第三十六話 ナンオウの戦いⅠ

魁世は惟義が自問しているのか自身と透に言っているのかわからなかったが、取り敢えず意見を述べる。


「まずは分散して他の駐屯地にいる明可の百足隊、直の青菱隊をここに集結させて明可と直を含めた作戦会議をすべきじゃないか?」


 惟義は腕を組み短く頷く。


「魁世の意見は尤もだ。透はどう思う?」


 透はいつものように机に顔を乗せ、両腕をだらしなく広げつつ返答する。


「んー…そーだね。もっと情報が欲しいかな」


 ではもっと偵察隊を派遣するのか?敵の到着まで時間が無いがそれでいいのか?魁世はそう言おうとしたが、透は予想外の行動に出た。


「よーし、見に行ってくる」


「え、透が行くのか?自分で?」


 魁世は思わず聞き返した。


「なに言っているーの?魁世も一緒に行くよ。とおる馬乗れない」


 そうなのか…

 魁世はなんとなく納得した。魁世は紫電隊一番の駿馬の後ろに透を乗せて敵軍の偵察に向かった。

 ……

 …

 紫電隊の駐屯地から街道を北上したところに、その集団はいた。丁度村を略奪している最中だった。

 いかに速い馬で駆けたとはいえ、こんなに早く敵軍を発見できるのは想像以上に敵軍の侵攻速度が速いから?もしかすると既に殆どの領地がスルガ王国軍に占領されたのか?魁世はそう危惧した。

 とりあえず近くの茂みに透と一緒に隠れ、様子をうかがう。


「なにか分かったことはあるか?」


 茂みからは村の家々に武装した男たちが押し入って、数少ないであろう金品や袋に詰まった食糧を持ち出していく様がよく見えた。前回の異種族連合の占領で慣れているのか諦めているのか抵抗はあまり見られなかった。それでも少数の住人が兵士にしがみついて略奪をやめさせようとしたが、抵抗空しく隣の兵士に槍で刺され動かなくなった。


「なんだか」


「なんだか?」


 魁世はオウム返しに尋ねる。


「ばらばらだね」


 透はそれ以上口を開かない。


「スルガ王国の目的はやっぱり略奪なのか。酷いな」


「助けに行かないー?」


 魁世は村から数人の女性が敵兵士に連れ出されているのを眺めながら言葉を返す。


「僕の今の仕事は侵略してきた敵軍を撃退すること。透を乗せて無事に帰りつくことさ。目の間の惨状を義憤とかに駆られてなんとかしようとするのはナンセンスじゃないかな、きっとそうだ」


「ぎ、ふん?」


「そうそう義憤。正義の憤りと書いて義憤」

 ……

 …

 第一行政局研究部、魔法担当の高坂寧乃は軍人では無いが今回の戦いに参加している。

 戦闘要員ではなく魔法を用いた通信要員であり、より具体的に言えば通信する者同士の中継である。

 司令本部に寧乃を呼びこの役割を頼んだのは魁世である。魔法の習得を進めたい寧乃としては正直面倒だったが『参加してくれないと戦いに勝てない』とまで言われては赴くしかなかった。


『もしもしこちら司令本部の主任参謀、新納魁世です。百足隊の森明可隊長と青菱隊の本多直隊長につないでください』


『こちら通常業務外の仕事をさせられている研究部の魔法使い高坂寧乃。繋ぎます』


『そんな言わんでよ、ごめんだって』


 司令本部のテント内には惟義と透、魁世の三人に加えて各駐屯地から魔法通信で繋がっている明可と直がいる。

 明可は魔法通信のやり方を知らない。だが寧乃が受信から中継まで全てやってくれていた。明可はいつかの時代の電話交換手のようだとも思った。


【…宗方が言うには現在進軍中の敵軍は行軍で隊列が伸びきっており、その上略奪に目がいっぱいである。ゆえに各駐屯地から適当に出撃し適当に敵を分断すれば勝てる。そういう訳か】


 明可の次に直も発言する。


【敵は主要街道を素直に進んで街道周辺の集落を襲っている。三か所の駐屯地から街道に撃って出る。なにもしなくても勝手に敵の脇腹を突くことができる。なるほど聞いている分には勝てそうだな】


 魁世は主任参謀として補足しておく。


「十分認識しているだろうが僕ら属領軍は三千、むこうは一万だ。帝国本軍の早期な援軍は期待できないことも留意しておいてくれ」


 くぎを刺したように見える魁世だが、内心はそこまで戦力差を気にしていなかった。

 それは魁世たちのボス、惟義も同様だった。


「うむ、敵はこちらの三倍以上。だが三方向から夜襲をかければ必ず勝利できる!勇敢も勝利も大事だが、もし何かあれば素直に逃げてもいい。それでは行動開始!」


 魁世は思い立って椅子から立ち上がり右手を額に構えて敬礼した。

 透は変わらず机に突っ伏していた。

 なおこの世界、少なくとも帝国において魁世のやるような敬礼は儀礼として存在しない。

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