短編
鷹山トシキ
第1話 ホワイト案件
田島蓮は、白い光が降り注ぐオフィスに座っていた。弁護士事務所に勤めて5年、つい最近昇進し、中堅社員として責任ある案件を任されるようになっていた。彼の前に置かれたのは、今日新たに持ち込まれた「ホワイト案件」の書類だ。依頼内容は単なる税務相談。田島が手にする案件としては珍しくもない――はずだった。
「田島先生、この案件、やってみますか?」
事務所のベテラン弁護士である加納雅樹が声をかけてきた。50代後半の加納は、クライアントからの信頼が厚い人物で、田島にとっても尊敬する上司だった。
「わかりました、加納先生。簡単な税務相談ということですか?」
田島が確認すると、加納は少し口元を歪めて笑った。
「まあ、そうだな。ただ、細かいことは依頼人から直接聞いたほうがいい。今日の夕方、事務所に来てもらう手はずになっている」
田島は少し不思議に思ったが、特に疑問を口にすることはなかった。この事務所では、案件によっては直接の面談を推奨されることもある。特に資産家や企業からの依頼が多い加納が相手では、些細な不安を持ち出すのも気が引けた。
夕方になり、依頼人が事務所を訪れた。田島は会議室に通され、軽い緊張と期待を抱きながらドアを開ける。
部屋の中にいたのは、スーツ姿の中年男性だった。背筋がまっすぐで、鋭い目つきからはただならぬ気配が感じられた。彼の名は「江崎豊」。国内外でビジネスを展開する実業家であり、近年急成長している「エイジングファーマ」という医療系企業の代表だった。
「はじめまして、江崎様。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
田島が名刺を差し出すと、江崎は受け取ることなく無表情でじっと見つめていた。その目に冷たい光が宿っているようで、田島は一瞬背筋が凍る思いがした。
「田島先生、加納先生からは話を聞いているだろうが、私が相談したいのは『税務』に関することだけではない」
田島は思わず眉をひそめた。税務相談のはずが、この依頼人の雰囲気からはそれ以上の何かが滲み出ていた。
「実は、最近会社の資産が行方不明になる事態が相次いでいる。表向きには帳簿上の問題に見えるかもしれないが、内部での不正か、あるいは外部の干渉が疑われる状況なんだ」
田島の耳に響く言葉は、予想していた税務相談の域をはるかに超えていた。通常の資産隠しや税務回避ではない何かが、この案件には絡んでいるようだと直感した。
「それは……何か犯罪組織が関わっている可能性もあるということですか?」
田島の問いかけに、江崎は冷ややかに笑みを浮かべた。
「それは君が確認すべきことだ。依頼を受けるかどうかは、君の判断に任せるよ」
田島は一瞬戸惑ったが、胸にこみ上げる好奇心と、どこか正義感のようなものが沸き上がってきた。無視できない謎の香りが漂っている。そして、自分の役割として、この案件を解き明かしたいという思いが、彼の中で静かに芽生え始めていた。
「わかりました。この案件、引き受けさせていただきます」
---
翌日から田島は江崎から提供された資料をもとに調査を開始した。エイジングファーマ社の資産管理に異常がないか、会計報告書を丹念に確認し、関連する取引先や顧客の情報を調べ始めた。調査を進める中で、不自然な支出や海外への送金がいくつか見つかったが、そのどれもが証拠を残さず、巧妙に隠されていた。
田島は事務所の同僚にも相談しようとしたが、加納を含め、同僚たちは皆この案件については妙に口をつぐんでいた。誰もが「ホワイト案件」という言葉を使い、あまり深入りしないようにと暗に示しているようだった。
疑念がさらに深まった田島は、独自に情報を集めることにした。彼はある取引先企業の名簿から「LCEインターナショナル」という名を見つけ、調査を進める中で驚愕の事実に突き当たる。それは、LCEインターナショナルが犯罪組織との密接な関係を持っているという情報だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます