第四十一話 吸血姫Ⅱ
「まずは吉川と興壱を返して欲しいと言ったんだが……」
「そう言って相手が返してくれる流れは聞いたことがないな」
直は明可に対して笑いもせずに言った。
…
松明を握る手のひらからじんわりと汗が滲む。明可は、ここまで緊張するのは大国を率いるドラクル公と対面した時以来だと思い出す。
「二人の仲間がこの洞窟で行方不明になっている。知らないか?」
明可は穏便にいくためにも、あくまで敵と認定せずに聞いた。
「行方不明?なにを言っている。余が捕まえた二人を助けに来たのではないのか」
なら話は早い
「なら話は早い。返してくれないか」
「断る。あの二人は余のものだ」
「どうしたら返してくれる?」
「どうしたら、か……余に勝ったら返してやろう」
「…………条件は、勝利条件はなんだ」
「条件か、せっかくだ。少年、剣を扱うのだろう?なら剣で勝負しよう」
明可は一度瞑目して言った。
「すまない。勝てなさそうだから諦めていいか」
「は?」「え?」
「ちょっとまて!それじゃあ俺とナルちゃんどうなるんだ!」
吸血姫の背後から現れたのは自称クラス一の弓取り、那須興壱。
「なーんだ。無事だったのか興壱」
「武瑠!てめえ、一人で逃げやがって!こっちは大変だったんだぞ⁈」
普段は飄々としている興壱が声を荒げる。
本気で怒っているのか判別しがたいが、武瑠が元気そうなのはわかった。
武瑠のもう後ろからも人が現れる。
「感謝するぞ。助けに来てくれたのだろう」
調査部部長の吉川ナルが顔をだす。こちらも大した問題は無いようだった。
「ともかく無事でよかった。万が一の時は惟義は腹を切るって言って大変だったんだぞ」
事実である。最近、領主としての自覚が芽生えたのか単なる真似事なのか、惟義は群蒼会のボスとして属領領主として責任を取ると言い出していた。
明可は出発する前になんとかソレを宥(なだ)めてからやって来ていた。
緊迫していたはずの洞窟内の雰囲気が生温かくなってくる。
「おいニンゲン共!余を無視するな」
蚊帳の外になっていた赤髪の吸血姫が吠える。
「あーごめんよキュティちゃん」
はい?キュティちゃん?
「謝罪しよう。キュティさん」
明可は興壱とナルの吸血姫への応対の仕方に若干、というよりかなり違和感を覚えた。
興壱は吸血姫に告げる。
「まあ、これで“賭け”には勝ったし、帰るわ」
「そうだな。さらばだ」
吸血姫キュティ・エルジェベート・ハーニアは先ほどの冷徹とした雰囲気を全て捨て去るように喚(わめ)く。
「まってくれ!余をひとりにしないでくれ!」
駄々っ子、明可の脳裏に浮かんだ文字はあまりにも明瞭だった。初対面で感じた覇気はそこには無く、怪物、吸血姫という言い伝えは一体何だったのか。
明可は興壱に問う。
「一体何の話だ」
「あーえっとね……」
あの洞窟には何かあると勘で判断した吉川ナルによってナル、興壱、武瑠の三名は洞窟に入った。
しばらくすると赤い糸、後に判明することになる吸血姫ハーニアの特殊な能力で操った長大な毛髪が現れ、ナルと興壱はあっさりと絡まれ、捕獲された。
武瑠はこの時点で脇目も振らず洞窟から逃走、その時の速さは吸血姫の力を以ってしても追い駆けられない正に神速だったと吸血姫ハーニアは語る。
その後、捕まったナルと武瑠は吸血姫の洞窟内の居住空間に連れていかれる。ハーニアの纏う覇気に気圧されていた両名だったが、会話などを通じて実は単なる寂しがり屋で、誰も寄ってこない洞窟の中で会話する相手を探していたのだと何となく分かったナルと興壱は、ハーニアと仲良くなろうとした。
結果としてその試みは成功し、夕飯に酒が出てくるほどの仲になった時に“助けが来たら一週間以内に助けがきたら帰る”という賭けを持ち出し、勢いのままに承諾させた。
…
「随分と都合がいいな。特に吸血姫の目的と性格が、だが明可お前が相手との技量と力量の差を理由に降参したのは意外だな」
直の笑気の混じった言葉に、明可は少し語気を強める。
「俺は見え透いた勝負はしない。それとな、俺は一時撤退しただけだ。けっして降参したわけでは無い」
…
吸血姫という存在がどのような精神性を持ち、特性があるのか、会ったばかりの明可が理解するのは難しい。
だが排他的で有名な黒耳長人と友誼を結んだ興壱や、帝都脱出とその後のサバイバル生活の中でやんごとなき皇女殿下二名と仲良くなったナルならば世間の怪物一体の扱いは何の問題もないのだろう。
「う、うぅ…帰りたいなら帰ればいいじゃないか。結局は同じ種族で仲良くするんだろ?余が同族少ないからってよぉ…ばかにしやがってぇ…」
馬鹿にしているつもりは無いんだが
「また来るよ~。キュティちゃん」
「安心してくれ、ここが帝国領になれば調査の名目で訪問する機会も増える」
興壱、ナルは其々の言葉で吸血姫ハーニアを励ますが効果は見られないようだった。
元の世界では女性遍歴の多さで名を馳せていた興壱、大会成績の優秀な女子陸上主将とボーイッシュな性格から異性以上に同性から好かれていたナルは意外なことに別れに躊躇(ちゅうちょ)がない。
そもそも二人は元の世界の時から良く言えば一期一会を大切にし、別の言い方をすればドライな性格をしていた。
だからこそ今の別世界に連れてこられた状況を飲み込み、精神が安定している。そう二人を評するのは魁世であった。
明可は思考を現実に戻す。
「もし、もしもだが」
明可は目を真っ赤にしている吸血姫に言う。
「どうしたニンゲン」
明可は意を決して続ける。
「俺たちは弱い。この世界の強者たちに比べれば赤子同然だ。だが俺たちは事情が事情で今後も幾人もの強者を相手しなければならない。どんなに国家を語ろうと戦略に通じていても、いざという時に個人レベルで勝てなければ意味がない」
自分でもおかしなものだと分かっている。だが今しかない
「そこで、吸血姫キュティ・エルジェベート・ハーニア。貴方に俺たちの戦闘師範をお願いしたい。そしてぜひ領地に来て欲しい、友だちとして」
話が通じるのなら仲間になるには十分。異界人である自分たち群蒼会は根本的に孤独だ、ならばより多く仲間を増やし友人をつくることが生き残る最も有効だと俺は思う。
あとは返事だが…。
「おまえやべえよ」
「流石は元野球部主将だな」
興壱は顔を引きつっていた。ナルは何かに納得したように頷いていた。
「で、お返事はどうなのかなー?」
武瑠は吸血姫ハーニアに水を向けるが、当人は口を半開きで表情を固まらせていた。
「よ、余としては——」
……
…
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