第5話 「邪神と神父」

 綾乃、恵太、裕和、佑の四人は駅前のカラオケ店に来ていた。


「ワンドリンクから何か頼まないといけないけど、みんな烏龍茶でいいよね。あとお昼代わりにピザとポテトを頼むから。クーポンで値引きだし」


 綾乃は他のメンツの意見を聞く前に取り仕切って注文を出す。

 店員がすぐに注文の品を運んできたので、綾乃は飲み物を全員に配った。


「さて、知ってることを一通り教えて欲しいんだけど」

「そうですね……では、まず矢上さんと柿原さんが使い魔を操る能力を手に入れた経緯から話しましょうか」

「いきなり本題来たわね」


 綾乃は最初から聞きたい話がやっていたので襟を正して聞きに入る。


「まず結論から言うと、使い魔を喚び出して操る力は異世界から日本にやってきた邪神が不特定多数に対して与えているものです」

「邪神?」

「ナイアルラトホテップという名前を聞いたことは?」

「確か何かのゲームで見たような」

「クトゥルフ神話という創作ホラーに登場する邪神の一柱です」

「創作? なら実在しないんですよね」

「この世界ではね」


 佑は意味有りげにここで言葉を切った。


「邪神ナイアルラトホテップの化身は1人の女性に取り憑いた状態で異世界からこの世界へやってきました」

「それってやっぱり侵略目的?」

「いえ、彼女は元々日本人で、異世界に召喚されてしまったので故郷に帰りたかったというのが動機です。日本に帰った直後はまだ邪神が協力的だったのと、異世界で手に入れた能力を駆使して、一財産を築き、豪華クルーザーだの別荘だのを買って好き放題楽しんでいたようです」


 創作の漫画や小説ではよくある話だ。

 異世界で手に入れたチート能力をそのまま地球に持ち帰って大成功を収める。

 そんな話が現実にあったのかと綾乃は驚く。


「でもそんな成功した人が何故?」

「異世界の滞在時間が長すぎたんですよ」

「えっ?」

「彼女は17歳で召喚されてから25年間異世界に滞在していました」

「25年……」


 まだ17年しか生きていない綾乃には25年の時の長さが検討もつかなかった。

 ただ、自分が結婚して子供が産まれて、その子供が自分と同じくらいの年になるくらいの年月と考えるとあまりに長いことは分かる。


 無意識に恵太の顔を見て、首を横に振った。

 恵太は頼りになる幼馴染ではあるが、交際相手としては流石に頼りない。


「私達は5カ月で異世界から帰ってきたので人間関係については割り切ることが出来ました。ただ、その人の場合は25年。金で買える物では代替出来ないものが山ほどあったのにそれらを全部捨てて孤独になってしまった」

「そこを付け込まれた?」

「はい……彼女は邪神の甘言に騙されてそのまま手駒となり、あちこちの次元で破壊活動を行っていました。それを私達が昨年秋に止めました」


 止めましたというのはおそらく殺害したとイコールだと綾乃は解釈した。

 邪神に操られて暴れていた人間が単なる説得で止まるとは思えないからだ。


「でも話はそこで終わりじゃ」

「止められたのは元日本人の彼女だけです。取り憑いていた邪神は逃げ延びて……この町に神父の姿で現れました」

「じゃあ、あの神父が邪神イムホテップ……」

「ニャルラトホテプね」


 恵太が綾乃の間違いを指摘する。


「でもそんな邪神が人間に力を与えるってどういうこと?」

「邪神が今回やっていることと似たような手口を異世界で見ました。人間に寄生植物の種を植え付けて、意識を完全に乗っ取らせて暴れさせるんです」

「寄生植物……」


 名称から寄生虫のようなものを想像して背筋に怖気が走る。


「寄生植物は育ち切ると人間を苗床にして種を作ります。その種を収穫してばら撒き被害を拡大。邪神は使い魔を使って同じことをやろうとしていると考えています」

「使い魔を喚び出す力は何かと便利なチート能力じゃなくて、その寄生植物と同じだと」

「暴走した使い魔が空間を歪めて迷宮を作って内部にエネミーを発生させるのは既に見ましたよね。邪神はああなることを前提に能力を渡しているのでしょう。暴走前提の能力です」


 綾乃は恵太から渡されたオイルライターを見る。

 今のところはライターの点火/消火で制御出来ているが、将来的にはどうなるか分からない。


 寄生植物と使い魔がほぼ同じ存在ということならば、暴走状態を解除出来ないと、いずれば種を作るための苗床に変えられてしまい、命を落とすのだろう。

 そしてその種が更に犠牲者を増やしていく。


 養分にされて終わる人生などまっぴらだ。

 そのためにも、なるべく早めに神父……ジャムホイップを捕まえてどうにか解決する必要がある。

 綾乃はそう決意してライターを強く握る。


「綾乃、それ僕のライターだから後で返してね」

「返すと私が暴走するかもしれないんだけど」

「でも返してもらわないと僕も暴走するかも……」

「あの、元々私のライターなので……後で一人一個持てるように新品を買いましょう」


 佑の提案に綾乃と恵太は首を傾げる。


「新品で良いの?」

「十分検証は出来ていませんが、おそらく重要なのは物を燃やして煤を出すことと、精神的にオンオフのスイッチを作ることだと思います。なのでライター自体はそこらの市販品でも何も問題はないかと」

「じゃあ100均ライターでも大丈夫? 実は財布に余裕がなくて」

「僕は100均に全てを託したくはないかな」

「それは確かに」

 

 恵太の言葉に綾乃も頷く。

 確かに自分の身の安全がかかっているものを、いつ壊れるか分からない100均ライターに託したくはない。


「上戸さん、このライターって高いんですか?」

「通販で安いところなら2500円ですが、そこらの店でも4000円もあれば買えますよ。あとで買いに行きましょう」


 綾乃と恵太は財布を取り出して1000円札の枚数を数える。

 綾乃はライターだけではなく、ここのカラオケ店の支払いや焼けてしまったスマホの買い替えのこともあり、頭を抱える。


「流石に厳しいな……燃えたスマホも買い替えなきゃなのに」

「ここの支払いと2人……いえ、3人分のライター代くらいなら私が出すますよ」

「えっ?」

「えっ? 良いんですか?」


 綾乃と恵太は目を輝かせて佑を期待の目で見る。


「もしかしてお金持ちのお嬢様?」

「いやいや、そこまでの金額じゃないでしょう」


 佑はたいしたことないとばかりに答えたが、それでも1万は超えるはずだ。高校生の綾乃とはどうも金銭感覚がずれている。


「中学生にしてはお金に余裕がありすぎでしょ」

「この人は学生じゃなく成人したサラリーマンで、それなりにお金を持ってるので頼っても大丈夫だよ」


 綾乃が言うと、裕和が横から割り込んできて、何故か自慢げに指を伸ばして手のひらを広げて佑へ向ける。

 サラリーマンということを聞いて綾乃は目をパチクリさせた。


「2年目だからまだ給料はそんなに貰ってないけどね」

「……中学生じゃないんですか?」

「24歳ですけど」

「こんな成人いる? 着てる服は学校の制服ですよね」

「ビジネススーツですけど」

 

 そう説明されるとビジネススーツに見えなくもないが、説明がなければ学校の制服にも見える絶妙なデザインだ。

 

「こんな制服みたいなスーツなんてどこに売ってるんですか?」

「ピッタリのビジネススーツを作ってくれとオーダーで頼んだらこれになったんですよ」


 確かにその服屋はピッタリのものを作ってくれというオーダー通り、見た目が女子中学生である佑にサイズだけでなくデザイン合うスーツを作ったのだろう。

 注文通りの完璧な仕事をこなしているようで、流石に腕は確かなようだ。文句の付け所はない。


「でもそれって上戸さんが自腹で払うってことですよね。組織から経費とか出ないんですか?」

「組織?」


 綾乃に対して佑が訝しげな表情を示した。


「えっ? 異世界帰りの人間や能力者が集まっている組織とかないんですか?」


 綾乃は驚いて言った。


 綾乃はてっきり佑や裕和は何かの組織に所属していて、活動に対して何かしら報酬が支払われていると考えていた。

 もしかしたら使い魔を召喚できる能力を手に入れた自分達もその組織に所属して活動することを要求されるのでは?


 実は割の良いバイトになるのでは? とも考えていた。


「組織とかないですよ。もしかしたらどこかには有るかもしれませんが、少なくとも私達の仲間は誰もその存在を知りません」

「誰にも頼まれていないし儲かるわけでもないのに、なんで事件を解決しようとしているんですか?」


 綾乃の問いに佑を裕和は顔を見合わせた。

 

「私は小森くんから地元で何か変な事態が起こっていると聞いて来ただけなので」

「だって、地元で訳のわからない事件が起こるのは嫌だろ。世界の全部を護るのは無理だけど、せめて身の回りにいる人くらいは護りたい」


 裕和と佑はさも当然のように答えた。

 今の話を信じる限り、2人は完全に個人の正義感だけで無報酬で活動しているようだ。


「矢上君も柿原さんも高校最後の1年なのに、こんなつまらないことに時間を費やしたくないだろ。さっさと解決して平穏を取り戻そう」

「それはそうだけど……せめて、あのダンジョンで何か宝を持ち帰って売って大儲けるとかそういうのは出来ないんですか?」

「あそこは空間が歪んでいるだけで解除された時は元に戻るので、単に窃盗してるだけにしかならないよ」

「なら、せめてネットで動画配信して投げ銭狙うとか」

「それもダメですよ」


 佑が軽い感じで否定した。


「やっぱりあの空間や能力のことは秘密なんですか?」

「確かにネットに動画が流れて騒がれたら面倒ですけど、それ以前の問題として」


 佑はそう言うとスマホの画面を見せてきた。

 ただ、真っ暗闇の中に何か紫色のような煙が立ち込めており、何が映っているのかはっきりしない。

 

「これは昨日旧校舎にいた蛇の使い魔を撮ったものですが」

「あの場面を撮影してたんですか?」


 綾乃はそのスマホの映像を見て、自分達がビデオカメラで撮影した映像も同じく撮影出来なかったことを思い出した。


「使い魔が歪めた空間ってこんな感じで常時紫色の煙が発生していて、カメラで撮るとこうなるんですよ」

「人間の目には見えるのに? カメラが異常になる異変?」

「カメラは正常なんだと思います。本来存在する煙が映っているだけなので。むしろ煙を認識できない人間の目が異常なんじゃないかと」

「じゃあ配信で稼ぐのも、新聞部の記事を出すのもダメか」

 

 綾乃は腕組みをして目を瞑って何とか稼ぐ方法がないか考えを巡らせる。


 だが、良いアイデアがそんなすぐに浮かんでくることはない。

 財布の中身と労力とこれから待ち受ける困難のことで頭の中がいっぱいになり大きくため息をついた。


「まあ、使い魔みたいな爆弾をいつまでも抱えてられないし、タダでもやりますけどね……あの変な神父、絶対捕まえてクーリングオフしてやる!」

「大丈夫、僕も手伝うよ」

「ありがと。それは頼りにしてる」


 綾乃の上に恵太が手を乗せる。

 その上に裕和が手を被せた。


「俺ももちろん神父を捜すのを手伝わせてもらうよ。元々1人だけでも解決するつもりだったし、仲間が増えるのは頼もしい」

「頼りにしてますよ、先輩」

「先輩って同学年だろ」

「でも異世界帰りで魔物退治のプロなんでしょ。私達は一般人みたいなもんなんだし」

 

 最後に佑が手を乗せた。


「私は一度家に帰りますが、近いうちに皆さんのサポートのために戻ってきます」

「上戸さんが住んでるところってそんな遠いんですか?」

「兵庫らしいよ」


 恵太が綾乃に伝える。


「ラビさん、戻ってくるって仕事は大丈夫なんですか?」

「うちの会社はテレワーク制度があるからね。都合を付けて何とかなるよ。さすがに平日は仕事で出られないだろうけど。そこまで長期化させるつもりもないし」

「どのくらいを目処にします?」

「3ヶ月。それより長引かせると小森くんの受験にも影響が出るだろ。9月までには全部終わらせる」

「受験か」


 綾乃は呟いた。

 もう3年の5月だが、なんとなく地元の大学のどこかに合格したら良いなくらいしか考えていないし、進路調査票にも進学(地元)くらいしか書いていない。

 将来のビジョンなど特にないのだ。


「恵太はどこの大学に行くつもり?」

「僕もまだ考えてないけど……まあ地元かな」

「じゃあ私も同じところでいいか」


 恵太の選択なら間違いないだろうと綾乃は軽い気持ちで考える。


「小森君はどうなの?」

「俺は一応県立医大を狙ってるんだけど成績がね」

「医大とはまた大変なところを」

「でも、自分がやりがいを感じたことを考えると、将来の進路はそれしかないと思ったので」


 裕和は力強く答えた。


「まあ成績は思いに追いついてくれないんだけどね。模試だとギリギリ滑り込めるかってところだし」

「小森は確かヒールとかいう回復能力使えるでしょう。今更医者になる必要なんてあるの?」

「降って湧いた力には頼れないよ。それにこんな謎の能力なんて日本の法律、社会では認められていないんだし」

「なら、尚更意味がないのか、この使い魔召喚とかいう能力」


 綾乃は落胆する。

 そもそも謎の火の玉などスマホを焼く以外の使い道が思い浮かばないのでどうでも良い話では有るが。


「僕のカボチャも何に使ったら良いのか全然わからないしね。距離が離れたらコントロールもなくなるし、本当に戦闘にしか使えない」

「だから邪神の罠なんだよ。違法なことならいくらでも使い道があるのに、合法的だと一切使い道がなくなる」

「本当に面倒くさい。早く解除しよう」


 この日はカラオケ店を出て、ホームセンターで佑がオイルライターを3つ購入して配り、解散となった。

 綾乃と恵太、そして今はここに居ない大城戸の分だ。


 裕和は佑は軽い挨拶だけの見送りだった。

 佑は最後に「それではまた」と言って駅のホームへと消えていった。


「さて、明日からは大変だけど、神父について調べていこうか。小森君はまずうちの部室に来てくれる? 分かるよね、新聞部の部室」

「ああ、わかった。教室で色々と話すよりもそこの方が話ややりやすそうだ」

「恵太は当然来るよね」

「もちろんだけど」

「じゃあ手始めに明日の昼休みに弁当を持って集合のこと!」

 綾乃、恵太、裕和、佑の四人は駅前のカラオケ店に来ていた。


「ワンドリンクから何か頼まないといけないけど、みんな烏龍茶でいいよね。あとお昼代わりにピザとポテトを頼むから。クーポンで値引きだし」


 綾乃は他のメンツの意見を聞く前に取り仕切って注文を出す。

 店員がすぐに注文の品を運んできたので、綾乃は飲み物を全員に配った。


「さて、知ってることを一通り教えて欲しいんだけど」

「そうですね……では、まず矢上さんと柿原さんが使い魔を操る能力を手に入れた経緯から話しましょうか」

「いきなり本題来たわね」


 綾乃は最初から聞きたい話がやっていたので襟を正して聞きに入る。


「まず結論から言うと、使い魔を喚び出して操る力は異世界から日本にやってきた邪神が不特定多数に対して与えているものです」

「邪神?」

「ナイアルラトホテップという名前を聞いたことは?」

「確か何かのゲームで見たような」

「クトゥルフ神話という創作ホラーに登場する邪神の一柱です」

「創作? なら実在しないんですよね」

「この世界ではね」


 佑は意味有りげにここで言葉を切った。


「邪神ナイアルラトホテップの化身は1人の女性に取り憑いた状態で異世界からこの世界へやってきました」

「それってやっぱり侵略目的?」

「いえ、彼女は元々日本人で、異世界に召喚されてしまったので故郷に帰りたかったというのが動機です。日本に帰った直後はまだ邪神が協力的だったのと、異世界で手に入れた能力を駆使して、一財産を築き、豪華クルーザーだの別荘だのを買って好き放題楽しんでいたようです」


 創作の漫画や小説ではよくある話だ。

 異世界で手に入れたチート能力をそのまま地球に持ち帰って大成功を収める。

 そんな話が現実にあったのかと綾乃は驚く。


「でもそんな成功した人が何故?」

「異世界の滞在時間が長すぎたんですよ」

「えっ?」

「彼女は17歳で召喚されてから25年間異世界に滞在していました」

「25年……」


 まだ17年しか生きていない綾乃には25年の時の長さが検討もつかなかった。

 ただ、自分が結婚して子供が産まれて、その子供が自分と同じくらいの年になるくらいの年月と考えるとあまりに長いことは分かる。


 無意識に恵太の顔を見て、首を横に振った。

 恵太は頼りになる幼馴染ではあるが、交際相手としては流石に頼りない。


「私達は5カ月で異世界から帰ってきたので人間関係については割り切ることが出来ました。ただ、その人の場合は25年。金で買える物では代替出来ないものが山ほどあったのにそれらを全部捨てて孤独になってしまった」

「そこを付け込まれた?」

「はい……彼女は邪神の甘言に騙されてそのまま手駒となり、あちこちの次元で破壊活動を行っていました。それを私達が昨年秋に止めました」


 止めましたというのはおそらく殺害したとイコールだと綾乃は解釈した。

 邪神に操られて暴れていた人間が単なる説得で止まるとは思えないからだ。


「でも話はそこで終わりじゃ」

「止められたのは元日本人の彼女だけです。取り憑いていた邪神は逃げ延びて……この町に神父の姿で現れました」

「じゃあ、あの神父が邪神イムホテップ……」

「ニャルラトホテプね」


 恵太が綾乃の間違いを指摘する。


「でもそんな邪神が人間に力を与えるってどういうこと?」

「邪神が今回やっていることと似たような手口を異世界で見ました。人間に寄生植物の種を植え付けて、意識を完全に乗っ取らせて暴れさせるんです」

「寄生植物……」


 名称から寄生虫のようなものを想像して背筋に怖気が走る。


「寄生植物は育ち切ると人間を苗床にして種を作ります。その種を収穫してばら撒き被害を拡大。邪神は使い魔を使って同じことをやろうとしていると考えています」

「使い魔を喚び出す力は何かと便利なチート能力じゃなくて、その寄生植物と同じだと」

「暴走した使い魔が空間を歪めて迷宮を作って内部にエネミーを発生させるのは既に見ましたよね。邪神はああなることを前提に能力を渡しているのでしょう。暴走前提の能力です」


 綾乃は恵太から渡されたオイルライターを見る。

 今のところはライターの点火/消火で制御出来ているが、将来的にはどうなるか分からない。


 寄生植物と使い魔がほぼ同じ存在ということならば、暴走状態を解除出来ないと、いずれば種を作るための苗床に変えられてしまい、命を落とすのだろう。

 そしてその種が更に犠牲者を増やしていく。


 養分にされて終わる人生などまっぴらだ。

 そのためにも、なるべく早めに神父……ジャムホイップを捕まえてどうにか解決する必要がある。

 綾乃はそう決意してライターを強く握る。


「綾乃、それ僕のライターだから後で返してね」

「返すと私が暴走するかもしれないんだけど」

「でも返してもらわないと僕も暴走するかも……」

「あの、元々私のライターなので……後で一人一個持てるように新品を買いましょう」


 佑の提案に綾乃と恵太は首を傾げる。


「新品で良いの?」

「十分検証は出来ていませんが、おそらく重要なのは物を燃やして煤を出すことと、精神的にオンオフのスイッチを作ることだと思います。なのでライター自体はそこらの市販品でも何も問題はないかと」

「じゃあ100均ライターでも大丈夫? 実は財布に余裕がなくて」

「僕は100均に全てを託したくはないかな」

「それは確かに」

 

 恵太の言葉に綾乃も頷く。

 確かに自分の身の安全がかかっているものを、いつ壊れるか分からない100均ライターに託したくはない。


「上戸さん、このライターって高いんですか?」

「通販で安いところなら2500円ですが、そこらの店でも4000円もあれば買えますよ。あとで買いに行きましょう」


 綾乃と恵太は財布を取り出して1000円札の枚数を数える。

 綾乃はライターだけではなく、ここのカラオケ店の支払いや焼けてしまったスマホの買い替えのこともあり、頭を抱える。


「流石に厳しいな……燃えたスマホも買い替えなきゃなのに」

「ここの支払いと2人……いえ、3人分のライター代くらいなら私が出すますよ」

「えっ?」

「えっ? 良いんですか?」


 綾乃と恵太は目を輝かせて佑を期待の目で見る。


「もしかしてお金持ちのお嬢様?」

「いやいや、そこまでの金額じゃないでしょう」


 佑はたいしたことないとばかりに答えたが、それでも1万は超えるはずだ。高校生の綾乃とはどうも金銭感覚がずれている。


「中学生にしてはお金に余裕がありすぎでしょ」

「この人は学生じゃなく成人したサラリーマンで、それなりにお金を持ってるので頼っても大丈夫だよ」


 綾乃が言うと、裕和が横から割り込んできて、何故か自慢げに指を伸ばして手のひらを広げて佑へ向ける。

 サラリーマンということを聞いて綾乃は目をパチクリさせた。


「2年目だからまだ給料はそんなに貰ってないけどね」

「……中学生じゃないんですか?」

「24歳ですけど」

「こんな成人いる? 着てる服は学校の制服ですよね」

「ビジネススーツですけど」

 

 そう説明されるとビジネススーツに見えなくもないが、説明がなければ学校の制服にも見える絶妙なデザインだ。

 

「こんな制服みたいなスーツなんてどこに売ってるんですか?」

「ピッタリのビジネススーツを作ってくれとオーダーで頼んだらこれになったんですよ」


 確かにその服屋はピッタリのものを作ってくれというオーダー通り、見た目が女子中学生である佑にサイズだけでなくデザイン合うスーツを作ったのだろう。

 注文通りの完璧な仕事をこなしているようで、流石に腕は確かなようだ。文句の付け所はない。


「でもそれって上戸さんが自腹で払うってことですよね。組織から経費とか出ないんですか?」

「組織?」


 綾乃に対して佑が訝しげな表情を示した。


「えっ? 異世界帰りの人間や能力者が集まっている組織とかないんですか?」


 綾乃は驚いて言った。


 綾乃はてっきり佑や裕和は何かの組織に所属していて、活動に対して何かしら報酬が支払われていると考えていた。

 もしかしたら使い魔を召喚できる能力を手に入れた自分達もその組織に所属して活動することを要求されるのでは?


 実は割の良いバイトになるのでは? とも考えていた。


「組織とかないですよ。もしかしたらどこかには有るかもしれませんが、少なくとも私達の仲間は誰もその存在を知りません」

「誰にも頼まれていないし儲かるわけでもないのに、なんで事件を解決しようとしているんですか?」


 綾乃の問いに佑を裕和は顔を見合わせた。

 

「私は小森くんから地元で何か変な事態が起こっていると聞いて来ただけなので」

「だって、地元で訳のわからない事件が起こるのは嫌だろ。世界の全部を護るのは無理だけど、せめて身の回りにいる人くらいは護りたい」


 裕和と佑はさも当然のように答えた。

 今の話を信じる限り、2人は完全に個人の正義感だけで無報酬で活動しているようだ。


「矢上君も柿原さんも高校最後の1年なのに、こんなつまらないことに時間を費やしたくないだろ。さっさと解決して平穏を取り戻そう」

「それはそうだけど……せめて、あのダンジョンで何か宝を持ち帰って売って大儲けるとかそういうのは出来ないんですか?」

「あそこは空間が歪んでいるだけで解除された時は元に戻るので、単に窃盗してるだけにしかならないよ」

「なら、せめてネットで動画配信して投げ銭狙うとか」

「それもダメですよ」


 佑が軽い感じで否定した。


「やっぱりあの空間や能力のことは秘密なんですか?」

「確かにネットに動画が流れて騒がれたら面倒ですけど、それ以前の問題として」


 佑はそう言うとスマホの画面を見せてきた。

 ただ、真っ暗闇の中に何か紫色のような煙が立ち込めており、何が映っているのかはっきりしない。

 

「これは昨日旧校舎にいた蛇の使い魔を撮ったものですが」

「あの場面を撮影してたんですか?」


 綾乃はそのスマホの映像を見て、自分達がビデオカメラで撮影した映像も同じく撮影出来なかったことを思い出した。


「使い魔が歪めた空間ってこんな感じで常時紫色の煙が発生していて、カメラで撮るとこうなるんですよ」

「人間の目には見えるのに? カメラが異常になる異変?」

「カメラは正常なんだと思います。本来存在する煙が映っているだけなので。むしろ煙を認識できない人間の目が異常なんじゃないかと」

「じゃあ配信で稼ぐのも、新聞部の記事を出すのもダメか」

 

 綾乃は腕組みをして目を瞑って何とか稼ぐ方法がないか考えを巡らせる。


 だが、良いアイデアがそんなすぐに浮かんでくることはない。

 財布の中身と労力とこれから待ち受ける困難のことで頭の中がいっぱいになり大きくため息をついた。


「まあ、使い魔みたいな爆弾をいつまでも抱えてられないし、タダでもやりますけどね……あの変な神父、絶対捕まえてクーリングオフしてやる!」

「大丈夫、僕も手伝うよ」

「ありがと。それは頼りにしてる」


 綾乃の上に恵太が手を乗せる。

 その上に裕和が手を被せた。


「俺ももちろん神父を捜すのを手伝わせてもらうよ。元々1人だけでも解決するつもりだったし、仲間が増えるのは頼もしい」

「頼りにしてますよ、先輩」

「先輩って同学年だろ」

「でも異世界帰りで魔物退治のプロなんでしょ。私達は一般人みたいなもんなんだし」

 

 最後に佑が手を乗せた。


「私は一度家に帰りますが、近いうちに皆さんのサポートのために戻ってきます」

「上戸さんが住んでるところってそんな遠いんですか?」

「兵庫らしいよ」


 恵太が綾乃に伝える。


「ラビさん、戻ってくるって仕事は大丈夫なんですか?」

「うちの会社はテレワーク制度があるからね。都合を付けて何とかなるよ。さすがに平日は仕事で出られないだろうけど。そこまで長期化させるつもりもないし」

「どのくらいを目処にします?」

「3ヶ月。それより長引かせると小森くんの受験にも影響が出るだろ。9月までには全部終わらせる」

「受験か」


 綾乃は呟いた。

 もう3年の5月だが、なんとなく地元の大学のどこかに合格したら良いなくらいしか考えていないし、進路調査票にも進学(地元)くらいしか書いていない。

 将来のビジョンなど特にないのだ。


「恵太はどこの大学に行くつもり?」

「僕もまだ考えてないけど……まあ地元かな」

「じゃあ私も同じところでいいか」


 恵太の選択なら間違いないだろうと綾乃は軽い気持ちで考える。


「小森君はどうなの?」

「俺は一応県立医大を狙ってるんだけど成績がね」

「医大とはまた大変なところを」

「でも、自分がやりがいを感じたことを考えると、将来の進路はそれしかないと思ったので」


 裕和は力強く答えた。


「まあ成績は思いに追いついてくれないんだけどね。模試だとギリギリ滑り込めるかってところだし」

「小森は確かヒールとかいう回復能力使えるでしょう。今更医者になる必要なんてあるの?」

「降って湧いた力には頼れないよ。それにこんな謎の能力なんて日本の法律、社会では認められていないんだし」

「なら、尚更意味がないのか、この使い魔召喚とかいう能力」


 綾乃は落胆する。

 そもそも謎の火の玉などスマホを焼く以外の使い道が思い浮かばないのでどうでも良い話では有るが。


「僕のカボチャも何に使ったら良いのか全然わからないしね。距離が離れたらコントロールもなくなるし、本当に戦闘にしか使えない」

「だから邪神の罠なんだよ。違法なことならいくらでも使い道があるのに、合法的だと一切使い道がなくなる」

「本当に面倒くさい。早く解除しよう」


 この日はカラオケ店を出て、ホームセンターで佑がオイルライターを3つ購入して配り、解散となった。

 綾乃と恵太、そして今はここに居ない大城戸の分だ。


 裕和は佑は軽い挨拶だけの見送りだった。

 佑は最後に「それではまた」と言って駅のホームへと消えていった。


「さて、明日からは大変だけど、神父について調べていこうか。小森君はまずうちの部室に来てくれる? 分かるよね、新聞部の部室」

「ああ、わかった。教室で色々と話すよりもそこの方が話ややりやすそうだ」

「恵太は当然来るよね」

「もちろんだけど」

「じゃあ手始めに明日の昼休みに弁当を持って集合のこと!」

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