第四十話 吸血姫Ⅰ

 魁世は農務部の能代榛名のもとを訪れていた。


「具合はどうかなというか何というか…」


「だいぶ良くなったよ。こんなに来てくれるのは魁世くんだけ、ありがとね」


「いやあ~仕事で来ているだけだよ~感謝されることじゃない」


 対象の人物の脳を覗き、また情報を脳に流し込むことで対象の人物を操ることができる能力。ある者はそうした摩訶不思議な能力を会得した人物を覚醒者と呼んだ。


「わたしはね魁世くん。もしあの力をまた使って欲しいなら言ってね、いつでもいいよ?」


「……それはダメだ。榛名さんの体の不調が能力を行使した上の副作用か何かだったら…まだ何も分かっちゃいない。能力の行使はさせたくないし、しないで欲しい」


 帝都で“ドミトリーズ世界政府”を名乗る謎の勢力の刺客を撃退するためにその能力は如何なく発揮された。

 後日、榛名は体調不良を起こした。

 激しい高熱にうなされるほどではなかったものの、榛名が帝都から南奧州へ向かう馬車の中で苦しそうにしていたのが魁世は見るに堪えなかった。


「そうそう魁世くん。収穫できるようになったら一週間に一回、農園でとれた野菜をつかった料理をクラスのみんなに振舞おうと思うの」


「まじ⁈……って、無理せずよろしく」


 農業とは有史以来、もしくは以前から幾千年と蓄積されてきた社会の基盤であり、産業であり、活動である。魁世は属領南奧州軍を精強にするためには南奧州を後方として食糧を安定供給させることは重要事項と捉えていた。そして榛名という存在は元二年一組の面々で構成された群蒼会の大切な戦力、切り札だと確信していた。だが同時に榛名一人を頼みにする気はさらさら無かった。

 個人の持つ特殊な能力に依存する体制は、一時的にはともかく、長期的には正しくない。魁世がそう思ったとしても、榛名が現在の群蒼会で最強の、ドミトリーズ世界政府のいう覚醒者であることに違いは無かったが。

 ……

 …

 南方地域。魁世や雨雪といった群蒼会はその地を便宜上そう呼んでいた。

 属領南奧州から南の支配が及んでいない地域を指すのだが、そこがある程度の大きさの島であること。まだどの国家らしい国家の支配を受けていない程度のことしか分かっていなかった。

 だからこそ魁世はその地域の調査と領有を雨雪に打診し、調査部の吉川ナルが乃神武瑠、那須興壱と共に調査に向かった。

 先頭を進む武瑠は速度を上げていく。


「武瑠、後ろがついて来れていない。お前しか道を知らないんだ。ちゃんと案内してくれ」


「はいはーい、ボクはどうせ真っ先に逃げた臆病者ですよーだ」


 そんなことは言っていないのだが。明可は嘆息する。

 吸血姫という未知の存在に囚われたナルと興壱の救出を主目的とした百足隊精鋭百人を率いて森明可は南方地域を進む。

 一度来ている武瑠が道案内を務めるが、彼はあまりやる気があるようには見えない。

 “臆病者”と自虐するが、悪びれる様子は無ければ、二人をおいて逃げた後ろ髪を引かれているようにも見えない。武瑠が元の世界ではとあるテロ組織の元少年兵だったことを知る者はごく少数であるが、明可はなんとなく武瑠の異常性に気付き始めていた。

 答え合わせは求めていないし、絶対に指摘しないが


「この島の名前はなんて言うんだ」


 明可の独り言のような質問に武瑠は答える。


「知らないねー」


「なんだって?お前達は本当に何しに行ったんだ……」


 植生は南奧州とほぼ変わらないこの島は本当に知名度が無い。それは島に漁業の関係でたまに訪れる者でさえ“例の島”と言う程度にしか認識されていない。

 帝国が名付けた南奧州とは“異種族連合が占領していた地から奪還した場所”から帝国の異種族連合との開戦時の領土を除いた領地を指す。

 つまりかなり曖昧な領土であると言える。

 もちろん惟義たち義勇軍が戦時中にドラクル公と結んだ領土に関する条約は正確に履行されてはいるが、それは属領南奧州の領土が確定していることを意味するものではない。


「あ、ついたよ」


 武瑠は大きな洞窟の前で足を止める。

 背後の巨大な山は岩肌が露出し、温かみは感じない。洞窟の入り口はまるで怪物が大きな口を開けて獲物を待っているようだと明可は思った。


「随分と大きな穴だな。どうして吉川はここを探索しようと思ったんだ?」


「さーねー。たぶんナルちゃんは好奇心だったと思うよ」


 明可は百足隊の精鋭百人からさらに十名を選抜し、武瑠と合わせて十二名で洞窟の中へ足を踏み入れた。

 ……

「どうだった。洞窟の様子は」


「学校行事で行った観光整備された巨大な洞窟を覚えているか。あれをイメージしてくれ。直」

 ……

 明可は先頭に立って洞窟を進む。

 松明で足元照らしているが、少し光の強さが心もとないと感じた。


「静かだな」


「うるさい洞窟の方が困るよ」


 確かにその通りだ

 その刹那、それは起こった。

 松明が落ちた。

 だが明可は松明を持ったままである。

 つまり明可の持っている松明の火のついた部分のみが分離し、地面に落ちたことになる。

 明可は正面を向いたまま部下たちに命令する。


「総員抜刀!松明で周囲を照らし、無暗に動こうとするな。この狭い空間では人数の強みは活かせない。隣の者同士で互いの状況を再確認し、次の攻撃に備えろ!」


 明可は歯嚙みする。戦場と同じで無いことは分かっていたため、考え得る探索装備と短めの武器を携帯して用心はしていた。だが初撃を全く予期できなかった時点で、自分の技量的に次の攻撃で死んでしまうことも考えた。

 静寂に包まれる洞窟の中で不意に風が吹く。


「…前方、気配がある」武瑠は呟く

 赤毛が目の端に映った気がした。


「洞窟に不用心に入ったあげく、松明を切り落されたくらいで慌てるようでは先が思いやられるな。ええ?ニンゲン」


 その声はどこか可憐だった。だが諦念がこもったような声でもあった。

 明可は前方から聞こえた声に応える。


「あなたが、吸血姫キュティ・エルジェベート・ハーニアですか?」


 洞窟内で反響する明可の声への返答であるかのように洞窟が光を帯び始める。

 明るくなった洞窟のむこうに見えるのは赤毛の人物。


「さて、どうだかな」


 いわゆるゴシック調の服を着た女性は赤い髪をなびかせて言った。

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