

「おっ、ついに僕らの番だね。」

鈴本が嬉しそうに言ったので

「そんなに楽しみかなぁ?」

悪いが僕は全く興味がない。

「いやいや、今年の2年の教官は”肛交校のお姉さん”の山崎真由美やまざきまゆみ教官とか、”Tシャツのおしゃれ担当”黒川陽子くろかわようこ教官とかがいるらしいんだぞ」

鈴本が熱弁していたが、僕は

「そんなのただの噂でしょ。あと、毎年そういう噂があがるらしいけど、いっつもあたってないらしいじゃん。」

あと僕はそんな二つ名のついた教官たちを知らんぞ。

「つれないねぇ」

鈴本はすこし呆れたように言った。

 こうしている間にも担任発表は進んでいく。僕らの学年主任になった生徒会指導部の大野山教官が1組から発表していく。

「A組山崎教官、B組宮本教官、C組黒川教官__。」

なるほど。どうやら今年の予想した人はかなり優秀らしい。僕の隣では鈴本が「ほら!ほら!」と語彙を忘れたサルがいたので無視することにした。

「それでは、A組からクラス発表していきます。山崎教官お願いします。」

「はーい。では呼んでいきますねー。1番池田一徒くん、2番____。」

と柔らかな声で呼び始めた。

「ぼくも呼んでくれー」

隣で願う哀れな鈴本。

「なんかきもいな」

僕は、割とまともなことを言ったつもりだったが、周りの声を聞くと、

「呼んでくれ呼んでくれ呼んでくれ、、、」と念仏のように唱える者もいれば、「鞭で叩いてほしいなぁ」と危険な香りのする意見を言う者もいて、僕の意見は少数派らしく、本当に正しいのがどちらなのかと疑心に苛まれた。

「___、30番吉田鈍くん。これでA組は終わりでーす。」

山崎教官がそう告げると、「終わった、俺らの青春、、、」 「もうどこのクラスでもいいや、、、」 「そんなことより鞭で叩いてほしいなぁ」と絶望(?)する人が多くいた。

僕は隣のサルが何も言わないなと思い、見てみると鈴本はもうすでにゾンビに成り下がっていた。

「よしこれで暫くは静かだな」と思う榊󠄀原であった。


結局、僕と鈴本はB組で呼ばれた。山崎教官と黒川教官に挟まれるなんともかわいそうなクラスである。僕らのクラスにの担任になった宮本熱みやもとあつし教官は、この春異動してきた40代の男性教官だ。宮本教官は左目から頬にかけて、痛々しいやけどの跡があるのが見えたが、あまり痛みは感じないのか、

「今日からみんなの担任になります、宮本です!教官は来たばっかで分からないことも多いけど、一生懸命やっていくから、来年の春には笑って終われるクラスになっていこう!!」

と、熱血教師テンプレ通りのセリフを、さもすごいことのように話した。僕は”教官なんでどれも同じ”という意見は傾きかけていた。

「みんな!まずは隣の席の人に自己紹介をしよう!挨拶は未来も変える力があるんだぞ!!」

これでも悪気はないのだろう、実に面倒だ、宮本熱。しかし、初日から目を付けられるわけにもいかないので、隣の席のほうに体を向けた。僕が口を開こうとすると、

「ぼくは武器和田悠ぶきわだゆうっていうんデシ。ちょっと苗字が長いからみんなからは、ブキチって呼ばれているんデシ。部活は特になにもやってないんデシ。1年間よろしくデシ。」

どうやら彼は”デシ”という不思議な口調でしゃべるらしい。まあ、生徒と教官が同棲している学校だ。そんな人がいても不思議じゃないだろう。

「僕は榊󠄀原聡、部活は魔法研究部に入ってます。1年間よろしくね」

「魔法研究部!?なにそれ、おもしろそうデシ!」

ちっ食いつきやがったか。

「魔法研究部ってのは、魔法を使って日常を豊かにしようとする部活だよ。まぁ、部活とはいっても去年先輩たちが卒業しちゃって、今はあの鈴本ってやつと2人きりの部活になっちゃってるけどね。」

僕は窓際に座っている鈴本を指さして言った。僕は今日は始業式だし部活をやる気はなかったけど、武器和田があまりにも顔を輝かせていたので、

「暇だったら、放課後に部活見てく?」

と訊くしかなかった。

「行くデシ!!」

武器和田は嬉しそうに言った。

「よーし、みんな隣の人とは仲良くなれたかな?この調子でクラスのみんなと友達になろう!教官もみんなと仲良くなりたいからいつでも待ってるぞ!」

僕はここは小学校かと思うほどのことを言う教官に嫌悪感を抱き始めていた。


 そのあと、僕は「始業式の日くらい部活はよくない?」という鈴本に「部活見学をしたい人がいる」と話すと、ちょっとだけ部活をやることになった。今日は艶間先輩といっしょに帰るつもりだったのだが、プランが瓦解していくのを感じた。

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