僕達は使い魔なんていらない

れいてんし

第1話 「ジャック・オー・ランタン」

「何? なんなのあれ!?」

 

 新聞部の部長、柿原綾乃かきはらあやのは幼馴染で腐れ縁の矢上恵太やがみけいたと共に全速力で暗い旧校舎の廊下を駆け抜けていた。


 背後からは淡い光を放つ西洋の全身鎧を着た騎士としか形容しようのない存在が執拗に二人を追跡してきていた。


 騎士の右腕には巨大な西洋剣が握られている。

 もし、その大剣でバッサリと切りつけられたならば軽傷では済まないだろう。


「ここは日本よ! 幽霊ならせめて日本のお侍さんが出るべきでしょ!」

「やっぱりここは横浜だから? 外国人がいっぱい住んでるから?」

「今の状況でそれって関係ある?」


 綾乃は腐れ縁の恵太を連れ、学校に流れる「昨年に自殺した生徒の幽霊が出る」という噂を記事にするため、取材目的でこの時間に学校へ忍び込んだのだった。


 警備員の巡回時間とルートは綾乃が事前にチェックして、見つからないように事を運んでいる。

 学校の防犯カメラは正門、裏門、職員室、正面玄関の4か所しか監視しておらず、他の箇所に取り付けられているカメラはダミーで機能していないことは確認済。


 全てを回避して23:00に旧校舎への潜入に成功したと思ったら、突然に眼前に謎の騎士が登場し、大剣をブンブンと振り回し始めたので、わけも分からず逃げ出してこの状況である。


 二人は歩くだけでミシミシと唸る傷んだ床材を強く蹴り、廊下を道なりに角を左へ曲がって、なおも突き進む。


「なんでもいいけど、この旧校舎ってこんなに広かった?」

「そんなわけないよ、今の校舎よりも小さいはずなのに」

「じゃあ今曲がった角は何? 廊下は短いのが一本のはずだよ!」

「なら、この先にある分岐路も何なの?」

「分岐!?」


 恵太がLEDライトで照らす先には左右に分かれた丁字路があった。


 冷静に考えると校舎の中に分岐路など存在するはずがない。


 だが、背後からカツンカツンとブーツの音を鳴らして武装した騎士が近付いてきている今の状況でそれを細かく考えている余裕などない。

 今はとにかく出口に向かって逃げることが最優先だった。


「さっきの角はどっちに曲がったっけ?」

「左だけど」

「じゃあここでもう一度左に曲がると元の場所に戻るわけでしょ。右よ!」


 無茶苦茶な理屈ではあるが、長考したところで正解など出るわけもない。

 二人は通路を右に曲がり、なおも先の見えない真っ直ぐな道をひたすら駆ける。


 だが、流石に全力疾走の状態で延々と走り続けることは出来なかった。

 息が荒くなり、段々と走る速度が落ちて、ついには二人共に足を止めた。


「も……もうダメ。少し休む」


 綾乃は体力の限界が来て足が全く動かなくなり、その場でヘタり込んだ。


 どういうわけか、全速力で数分走り続けたというのに、未だに旧校舎の端は見えてこない。

 現実とは思えない曲がりくねった校舎の廊下がはるか先に続いており、端が見えない、。


 恵太の方は喉元のシャツのボタンを外してネクタイを緩め、なんとか息を整えたようだ。


「綾乃、立てる?」

「ちょっと支えてくれるとありがたい……かな?」


 綾乃は恵太に支えてもらってなんとか立ち上がる。

 だが、膝が震えて歩くことが出来ない。


「綾乃、ダメだよ。もう少し走ろう」

「そんなこと言っても……もう走るの無理。膝が笑って動かない」


 綾乃は前屈みになって下を向いた。

 何とか足を動かそうとするが、どうしても動かない。


 少し考えて、それは体力の問題だけではなく、恐怖で足がすくんでいるということに気付いた。


「……恵太だけでも先に逃げて」

「そんなわけいかないだろう!」


 恵太が綾乃を無理矢理に背負う。

 高校二年だというのに身長がたいして伸びず筋肉もつかず、小柄な恵太が一回り大きな綾乃を背負って歩くには無理が有った。

 それでも恵太には幼馴染の綾乃を置いて自分だけ逃げるという選択肢はないようだった。


「逃げるなら一緒だ」

「降ろして」

「嫌だ!」


 恵太はフラつきながらも懸命に歩みを進める。


 その時だった。

 進行方向から人工の光が差し込んできて、恵太と綾乃の顔を照らした。


「おや、人がいるのかね?」


 声のする方を見ると、そこに立っていたのは神父服を身にまとった黒髪、褐色の肌の男性だった。

 身長は180cmを悠に越えているだろう。


 奇妙なことに、胸には十字架ではなく胸から多角形にカットされた赤い宝石のネックレスをぶら下げている。

 左手には聖書らしき本を持ち、背筋をピンと伸ばした姿勢で立っていた。


 右手にはアウトドアショップなどで販売されているような真鍮製のオイルランタンが握られていた。

 ランタンの中で燃えるオレンジ色の炎が恵太の顔を照らす。


「あなたは?」

「見ての通り神父。神の教えを伝え広めるものだ」


 神父はにこやかな笑みを浮かべて余裕の表情で立っている。

 

「なんでこんな深夜の学校に神父が?」

「そういう君達こそ、何故こんな深夜の学校に?」


 そうしているうちに、背後からカツンカツンと騎士の足音が近付いてきた。

 もうあまり時間の猶予はないようだ。


 眼の前の男が騎士と戦ってくれる救世主だとありがたかったのだが、身長は高いがそれほど体格が良いわけでもない神父が素手で殴りかかっても騎士を倒せはしないだろう。

 そうなると答えは1つだ。

 一緒に逃げるしかない。


「あなたも逃げて! 後ろから剣を持った変な奴が追いかけてくるんです」

「君達はそれから逃げていると?」

 

 急かす恵太に対して神父は余裕の姿勢を崩さず、胸にぶら下がっていた赤い宝石を掲げて、何やら不明な言葉で祈りを捧げ始めた。


「そんなことをしていないで早く! 後ろから変な奴が追いかけてきてるので!」

「なるほど、君は見ず知らずの私に対しても配慮を欠かさないのか、素晴らしい」


 神父が持っていた赤い宝石が強く輝き、その光が恵太と綾乃の身体を包み込む。

 あまりの眩しさから恵太と綾乃は思わず目を瞑る。


 光はどんどん強くなり、目を閉じているというのに赤い光が見える。

 それだけではない。恵太はまるで自分の身体が溶けているのではと思うほどの圧力を感じるほどになった。


「なんだこれ……何が起こってるんだ」

「君達に私からのプレゼントだ。せいぜい愉しませてくれたまえ」

「愉しませろってどういう意味なんだ?」

「それは――」


 神父は何かを話そうとして、突然言葉を切った。


「――どうやら魔女の下僕どもが来たようだ……残念だが今日はここまでだ。続きはまた後日」

「後日?」

「ああ。また近いうちに会えるだろう。神のご加護があらんことを」


 二人が瞼を開くと、神父は跡形もなく消えており、床には神父が持っていたランタンだけが残されてた。


「一体何だったんだ?」

「恵太! すぐに横に倒れこんで!」


 綾乃の叫びに反応してわけも分からず恵太は横に倒れ込むと、今まで二人の頭があった位置を鋭い風音を立てて高速で何かが通過していった。

 倒れた勢いで綾乃の身体が投げ出された。


 恵太が身体を起こすと、すぐ背後に例の騎士がちょうど剣を横に振りかぶった体勢で立っていた。


「いつの間に追いついてきたんだ?」

 

 綾乃が言うとおりに身体を倒さなければ、今の一撃で二人の首はまとめて飛ばされていただろう。

 

 騎士は剣を両手で頭上へと掲げた。

 その体勢は明らかに地面に伏せている恵太に向かって剣を振り下ろそうとしているようだった。


「よけて!」

「言われなくても!」


 恵太は更にゴロゴロと横へ転がって騎士の剣を避ける。

 振り下ろされた剣によって破壊された木造の床の破片が恵太に向かって飛んできた。

 一歩遅れたなら破壊されていたのは恵太の頭部だっただろう。


「このままやられてたまるか!」


 恵太は起き上がりながら、手元に有ったオイルランタンの柄を強く掴んだ。


 武器としてはあまりにも頼りないが、何もしないよりはマシだと勢いを付けて騎士へと叩きつけると、騎士は微動だにせずランタンの直撃を受けた。


 ランタンは衝撃でへしゃげて中のオイルが飛び散り、騎士の表面を少しだけ濡らした。

 ポタポタと床に垂れたオイルが燃えて僅かな火を灯しているが、それで終わりだった。

 騎士の鎧には傷一つ付いていない。


 騎士は「だからどうしたと」とばかりに微動たりとしていない。

 再度、剣を大きく振りかぶった後に恵太へとまっすぐ振り下ろしてきた。


 ――まずい、やられる!

 

 恵太は思わず目を閉じて両手を交差して身をかばう。



 ――剣はいつまで経っても恵太に振り下ろされることはなかった。

 

 おそるおそる瞼を開くと、恵太と騎士の前に怪人としか形容しようのない人影が現れ、剣を持った騎士の腕を掴んで攻撃を食い止めていた。


 ハロウィンで使うようなカボチャの飾りを頭に被り、全身は漆黒の燕尾服タキシードを身にまとっている。

 風に揺れる長いオレンジ色のマントはまるで生きているかのようにうねっていた。


 カボチャ怪人は、その細い身体の外観どこにあるのか分からない剛力で掴んだ騎士の腕をねじっていく。


「なに……これ……」


 綾乃は事態を飲み込めないのか、手を口に当てたまま一切の動きを止めていた。


「まだ5月の連休終わったとこよ。ハロウィンなんて半年先じゃない」

「今そこ!?」


 恵太も何が起こっているのかは把握できていなかったが、そのカボチャ頭と目が合った途端に脳内に様々な情報が瞬時に溢れ出した。

 使い魔ディペンデントの名称、そして――

 ――カボチャ頭のハロウィンの怪人を恵太は自らの手足として自由に動かせるということだ。


「その騎士を倒せ! ジャック・オー・ランタン!」


 恵太は脳内に流れてきたカボチャ頭の怪人の名前を叫ぶ。

 カボチャ頭の怪人は「承知」と言わんばかりに大きく頷いた後、一気に騎士の腕をねじ切った。


「ラッシュだ! 反撃の隙を与えるな!」


 右手を失った騎士が怯んだ隙にカボチャ頭は目にあたる空洞部分から炎を吹き出した。


 そして、鋭く速いパンチを五月雨のように浴びせていく。

 ドラムロールのような連続した打撃音と共に、拳がヒットした箇所がクレーターのように大きく凹んでいった。


 何十発かパンチを浴びせた後に腹を強く蹴り、騎士の体を大きく吹き飛ばす。


「トドメだ! 焼き尽くせ!」


 カボチャ頭が手をかざすと、そこから高速で飛翔する野球ボールくらいの火の玉が放たれた。

 その火の玉が騎士に着弾すると、直後に天井をも焼くほどの高い火柱が一瞬にして立ち上がり、騎士は炎に包まれた。


 橙色に燃える炎は暗い旧校舎を一気に夕日のように照らし上げた。

 熱気が恵太の肌にも伝わってきてチリチリと全身を焼かれるような感触がある。


 火柱は10秒ほど燃え続けた後に段々とその火力を落としていって、やがて消えた。

 後には表面が焼け焦げて真っ黒に染まった騎士が立っていた。

 

「まだこれで動けるのか?」


 恵太が騎士の反撃に備えて身構えると、カボチャ頭も同じように足を踏ん張って身構えた。


 だが、騎士がもう動くことはなかった。


 棒立ちの姿勢のまま、光の粒子と化して虚空に溶けていき、何も残らなかった。

 

 先程破壊されたオイルランタンから漏れ出したオイルの火が消えて辺りが暗闇に戻ると共に、カボチャ頭も姿を消す。

 そして静寂だけが訪れた。


「何だかわからないけど……助かったのか?」

「そうでもないかな。まだここがどこだか分からないし」


 綾乃は通路の先を指差した。


「出口を見つけないと帰れないよ」

「そうだった……どうやったらこの旧校舎から出られるんだろう?」

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