第三十二話 庶務部

 平群美美、八田藍、桑名鶴夏にどんな役職を割り振るのか?

 八田藍は元の世界でも三ヶ国語をマスターした才媛だった。財政といった重要な職務を任せるに足るだろう、平群美美や桑名鶴夏は職務においては役に立たないだろうが、元の世界からいつも一緒だった三人を敢えて離すまではしなくていいから藍と同じ部署に配属すればいいだろう。雨雪はその程度しか考えていなかった。


「…つまり働きたくないってこと?」


 雨雪は内心心底呆れていた。氷雪のような眼で机の向こう側の藍たち三人を見つめる。

 藍は雨雪の凍てつく視線をものともせずに言葉を返す。


「別に働きたくないとは言ってない。話聞いてた?」


「聞いてたわよ。“この前十分働いたから今後はゆっくりしたい”、つまり働きたくないんでしょ?」


 よく分かっていない巨大な敵がいる状況下で三人も無職を抱えるわけにはいかない。


「ねえ、いいでしょ?魁世くーん」


 藍は魁世に水を向ける。声をつくっているのは何故だろうかと魁世は困惑する。同時に隣からの視線に鋭利なものを感じる。

 話を振られた魁世は考える。そして思い出した。自分が異種族連合の白銀耳長人の総族長にして盟主王のスルタールを人質にとるために、藍たちを無理矢理利用した挙句に“後でひとつ願いを叶えてやる”なんて言っていたことを。

 雨雪も横に座る魁世に目線を変える。

 冷たい圧力を感じる

 藍からは期待、というより脅迫に近い視線を、

 雨雪からは牽制、なぜか軽蔑の視線を感じ取った。


「えー僕、第三行政官としては八田藍殿の意向を尊重すべきと愚考いたします」


 藍は僅かに目をそばめて笑った。

 雨雪の目線は軽蔑から呆れに変わっていた。

 その後も魁世は、群蒼会メンバーとの面接中も雨雪の不機嫌なオーラをひしひしと感じながら面接をこなしていった。



 最終的に三人を無役にするわけにもいかず、八田藍、平群美美、桑名鶴夏は魁世の担当する第三行政局の庶務部所属となった。庶務部自体が藍たち三人のためにつくられた仕事の無い部署だった。

 雨雪としては思わぬアクシデント、魁世にとっては当然のしっぺ返しを受けた。


「ま、まあね、あの女子三人は僕が完璧に制御してみせるよ」


「せめて足手まといにはならないようにして。まあ制御すべきなのは貴方の方かしら」


 まだ雨雪はこのあいだの皇女誘拐や義勇軍といった諸々の件で怒っているのか。まあ間違いなく僕が悪いんだが


「善処いたします」


 魁世は反省も込めて深々と礼をする。

 無視された

 ……

 …

 惟義の率いる紫電隊は今夜も南奧州内で野営をしている。

 いまは夕餉の時間であり、惟義は兵士たちと根野菜多めの大鍋を囲っていた。


「駿河王国?面白い名前の国だな」


「ええ、スルガ王国。ここから海岸を北に進めばたどり着く国ですよ」


 惟義と兵士たちの雑談は続く。


「ここ南奧州もこの前の異種族連合との戦いで荒れましたが、スルガ王国はそれより前から国王と王子との間でちまちまと内戦していて、かなりひどい国ですよ」


「よく知ってるな」


「そりゃあ知ってますよ。あそこはおいらの捨てた故郷ですから御大将、じゃなくて領主様。いやここでは司令官閣下?少将閣下でしょうか」


 上官の呼び方に苦労している目の前の兵士に惟義は笑う。


「呼び方は気にしなくてもいいぞ。ところでそんな国もあるのか」


「戦時徴収だーって言って領民から穀物とか財産を奪っていくんですよ。やっぱり出て行って正解でした」


 惟義は話を聞いて、せめて自分たちの治めるこの南奧州だけでも領民にとって暮らしやすい場所にできたらなと思った。


「どうやら晩飯もできたようだな」


「晩めし…?そうですねできましたね御大将」


 自分は大将ではなく少将なのだがな、と思いながら惟義は大鍋の方へよった。

 なんとなくいい香りがした。

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