第12話 「リーダー」
「下り階段だ」
「下り階段だね」
旧校舎からダンジョンへ至る階段はすぐに見つかった。
2Fへの登り階段の横に地下へと下っていく長い階段が有ったからだ。
「念のため確認だけど、これって元々有った階段じゃないよね」
「元々掃除用具なんかを入れる地下倉庫は有ったみたいなのよ。まあそれはせいぜい2mくらい下がるくらいでこんなに長くないはずだけど」
恵太は階段下を覗き込むが、先に行くほど光が届かなくて暗くなっており、どれほどの長さがあるのかは分からなかった。
最低でも10m以上は下っているだろう。
「ライトは誰が持つ?」
「ライトよりも良いものがあるよ」
綾乃はそう言ってライターを点火した。
「ヤマンソ!」
綾乃の叫びと共に原子模型のような火の玉――ヤマンソが姿を現し、赤い炎で行き先を照らす。
「こいつを先行させて照明代わりにする。そうすれば敵が出た時にすぐに攻撃出来るし、離れた場所ならみんなを巻き込むこともない」
綾乃がそう言って先頭に出ようとしたが、恵太がジャック・オー・ランタンを出してその横に並んだ。
「綾乃が一人で先頭だとエネミーが出た時に対応出来ないだろ」
「ありがと。ならしっかり護ってよね」
「僕が護らなきゃ誰が綾乃を護るんだよ」
恵太は綾乃よりも一歩だけ前に出る。
流石に前に出すぎるとヤマンソのコントロールの邪魔になるが、一歩くらいならば良いだろうという考えだ。
5分ほど階段を降り続けると、少し広いスペースに出た。
周囲は全て切り出した石が積み上げられて作られた壁になっており、その表面は触っても少しザラ付く程度に平らに磨き上げられている。
TV番組で見たピラミッドの内部を思い起こさせるその巨大な空間に恵太は圧倒されていた。
古代遺跡にそれほど興味があるわけではないが、それでも圧巻の光景には言葉が続かない。
学校の地下にこのようなものが埋まっているとは思わなかった。
綾乃や映子も同じ感想を持ったようで、口をポカンと開けたまま固まっている。
「すごい……やっぱりカメラを持ってくれば良かった。矢上先輩もそう思いますよね」
突然に声をかけられた恵太も思わず頷いてスマホを取り出してカメラを起動する。
だが、カメラには「被写体から離れてください」のメッセージ以外は何も映らない。
肉眼では確認できないが、この空間にも見えない紫色の煙が充満しているのだろう。
「カメラだと見えない煙が邪魔で何も写らないけどね」
「それはすごく残念です」
映子が両手の指で四角を作ってカメラで撮ったらどうなるのかのイメージを想像している横で、小森だけは顔をしかめて壁の構造を見ていた。
「何か不満でも?」
「いや……これが俺に対しての嫌がらせだったら効果的すぎだろうと思って」
「このエジプトっぽいやつが?」
「南米だよ」
裕和が綾乃の言葉を訂正した。
恵太にはエジプトと南米の違いがよく分からなかったが、何か有るのだろう。
「前に冒険した遺跡と構造がそっくりなんだ……良い思い出も嫌な思い出もある場所だ」
「冒険したって……まさか異世界の話?」
「その異世界だよ」
「そう言えば神父というか邪神は異世界から来たって話だよね。なら、そっちの遺跡を再現したってことか。でもなんで南米?」
「異世界だけど南米だったんだよ。ホンジュラスって分かる?」
綾乃は少し考えているが、わからないようで笑って誤魔化し始めた。
忘れているとかそういう話ではなく、そもそも知らないのだろう。
恵太も全く知らなかったのでスマホの検索アイコンをタッチするが、通信エラーと表示されて検索画面が出てこない。
「あれ、おかしいな。さっきまでは電波が入っていたのに」
恵太のスマホを綾乃が覗き込む。
「もしかしてこれ圏外じゃない? アンテナ立ってない」
「本当だ。珍しいな圏外なんて。最近は山奥でも電波が入るのに」
恵太が改めてスマホの右上を見ると、本来なら電波のアンテナが表示されている部分には「圏外」と表示されていた。
スマホを上げたり下げたり左右に振り回しても電波は回復する傾向がない。
「もしかして飛行機マーク押したりした?」
「してないと思うんだけど」
その様子を見て裕和もスマホを取り出して画面を見る。
「まずいな。これだと一度地上に戻らないと助けを呼べないし、現在位置も分からないぞ」
「ネットもダメ?」
「電波自体が届いてないからどっちもダメだ。もちろんGPS信号も拾わない」
綾乃は裕和の方へと移動してスマホの画面を覗き込む。
地図アプリが表示されていたが、東京都庁を指したまま全く動いておらず「GPS通信エラー」のポップアップが表示されていた。
「でも、私達だけで攻略するって話だよね。助けについては割り切るしかないんじゃない」
「それはそうと、ホンジュラスってどこなわけ?」
「えっと、パナマから一ヶ月くらい北に移動したところで……って電波が届かないから世界地図も表示できないか」
そんな中。映子はスマホではなくアルゴスが出したモニターの画面を見ていた。
モニターに円形の白線が表示されて、そこへ向かってきている光が数個見える。
スマホの電波は入らないが、アルゴスの検知機能は地下でも有効のようだ。
「先輩達! そんなことよりここに何か来ますよ! 多分敵です!」
「敵?」
「まあダンジョンだし予想はしてたけど」
「映子ちゃん、敵はどっちから?」
「正面の通路から来ます!」
「了解。じゃあ照明係代わって!」
綾乃は持っていたLEDライトを恵太に投げて渡して、手をかざすと天井近くで火を灯していた火の玉が通路の方向へ移動する。
「私がまず仕掛けるから、撃ちもらしたやつの退治お願い」
「了解!」
「任せろ」
恵太はカボチャ頭を、裕和は槍を構えて敵に備える。
「数は8匹。虫タイプです」
「そんなことも分かるの?」
「モニターに8って出てるので」
「『ブフに弱い』みたいなメッセージは出てこない?」
「なんですかそれ?」
映子はなにだか分からないという表情で、言った綾乃の方が恥ずかしそうな顔をしている。
「いや、こっちの話」
「通路の幅が狭いのでチャージフレイムで一気に倒すのが良いと思います」
「なるほど、チャージね」
綾乃は身構えてヤマンソへの命令を送ろうとして、再び映子の顔を見る。
「チャージって何!?」
「えっ、だって出てますよ柿原先輩の能力欄に」
映子が手を動かすと横に表示されていたモニターが反転して綾乃の方を向く。
そこにはまるでゲームのステータス画面のように能力名が記載されていた。
「先輩の能力って火炎放射、広域発火、チャージフレイムの3種類ですよね」
「知らない……私、こんなの知らない」
「えっ? みんな知ってるものだと……」
綾乃よりもモニターを見せている映子の方が驚いていた。
映子も別に隠しているわけではなく、本人も分かっていて当然と思っていたようだ。
「僕は? 僕のはどうなってる?」
恵太も映子に尋ねる。
自分の能力を知っている、知っていないで話が完全に変わってくる。
「えっ、矢上先輩も知らなかったんですか?」
「いや、全員知らないと思う。友瀬さんは知ってたの?」
「だって、普通に出ていたから、てっきりみんな知っているものだと」
映子はもう一枚モニターを出した後に画面を反転させて恵太に見せてきた。
「アサルトラッシュ、フレイムピラー、グリムリーパー……」
恵太はモニターに表示された名前を読み上げる。
名前だけだと何の効果か分からないものが並んでいた。
アサルトラッシュは何度も出しているパンチ連打のことだろう。
フレイムピラーは騎士鎧や蛇の頭を燃やした炎の柱というのは分かる。
ならばグリムリーパーというのは……。
「能力は1人3つ……なるほど、俺達と同じなのか。なら、俺はどういう表示になってる?」
今度は裕和が尋ねる。
「それが小森先輩は何も出ません。能力名の表示どころか、そこにいるはずなのに、物扱いになってます」
「小森、あんた人間じゃなかったの?」
「勝手に人間辞めさせるな! 単純にあの神父に力を与えられた人間しか見られないって話なんだろ」
「そんなことより、来ますよ」
「うわっ、そうだった。何か分からないけどやってみる!」
綾乃が視線を通路の先に戻し、手をヤマンソに向けて差し出して命令を与える。
「ヤマンソ、チャージフレイム!」
命令を受けた火の玉は周囲に浮かんだリングを高速回転させ始めた。
そのリングからは強い光が放たれて、何かの技の準備に入ったことが分かる。
だが、それだけだった。
そこから何かが起こる様子はない。
「凄い……凄い……確かに凄いんだけど、この攻撃はいつ発射されるの?」
綾乃は映子を見るが、首を横に振るだけだった。
どうやら技の名前が分かるだけで、効果については表示されないようだ。
「待って、いつ発射されるか分からないとこいつ約立たずなんだけど……やめやめ、取りやめ! 止めて広域発火に切り替えて!」
綾乃はヤマンソに向かって声をはりあげるが、ヤマンソは最初の命令を忠実に実行してエネルギーを貯め続けており、それを中止するようなことはなかった。
一度受け付けた命令を途中で取り消すことは出来ないようだ。
「待って、これ全然使えない」
「仕方ない。プロテクション!」
裕和が叫ぶと、青白く光る粒子で構成された壁が通路を完全に塞ぐようにして現れた。
通路の奥から巨大なトンボのような虫が何匹も飛んできたが、その壁を抜けることは出来ず、通路の奥に溜まっているのが見えた。
巨大トンボは不快なブブブという羽音を鳴らしながら、何とか室内に入ってこようと光る壁に向けて何度も突撃を繰り返しているが、それでも壁はビクともしない。
「うわっ、なんだこの気持ち悪い虫!」
裕和の足は完全に引けており、表情も露骨に嫌悪感を示している。
綾乃も巨大な虫は嫌なようで顔をしかめていた。
「確かにこれは見てるだけで気持ち悪い。出てくる前にまとめて倒したかった」
「小森君、この壁はどれくらい持つの?」
「何もなければ3分くらいは持つよ。耐久度もかなり高いから、虫の突撃くらいじゃ簡単には破られないと思う」
裕和は一切虫の方を見ようとせずに答えた。
「なら、ヤマンソが攻撃出来るタイミングで壁を消してもらうのが良いか。でも、うちの使い魔はいつになったら攻撃――」
綾乃が話している最中に、突然にヤマンソの全身からまばゆい光が放たれた。
ヤマンソの能力、チャージフレイムが今更になって発動したのだろう。
かなりの攻撃力があるであろう、その強烈な光を裕和が作り出した光の壁は……全て防ぎきった。
否……光の壁はヤマンソが放出した光には耐えきれなかったのか、端の方から粒子と化して崩壊を始めていた。
その光景を綾乃と裕和は呆気に取られた表情でその様子をじっと見ていた。
「ちょっと小森、何やってんの!」
「そっちこそ、なんで俺の作った壁を壊すんだよ!」
「私がやったわけじゃないから! ヤマンソが勝手に!」
「2人とも、喧嘩は後でやって!」
「そうだった。ヤマンソ、火炎放射!」
綾乃は新たな命令を出すとヤマンソからガスバーナーのような炎が吹き出して、2匹のトンボを焼き払う。
だが、慌てて目標も定めずに適当に放った炎では全てのトンボを攻撃範囲に捉えることは到底出来なかった。
ヤマンソの真横をすり抜けて6匹の巨大なトンボが室内に飛び込んでくる。
「仕方ない、小森君、僕達で何とかしよう」
「分かってる!」
恵太はカボチャ頭に指示を出して、通路の奥から飛来した巨大なトンボの1匹を、裕和が槍を振るい2匹を撃退した。
残るは3匹。
「アルゴス、ホーミングレーザー!」
映子の叫びに呼応して赤い孔雀の尾羽に付いた眼球がキョロキョロと動いて飛行するトンボを捉えると、一条の閃光が発せられた。
恵太達も苦しめられたアルゴスのレーザー光線は、映子が操る今でも使用可能なようだ。
光線を照射された一匹のトンボは羽の先から焼き焦がされてそのまま空中で燃え尽き、粒子と化して消えていく。
「プロミネンスドロップ!」
映子の命令を受けた赤い孔雀が羽を広げて飛び上がり、全身に炎をまといながらトンボへ突撃。
孔雀とは思えない鋭い爪でトンボの1匹を引き裂く。
「残りは1匹だけです!」
「ならば、最後くらい僕が!」
カボチャ頭に命令を出して最後に残ったトンボを拳で叩き落とす。
これでトンボは全滅したようだ。
「一応1人2匹のノルマ達成ってこと?」
「まあ一応はノルマクリアかな。グダグダだったけど」
周囲を警戒するが、今のところもう敵はいないようだ。
映子がアルゴスを手元に戻して、モニターを表示させて探査を再開する。
「周囲にもう敵はいないみたいですね」
「なら安心か」
「怪我をした人はいないか? 教えてくれたらヒールで回復させるので」
「今のところはみんな無事かな?」
誰も挙手しなかったので、怪我はないということで良いだろう。
「流石に個人の判断だけでこのまま進むのは連携が出来ていなさすぎてマズイと思う。暫定でもリーダーを決めないか」
裕和はそう提案した。
「確かにリーダーを決めないとみんな好き放題動くだけだもんね。さっきのトンボも、効率良くやればもっとすぐに倒せたはず」
綾乃もリーダーを決めることに異論はないようだった。
「じゃあリーダーは部長である私がやるってことで良い?」
「私は矢上先輩が良いと思います」
映子がおずおずと手を挙げて言った。
「僕が?」
恵太は突然に自分の名前が挙げられたことに驚いた。
リーダーならば綾乃か、異世界帰りで経験豊富な裕和の方が向いていると思ったからだ。
「俺も良いと思うな。柿原さんは何かあるとすぐにテンパって行動が無茶苦茶になるし」
「誰が無茶苦茶だって?」
「そういうところだよ。リーダーは常に冷静で全体の動きを見てみんなに適切な指示を……」
裕和派そこまで言った時に、何かを思い返すような動きをした後に黙った。
「ごめん、気のせいだった。だいたい全部人に丸投げした後に独断先行で暴れていつも怒られている感じだったし」
「今、誰を思い出したの?」
「元リーダーだよ」
「いつも怒られてるって、それ本当にリーダーなの?」
「リーダーだったんだよ。俺にリーダーをやれと言って丸投げしてきたんだけど、結局その人が最後まで全部仕切ってた」
恵太もその話を聞いて確かにそれはリーダーとは程遠いとは思った。
「データは私が出すので、それを聞いて判断してくれる人がリーダーに向いてると思います」
「映子ちゃんの思いが入ってる感じだけど、私も小森に指示されるのは嫌だし、それなら恵太に指示を貰う方が良いかな」
「なんで俺はそんなに嫌われてるわけ?」
「なんだっていいでしょ。なんとなく小森に頼って信用しちゃったら、この先悲惨なことになるなという予感が」
「俺は疫病神か何かか?」
どうもそれぞれが好き勝手に話をするせいで、どんどんと明後日の方向に逸れてきている。
この時点でもリーダー不在の影響が出ているように思う。
ここは無理矢理にでも話をまとめるしかないだろう。
「分かったよ。とりあえずこのダンジョンの中は僕がリーダーということで。だから、みんな僕の指示を守って効率良く動いて欲しい」
「OK恵太……じゃなくてリーダー」
「よろしく矢上君」
「サポートは私がやりますから、安心していてください。先輩」
一応は話はまとまった。
恵太は頭をかきながらトンボが飛んできた通路の先を見る。
「じゃあ先を急ごう。まだここから9階も降りないといけないんだから」
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