第三十一話 人事Ⅱ
南奥州属領は皇帝より嶋津惟義が管理を任された地である。
当然の如く公平な民主主義が存在せず、人権の概念も無い世界であり、国家であり属領である。
男爵コレヨシ・フォン・シマヅの独裁、というより自分の領地で好き勝手できるのはこの世界では当然なので独裁という認識もこの世界には無い。
中世欧州の領主みたく、惟義には裁判権、警察権、徴税権の大きく三つの権利を有し、細々とした権利を挙げればきりがない程、多大な権利を有する。
義務としては大きなもので領地内の住人、多くは農民だが、彼らを保護する義務がある。
なおいかに好き勝手できる領主階級といえども、あまりに道徳的に問題のあることをやりすぎて主君、帝国では皇帝から呼び出されて査問された挙句に領地没収、爵位没収、最後は死罪もあり得る。
「あり得るってだけで、大抵の領主ってのは自由にやってんじゃないのか」
「本当にそう思う?」
旧ガノア王国政庁、現在の南奥州属領政庁に新納魁世と伊集院雨雪はいた。
「悪徳な領主が嫌になって領民が逃げ出したら困るってことか?」
魁世はとりあえず言ってみる。雨雪の表情は「まあまあね」と言っているように見えた。
「たしかに前の世界の歴史の中では農民が租税逃れで荘園から“逃散”したり、戸籍を偽装したりした事実はある。けれどそれよりもっと重大な事象を回避するべきよ」
それは王様がギロチンにかけられるアレだろうか
「この世界においても元の世界においても被支配階級が圧倒的多数よ。そして人間は衣食足りて礼節を知る、逆に言えば食べ物もままならない状況になれば秩序もなにも無くなる。
現在の南奥州は異種族連合に占領された混乱、そして新たな帝国という支配者がやってきたことで生じる潜在的な不安から二重の混乱が生じつつある。この混乱を取り除き、領民にとって公正な統治を行わなければならないわ」
「つまりお気楽極楽お貴族様なことはできないってことだな」
真面目に戦禍にまみれた地を復興させ、真面目に統治し、真面目に帝国に尽くさなければならない。貴族とはかくも面倒な身分なのだろうか。
「それに惟義さんが言ったこと、覚えてる魁世?」
「覚えてるよ。南奥州統治を契機として僕ら群蒼会の力を増強させるって話だろ」
雨雪は首肯する。
「そこで魁世、この領地を統治するひとつの方針を決めたの」
なんでお前が領地経営を差配することが決定してるんだ?なんて言ったら雨雪は不機嫌になるんだろうか。どうせ属領領主の惟義に頼まれたくちなんだろうが
「殖産興業、富国強兵よ」
なんだ、ただの強国路線か
「なんだか不満顔ね、なら代案を出しなさいよ」
「まだなんも言ってないだろ⁈……賛成、大賛成ですよ雨雪お嬢様」
雨雪がやる気満々でよかった。これで僕は手を抜くことができる。
「わたしを第一行政官、貴方を第三行政官っていう最高幹部として内政全般を受け持つわよ。安心して、惟義さんから許可は取ったから」
え……え?
「えーその、決定事項なのでしょうか」
「そうよ決定事項よ。貴方は今から魁世第三行政官、業務に邁進するように」
ええ、マジですか
「次にわたし達以外の人たちの役職決定よ」
やだなぁめんどいなぁ
「…返事は?」
「御意!!」
……
…
何故か魁世たち異界人を敵視しているこの世界、ひいては宇宙唯一の政府を自称しているドミトリーズ世界政府。その中の宇宙統合艦隊。
どうやらそのドミトリーズと関係あるなにかしらの理由で魁世たちをこの世界(星?)から消そうとする五大国の一国、ドラクル公国。君主ヴァラド公。
魁世としても、南奥州とい言い方を変えれば伸びしろのある領土を発展させ、強くなることは、宇宙統合艦隊はさておきドラクル公国には対抗できることに繋がると考えていた。
休みたかったのも本音だが
「さて、えーお名前は新田昌斗さんでしたね。弊社の入社動機を教えてください」
魁世と雨雪は机に並んで椅子に座っている。少し離れた向かい側には新田昌斗。魁世なりのギャグのつもりだったが、雨雪からは無視され昌斗からは無言と無表情で返された。
「質問に質問で返すようで悪いが、新納はなにをするんだ」
昌斗がいつもの仏頂面で言ってくる。
「僕はアレだ、元の世界のすんごい技術の知識を使ってこの領地を発展させる。そんなところかな」
「そうか。では私は新納の副官になろう」
即答しやがったぞこいつ
「雨雪もそれでいいか?」
魁世は雨雪に視線を送る。おかしな人事でもないと思っていたが、雨雪の思惑の口から出た言葉は違っていた。
「だめよ。新田昌斗はわたしの第一行政局に所属してもらう」
昌斗は一呼吸おいて発言する。
「基本的に希望通りの人事になると聞いていたのだが」
「簡単な話よ。魁世と新田昌斗、この二人が互いに近くにいると何をしでかすかわからない。だから昌斗さん、せめて片方はわたしの管理下においておきたいの」
魁世が企んだ秘匿名“帝国を救う大作戦”。結果として成功したが、雨雪になんの相談もせず実行した上に博打にまみれたこの作戦を実行した魁世と昌斗。今後はそんなことが無いように監視しておこうというのは雨雪からすれば当然の理だった。
残念なことに魁世と昌斗に拒否権は無い。
「そうか。理解はしたが、せめて第一行政官のところに配属されたらなんの仕事をさせられるのか、そこは教えていただきたい」
「主に行政監視を行う部署、監査部を担当して欲しい。監査部長は私がやるわ」
「かしこまりました」
昌斗は極めて事務的に了解した。
雨雪はノートらしきものになにやら書き込んだ後に声をあげる。
「次のひと」
……
…
属領領主 嶋津惟義
第一行政官 伊集院雨雪
第二行政官 朽木早紀
第三行政官 新納魁世
南奥州軍管区司令官 嶋津惟義
参謀長 宗方透
紫電隊(第一大隊) 嶋津惟義、乃神武瑠
百足隊(第二大隊) 森明可
青菱隊(第三大隊) 本多直
第一行政局 伊集院雨雪
総務部 伊集院雨雪、芹沢伊予、斉藤遥
計画部 伊集院雨雪
財務部 伊集院雨雪
税務部 伊集院雨雪
法務部 伊集院雨雪
保健部 伊集院雨雪
監察部 伊集院雨雪 (参事官 新田昌斗)
商務部 ハイドリヒ・天城華子
農務部 能代榛名
研究部 但木翠、高坂寧乃
警備部 足柄琥太郎
第二行政局 朽木早紀
文書部 朽木早紀
調査部 吉川ナル
第三行政局 新納魁世
工業部 新納魁世
土木部 新納魁世
庶務部 八田藍、平群美美、桑名鶴夏
「あー疲れた。もう帰っていいか?」
陽は既に地に降りて、満天の星空が窓から見えていた。
「そうね、予定より随分と時間がかかったからもう帰りましょうか」
それは自分への皮肉なのだろうか。魁世はそう思ったが言わないことにした。
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