第三十四話 挑戦Ⅱ

 現在、魁世たちが仕えている帝国。かつて世界を支配していたと歴史に残るこの没落した帝国には"帝国の遺産“と呼ばれるものが存在する。

 それは大きく分けて、帝国の道路、帝国の水路、帝国の官僚の三つである。

 以前、義勇軍を率いる惟義たちが異種族連合に占領地されていた帝国領を奪還し、さらに進出して旧ガノア王国といった異種族連合に滅ぼされた小国家群を“解放”と称し、草刈り場と化した同地を帝国の名のもとに占領した。

 惟義は義勇軍の移動にこの帝国の道を用いた。用いたと言っても、元からそこにあった道であり、惟義は使ったこの道が、この世界においてはかなり良質で歴史と由緒ある道路とは知らない。

 この道路は帝都を起点として、魁世が確認しただけで南奧州の末端まで石畳によって敷設されており、両側には雨水といったものを流す溝を有し、横幅は馬車が二台通ることが可能である。

 帝国以外の国家では都市内部に石畳の道路はあっても、領土全体に張り巡らせるほどの国力を有していた国は帝国以外に存在しない。他の国々では道とは基本的に通行する人々によって踏み固められ、かろうじて所在のわかる程度である。



「たしかに帝国は没落した国家だ。だが道路ひとつ取っても、かつての栄光によって築かれた遺産を使うだけで多くの恩恵を得ることができる。

 整備された道路はヒトとモノの流通を加速させ、存在するだけで経済を活性化できる。これを有効的に使えれば僕らの領地は大きく発展するだろう。と、僕は思うんだ雨雪」


 魁世は先ほど食糧貯蔵庫での盗難事件の首謀者疑いで第一行政局庁舎の建物の長であり第一行政局長である伊集院雨雪の執務室を訪れていた。

 そこで出来るだけの言い訳をして、雨雪から今期の給料半減を言い渡された。

 魁世「つらいです」

 魁世の所業に呆れ返っていた雨雪は魁世の言葉を取り敢えず聞いてみる。


「そうね、たしかに交通網が既にある程度整備されているのは大きなアドバンテージとなるわ。それで?」


 魁世は返答する。


「本題はここからだ。雨雪、この領地、平和すぎると思わないか?」


 雨雪は眉を顰める。


「なにが言いたいの?」


「ここの領民はかつてのガノア王国から帝国、僕たちに統治者が変わったことになんの反発も抱いて無いんじゃないかってことだよ。

 南奧州は惟義たちが帝国領以外で占領した土地を纏めてつけられた地名であり、行政区分だ。元は別々の国だった、これは違いない。

 占領地を統治するのは大変な労力がかかる。これも元の世界の歴史を見れば常識だ。だが領内の住民は雨雪の施策に対してなんの反発もない。あー雨雪の統治が良いのもあると思うよ?

 けどこれって異常なことだと思ったんだ。

 そこで少し調べてみたが、どうやら南奧州からしたら元は別でも、その国々も大元は帝国領の一部だった。例えば旧ガノア王国の国王は帝国から派遣された貴族が土着して王を名乗ったところから始まるらしい。

 帝国の遺産と云われる帝国の道路がここ南奧州にまで届いているのは、この地がかつて帝国だった物的証拠だ。

 つまりこの帝国の石畳の道が続く場所は続く限りすべて帝国領である。なんて言えると思わないか」


 雨雪は魁世の言いたいことがおぼろげに分かってきた。


「それを理由にかつて帝国領だったところの国全てに戦争でも仕掛けたいの?」


 いつからそんな野蛮な思考になったの?そんな表情の雨雪に対して魁世は続ける。


「いやいや、僕は帝国の道路にそって更に南に調査することを提案しに来たんだ。ここ南奧州は帝国の最南端だが、帝国の道はさらに南に延びている。聞いた話だが、その南の方角には面白いものがあるらしいんだよ」


 面白いものとは何なのか、聞きたくなったが、まずは調査するかどうかである。

 随分と迂遠な言い方で伝えてきた魁世の提案を雨雪は反駁する。


「もし、何かしら統治して利点があれば占領して統治する、大義名分は“そこに帝国から続く道があったから”で済む。そもそも誰も統治者がいないのだから問題ない。そう云いたいのね?」


 魁世は首肯する。


「まあ、そんなところだ」


「統治するかはおいといて、調査くらいは認めるわ。誰を派遣するか知らないけど、報告、連絡、相談くらいはしてよね」


 雨雪の言質は得た。あとは実行に移すだけ



 第二行政局調査部、領内の大まかな地理を調査するのが主な業務である。

 部長は吉川ナル、他に部員はいない。

 魁世は第一行政局に連行されたその足で第二行政局庁舎の調査部に向かった。

 第一行政局は旧ガノア王国政庁、第二行政局は第一行政局の隣の小さな宿屋にある。なお第三行政局は場所すら決まっていない。


「そういう訳で頼んだ」


「理解した、全力で取り組もう」


 実直な吉川ナルに魁世は素直に感謝した。


「必要ならモノも人員もこちらで用意する。ナルには帝都の皇女殿下の件でもお世話になったからな」


 するとふとナルは呟く


「じゃあひとつお願いしようか」


「おう」


「今回の調査にはわたしだけでは力が足りない。乃神武瑠と那須興壱、この二人を調査部に臨時編入したい」


 興壱は弓の腕以外はまともだが、武瑠は扱い結構大変だぞ。強いけど


「いいけど二人が何か問題起こしたらごめんな」


「問題無しだとも、まあ無理にとは言わないが」


 後日、魁世は二人に頼みに行った。武瑠と興壱は快諾した。一応は武瑠と興壱の主君であり上官である属領領主の惟義が「俺も行きたい!」と魁世に言ってきたが、立場が立場なため惟義は留守番となった。

 ……

 …

 魁世はケイヒン村に帰ってきた。


「なあー!反射炉があー!!」


 完成すれば皆に自慢しようと思っていた造りかけの反射炉が土台から崩れていた。


「申し訳ありません。どうやら強度が甘かったようです」

 

「やり直しですな、ニイノの若さん」


「もう一度積めば良いですよ」


「そうだべニイノの若さん」


 魁世はひとしきり残念がった後、アライが声をかけてくる。


「今夜は我が家で村の皆と夕食を食べようと思うのですが、ニイノ部長もどうです?反省もまずは腹を満たすことから始めては」


「たしかに。まずは飯だ」


 工業部の軌跡は始まったばかりである。

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