第2話 闇の足音

 田島は、エイジングファーマ社の会計資料や取引先のリストを再度見直していた。LCEインターナショナルという名前が、あまりにも不自然にあちこちに現れることに気づき、彼はその企業についてさらに調べることを決意する。


 しかし、LCEインターナショナルの背後にいる組織に関する情報は、公にはほとんど出回っておらず、田島は手がかりを探すのに苦労していた。手詰まりに感じていた矢先、田島のもとに一通のメールが届く。送信者は匿名で、件名には「ホワイト案件の真相」とだけ書かれていた。


メールにはこう記されていた。


> 「LCEインターナショナルに深入りするな。彼らの背後にはもっと大きな力が存在する。ホワイト案件は単なる税務問題ではない。調査を続けるならば、危険が待っていることを覚悟しろ」



 田島はその警告に驚くと同時に、かえって意欲を掻き立てられた。脅しをかけられたことで、この案件の背後に隠された何かを暴くべきだという決意が固まっていく。彼は翌日、江崎に直接会ってさらに話を聞こうと決意する。


 江崎のオフィスは都心の高層ビルの最上階に位置し、周囲の喧騒から切り離された静かな空間だった。田島が訪れると、秘書に案内されて江崎の部屋へ通される。江崎は静かにデスクの前に座って田島を見つめていたが、その表情には緊張の色が見て取れた。


「江崎さん、このホワイト案件について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」


 田島の問いかけに対し、江崎はしばらく沈黙していた。重い空気の中、彼はようやく口を開いた。


「……田島先生、君にはここまで関わってほしくなかった。しかし、もう引き返せないところまで来てしまった以上、話さざるを得ないようだな」


 江崎は深く息を吐き出し、静かに語り始めた。


「このホワイト案件の裏には、いわゆる『裏社会』が関与している。LCEインターナショナルはその一端に過ぎない。私の会社の資産が、彼らによって少しずつ吸い取られているのだ」


「資産が吸い取られている?それは、どういう意味ですか?」


 田島は疑念を隠しきれずに尋ねた。江崎は重々しくうなずき、言葉を続けた。


「彼らは、合法的に見える方法で資産を流出させる。税務操作や経理ミスの形で少しずつ会社の資金を抜き取っていく。その手法はあまりにも巧妙で、気づいたときには巨額の損失が発生しているということもある」


 田島は、江崎が話す内容に強い違和感を覚えつつも、その裏にある闇の深さに驚愕した。


「ですが、どうして警察や他の機関に相談しないのですか?こんな状況では、一刻も早く法的な対策を講じるべきでは?」


 江崎は田島の言葉に反応し、冷たい視線で見据えた。


「彼らは法律の隙を巧妙に突いている。警察に訴えたところで、証拠を残さない彼らを法で裁くことは難しい。私の資産が狙われているだけならともかく、家族や社員に危害が及ぶ可能性もある」


 田島はその言葉を聞き、江崎が抱える恐怖とプレッシャーを痛感した。しかし同時に、そんな危険な案件に自分が関わってしまったことへの緊張が募っていく。


 その日の夜、田島が事務所で残業をしていると、オフィスに不審な男たちが入り込んできた。黒いスーツに身を包んだ二人組の男が、田島の机の前に立ちふさがり、冷たい視線を向けてくる。


「田島蓮先生ですね。LCEインターナショナルの調査を止めてもらいたいのですが」


 一人の男が低く響く声で言い放った。彼の口調には、命令とも威圧とも取れる不気味さがあった。


「あなたたちは、いったい何者なんですか?」


田島は恐怖に震えながらも、懸命に平静を保とうとした。しかし男たちは答えず、静かに田島に近づく。


「警告したはずです。深入りしないほうが良いと。ホワイト案件に手を出すと、どうなるか分かっているんでしょうね?」


男たちは何も説明せず、田島の机を乱暴にひっくり返し、書類や資料を探り始めた。田島が止めようとした瞬間、もう一人の男が冷たい声で言った。


「我々には時間がない。これ以上調査を続ければ、君だけでなく、君の周りの人間にも危険が及ぶことになる」


男たちは田島の机にある書類を持ち去り、オフィスを後にした。田島は呆然としながら、ただ立ち尽くしていた。


翌朝、田島は加納に昨晩の出来事を報告した。加納はしばらく黙り込み、重い表情で何かを考えているようだった。


「田島、昨晩の件は大変だったろう。しかし、もう引き返すことはできない。君がここまで調査を進めた以上、この事務所としても君を見捨てるわけにはいかない」


 加納の口調にはこれまでにない厳しさと決意が込められていた。田島は上司としての加納に信頼を寄せる一方で、この案件に対する加納の態度が何か違和感を伴っていることにも気づいた。


「加納先生、もし何か知っているなら、教えていただけませんか?このホワイト案件には、一体どんな秘密が隠されているんですか?」


 加納は深く息を吸い込み、ためらいがちに口を開いた。


「実は、数年前にも同様のホワイト案件を扱ったことがある。それは、別の資産家からの依頼だったが、結局、依頼人はその資産をすべて失い、その後、行方不明になってしまった」


 加納の告白に田島は驚愕した。自分が関わろうとしている案件が、過去に消えた依頼人たちとつながっている可能性があると知り、恐怖がこみ上げてきた。しかし、それでも真実を明らかにしたいという思いが、田島の心に再び火を灯した。



 こうして、田島はさらに深く「ホワイト案件」に潜り込んでいく。彼は、江崎のために真実を追求しつつ、自らが危険にさらされることを覚悟して調査を続けることを決意する。次第に、彼が信じていたものが崩れ、誰が味方で誰が敵なのかがますますわからなくなっていく――。


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