第4話 「ヤマンソ」

「ちょっと早かったかな」


 恵太が一番乗りのつもりで早めに待ち合わせの駅前に着くと、既に佑が待っていた。

 昨日夜と同じ黒いコートをまとった姿で、紙パックの豆乳を飲みながらスマホの画面を見ていた。


 恵太はあまり人見知りをするタイプではないが、流石にろくに会話もしていない年下の女子相手だと流石にどう声をかけて良いものか悩む。


「あ、あの……おはようございます。早いですね」


 どう話しかけて良いのか悩んだ挙句、結局、ごく普通の挨拶をすると、佑は手を挙げて応えてくれた。


「たいして待ってないよ。さっきまで病院に居たから」

「病院? もしかして昨晩からずっと付き添いで?」

「大城戸さんが一通りの精密検査を終えて、両親に連れられて帰ったのがさっきでしたからね」


 薄情な話だが、恵太は自分が喚び出せるようになった使い魔のことで頭が一杯で、大城戸のことはほぼ忘れていた。

 佑が病院に送り届けた時点で、もう自分には関係のない話だと割り切っていたからだ。


「……お疲れ様です」

「別にたいしたことはしてませんよ。夜が明けるまでは暇すぎて適当にスマホでゲームして時間潰していただけですので」


 佑はパックの豆乳を飲み切るとゴミ箱を探しているのか辺りをキョロキョロとし始めたが、見つからなかったようで鞄の中からビニール袋を取り出してその中へゴミを投げ込んだ後に鞄へ入れる。

 意外と几帳面な性格のようだ。


「大城戸さんの体調は特に異常なし。明日は学校を休んで病院で半日かけて精密検査をやるらしいけど、あくまでも念の為で大きな問題は出ないだろうってことです」

「それは良かったです」

「あと、小森くんや柿原さんにも話はしようと思っていますが、しばらくは精神的なケアと再暴走の監視も兼ねて大城戸さんの世話をお願いしようと思っています」

「僕が……ですか?」


 佑から意外な頼みが来た。

 大城戸とは何の繋がりもない。

 流石に同じ学校、同じクラスなので顔と名前くらいは知っているがそれだけだ。


 そもそも幼馴染の綾乃は例外として、女子と会話するだけでも恥ずかしい。

 現在も年下の少女である佑と話せているのは奇跡的な快挙と言えるくらいだ。

 あまり女子を感じさせないからだろうか?


 ただそれを本人に言うと怒られそうだし、実際に綾乃に「恵太はデリカシーがない」と怒られたこともあるので、黙っておく。

 

「一人で全部やれと言うつもりはありません。ただ、使い魔ディペンデント使いという共通点があるのは君だけですので」

「あの、上戸さんは?」

「残念ながら、私は住んでいる場所が違うので、今日の夕方には帰らないといけないので無理なんですよ。次はいつ来られるか……」


 そう言うと佑は遠くの空を見た。


「遠いんですか? まさか異世界?」

「兵庫県の加古川です」

「兵庫!?」

 

 恵太は脳内に日本地図を浮かべる。確かに兵庫県は遠い。

 修学旅行で行った奈良京都よりも更にちょっとだけ遠いところがまた絶妙な距離だ。

 佑の服はあまり近所では見掛けない制服だと思っていたが、そこまで遠い場所だとは予想外だった。


「やっぱり兵庫とは謎の能力で移動とかするんですか?」

「電車ですよ。新幹線と在来線で4時間」

「……そんな遠くからお疲れ様です」

 

 恵太は思わず頭を下げた。


「2人とも早いな」


 そんなやり取りをしているうちに、裕和が集合場所にやって来た。


 後は綾乃だけという状況になったが、その綾乃が現れない。

 恵太は焦るように腕時計を見る。


「それにしても遅いな。綾乃はこんな時に遅れるような性格じゃないのに」

「柿原さんの家は遠いの? 昨日は病院からタクシーに乗せて帰したからその後のことは分からないんですけど」

「高校の裏手のマンションです。山の向こう側なので意外と距離はあります」

「一応電話をかけてもらっていいかな?」


 電話をかけると1コールでに電話が繋がった。

 恵太が話そうとすると、綾乃が先手を取って大きな声で話し始めた。


『良かった。こっちから電話しようと思っていたところ』

「どうしたの? 何か焦っているみたいだけど」

『それが……ちょっと人の多いところはマズくて……今は市民の森にいるんだけど、集合場所をこっちにしてくれない?』

「なんでそんなところに?」

『いいからすぐに来て!』

 

 綾乃の怒鳴り声で電話は切れた。

 リダイアルするが「電源が入っていないか電波の届かない場所にいるため繋がりません」とアナウンスが流れて繋がらない。


「なんか起こってるみたいだけどどうでした?」

「分からないけど市民の森に来いって」


 恵太は聞いたままを答える。

 綾乃が事前連絡なしに人気のない場所へ来いと言うからには何かがあるのだろう。


「市民の森ってどういう場所か分かります?」

「それは大丈夫。とある事情でこの町はそれなりに詳しいので」


 佑はそう言いながらもスマホの地図アプリで市民の森の位置などを確認しているようだ。


「でも、なんでこんなところに?」

「分からないけど綾乃に何か起こってるんだとしか思えない……行かないと」


 歩き始めようとした恵太の方を佑が掴んで止める。


「山の入口まではタクシーに乗ったほうが早いですよ。駅前ロータリーで客待ちしてる車を拾いましょう」

「えっタクシー? この距離で?」

「状況からして急ぎなんでしょう。なら車で移動しましょう」

「確かに早いけどこの距離でタクシーに乗るなんて……」


 恵太の感覚だとこの距離の移動は徒歩か自転車が基本で金を使うことが理解の範疇外だったので困惑する。


「ほらこの人は大人だから」

「そうそう、こういうのは大人に任せなさい」

 

 どう見ても年下にしか見えない佑が何の自慢なのか、ない胸を張っていた。


「それで市民の森のどの辺り? 一番上?」

「すみません、聞いていませんでした」

「まあいいや。近くに行ったらまた電話をかけよう」


 佑が駅前ロータリーに停まっていたタクシーに声をかけて助手席に乗り込む。

 続いて裕和と恵太も後部座席へ乗る。


「運転手さん、市民の森の入口までお願いします」


   ◆ ◆ ◆


「さて、この広い山の中からどうやって探すか」


 恵太と裕和は今から登る山道の先を見る。

 街の近くにある丘に毛が生えた程度の低山とはいえ、それなりの広さはある。

 そこに隠れた人間一人を捜すとなると意外と骨だ。


「電話は繋がりそう?」

「ダメですね。ずっと電源が切れてるのアナウンスばっかりで」


 恵太は何度かリダイアルを繰り返すが、やはり繋がる気配はない。

 ショートメールやSNSで呼びかけてみるも既読がつかない。


「柿原さんが隠れそうな場所の心当たりは?」

「子供の時の思い出くらいならあるんですけど、あてと言ってもそれくらいしか」


 3人が登山道入口で相談していると、ハイキング客らしい老人が数人その横を歩いていった。


「これだけ晴れてる日曜日なんだし、行楽客も多いな。人から身を隠したいなら、ハイキングコースから離れた場所にいる可能性が高いのか」

「となると、普通に捜すと見つけられませんね」

「だからこそ矢上君の思い出とやらに頼ってみよう」


 佑と裕和から恵太に無茶振りが飛んできた。


「たいした思い出じゃないですよ」


 恵太はそう言うと歩き始めた。

 少し道沿いに歩いたところから脇道に逸れてどんどん森の中へ入っていく。


「僕の住んでるマンションからこの森は近いので、近所の子供と一緒によくここへ遊びに来てたんです」

「そこは俺と同じだな。同じ年だし子供の頃にどこかで会ってるかも」


 邪魔な枝をかき分けながら裕和がそう答えた。

 その後ろを佑が続く。


「小森さんの家もここから近いの?」

「小森って呼び捨てでいいよ。俺の家からは子供にしてはそれなりの距離があるから幼馴染と一緒に大冒険感覚で遊びに来てたよ」

「カタツムリを踏んで潰して俺……じゃない結依さんに連れられて泣いて帰ったんだよね。虫嫌いになったのは多分それがきっかけ」

「やめてくださいよ、小学校低学年の話ですよ」


 佑の話に裕和は恥ずかしさを隠そうとしてか無駄に手を振り回す。


「昔は良かった。男女とかそういうのを関係なく自由に遊ぶことが出来て」

「……ああ」


 裕和は昔を懐かしんでいるのか、一度空を見た。

 

「ああ、あの頃は本当に良かった」

 

 それは恵太も同じだった。

 幼馴染の綾乃とは中学、高校と段々コミュニケーションを取れなくなってきている気がする。

 どうしても恋愛とか男女の仲とかそういうのがチラつくせいで、うまく関係を保てない。


 恵太が案内するルートを10分くらい歩くと、小さな水たまりの辺りに綾乃はしゃがみ込んでいた。


「綾乃、何が遭った?」

「来るのが遅い!」

「ごめん」


 開幕早々怒鳴りつける綾乃に対して恵太は素直に謝る。

 こういう時に色々反論すると余計にこじれるのは恵太は長い付き合いで体感していたのでそれ以上は何も言わない。


「怒鳴ったりしてこっちこそごめん……それよりも、まずは今の状況を見て欲しいんだけど」


 綾乃が手を上げると、水たまりの中から花弁のような形状の炎の周囲を2つのリング型の炎が回転しているという奇妙な物体が浮かび上がってきた。

 その形状は物理の授業で見た原子核の模型を思い起こさせた。


「これってまさか僕のカボチャと同じ……」

「使い魔だと思う」


 恵太は答えが帰ってくることを期待して佑の方を見る。


「僕だけじゃなく綾乃もあの神父に力を与えられていたってことでしょうか?」

「まあ間違いないね。さて、このまま撃ち落とすか、それとも何とか制御してもらうか」


 佑は火の玉を睨みつけている。

 どう対処するかについてはまだ決めかねているようだ。


「これはいつどういう状況で出てきましたか?」

「朝起きたら、こいつが目の前に浮かんでいて……」

「ならなんで電話しなかったのさ?」

「……燃やされちゃった」


 綾乃は恵太にそう答えながら、足元に転がっている黒く焼け焦げた残骸……かつてスマホだった物を指差した。

 恵太が近付いて拾い上げようとすると、炎のリングが回転速度を上げながら恵太へと近付いてくる。


「今は柿原さんに近寄らない方が良いな。そのスマホみたいに焼かれそうだ」


 裕和が前に出て恵太を止めに入る。

 2人は火の玉を見ながら後退りすると、火の玉も後ろへと下がっていった。


「電話を掛けようとしたらこいつが速攻で燃やそうとしてきてさ。何とか隠していたんだけど、さっき電話に出たら、ついに燃やされてこの状態」

「ということは制御は出来ていない?」

「出来たら苦労しないわよ!」


 綾乃が怒鳴ると炎のリングの回転速度が上がり、そこから火の粉が飛び散り始めた。


「どうやったら消せるの、これ?」

「制御が効かないとなると暴走一歩手前か」

 

 佑は口元に手を当てて何やら思案しているようだった。

 少し経って結論が出たのか恵太の方を見て言った。


「矢上さん、私が昨日渡したライターをまだ持っていますよね」

「はい。今も持ってきています」

「そのライターを柿原さんに渡してもらえますか?」

「でもこれって火を点けたら使い魔が現れる方式だから、もう出てきている綾乃の場合には意味がないと思うんですけど」

「意味がないかどうかは試してみないと分からないので、お願いします」


 恵太は半信半疑で佑が言うとおりにライターをポケットから取り出した。

 それを綾乃へ手渡そうとするが、近付くと火の玉も近寄ってくる。


「一度地面に置いて、それを綾乃さんに拾ってもらいましょう。それなら大丈夫かもしれません」


 佑の言うとおり恵太は土の上にオイルライターを置く。

 それを綾乃が拾い上げようとすると、今度は火の玉が綾乃へと近付いていく。

 スマホと同じように焼くつもりなのだろうか?


「小森くん、防御を!」

「プロテクション!」


 裕和が叫ぶと、綾乃と火の玉の間に青白く光る粒子で構成された縦横2mほどの光の壁が出現した。

 火の玉はリングをチェンソーのように高速回転させながら何度も壁へと体当たりをするが、ビクともしないどころか、逆に火の玉の勢いの方が衰えていく。


「この壁……小森君の能力なの?」

「説明は後で! それよりも柿原は早く!」


 火の玉が壁に阻まれて近付けない間に綾乃はライターを拾い上げた。


「それで何をすれば?」

「一度火を点けた後にすぐに蓋を閉じて消火を」

「そんな単純な話で?」

「いいから早く!」


 佑の指示通りにオイルライターを点火して、すぐに消化すると火の玉が嘘のように消えた。


「嘘……こんな簡単なことで……」


 綾乃は呆然とライターを見つめている。


「では、もう一度再点火をしてもらえますか?」

「えっ? 絶対に嫌なんですけど」

「制御出来るかどうかがかかっています。試してください」

「でも……」


 綾乃は怯えた目で佑の指示を拒否する。

 明らかに先程の火の玉が出現することを恐れている。


 恵太はそんな綾乃を見て、靴が濡れるのも構わずに湿った土の上を歩いて綾乃へと駆け寄り、その手を取った。


「何かあれば僕が護るから」

「本当に?」

「僕が今まで間違えたことでも?」

「わかった。恵太を信じる」


 綾乃は一度大きく深呼吸をした後に、ライターの火を灯す。

 それと同時に、火の玉がまたも出現した。


「やっぱり! もうこんなの嫌!」


 綾乃はライターを投げ出そうとするが、その手を恵太が取った。


「大丈夫。落ち着いて」

「そうです。その火の玉は自分の思う通りに動くドローンみたいなものと思ってください」


 佑が両手でゲームのコントローラーを持つような動きをしてみせた。


「ドローンと思え……か」

 

 綾乃も佑と同じようにゲームのコントローラーを持つような動きを取った。

 すると、その通りに火の玉が動き始めた。

 上昇と下降、旋回、その場での待機。

 そしてリングの高速回転。


 人間の手でコントロールされているということが分かる規則正しい動きで火の玉が動き回る。


「自由に動かせると思うとなんか面白くなってきた」

「では、またライターの火を消してください」

 

 綾乃が佑の言うとおりにライターの蓋を閉じて消火すると、火の玉は消えた。

 しばらく待ってみるが、勝手に火の玉が出現するようなことはない。


「これで制御できたってことで良いのかな?」


 綾乃は池の辺りから出てハイキングロードに戻る。


「しばらくは様子を見て欲しいですが、ライターの火でオンオフが出来るならば、暴走しそうになっても先に消してしまえばまあ大丈夫じゃないかと」

「まあ勝手に火の玉が出てこなくなるならそれでいいよもう」


 綾乃はもう一度ライターの着火、消火を繰り返して動作を確認する。


「もう火の玉の制御は大丈夫そうだね」

「ヤマンソ」


 綾乃は恵太に唐突に謎の単語を告げた。


「この火の玉の名前。たった今、頭の中に突然声が聞こえてきた」

「頭の中に? なら僕のカボチャ頭の時と同じかな、そのヤマンバって――」

「ヤマンソ! いや、ヤマンソが何なのか分からないけど」

「名前からして日本の妖怪か何かじゃないの? 山んソでしょ。ソ……ソ? ソって何?」

「祖先? 鬼火とか火の玉とか人魂とか? そう考えると山ん祖って東北由来っぽい」

「あの幽霊が出てくる時に浮かんでるやつか」

「一応これで一段落ですかね」


 恵太と綾乃が話をしていると、佑が声をかけてきた。


「今回の件も合わせて話をしたいと思っているのですが、昼にカラオケという約束はまだ有効ですかね?」

「そうだった、忘れるところだった! この能力のことも含めて、しっかり話を聞かせてもらうんだからね」

「良かった。それでは早速移動しましょう」

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