第7話 五霞パワハラ事件
五霞町の一角にある食品工場。外から見ると、平凡な倉庫のような建物が並び、地域の人々に安定した雇用を提供しているはずのこの場所で、見えないところで暗い影が落ちていた。
数ヶ月前、若手社員の桜井陽太が新たに配属された。地元出身で、親元を離れて暮らし始めたばかりの彼にとって、この工場は初めての就職先だった。桜井は意欲的で、先輩たちにも気さくに声をかける、まじめで明るい性格が工場内で評判だった。しかし、彼にはある悩みがあった。
桜井が所属している製造部の課長、安藤は厳しい人物で、効率重視の管理手法を取っていた。だが、その厳しさは過度に過ぎ、度を越していた。桜井が少しでもミスをすると、すぐに大声で叱責され、作業が滞ると安藤から「これができないなら辞めてしまえ」と冷たく突き放されるのが日常茶飯事となっていた。
桜井は初めは頑張って応じようとしたが、時間が経つにつれ心の疲弊が蓄積していった。朝出勤する足取りは重く、夜帰宅するころには体も心も疲れ切っていた。
桜井の様子に気づいたのは、工場歴10年のベテラン社員・佐藤だった。佐藤は桜井に「安藤課長には気をつけろ、彼は以前にも何人か辞めさせているんだ」と忠告した。だが、桜井は信じたくなかった。佐藤の話を聞いたあとも「自分が頑張れば認めてもらえるはずだ」と思い、懸命に仕事に取り組んだ。
しかし、安藤の行為は日を追うごとにエスカレートしていった。昼休みも監視され、私語が少しでも聞こえると罰則が与えられ、休憩時間も削られた。工場内の空気は次第に重苦しくなり、桜井の笑顔も消えていった。
ある日、桜井が些細なミスをした際、安藤は激高した。桜井のミスを全員の前で非難し、「こんな失敗をするなら、やめるべきだ」と暴言を浴びせた。桜井はその言葉に耐えきれず、涙をこらえながらもなんとかその場をやり過ごしたが、心の中には深い傷が残った。
その夜、桜井はとうとう耐えきれなくなり、家族に「辞めたい」と打ち明けた。家族も彼の疲れきった姿を見て心配し、相談することを勧めた。そして、労働相談窓口に連絡を取り、パワハラの証拠を集めることに決めた。
桜井はその後、安藤との会話を録音し、同僚からも証言を集めるなど、パワハラの実態を立証するための準備を整えた。労働基準監督署に相談し、正式に訴えを起こすこととなった。
数週間後、工場の調査が開始された。安藤は当初、強気で否定していたが、次第に証拠が積み重なるにつれ、立場が苦しくなっていった。最終的に安藤は工場側から処分を受け、他の工場に異動となった。
桜井は一度辞職を考えたが、他の同僚たちの支えもあり、工場に残ることを決意した。職場の空気も徐々に改善し、彼は少しずつ笑顔を取り戻していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます