第3話 「蛇の足」

 旧校舎は思ったよりも楽に進むことが出来た。


 鎧の騎士は何度か出現したのだが、その都度、裕和が槍を振り回しながら高速で飛び出し、ほぼ一撃で真っ二つに引き裂いて倒していく。


 あまりにも一瞬で戦闘が終わるために恵太がカボチャ頭の使い魔ディペンデントを出す必要もなかった。


「異世界帰りって本当なんだ?」

「何故そう思いました?」

「だって、あんなの常識的な力じゃないでしょ。チートよチート。チーターよ」


 そう言うと佑が微笑んだ。


「確かに異世界帰りですけど、チートじゃないんですよ。それに、小森くんって本来は防御と回復が中心で前線向きじゃないんですよ。あれは単にレベルを上げて物理で殴っているだけです」


 佑が懐中電灯で裕和と敵を交互に照らしながら答えた。


「なら誰が攻撃担当だったの?」

「攻撃は小森くんの彼女の役割でした」

「彼女ってあなたじゃなくて?」


 それを聞いた佑は何とも言えない苦笑いを浮かべながら、戦闘を終えて戻ってきた裕和と手慣れた雰囲気でハイタッチをした。

 

「私は保護者ポジションなので。あと、私はどちらかと言えばサポートタイプですよ」

「保護者ねぇ……」


 綾乃の目から見る限り、佑は保護者どころか、裕和とは仲の良い兄妹にしか見えなかったが、それは本人のために言わないでおいた。


「ところで恵太、ビデオは撮ってる? 幽霊が台無しになったんだからせめて今の状況はネタにしたいんだけど」

「それが、全然撮れないんだ」


 綾乃は取材のために暗闇でも撮れるナイトモード搭載のビデオカメラを持ってきていて、その撮影を恵太に任せていた。

 だが、撮影の状況を尋ねるとあまりにも頼りない答えが返ってきた。


「どういうこと? 操作は教えたよね」

「それが、レンズの前に何か紫色の煙みたいなのが映り込んでいて、何も撮れないんだ」

「この変な空間でカメラが不調かな? まあ貸して。私が撮るから」


 恵太からビデオカメラを受け取って録画ボタンを押して撮影を始めたが、やはりモニターには何も映らない。

 音声は撮れているので、問題は映像の撮影機能だけのようだ。


「せっかく凄い映像が撮れそうだってのに故障とか……ついてないなぁ」


 綾乃は撮影を諦めてビデオカメラをバッグに収納する。


 そんなこんな歩いていると、一同の目の前に巨大な横開きの扉が現れた。


 デザインこそ学校の教室の扉そのものだが、一般的な教室の扉の3倍以上はある。

 通路を歩いた先に突然教室が出現するのもどこかおかしい。


 それだけの異常事態が発生しているのだろう。

 扉の隙間からは見るからに身体に悪そうな紫色の煙がモクモクと漏れ出してきている。

 先ほどのビデオカメラに映り込んでいた煙にもよく似ているが、こちらはしっかりと肉眼で視認できる。


「うわっ色からして健康そうな色じゃない……これって吸い込んでも大丈夫なんですか?」

「健康に悪そうですね。なるべく短期決戦で終わらせましょう」

 

 佑はそう言うと扉に手を掛けて一気に開ける……開けようとしたが、すぐに扉から手を放した。


「何か有ったんですか?」

「扉が重い……小森くんお願い」

「それなら最初から任せてくれたら良いのに」


 なんか有るのかと思ったが、佑が扉から手を放した理由は単に扉が重いからという理由だけだったようだ。


「扉が開いたら中から何か出てくるかもしれないので対応任せます」

「任された。それじゃあ柿原さん、矢上さん、どちらも扉の影に隠れるように移動して」


 佑の指示通りに綾乃と恵太は扉の影に隠れる位置へと移動する。

 裕和が一気に扉を開くと、中から例の鎧の騎士が剣を片手に飛び出してきた。


 それを佑は直立不動のまま微動たりとせず、目だけで動きを追っていた。


「危ない!」


 恵太はライターの蓋を開こうとするが、それを綾乃が静止した。


「何をするんだよ」

「恵太が手伝わなくても大丈夫そうだよ」


 佑は足を半歩だけ動かして騎士の剣をギリギリで避けた。

 

 そのまま懐に飛び込み、腕を左手で掴むと、そこを軸に騎士の体重と前に出る勢いを利用して、柔術の達人のように騎士の身体をふわりと宙に浮かせた


「すごい」


 そのまま投げ技で旧校舎の床へと叩きつけるのかと思いきや、佑の右腕が虹色に輝くと次の瞬間、空中に浮かんでいた騎士の胴体は木っ端微塵に吹き飛んだ。


 流れるような動きで爆発で引きちぎれた騎士の腕から剣を抜き取ると、扉の奥の暗闇に向けて振りかぶった。

 すると、剣で一刀両断されたのか、真っ二つになった騎士の残骸が扉の外へゴロンと転がり出てきた。


 剣を振り下ろしたままの体勢で真っ暗な扉の奥へと踏み込み、腰を回転させて横薙ぎに一閃。

 扉の奥でまたも鎧がガシャンと倒れる音だけが聞こえた。


 佑が騎士から奪った剣をポイと扉の外へ投げ捨てると、それは床に着く前に粒子になって消えた。

 そして、黒いコートについた埃を払いながら扉の外へ出てくる。


「ザコは片付いたので、もう入っても大丈夫ですよ」


 佑は帽子を一度脱いでパタパタと叩いた後につばを摘んで被り直しながら綾乃と恵太に言った。


「上戸さんはサポートタイプなんですよね」

「まあサポートですね」

「その割には何か無双していたような……」

「だからレベルを上げて物理で殴っているだけなんですって。ボス相手にはこうはいきませんよ」


 先行して歩く佑の後ろを綾乃と恵太は付いていく。


「あの、やっぱり異世界に行った人はレベルがあるんですか?」

「さあ。ステータスとか見たり出来ないので勝手に言ってるだけです」

「見えないんだ……」

「マンガやゲームじゃないんですから、そんなのないですよ」


 扉を開けた先はまるで体育館のような空間だった。


 床は板張りであちこちに白線が引かれ、隅の方にはバスケットのゴールなどが設置されている。


 それでいて端の方には机と椅子、黒板、ロッカーといった教室の中にある物の残骸が山のように積み上げられており、教室なのか体育館なのか統一感に欠けている。


 中央には巨大な蛇がとぐろを巻いていた。


 鱗は懐中電灯の光に反射して鈍く光り、部屋の薄明かりの中でも異様な存在感を放っている。

 胴の太さは人間の胴体のふたまわりは大きい。

 とぐろを巻いているので全長は分からないが、体長は優に20メートルを超えているだろう。


 視線を上に向けると、開きっぱなしの大蛇の口からは常時紫色の煙が垂れ流され続けていた。

 目は虚ろで濁っており、どこにも焦点があっていないように見えるが、綾乃はまるで蛇が自分を睨みつけてきているように感じた。


 直接目は合っていないようにしか見えないのに、綾乃と恵太はその視線に睨みつけられたと感じて恐怖で体が動かなくなった。

 

 その蛇の前に制服を着た女生徒が一人倒れているのが見えた。

 暗いのと顔を伏せてうつ伏せに倒れているために、同じ高校の生徒で髪が長い以上のことは分からない。


「あれが召喚者? 生きてるの?」

「死んだらこの使い魔も消えると思います。逆に言うと、こいつが存在を続けるための電池として生かされ続けている状態に見えます。早く助けてあげないと」

 

 裕和と佑の2人が大蛇の動きを警戒しながら蛇の視線を遮るように綾乃と恵太の前に立った。

 2人とも先程の余裕ある表情ではなく、一点に倒れている女生徒と大蛇の方を真剣に見ている。

 

「今から速攻でこいつを倒して、あの人を助けます。だから、2人は壁際ギリギリまで下がってください」

「僕は戦わなくて大丈夫ですか?」

「矢上さんは戦闘に巻き込まれないように彼女を護ってあげてください。使い魔は必要に応じて使ってください」

「はい分かりました」


 綾乃は恵太に手を引かれながら一歩一歩後退を始める。

 自分の体ではないようなぎこちない動きしか出来ないが、それでも蛇に睨まれた蛙のように全く動けないということはないようだ。

 

 綾乃と恵太が壁際へ到達したところで、大蛇が突然に「二本の足で立ち上がった」


 大蛇の長い胴体の中央から若干後ろの部分にまるで人間のような形状の足が生えており、その足でスッと立ち上がった。

 蛇が長い体を折り曲げながら、明らかにとってつけたような細長い足で立ち上がっている光景は何かのギャグのように見えた。


「えっと、この……何?」

「エジプトの壁画に描かれているやつかな? ネットで似たような画像を見たことあるけど」

「丸っこいウサギが変に長い足で立ち上がる動画は見た覚えあるんですけど、イメージはあれですね」

「なんか見覚えがあると思ったらそれだ!」

 

 あまりのシュールな光景に佑と裕和は先程までの緊張感のある表情からポカンとした間抜けな表情で立ち尽くしている。

 足のある蛇はその隙を狙ってか、巨体に似合わない凄まじい速度で足をバタバタとガニ股で走り始める。


「うわっ危ない!」

「後ろの2人も避けて!」


 シュールな光景に固まって反応が遅れたのか、裕和と佑が蛇の突進をかろうじて避けるだけに留まった。


 二人に避けられた蛇はそのまま突進を続けて、綾乃と恵太がいるすぐ近くの壁に激突して止まった。


 蛇が体当たりした場所は綾乃が立っていたところと距離があるので直撃を受けることはないが、それでも巨体が壁にぶつかった衝撃によって発生した震動で足元がグラグラと揺れて2人は思わず膝をつく。


 綾乃がふと見上げると、目の前に紫色の煙を吐きながら頭を近づけてくる蛇の顔があった。


「どうすんの、恵太!」

「どうするも何もカボチャ頭を喚び出して防御するしかない!」


 恵太は片手でライターの蓋を開けて点火する。


「ジャック・オー・ランタン! 鱗に守られていない目を狙え! そこが弱点だ……多分!」

「多分って何!?」

 

 叫び声と共にカボチャ頭の怪人が姿を現して、鋭い拳を蛇の右の眼球に向けて叩き込む。

 拳が眼球にめり込むと蛇は煙を吐き出すのを止め、鎌首をもたげてシャアアと叫び声をあげた。

 素人目にはそれなりにダメージが入ったように見える。


「やった、効いてる!」

 

 だが喜ぶのも束の間。

 カボチャ頭は眼球にめり込ませた拳を引き抜くことが出来ず、蛇が鎌首をもたげた勢いで空中へ投げ出される。


「しまった! 体勢を立て直せジャッコ!」


 恵太はカボチャ頭へ体勢を立て直すように命令を出すが、カボチャ頭は糸の切れた人形のように棒立ちのまま何も動こうとしない。


「えっ、なんで? 暴走なのかこれ?」


 カボチャ頭が落下してきて恵太に近付いてくると、再び息を吹き返したように動き始めた。

 空中で体を捻り、噛みつこうとした蛇の口から逃れる。


「コントロールが戻ってきた……動かすために条件があるのか?」

「恵太と距離が離れすぎると電波が届かなくてダメなんじゃない?」

「確かに、電波かどうか知らないけど、命令を受けつけるための射程距離があるみたいだ。5m以上離れると使えない? 近距離パワー型ってやつかな」


 恵太は一度カボチャ頭を手元へ呼び戻す。


「接近戦で不利なら離れた場所から火で攻撃だ!」


 カボチャ頭が手をかざすと、その手のひらの前にオレンジ色の火球が生み出されて蛇の顔面に直撃する。


 火球は巨大な蛇に対してはあまりに小さく、騎士の時にように全身を焼き尽くすようなことは出来なかったが、それでも顔面くらいならば焼くことは出来た。

 皮膚が剥がれて骨が燃えるほどの炎に焼かれた大蛇は明らかに悶え苦しんでいる。


「アシスト助かる!」


 次の瞬間、ドリルのような音を立てて、超高速で回転する青白い光の塊が飛来して、蛇の胴体を貫いた。


 光の塊は一度空中で反転して、今度は蛇の脳天へ突き刺さり、頭の反対側へと突き抜けた。


 胴体と頭を貫かれた大蛇の巨体は粒子のように分解されて、闇の中へ溶けて消えていく。


「今ので終わり?」

「……多分?」

 

 視線を光の塊が飛んできた方へ向けると、光る魔法陣が浮かんでおり、その向こう側に佑が弓を射るような姿勢で立っていた。

 今の回転する鳥は佑が放った攻撃で間違いなさそうだ。


「あの人サポート役って言ってなかった?」

「言ってた気がするけど、本当にサポート役?」


 佑は綾乃と恵太の方へと駆け寄ってくる。


「すみません、防御が遅れました。傷などありませんか?」

「ええ、なんとか……」


 恵太と綾乃は蛇の巨体が完全に消え去ったのを確認して、安堵で大きく深呼吸をした。

 恵太はライターを消化してカボチャ頭を消した。


 次の瞬間、まるで切れていた部屋の電気が点いたように急に周囲が明るくなった。


 いつの間にか綾乃と恵太と佑は薄汚れた旧校舎の教室に立っていた。


 先ほどまでいた体育館のような広い空間ではなく、ごく普通の古びた教室だ。

 窓の外からは深夜だというのに明るい横浜の街の灯と月明りが教室を照らしており、照明がない教室の中だというのにそれなりの明るさがあった。


「これ、元の世界に戻ってきたの?」

「はい。ボスを倒したので領域テリトリーが解除されたようです。あとは召喚者の生徒の容態ですが」

「こちらも無事なようですよ」


 教室の隅で座り込んでいた小森が女生徒を抱きかかえて立ち上がった。

 佑が女生徒へと駆け寄る。


「小さな擦り傷なんかはありますけど大きな怪我はなさそうです。念のためにヒールをかけておいたのでその傷も消えていますが」

「意識の方は?」

「混濁しているみたいですけど簡単に質問に答えてくれるくらいの意識はありますね。でも、念のために病院で精密検査してもらった方が良いとは思います」

「重体じゃないなら救急車はいらないかな。一応、深夜診療をやっている病院へ連れていこう」

 

 綾乃も女生徒に近寄って様子を見ると、そこにいたのは同じクラスの大城戸可奈おおきどかなだった。

 親しいわけでもないし、会話をしたこともないが、同じクラスのよしみもあって見捨てる気にはなれなかった。


「起きたらまた使い魔を暴走させる可能性は?」

「分かりません。まだそれほどデータがないので。なので、念のために明日の朝くらいまでは私が付き添うつもりです」


 佑は電話をかけながら答えた。


「タクシーを呼びます。病院に連れていくにはそれが一番良さそうなので」

「私も付き添います。流石に病院に行くところまでですけど」


 綾乃は佑に付き添うことを告げる。

 

「助かります。では、夜中に散歩をしていたら学校の前をフラフラ歩いていたので保護したってことにしましょう。柿原さんと矢上さんもそれで良いですね?」

「そうですね、それが良いと思います」

「僕も異論ありません」


 綾乃も流石に「深夜の学校に忍び込んだら倒れていたところを見つけた」などと馬鹿正直に言う必要などないと思っていた。

 学校に忍び込んだことがバレたら色々と問題になるだろうし、倒れている生徒を見つけたという説明をするのも面倒だ。

 恵太が同じ意見なようなので安心する。

 

 裕和は返事の代わりに親指を立てて佑に向けた。

 

「なら俺は矢上君を家まで送っていきます。多分大丈夫と思いますが、暴走する可能性は0ではないので」

「綾乃、僕は付いていなくても大丈夫?」

「付いてきて欲しいのは確かだけど、タクシーに女子三人乗るんだから一緒に行くのは無理でしょ」


 色々と話し合った結果、この日は可奈を病院に送り届けて解散ということになった。


「まだ聞きたい話が山ほどあるんだけど……明日にでも話を聞かせてもらっていいかな?」

「そうですね。ならば集合時間と場所を指定してください」


 佑は綾乃の提案を受けてくれるようだ。


「明日の昼に駅前のカラオケに集合ってのはどう? あそこなら変な話を聞かれる心配もない」

「わかりました。小森くんはOK?」

「俺は大丈夫です」

「じゃあ決まり。恵太も明日は駅前のカラオケに集合ね」

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