第2話 「異世界帰りの2人」

 騎士が倒されて当面の驚異は去ったようなので、綾乃あやの恵太けいたは少し休憩を取ることにした。

 なんとか負傷は避けられたが、今後も走ることを考えると、休めるうちに少しでも足を回復させておきたい。


「それで、さっきの季節感ないハロウィン怪人は出せそう?」

「いや、どうやったら出せるのか分からないんだ」


 恵太がランタンの残骸を振り回すが、わずかに残った刺激臭のある油が飛び散るだけだった。


「このランタンから零れたオイルに火が点いている間はカボチャ頭を喚び出して操ることが出来た。そして、その火が消えるとカボチャ頭も消えた」

「火が関係してるってこと?」

「多分このランタンに火が点いている間だけ、あのカボチャ頭を喚べるんだと思う」


 恵太はへしゃげたランタンの金具を何とか手で伸ばすが、元の形には戻りそうもないし、オイルの漏れも止まらない。

 そもそもこのランタンは点火装置が付いていないようなので、ライターか何かがないと火を灯す方法がない。


「なんだろう。このランタンって何か特別なものなのかな?」

「いや、これってホームセンターで買った普通のランタンみたいなんだよ。まだ底に値札が貼ってある」


 恵太が持ち上げたランタンの残骸の底を見ると、そこには\4980の上に重ねて特価\2980の値札シールが貼られていた。


「ほんとだロイヤルの、しかも在庫処分セールだ……物が特殊じゃないなら、何かのいわく付きかな?」

「興味深い話ですね。少し話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 いつの間にか綾乃と恵太の会話に見知らぬ少女が割り込んできた。


「うわぁ、誰!?」

 

 そこにいたのは黒いワークキャップ、黒いコートを身にまとった中学生くらいの少女だった。


 外国人が多い横浜でもあまり見かけることがない白い髪と赤い目という容貌は、このおかしな空間と化した暗い旧校舎と相まって何やら異様な雰囲気を醸し出していた。


 少女は立ち上がり、帽子を取って頭を下げてお辞儀をした。

 

「申し遅れました。私は上戸佑うえとたすくです。あなた達をこの領域テリトリー内から助けに来ました」

「助けに? あなたが?」

 

 綾乃と恵太は佑を改めて見る。


 黒いコートの下はブレザーとスカートに赤いネクタイが見える。

 学校の制服ではあまり見かけないデザインだが、他県の中学生だろうか?


 だが、女子中学生がこんな状況に一人来たところでどうにか出来るとは思えない。

 見た目も全体的に細身で頼りなく見える。

 それほど運動が得意なわけではない綾乃でも取っ組み合いの喧嘩になれば余裕で勝てそうに見えた。


 怪訝な表情で見る綾乃に気づいたのか、佑は苦笑いを浮かべた。


「まあ見た目だけでは信じられないという気持ちも分かります。ですが――」

「ああ、良かった、無事みたいですね。皆さん怪我とかないですか?」

 

 佑が言葉を切って通路の奥を見ると、そこから綾乃と同じ高校の制服を着た男子生徒が姿を現した。

 短髪長身のスポーツマンタイプ。

 ネクタイの色から綾乃達と同学年の三年生ということが分かる。

 左手には懐中電灯、右手には金属製のバトンのようなものを持っている。

 

「あれ? 確か新聞部の」


 男子生徒が綾乃へ声をかけてきた。

 最初は暗がりだったので誰だか分からなかったが、顔を見て綾乃の記憶が蘇る。


 その男子生徒は、つい一昨日前、綾乃が新聞部の取材で学校に現れる幽霊の記事を書こうと思い、昨年に自殺した生徒についての聞き込みをしている時に

「取材を止めろ。故人に対しての侮辱だ」

 と文句を言ってきた隣のクラスの人物だった。


 綾乃も流石に自殺者をネタにすることは不謹慎だと感じていてはいたが、まさかそれ程強く反発されるとは思わず、印象に残っていた。


「確か取材にケチをつけてきたクレーマー!」

「クレーマーじゃない! そっちが変なデマを流すから悪いんだろ!」


 事情が分からない恵太と佑はその二人の顔をキョロキョロと交互に見ている。


「あの、二人はお友達?」


 恵太は恐る恐る声をかける。


「友達に見える?」

「……ごめん」


 綾乃は睨むような視線を受けて、恵太は首をすくめた。


「確か隣のクラスの小森だったよね」

小森裕和こもりひろかず。そっちは新聞部の柿原綾乃さんだっけ? なんでこんな深夜の学校に?」

「取材に決まってるでしょ。あなたが学校の幽霊は自殺者なんかじゃないって言うから」

「だって結依ゆいが幽霊になって出るわけないだろ」

「なんでそんなことが分かるの?」

「そりゃ……だって」

「うん、まあ出たらビックリだよな。誰だよお前って」


 裕和は佑と顔を見合わせた後に、何かを納得したのか2人でうんうんと頷いている。


「ともかく、幽霊の正体は何なのってことで、それを調査に来たわけ」

「普段なら良かったのに、よりにもよってこのタイミングとか……」


 裕和は呆れたような顔で頭を抱えた。


「そっくりそのまま言葉を返したいんだけど、あなた達こそ何なの? こんな中学生女子を深夜の学校へ連れ込んで……ロリコンなの?」

「24歳ですけど」

 

 佑が挙手して真顔であからさまな嘘をつくが、綾乃は無視をした。

 どう見ても女子中学生にしか見えない。14歳ならともかく24歳のわけがない。


「嘘じゃないんですけど」

「福祉の大学にでも通ってると言うつもり?」

「サラリーマンですけど」

「はいはい」

「『はい』は一回」


 佑がなおも自分は成人だ大人だと食い下がってくるが、綾乃はどうせ嘘だろうと無視をした。

 それよりも裕和への対応の方が重要だった。

 

「俺達はこの状況を解決に来たんだよ。変な魔物が出たり、狭い旧校舎がこんな広い迷宮化するとか常識的におかしいだろ」

「それは確かにそうだけど、それをあなた達がどうにか出来るの?」


 裕和は確認を求めるように佑の方を見た。

 どう見ても年下の佑に頼っている変な光景だったが、妹にいいように扱われている情けない兄という風に見えなくもない。

 

「いいよ、別に隠してないし。それに、どうせ知ったところで証拠なんてないから誰も信じないだろうし」

「まあそういうことなら……」


 裕和が真面目な顔をして綾乃へ向き直る。


「俺達は異世界召喚された後に日本へ帰ってきた帰還者だ。この異変も異世界絡みで起きている」

「異世界? 何をバカなことを――」


 綾乃が言い終わるか否かというタイミングで、小森が右手に持っていた金属製のバトンのようなものが伸びて、1.5メートルほどの槍へと変化していた。

 その穂先には青白い光が纏わりつくように灯っている。


 同時に佑の周辺に青白く光る粒子で構成された鳥が数羽、何の前振れもなく出現していた。

 光る鳥達はその場で羽ばたくことなく、ホバリングで同じ場所に浮遊している。

 普通の鳥ではありえない動きだ。


「異世界帰りの証明としてはこれでいいですか? もっと器用なことも出来ますよ」


 佑が帽子の鍔を摘まみながら言う。


「それって僕が喚び出したカボチャ頭と同じものじゃ……」


 恵太はその鳥とカボチャ頭の怪人に共通点を見つけたようだ。

 

「こういうことを出来るのが普通の人間だと思うかい?」

「異世界帰りかはともかく、2人が何かの超能力を持ってるのは分かった」


 綾乃と恵太もこの旧校舎に入ってからこの短期間で次々と奇妙な事柄を複数目の当たりにしている。

 異世界で手に入れたのかどうかはともかく、2人が謎の能力を持っているということは認めざるを得ない。


「聞きたいことは山ほどあるんだけど、それは後回し。助けに来たと言ってるってことは、この旧校舎から出る方法を知ってると思うんだけど、まずはそれを聞かせてくれない? 出来ればシンプルに」

「細かい話は全部省くと、この異常を起こしているボスがいて、そいつを倒せば元の空間に戻ります」

「なるほどわかりやすい」

 

 裕和に代わって佑が答えた回答は要点がまとまっていたので、綾乃にもすぐに理解できた。

 ボスキャラを倒すと迷宮ステージクリア。ゲーム的だが実に分かりやすい。

 

「そこで相談なのですが」


 佑は突然頭を下げた。


「実はこの領域テリトリーの存在を確認したのはまだ2件目ですので、どこが安全なのかが全く分かりません。なので、あなた達を守るために、私達に同行していただきたいのですが」

「同行ってどこへ?」

「今からここのボスを倒しに行きます。具体的にはボス部屋です」

「ボスというのは、騎士みたいなやつ? あれならもう倒したけど」


 恵太が少し自慢げに言うが、佑は無言で首を横に振った。


「騎士というのはあの動く鎧の話ですよね。私達も既に何体か倒しましたが、あれはボスを護る兵士であって本体ではないんです」

「あれがザコ? ということは、あんなのが何匹も現れるわけ?」

「おそらくは。なのでボスに近付くほど危険も大きくなります。私達は可能な限りあなた達を守りますが、それでも絶対に安全とは言えません」

「でも、ここに残っていても危険と」

「はい。この領域内にいる限りは、いつどのタイミングであの敵が襲ってくるかが不明な状況です」


 佑も裕和も無言で立っている。

 どうやら綾乃と恵太の回答を待っているようだ。


「どうする恵太?」

「ここに残っていても危険には変わりないんだから付いていこう。知らないところで話が進むより、自分の目で何が起こっているのかを確認したい」


 恵太は小柄で童顔なので見た目だけだと頼りなく見えるが、土壇場の決断で失敗したことは今まで一度もない。

 なので、小学校の頃から綾乃は恵太の決断に絶大の信頼を置いている。

 恵太の決断に間違いないと綾乃はそれに従うことにした。


「でも、その前に一つだけ聞きたいことがあります」


 恵太が裕和と佑2人に話しかける。


「僕はさっき、カボチャ頭の怪人を喚び出して戦わせる能力を使うことが出来ました。あの能力を自由に使えるようになるならば、きっと戦いでも役に立てると思うんです」

「カボチャ頭?」

「はい。なので、その喚び出し方と操り方を教えていただけたらと」


 恵太がそう言うと裕和の顔が青ざめていく。


「もしかして手遅れだった?」

「手遅れ?」


 裕和が言った「手遅れ」という言葉に恵太が反応した。


「どういうことなんですか? 手遅れって」

「それは……」

「私から説明します」


 困惑する裕和に代わって佑が恵太の前に立つ。


「ボスがいて、今の現象を引き起こしていると説明しましたよね」

「だからそれを倒しに行くと」

「そのボスは何もないところから自然発生するわけではありません。ボスを召喚した召喚者が必ずいます」


 綾乃と恵太も今の説明で佑が何を言わんとしているかを理解できた。


「あなた達が想像している通りです。使い魔ディペンデントを喚び出す能力を手に入れた人が能力を暴走させてしまった結果、ボスが召喚者の手を離れて勝手に暴れだしているのが現状です」


 恵太が唾を飲み込む。


「むしろ暴走させることを期待してあちこちに使い魔を喚び出す力をバラ撒いているようにも見えます」

「ということは、僕もあのカボチャ頭を暴走させる可能性が……」

「今すぐに暴走するということはないとは思います。ただ、使い方を誤ると危険ということは認識しておいてください」

 

 そう言うと佑は肩から下げていたポーチの中から金属製のライターを取り出して恵太に手渡した。

 

「これは?」

「これ自体はどこでも売ってるオイルライターです。あなたがランタンの話をしていたのを聞いてピンと来ました」

「どういうことですか?」

「オイルランタンが特別なものではないと言うことならば、むしろ重要なのは火で何かを燃やすことではないかと思いました。試しに点火していただけますか?」


 恵太が恐る恐る受け取ったライターの蓋を開いて火を点けると、そこから炎が高く上ったと同時にカボチャ頭が姿を現した。


「うわっ、出た!」


 恵太が驚いてライターから手を離すと、ライターが落下した衝撃で蓋が閉まってライターから出ていた火が消火される。

 それと同時にカボチャ頭もスッと姿を消した。

 佑は落ちたライターを拾いあげると恵太の手を取り、一本一本指を曲げるようにしてしっかりと握らせる。


「気を付けてください。まだ召喚や暴走の詳しい条件く分かっていないんですから。ライターをうっかり落として暴走という可能性もあり得るので」

「は、はい、気を付けます」

「いや本当に気を付けてよね」


 綾乃は恵太と佑の間に割り込み、恵太がライターをしっかり握っているのを確認した後に、まだ添えられている佑の手を離して、代わりに自らの手を添える。


「あの……」

「まだあなた達を完全に信用したわけじゃないので」


 綾乃は裕和と佑の方へ向かって語気を強めて言う。

 

「それに恵太は強いんです。暴走なんてしません!」

「アッハイ」


 佑が乾いた返事をして一歩下がった後に恵太はライターを落とさないように強く握り直し、蓋を開いて点火をする。

 すると、ライターから炎が高く吹き出して、それと同時にカボチャ頭の怪人が姿を現す。


「ジャック・オー・ランタン。また出てきてくれたのか」


 恵太が頭の中で命令を出すと、カボチャ頭はそれを忠実にこなして宙に向かってパンチやキックを放った。

 

「これなら何とかなりそうです」


 ライターの蓋を閉じて消火するとカボチャ頭も消える。

 佑の言うとおりに火と使い魔のオン/オフが連動しているようだ。

 これならば勝手に出てくることもないだろうし、必要がなくなれば手元ですぐに使い魔を消すことが出来る。


「いいですか、まだ使い魔については分からないことが多数です。だから、使用はなるべく身を護るためだけに限定してください」

「もちろんです。僕も暴走なんてしたくないので」


 恵太は佑に向かって頷く。

 

「では、早々にボスを倒してさっさとこんなところから出ましょう」


 四人は迷宮化した旧校舎の更に奥へと歩みを進めた。

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