第13話 「赤い女」

 ダンジョンを地下7Fまで降りてきたところで一時休憩となった。


 腕時計で時間を確認すると12:00。

 朝8:00に出発しているので、もう4時間はかかっていることになる。


 何度かトンボの襲撃はあったが、恵太が指示することで、綾乃の攻撃が裕和が出した壁を壊しただけという悲劇も発生しなくなった。

 うまく連携を出来るようになったので特に誰も負傷もなく探索が出来ている。

 

 ただ、普段歩き慣れていないせいで、4時間の移動で足がパンパンに張っている。

 運動不足気味の綾乃も同じようで足を抑えて辛そうにしている。


 それに対して裕和は一切疲労を感じていなさそうだし、意外にも映子も元気そうだった。


「友瀬さんすごいね」

「普段から撮影で山に入って花とか撮ってたのでゆっくり歩くだけの体力には自信あるんです。走るとかはダメダメですけど」

「それは確かに体力がつくね」


 恵太も新聞部に持ち込んだフィルムカメラを借りて写真撮影に挑戦しているが、金属製のフィルムカメラとレンズは意外と重さがあり、持ってしばらく歩いているだけでもかなり体力を使う。


 この件が片付いたらカメラのためにも少しは運動するようにしよう。

 そう考えていると、裕和が近付いてきた。


「足を伸ばして。ヒールをかけるとちょっとは楽になるよ」

「そうなの? 助かる」


 裕和がふくらはぎに手を当てると青白い光が広がった。

 光は10秒ほど光った後にすぐに収まった。裕和が手を放す。


「はい終わり。もう痛みも疲労もないと思うよ。ただ体力は回復しないから、休憩は必要だろうけど」


 半信半疑で立ち上がってみると足が軽い。

 これならばいくらでも歩けそうな気がしてきた。


「じゃあ次は柿原さん」

「待って! なんで私の足に触ろうとしてんの?」

「だって俺のヒールは患部に直接触れないと回復できないから」

「ダメダメダメ! 思春期の女子の足に触るのは流石に変態でしょ」

「あっ……すまない、気付かなかった」


 裕和は綾乃に激しく拒否されて、ようやく自分が何をしようとしているか気付いたようだ。


「すまない。本当に悪気があったわけじゃないんだ」

「いや、あんたがそういう性格だってのは分かってたけど……まさか他でもそんなことやった?」

「……何回かやって怒られました」

「具体的にどこを」

「……だって仕方ないだろう。腹とか胸には重要な臓器があるんだから」


 裕和はそう主張するも、後ろめたさを感じているのか、いつもよりもはるかに小声だった。

 それを見た綾乃は持っていた鞄をおろしてその上に座り、足を伸ばす。


「まあ腹とか胸とか触られるのに比べたら足くらいなんともないか。さっさとやってよね」

「えっ?」

「回復してくれるんでしょ。私もかなり足がダルいから回復してくれるとありがたい」

「ありがとう」

「ありがとうはこっちの話だっての」


 綾乃は完全に横を向いてしまった。

 その間に裕和は綾乃の足に触れてヒールで回復をさせていく。

 

 光ったのは両足合わせて20秒ほどだった。

 回復を終えたのか裕和が手を放す。


「はい終わり」

「えっ、もう終わり?」


 綾乃はそう言って立ち上がり、何度か飛び上がる。


「うわっ本当だ。これならもっと早くやってもらえば良かった」

「喜んでもらえて何より」

「普段も肩がこったときとかやってもらおうかな。ヒール」

「流石にそこまではサービスでやらないぞ」

「なんだと、部長命令だぞ!」


 綾乃はそう言って殴りかかる真似をすると、裕和も悪乗りして「わーこわい」と棒読みで逃げ始めた。

 恵太は綾乃が元気そうに遊んでいるだけのその光景を渋い顔で見つめていた。


 何かが気に入らない。

 何が気に入らないのかわからないが、ともかく綾乃と裕和が仲良くしているのを見ると、何かもやもやと湧き上がってくるものがある。


「そろそろ食事休憩にしよう。食べたら、それから残りの調査を頑張ろう」


 恵太は気持ちを切り替えるためにも手を叩いて全員に声をかけると、それを聞いた面々が鞄から昼食を取り出し始めた。


 いつ敵が出てくるかは分からないので、流石にのんびりと食事はしていられない。

 普段よりも若干早いペースで食べた後に、水筒のお茶で流し込む。


 食事を楽しむというより、本当に体力回復のための栄養補給という感じだ。

 食後は10分ほど休憩を取って、若干スローペースで歩き始める。


「ペースは1時間くらい経ったら上げていこう。今すぐに早く歩くとお腹が痛くなるから」

「小森のジェットコースター事件みたいなのをまたやられたら流石に吐きそう」

「もうやらないよ、あんなことは」


 また仲良くしていると思いながら恵太は2人の様子を見ていた。


「仲が良いですよね、柿原先輩と小森先輩」


 突然映子が小声で話しかけてきた。

 まるで心を読まれたかのように綾乃の話をされたので恵太は驚きを隠せない。

 

「前から仲が良かったんですか?」

「知り合ってまだ一週間だよ」

「そうなんですか? じゃあ運命の出会いとか?」

「そんなのじゃないよ。綾乃は誰にでも優しいんだよ。小森君も悪い人じゃないし」


 恵太は笑顔を浮かべた。


「それにあの2人が付き合うことはないよ。小森君には彼女がいるんだし、綾乃もそれを知ってるはずだから」


   ◆ ◆ ◆


 8階の長い階段を降りていくと、今までの狭い迷宮と異なり、円筒形の広場が視界に広がった。


 天井は高くホールのような構造になっている。

 壁には星座を象ったであろう、特定の感覚で配置された球体が刻まれており、それらがどういう仕組みなのか微かに光を放っている。


 部屋の中央には祭壇があり、その前に1人の女性が立っていた。


 真紅の帽子に真紅のドレス。

 その表情は帽子を深く被っているために確認することは出来ない。


「なんであいつが……」


 裕和がその女性の姿を見て下唇を噛んだ。


「知り合い?」

「前に戦った敵とそっくりなんだよ。これで3度目だけど廃品流用にも程があるだろ」

「本人なの?」

「違うと思う。オリジナルはとっくに死んでいるはずだから」

 

 裕和が階段を降りる速度を早めようとする。その服の裾を綾乃が掴んだ。


「落ち着いて。小森とあの女の関係は知らないけど、焦っちゃ相手の思うつぼよ。このダンジョン自体罠なんでしょ」


 それを聞いた裕和は綾乃に無言で頷いた後に大きく深呼吸をして、映子に言った。


「あいつを分析出来ないか? データはどうなってる?」

「虫タイプですね。他に見えませんけど8匹いると解析が出てます」

「虫? どう見ても人型なんだけど、あれが虫?」

「虫です。データにはそう出ています」


 映子がモニターを反転させて全員に見せると、そこには赤い女の映像の周囲にまるでゲームのステータス画面のような表記が浮かび、虫タイプという文字が表示されていた。


「やっぱりこの能力で『ブフに弱い』が出ないのは嘘でしょ」

「だから何なんですかそのブフに弱いって?」

「弱点属性を出せってことよ! まあ私達みんな火属性の攻撃しか出来ないから弱点出されても有効活用は出来ないんだけど!」


 綾乃が火の玉をコントロールして赤い女の頭上へと動かす。


「敵なのは間違いないんだから先制攻撃で仕掛ける! ヤマンソ、広域発火!」


 綾乃の命令を受けたヤマンソが真下にいる赤い女とその周囲の空間に向けて豪雨のような火の粉を降らせる。


 赤い女の周囲の空間が揺らぎ、そこから体を燃え上がらせた黒く巨大なカマキリが姿を現す。

 数は8匹。映子のアルゴスが解析した通りだ。


 火の粉は赤い女の衣服に付着すると、そのまま激しく燃え上がる。


 だが赤い女は微動たりとしない。

 服が燃えるまま意に介した様子も見せない。


「なにこれ、ノーダメってやつ?」

「いや、ダメージは受けているみたいだ。だけど、拡散攻撃一発で倒れるほどやわじゃないだけのようだ」


 裕和の指摘通り、カマキリ達の全身はあちこち焼け焦げて苦しんでいる様子を見せているが、戦闘不能になった個体は一匹もいない。

 やがて火が自然鎮火すると、何事もなかったかのように階段に向かって突き進んでくる。


「足場が悪い階段にいつまでも居るのは危険だ。俺が血路を切り開くから、みんなは後ろから付いてきてくれ」


 裕和はそう言うと槍を片手に飛び出していく。


「血路って」

「プロテクション! モードチェンジランス!」

 

 裕和が槍の穂先に青白く光る粒子で構成された円錐を作り出し、突撃槍のように腰に構えて階段を駆け下りる。


 その槍に戦闘にいたカマキリの一匹が貫かれた。

 裕和は槍を力任せに振り回して、カマキリをそのまま引き裂いた。

 倒されたカマキリはそのまま粒子と化して消えていった。


 裕和は今度はその槍を頭上でブンブンと音を鳴らして豪快に振り回して、近寄ってくるカマキリを追い散らしていく。


 だが、多勢に無勢。カマキリは槍の回転の隙を狙って、何とか中心にいる裕和へ攻撃を仕掛けようとしているのが見えた。

 ここは自分も参戦して裕和のフォローに入った方が良いだろう。


「ジャッコ! 小森君をサポートだ! 近寄ってくるやつを狙え!」


 恵太はカボチャ頭に命令を出して裕和に近づこうとするカマキリに飛び蹴りを入れた。

 その後はとにかく敵に囲まれないように細かく走りまわせて、隙を見せたカマキリにヒット&アウェイで攻撃を加えていく。


 裕和とカボチャ頭の連携攻撃により、階段近くに集まろうとしていたカマキリ達が後退していく。


「2人とも今の間に階段を降りよう」

「分かった!」


 恵太が先導して階段を降りて女子2人が続く。

 裕和が階段近くの敵を追い散らしたので、無事に9階の床に降りることが出来た。


「小森君、こっちは全員降りられたよ」

「分かった。じゃあもう距離稼ぎは必要ないな。プロテクション解除!」


 小森は槍の穂先に灯っていた青白く光る円柱を消して元の槍のサイズへ戻す。


「チャージフレイムでまとめて吹き飛ばすチャンスだから、2人とも時間を稼いで」


 綾乃はそう言うとヤマンソを手元に戻す。

 発射までに時間がかかるチャージフレイムを放つ準備をするのだろう。

 

「矢上君、後は2人の連携でこいつらを倒すぞ」

「分かった!」


 恵太はカボチャ頭を小森の背中合わせになる位置へと動かし、迫りくるカマキリ達の迎撃に回る。


「まずは遠距離からだ。焼き尽くせ!」


 巨大カマキリは意外とリーチが長い。

 無理に踏み込むとカウンターで反撃を食らう可能性を考えて、初手で炎を放ち、カマキリ一匹を炎の柱で包み込んで焼き尽くす。


「次だ。2発目を撃て!」


 命令を出すが、カボチャ頭は炎を出そうとせずに固まっている。


「どうしたジャッコ!」

「矢上君、おそらく技の連発はチャージタイムがあるから無理だ」


 裕和がカマキリの攻撃を槍で受け止めながら恵太に言った。


「チャージタイム?」

「俺達、異世界帰り組の使うスキルは一定時間開けないと使えない仕組みになっているんだ。多分だけど、同じ制限が矢上君の使い魔にもついているんだと思う」

「つまり、強い攻撃は連発出来ないと」

「そんなに都合の良い話はないってことだ!」


 裕和はそう言うと青白い光をまとった槍の穂先でカマキリを一刀両断する。


「じゃあ技の隙をどうやって乗り切れば」

「だから仲間を頼るんだ。お互いのピンチは仲間と連携することで埋める」

「そういうこと。仲間を頼りなさいってことよ」


 恵太に代わって綾乃が答えた。


「ヤマンソのチャージは完了済。デカいの一発撃ちこむから、小森も恵太も早くそこから移動して! 巻き込まれるわよ!」


 綾乃が全身から光を放つヤマンソをやや上へと移動させるのが見えた。

 ヤマンソは今にも爆発しそうなくらいまばゆい光を放っている。


 裕和はカマキリに一撃入れて素早く射線上から退避。

 恵太もカボチャ頭を手元に戻す。


「2人とも逃げたよね。じゃあ準備は完了。発射!」


 綾乃の叫びと共にヤマンソから音もなくサーチライトのように収束された強い光が放たれた。

 その光に全身を包まれたカマキリは全身から煙を上げて、その身を黒く焼け焦がしていく。


 高熱に焼かれたのはカマキリだけではない。

 石で作られた床や壁も照射された部分は真っ赤に赤熱して、その表面がボロボロと崩れていった。


「待って、これ流石に強すぎない……」

 

 照射時間は10秒ほどだったが、光が消えた時には赤い女以外立っているものは何もなかった。

 倒れ伏したカマキリ達は今まで倒したエネミー達と同じように粒子状に分解されて消えていく。


「うわっ、まさかこんなに強いとは」

「これは絶対に巻き込まれたくないな」


 その威力を間近で目の当たりにした恵太と裕和は驚きを隠せずに言った。

 それは綾乃も例外ではなかったようで、自ら放った技の威力に恐怖を覚えたのか、棒立ちのまま固まっている。


「いやこれ……シャレになんないでしょ。なんなのこの能力」

「綾の……」


 恵太が動くより先に裕和が綾乃に近寄って肩に手を置きながら言った。


「大丈夫だ、使い方さえ間違えなければ頼りになる能力だ。助かった」

「何なの急に? そもそも触らないでよ」

「もし、今の光線が仲間や……自分に向いたらどうなるかって思ったんだろう。このヤマンソは暴れん坊だからな」

「だって、ただでさえ使えない使い魔なのに、こんな危なっかしい能力……もしあんたや恵太に当てちゃったら……」

「大丈夫だ。もし仲間に誤射するようなことがあっても、俺が壁で全部防いでみんなを護るから。もちろん柿原も護ってみせる」

「あんたね……誰にでもそんな気安く護る護るって……」

「あの、先輩達……」


 映子が綾乃と裕和に声をかけた。


「まだあの女は残ってます。柿原先輩が出したレーザーの直撃を受けたのにほぼ無傷です」

「えっ?」


 映子が指摘する通り、赤い女は最初から一方も動かずにその場で立っていた。


 ヤマンソの広域発火とチャージフレイムの直撃を受けたにしても全くのノーダメージに見える。

 服も端の方が少し燻り、煤で汚れてはいるが穴一つ開いていない。


「小森先輩はちゃんと矢上先輩のヘルプをやってください。今、防御が必要なのは柿原先輩じゃなくて、矢上先輩です」

「あ、ああ……」


 それを聞いた裕和は綾乃から手を離すと再度、恵太の方へと走っていく。

 

「柿原先輩もしっかりしてください。戦闘が終わるまではちゃんと支援しないと、前線で戦っている矢上先輩が可哀想です」

「いや、私は」


 映子は普段と違い強い口調で綾乃を責めたてる。

 綾乃は最初は申し訳なさそうな顔をしたが、一度目を瞑り、「ウラァ!」と大声で叫んで床を強く踏みしめた。


「そうだよ。小森がカバーしてくれるって言うんだから、私が怯んでどうするんだよ」

「その粋です! それでこそ柿原先輩です。さて、問題はあの赤い女ですけど」


 恵太と裕和は赤い女の様子を伺っていた。


 赤い女は今のところ全く動いていないが、綾乃の攻撃を食らってもビクともしていない相手とどう戦えば良いのか分からず踏み込みを躊躇している状態だ。


「矢上君、あのグリムリーパーって能力はどういう効果がありそう? この状況を打破できるような能力があったりとか?」

「それが、どうも使い方がよく分からなくて?  命令してるのに使ってくれないんですよ」

「もしかして、使用条件があるのかも。俺達の仲間……上に残っている上戸さんもそうなんだけど、鳥の使い魔を生贄にしないと3番目のスキルは不完全な形でしか発動しなかった」

「じゃあ、僕の能力も発動させるにも、同じように何か条件をクリアしないとダメって可能性が」

「根拠はないけど、その可能性はあると思う。別のスキルで何かの条件を達成させることとか」


 恵太はカボチャ頭を前に、裕和は槍を構えて赤い女に視線を向けたまま動き出す。


「上戸さんは鳥の使い魔を生贄に発動……ということは、僕の場合は何を捧げれば良いんだ? 1番目はパンチやキックのラッシュなので、何も捧げようはないけど……2番目の火か」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る