第三十三話 挑戦Ⅰ
第二行政局の局長職である第二行政官、それに就任したのは元高校二年一組の学級書記、朽木早紀である。
第一行政局のように多くの部署を抱えてはいないが、主に記録と文書管理を担当する平時では目立たないが、いざというとき重要な部局であり、雨雪の早紀に対する重要度と信頼度のよくわかる配置だった。
元二年一組のクラスメイト、現在の群蒼会メンバーのとある人物は早紀を「自我の薄い小動物」と呼び、早紀が高校で以前から影ながら男子からの人気があることから、その密かに早紀を慕っている人物たちも踏まえて「弱った兎と、それを愛でている人たち」と謂った。
そんなことを謂われてしまう早紀だが、雨雪から与えられた仕事を真面目にかつ良い意味で予想を越える結果を出していた。
後に“朽木文書”と後世の歴史家からよばれ、群蒼会メンバーの研究に大きく役立ったとされる日記のようで一応は日誌の文書が存在する。
そこには惟義、雨雪、魁世の三頭政治によって属領南奧州を統治する群蒼会の在り様から、個人それぞれの早紀から見た性格や特徴が如実に書かれていた。
朽木文書の特徴として早紀の視点と当時の大衆の評判や後年の早紀の視点といったことを書き、“これは私見であり偏見である”と断りをたびたび入れている点である。それは筆者である早紀が謙虚であることと、文書の内容に無謬と普遍を重視する姿勢がうかがえる。
その朽木文書にはこんな記述がある。
「雨雪さんは自分に権限を集中させて縦割りの組織に、公正と数字を異常に重視する傾向が強いです。部下の方はみんな雨雪さんを尊敬しながらも怖がって仕事をしています」
「魁世くんは円滑で成果を出すためなら多少の粗相は認めて、組織は横の繋ぎを意識して、ある程度優秀なら権限を渡して仕事を移譲する。組織内の雰囲気はとても良いと思います。けど場合によっては極めて強引で急進的な方法を使いがちです」
…
……
「私が全てを決定します。あなた達はただ正確に数値を計測し、職務に忠実に勤めて下さい。余計なことはしなくて結構です」
「あなた達は以前、それぞれ様々な国の官吏だった。ですが今は属領南奧州の役人です。贈収賄は許しませんし、不正は重罰に処します」
「わたしはわたしの様な凡人にできる仕事しか与えません。無理と思ったらすぐ謂って下さい。転属してもらいます」
なお“雨雪はこんな発言をしていない”
これは全て雨雪の部下となった者たちが聞いたと錯覚した文言である。だが雨雪の考えを如実に表している。
第一行政局は旧ガノア王国といった異種族連合によって滅ぼされた小国家群の官僚たちを吸収して設立された。惟義たち義勇軍で得た知名度を用いて随時募集し、短期間でそれなりの数が集まった。
だがこの世界では役人の税金横領は当たり前、地方の代官になれば私腹を肥やす絶好の機会だと感じる役人も相当数いる。
だがそんな役人を片端から統制して見つけ出し、極刑から獄中送りまで行い、短期間で綱紀粛正を行った人物がいる。
領民は尊敬と畏怖を込めて彼を冷血監察官と呼ぶ。
また雨雪に二つ名は無い、揶揄することさえ許されない。
…
……
帝都の貴族からは辺境と揶揄される属領南奧州。その領地内でも更に辺境の地に魁世はいた。名をケイヒン村と云う小さな漁村である。
魁世の目の前にはみすぼらしい、と謂っては酷だが魁世の元いた世界の服装に比べたら貧相な見た目の者たちが膝をついて地べたに座っていた。
「みなさん職人を呼んだのは他でもない、あるものを作って欲しいからです」
南奧州中の鍛冶職人といった技能をもつ者たちをこの村に集めていた。
「報酬は弾むぞ。それに、優秀な者は正式に領主付き職人として雇うことも考えている」
魁世はお立ち台に立って話す。きっと目の色を変えて喜ぶだろうと思ったが、目の前の男たちの中心にいた初老のえて怯えながら魁世に言葉を発する。
「わ、わしらは家に帰らしてもらえるのでしょうか…?」
どうやら拉致されて強制労働させられると思ったらしい。僕がそんな暴君に見えたのか?
「そんなことはしない。まずはコレを見てくれ」
魁世は一枚のなにかが書かれた紙を渡す。
目の前の初老の男はおずおずと受け取り、周りの男たちも額を寄せてそれを眺める。
「これはなんでございましょう」
「これは高温にも耐えられる煉瓦、簡単な製法のセメント、これは…」
純粋な質問と捉えた魁世は正直に答える。だが初老の男はそれを慌てて遮る。
「いやあの、そういうことでは」
「じゃあどういうことだよ。あー成程、目的を知りたいのか!」
勝手に納得した魁世は喋りだす。
「目的はそう、おっさんたち領民のためさ」
「わしらのため、ですか」
いぶかしむ男たちに魁世は饒舌に続ける。
「僕らは幸運なことに色んなことを知っている。それを活かして南奧州を誰もが幸せな領地にしてみせる。具体的にはそうだな、まずは飢えないことから始める」
飢えない、ということは施しでもするのだろうか?初老の男は考える。
「直近の目標としては、その紙に書いてあるものを再現することだ。無茶と感じるかもしれないが、まあやってみてくれ。
そうだ、大事なことを忘れていた。このケイヒン村だが今日から僕が直接管理する特区とする。工業都市として発展させていくつもりだ。手始めに希望者からここに移住してきて欲しい。もちろん家と工房は用意するし、支度金も出そう」
黙って聞いていた男たちは顔を見合わせる。
自分たちより若く、下手すると息子より若い魁世の言っていることに判断しかねているようだった。
すると目の前の初老の男が代表して畏まって発言する。
「わしは隣の村でずっと鍛冶をしとったアライという者です。お役人様のおっしゃる…」
「え⁈なんて?やってくれるのか!それに移住もしてくれるだってえ!」
魁世は面倒になった。こんな初歩の初歩で時間をかけたくなかった。
「は、え、お待ちください。お役人様」
まるで決定事項のように魁世は続ける。
「無論、タダとは言わないさ」
すると魁世は後ろに用意していた布を被せていたなにかを、布を勢いよく引っ張って露わにさせる。そこにはうず高く積まれた中身の詰まった麻袋が積まれていた。地面にこぼれていた麦粒が内容物を明らかにさせる。
「ちなみにこれは前祝だ。報酬は別にあるぞ」
魁世には明らかにアライたちの目の色が変わったのが分かった。
こうして魁世は希望者には手渡しで麦の詰まった袋を渡し、その日は終了した。
希望者たちは期日通りに家族や仕事道具、引っ越し荷物を荷車に載せてケイヒン村に現れた。魁世は名簿もなにも無かったが、前祝だけ貰うだけ貰って当日来なかった者のことは考慮しなかった。
「まあ、必要経費ってやつだな。こうして成果は出始めている」
魁世の目の前の建物群からは金具を叩く音が鳴り響いている。家々からは煙突から常に煙が立ち昇っていた。
「分業体制を進めて効率を上げようと思ってる。徒弟制度を少しずつ
隣に立っているのは第一行政局監察部参事官、仕事をして僅かな期間ながらその仕事ぶりで領民からは冷血監察官と畏怖されている男、新田昌斗
昌斗はいつものように短く首肯する。
「金属武器の量産体制、良いモノを作ることも大事だが規格の決まった替えの利く量産品を大量生産できるようにしていくつもりだ。新兵器もゆくゆくは作っていきたい」
昌斗の反応に変化は無い。
コイツは初対面の領民にもこんな能面顔で応じるのだろうか?魁世は見ず知らずの領民を哀れに思った。
丘の上から煙突の生え始めたケイヒン村を見ていた魁世と昌斗だったが、昌斗はふと魁世に体を向ける。
「新納第三行政官、貴職を先日の食糧貯蔵庫での盗難事件の重要参考人として第一行政局へ連行する。当職は領主権限代理人であり拒否はできないと思っていただきたい」
変わらぬ表情で昌斗は魁世に告げた。
「なんでだ!必要経費だああ!!!」
魁世の叫びがケイヒン村に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます