第三十五話 配置

 第一行政局研究部、表向きは南奧州の技術研究を担当する。実際は群蒼会の為に元の世界に存在した技術をこの世界で再現するのが仕事である。

 部長は元二年一組出席番号十三番の但木(ただき)翠(みどり)、副部長は元二年一組出席番号九番の高坂(こうさか)寧乃(ねいの)。どちらも女性である。

 魁世と雨雪が今後のための群蒼会メンバーへの面接を行った際、但木翠は元の世界では特に理系科目に造詣があり、その方面に表彰経験もあることから研究系の職に就いてもらうことになった。


「寧乃は既に魔法に関する高い知識を持っている。だから寧乃には魔法方面を任せよう」


「そうね、あなたが魔法を使った通信要員として高坂さんをよく知っているものね」


 帝都包囲戦の中で傭兵団基地に潜伏していた雨雪たちを魁世が寧乃を使って生存確認、そして監視させていた事への皮肉である。

 非魔法系統を翠、魔法系統を寧乃が担当するというかなり大雑把な決定がなされた。

 これは魁世や雨雪だけでなく、現在は群蒼会一の魔法適正を持つ寧乃でも“魔法”とは何なのかよく分かっていなかったことが大きい。これ以降も雨雪は魔法やそれを司る研究部に関して自分から触れに行くことは無い。それは自然と研究部にある程度の予算的自由と独自性や独立性に繋がり、結果として研究部の躍進の土壌となっていった。



 第一行政局総務部、名前はどうあれ雨雪直属のなんでも組織である。

 部長はもちろん雨雪、副部長として元二年一組出席番号三番の芹沢(せりざわ)伊予(いよ)、元二年一組出席番号四番の斎藤(さいとう)操(みさお)の二名である。

 この二人の人事は第三行政局庶務部の八田藍の三人のように適切な担当が無いために取り敢えず直属の組織に配置された。

 要は雨雪がこの二人に期待していなかったことの表れである。それは雨雪の伊予や遥の二人が元の世界から“ぱっとしなかった”という評価からなる。雨雪から見ると勉学ができるわけでもなく一芸に秀でているわけでもない、という評価だった。


「いやいや!うちのクラスとかいう弓で数百メートルから狙撃できる奴の存在する集団の中で“一芸に秀でる”とこがどんだけハードル高いと思ってるんだ」


 魁世は雨雪の基準はおかしいのではと考える。そしてそんな雨雪が上司の部署に配属された伊予と遥を心底かわいそうに思った。思っただけだが

 そして後日、雨雪の二人への評価は上方修正される。



 魁世は、その卓越した後方支援能力と内政家としての才能からひとりは今蕭(しょう)何(か)、もうひとりは優れた人材発掘能力と繊細ながらも強烈な補佐役の才能から今荀彧(じゅんいく)と呼ぶほど絶賛することになる。

 ……

 …

 軍隊とは戦う人間だけで構成されるものではない。平時だろうが戦時だろうが兵士が三千人なら三千人の食糧を文字通り必要とされ、それを準備する者や配給する者だけでなく、買い取るにしても生産するにしても武器や被服を補充し、それらを統括し運用する専門の部隊が必要となる。

 それら補給部隊の兵士を元の世界では一般に輜重兵(しちょうへい)と呼ばれ、食糧や兵器といった物資の調達から運搬、それに伴う施設管理といった戦闘とは異なる後方での軍事活動は、総じて“兵站”と呼ばれる。

 魁世はこの兵站を大事なものと理解していた。だが自分が軍人では無いこと、職掌の第三行政局での仕事が手一杯だったことから手をつけていなかった。

 手を付けるもなにも、そもそも魁世の仕事では無い。繰り返すが魁世の仕事では無い。


「なのにどうして僕がソレをしなきゃいけないんですかね」


「誰かがやらないといけない事よ。それがあなただっただけ、諦めなさいな」


 南奧州属領軍、惟義が管区司令官つまり指揮官を務めるこの軍隊は設立一か月にして崩壊の危機に瀕していた。

 惟義は兵士からの人気は高い。異種族連合との戦いで粗削りながらも培った個人の戦闘力と統率力は世間から見ても十分だろう。だが兵站のことは取り組んですらいなかった。

 実は本多直や森明可やその部下の隊長格の将校が自然な流れで兵站を担当していたのだが、直や明可には自分の部隊があり兵站のみに付きっきりで対応することもできなかった。魅世からすれば「なぜ付きっきりで対応しなかった!」と言いたかったが後の祭りである。義勇軍の時はキリシマ屋といった大商人が支援しくれていたが、その支援も異種族連合との戦争がひと段落したことで「今後もご贔屓に〜」ということで終了していた。



 結果として“明日の食糧を現地の農民に借りる”“被服から武器に至るまで統一されていない”という風体がほぼ野盗のそれと化し、脱走兵がでないことが奇跡であった。

 属領軍参謀本部の参謀長、宗方透はこの危機に対し「んーわかんないなー」とその発想力から軍師と持て囃されていた彼女は何処へ、元二年一組ではモノグサで定評だった不思議ちゃん透になっていた。問題を認識はしていても自分が解決する気は無かった。

 惟義、雨雪、魅世の話し合いの結果、この問題を改善するため、属領軍に兵站を担当する軍務局が設置され、その初代局長に魅世が就任し、危機を回避することとなった。なお軍務局と云っても人員は魅世ただ一人であり、透明な組織の長と言っても仕方がない状況だった。また透の保護者として参謀本部主任参謀の地位も与えられた。

 戦力とは軍隊の規模であり、軍隊の規模とはすなわち兵士の数である。

 戦術や戦略といったことを論じるよりも、“軍を維持すること”が喫緊の課題というなんとも御粗末な軍隊が惟義の南奧州属領軍であった。

 魁世はこれで少佐の階級を与えられた。これは現在の帝国の慣習では騎士爵の者は基本的に佐官級であるからであり、同じく騎士爵の直と明可も同様の理由で少佐から階級がスタートする。



 南奥州に来て一ヶ月、属領軍に兵站問題が生じた。それから一ヶ月、魅世が第三行政局の人員を臨時に用いてなんとか問題が解決しようとしていた時、主任参謀でもある魅世の元に急報がもたらされる。


 南奥州に来て二ヶ月、海岸から北へ向かったところにあるスルガ王国が軍事行動を開始した。侵攻先はエヴァルー朝ヴィーマ帝国属領南奥州、戦争である。


「なぁんでだよお!」


 魅世は嘆いたが、自分たちの領地である南奥州のため、ひいては元の世界からの仲間である群蒼会のために行動を開始した。

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