第6話 「真昼の襲撃」

「なんか忘れてると思ったらこれがあったよ」


 恵太は先週に受けた中間テストの答案用紙を受け取りながら乾いた笑顔を浮かべた。

 教室の隅にいる綾乃の方をちらりと見ると完全に机に突っ伏して、たまに「あ゛ー」と奇声を発している。

 どう見ても試験の結果が芳しくなかったことはなんとなく察せられる。


 教室では他のクラスメイトの目もあるので、綾乃に声をかけることもないが、後でフォローをしておいた方が良さそうだと考えた。

 ちらりと空席……学校を休んでいる大城戸可奈の席を見る。


 大蛇の使い魔を暴走させていた少女。

 恵太ももちろんクラスメイトということ以上の情報は知らない。

 会話をしたこともないし、そもそも女子がどういう友人関係を作って、何を話しているのかすら何も知らないのだ。


 佑から預かったオイルライターもどう渡したものかと考える。


 だが、綾乃には任せられない。

 綾乃は昔から自分を頼ってくれている。

 そんな彼女に弱いところは見せられない。

 

「さて部室で編集でもするかぁ」


 わざとらしく大きな声で言った後に弁当袋をぶら下げて教室を出る。

 校舎の端、狭い空きスペースを仕切って作られた空間に作られた部室の前に歩いていくと、後からタイミングをずらして教室を出た綾乃が同じく弁当袋を持ってやってきた。


「どうする? 今日の放課後は神父と部活のことは忘れて勉強する? これが親にバレるとマズい。実にマズい」

「勉強はテスト前にやろうよ。もう今更やったって結果は変わらないよ」


 恵太がそう言うと綾乃は髪をかきむしった。

 

「ああああ、なんで私、テスト前に勉強せずに新聞部の取材なんてやってたんだっけ? 取材なんてしなけりゃこんな変なことで悩むこともなかったのに」

「知らないよ!」


 綾乃の落ち込みようをみると成績は余程酷かったようだ。


「2人ともそんな入口で何やってんだ?」


 いつの間にかエコバッグを持った裕和がやって来ていた。


「中間テストがね」

「ああ……気持ちは分かる」


 裕和も目を閉じてうんうんと唸った。


「成績はどうだったの?」

「やっぱり理数は満点欲しかったな。他教科はまあそこそこ。平均で85点くらい」

 

 それを聞いて、恵太は裕和は自分や綾乃と全く違う領域で戦っていたことに気づいた。

 そもそも最高点が裕和の平均点に達していない。


「なにそれ異世界チートなの? 試験の情報が見えるとか? 替えて! スマホ焼くだけが取り柄の火の玉と交換して!」


 綾乃はネクタイをグイっと強く掴んで引っ張ると、裕和の身体が揺れた。

 

「夜にネットの勉強会に参加して、それからひたすら予習復習。それだけだよ。別に能力は使ってない。というか俺の能力も防御と回復だからそもそも、どう使えば良いのかわからない」

「どこのネットでやってんのそれ? 無料タダで出来る?」

「昨日ラビ……上戸さんに会っただろ。あの人が定期的に勉強会をやってくれてるんだよ。異世界に居た間は勉強出来なかったので、それで進学に支障が有ると困るだろうからって」


 恵太はあの小さい……と言っても恵太と同じくらいの身長の少女が教師の真似事をやっている光景を想像して、あまりの似合わなさについ吹き出した。

 それは綾乃も同じようで、呆れたような顔をしている。


「あの人ってそんなに教えるの上手いの?」

「色々と効率の良い勉強法を知っていて、それがビックリするくらい役に立つんだよ。俺も平均点の辺りをウロウロしていたけど勉強を始めて半年で成績上位へ食い込めるようになったから」

「なんで帰っちゃったの? 私の勉強も見て欲しいのに」


 半年で成績上位という言葉に綾乃が食いついた。

 だが、そもそも住んでいる場所が違うのだからこれは流石にどうしようもないだろう。


「ただの合法ロリだと思ってた」

「ロリって本人の前で言うと怒られますよ。全然成長しないのを気にしてるみたいなので」

「そんなことより、あんまりゆっくりしてると昼休み終わっちゃうよ」

「そうだった。食べながら会議しよう」


 恵太が時間の話をすると、綾乃は新聞部の部室の鍵を開けて中に入る。

 この切り替えの早さは流石だ。誰もついていけない。僕もついていけない。


 恵太と綾乃は弁当を広げる。

 裕和は菓子パンを2つ袋から取り出した。それが昼食なのだろう。


 佑に電話をかけて部室のPCでWeb会議アプリの会議室番号を伝えると映像が繋がった。

 

「それで放課後はどうする?」

「大城戸さんは明日登校してくるって話だけど、ただ待っているのも何だし、お見舞いを口実に彼女の家に行こうと思う」

 

 綾乃は箸をクルクルと回しながら提案した。


「家は分かるの?」

「それはもう……どうやって調べるの?」


 何も分かっておらず、適当に言ってたようだ。

 

『住所なら迎えに来たご両親から一応聞いていますよ』


 リモート参加している佑がPCの向こう側から答えた。


『とりあえずメールで住所を送ります』

「助かります」


 ややあって裕和のスマホからピコンとメール着信音が聞こえた。


「分かったよ。駅の向こう側だ」

「でも、これって僕ら男子が行っちゃダメなやつじゃ」

「そうだな。女子の家に俺達が行っても不審がらせるだけか」


 恵太と裕和は綾乃を見る。


「私1人で行けってこと?」

「うん、まあ」

「それは流石に……やっぱり明日を待とうか」


 綾乃が尻込みをしていると、画面の向こうの佑から声が飛んできた。


『それは良いですけど、そっちのカメラか回線が不調ですか? 急に映像が見えなくなったんですけど』

「えっ? カメラはちゃんと動いていると思いますけど」

『いや、全然見えない』


 画面を見ると佑の方はちゃんと映っている。

 綾乃はPCの設定を調整したり、webカメラを抜き差しするが、やはり映像は復帰しないようだった。


「いやこれ、もしかして」


 恵太はスマホを取り出してカメラアプリを起動させると、カメラには何も表示されなかった。


「大変だ、また領域テリトリーに飲まれてるよ!」

「まさか、こんな真っ昼間の学校で!?」


 裕和もスマホを取り出すが結果は同じようだった。

 綾乃も確認しようとして椅子から立ち上がるが、スマホが焼けたことを思い出したのか、そのまま着席した。


「さすがに発生したばかりだろうから被害は発生していないはず」


 恵太は立ち上がってライターを片手に部室を出ていこうとする。


「ちょっと待った」


 恵太を裕和が静止する。


「なんで? 遅くなれば他に人が巻き込まれるかも」

「その前にまずは分析をしないと。ラビさん、この能力者のプロファイルを」


 裕和は画面の向こうにいる佑に呼びかける。


『このタイミングで発動したということは、この昼休みに能力を試してみたくなったこの学校の生徒で間違いない。能力は昨日の日曜日ではなく、学生が多く居るこの日この時間でなければならなかった。となると、不特定多数への生徒に対して攻撃や操作、分析などを行える能力。それを発動しようとしたが、使い魔の性能以上だったので手に負えなくなって暴走した可能性が考えられる。発動はこの時間に生徒に見られたくない場所だと候補としては校舎裏、屋上、空き教室、もしくは旧校舎』


 佑が早口でまくし立てた。

 

「屋上は結依の件で階段の手前に壁を作ってまず登れないようにしています」

「校舎裏は結構人が居るよ。こっそり男女交際してる連中はだいたいあそこに隠れてる」

「待って! あそこってそんなに人がいたの?」

「知らなかったの?」

「え、待って。それ全然聞いてない。もしかして全部見られてたの?」


 綾乃が校舎裏の話をすると、何故か裕和が異様に慌て始めた。


「いや、その話は後にしよう。そうなると旧校舎しか候補が残らないんだけど」

「その反応からして、何があったのかを今聞きたいんだけど」

「……その話は後だ。まずはこの事態をなんとかしよう」

「はい言質取りました! 後で何かあったのか聞かせてもらうから!」

「綾乃も小森君も漫才は後にしてよ」


 恵太が言うと、はしゃいでいた2人も状況を思い出したのか急に真剣な顔に戻った。


「旧校舎への移動はそれだけで時間がかかるから、まずは先に確認できる空き教室を調べるべき」


 綾乃が本棚に詰め込んでいたファイルを引っ張り出して広げると、そこにはメモ書きだらけの校内の配置図があった。

 そのうち「クラブ部室エリア」と書かれている地帯の一つの教室を指差す。


「これが令和最新版の校内地図。この中で写真部は今年の新入生が0で部員が1人だけになったので、今月頭に同好会に降格して部室を取り上げられた。それで空き部屋になったので、他の同好会が狙ってる」

「うちも似たようなものだけどね」

「その話は今はいいでしょ!」


 綾乃は配置図を辿って写真部部室の場所を確認した。

 

「その部員が怪しいな。詳しい情報はないのか?」

「今年卒業した部長達は新聞部と組んで色々やってたから顔は知ってるけど、去年の1年はそこまで記憶にない」

「そこをなんとか」

 

 裕和が頼むように言うと、綾乃が目をつむってこめかみの辺りをつんつんとつつき始めた。


「そうだ、なんか古いカメラを持ってウロウロしてる女の子が1人いた。多分それが今年1人残った部員」

「一応召喚者の候補ということにしておこう。それで、この写真部の元部室の場所は?」

「現在地はここだから、2つ隣!」


 それを聞いた恵太が扉を開けて廊下に飛び出した。


「外はもう迷宮化してる!」

「敵は?」

「わからない。だけど、すぐ近くに何かがいることは分かる!」


 恵太は部室の中に呼びかける。

 

「すみませんラビさん、通信は一度切ります」

『ああ分かった。俺は直接手助けは出来ないけど、後で結果を教えてもらえると助かる』

「はい、後でメールします」


 裕和が素早くPCをシャットダウンさせて、部屋を飛び出す。

 綾乃は誰も居なくなったのを確認して、部室の鍵を持って飛び出し、素早く施錠する。


「うちの部室を荒らされてたまるか!」

「綾乃、上っ」

「えっ?」


 恵太の叫ぶ声に綾乃が反応して真上を見上げると、天井から何やらハンドボール大の眼球のようなものが降ってくるところだった。


「プロテクション!」

 

 裕和がすかさず綾乃をかばうように抱え込みながら、腕を挙げて叫ぶと同時に青白く光る壁が現れた。

 その壁の上に天井から次々と降ってくる眼球のような形状のエネミーが降り注ぐが、全て弾かれて地面に落ちる。


「ジャック・オー・ランタン!」

 

 恵太がライターに点火すると同時にカボチャ頭の怪人が腕組みをして現れ、その眼球のようなものの数体をパンチの連打で叩き潰す。

 だが、他に数体居た眼球は素早く散開して追撃から逃れた。


「怪我は?」

「おかげで無傷。小森、助かった。ありがと」


 裕和は壁を解除して綾乃から離れる。

 綾乃は消えつつ有る眼球エネミーの残骸を嫌悪感露わに見る。


「何この気持ち悪いやつ」

「騎士鎧よりは弱いみたいだけど数がちょっと……」

 

 通路の前には数十匹の眼球に酷似したエネミーが立ちはだかっていた。

 廊下から天井、窓際までびっしりと張り付いている。


「小森、集団攻撃でまとめて一掃とか出来ないの?」

「俺は専門外。矢上君はどう?」

「ジャッコは多分単体攻撃の近距離型です。そういうのは出来ないかと」

「なら私の出番か」


 綾乃が自信満々にライターに点火する。


「ヤマンソ!」

 

 叫びと共に出現した原子核模型のような炎の塊に付随した二本のリングを高速回転始める。


「広域発火!」


 ヤマンソのリングが更に速度が早まり、目に視認できない程に達した時に、そこから無数の火の粉が飛び出した。

 火の粉に触れた眼球エネミーが次々と燃え上がっていく。


「どうよ、この私の火の玉の威力!」


 綾乃が勝ち誇った直後に、眼球エネミーだけではなく、恵太が喚び出したカボチャ頭の怪人の頭まで燃え上がる。

 

「うわっ、何やってんの綾乃!」

「えっ? いやそんなつもりじゃ」


 幸い、カボチャ頭は自らも燃えているだけあって少し燃えたところでダメージはほぼないようだが、それでも綾乃が無差別攻撃を行ったのは気になる。

 

「まさか暴走?」

「いや、制御は出来てるんだけど」

 

 綾乃はなんとか制御しようとするが、ヤマンソは周囲に火の粉を撒き散らすのを止めようとせず、綾乃の周囲にある掃除箱などが次々と発火していく。


「使い魔を一度解除しろ! 攻撃が無差別だ」


 裕和が青白く光るプロテクションの壁を綾乃、恵太、裕和の3人が隠れられる位置に展開すると、その壁の前でいくつもの炎が弾けた。

 カボチャ頭は無事だったが、人体に当たれば酷いやけどを負うことになるはずだ。

 幸いにもプロテクションの壁を突破するほどの火力はないようだが、このまま攻撃が続くと、もし一般生徒が迷い込んできた時に酷いことになるのは間違いがない。


「どうやら召喚者すら関係なく範囲内なら全攻撃をするみたいだな」

「何こいつ……ハズレすぎじゃない?」


 綾乃が消火するとヤマンソも姿を消し、広域発火の効果も止まった。

 

「こんな癖の強い能力とか要らないんだけど」

「火力はあるから、状況がハマりさえすれば使えなくもないと思うけど」

「防御にも使えないし状況が限られすぎじゃないかな。早く神父をとっ捕まえてこんな能力取り消さないと」

 

 綾乃はライターをポケットに入れてぶつくさ愚痴を呟き始める。


「仕方ない。ここのボスを倒すまでは俺が防御専門に回るよ。ヤマンソの使い方は今後の課題にしよう」


 裕和が綾乃と恵太に言う。

 綾乃もそれで納得したのだろう。自主的に小森の後ろへ隠れるように移動する。


「小森と恵太には悪いけど、今回はそれでお願い。特に攻撃は恵太1人に任せちゃうことになって大変だと思うけど」

「まあ仕方ないよ。綾乃は後ろで楽をしていて」

「矢上君は大変だけど、よろしく頼む。俺も隙を見て攻撃には参加するようにするから」


 恵太は気合を入れるために自らの頬を叩く。


「小森、防御は任せたわよ。ちゃんと護ってね」

「ああ、君は俺が必ず護ってみせるよ。そこは俺を信じて欲しい」

 

 裕和が自信満々に握りこぶしを綾乃に見せながら強い口調で言う。


「あ、いや……そんな自信満々に言われても」

「大丈夫。俺が君を傷つけさせやしないから」

「はい、よろしく……お願いします」


 恵太は綾乃が今まで見たことのない表情をしていることに気付いた。


(なんだよ、王子様に護られるお姫様なんて柄じゃないだろ)


 綾乃はちょっと頼りになる言葉をかけられたからと言って、すぐに浮つくような性格ではない。

 今はちょっと不安になっているだけだと恵太は割り切り、廊下を先へと進む。


「写真部の部室は2つ先のはずだよね」

「これだけ空間が歪むとどれくらい先になっているのやら」


 3人は本来なら2つ隣にある写真部の部室を目指して廊下を進む。

 

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