第三十話 人事Ⅰ

 帝国男爵、帝国軍少将、南奥州属領領主、南奥州軍管区司令官。これが嶋津惟義またはコレヨシ・フォン・シマヅと呼ばれる男の主な身分であり役職である。

 惟義を中心とする義勇軍は旧領の奪還だけでなく異種族連合の占領していた小国家群、都市国家群も異種族連合の撤退と同時に占領、帝国領とした。その新たに得た土地を“南奥州”と名付け、その管理権限を持つのがが南奥州属領領主である。


 同時に惟義は帝国男爵コレヨシ・フォン・シマヅに爵位された。帝国宮廷は惟義達を義勇軍の括りでしか見ていない。故に義勇軍頭領の惟義が代表して爵位された。

 属領領主に関連して属領範囲の防衛を通常任務とするの軍管区司令官にも就任している。

 出世であるか否かで言えば、出世も出世、大出世である。


 貴族とはこの世界における支配者階級であり、様々な利点を持つ特権階級である。例えついこの間まで滅亡しかけていた国とはいえ貴族は貴族であり、他クラスメイト、現在の群蒼会メンバーが軒並み騎士に叙せられたのに比べたら、惟義の男爵という地位は少なくとも尊敬と羨望の的となって然るべきである。

 だが当の本人はこの状況にあまり喜べなかった。


 この人事、惟義自身への爵位叙位もそうだが魁世たちへの南奥州属領へ出向せよという宮廷からの命令が気に食わなかった。惟義は責任は重要視するが、自分の自由を侵害されることは好まない。

 惟義は元のクラスでは義勇軍でも共に参加した森明可、本多直と同様に三馬鹿と言われていた。これには言葉通りの侮蔑と裏には敬意が込めらた呼び方なのだが、無論のこと惟義も自分の考えの足りなさを自覚する人物である。決して改めようとも、卑屈にもならないが。


「俺は大したことして無いんだがな、褒められるべきは魁世の方だ、うむ」


 自分は魁世に指示された通りに動いただけ、現地で判断し行動したこともあったが、自分の意思はほぼ介在していない。少なくとも惟義はそう思っていた。

 実際は独断で那須興壱を黒耳長人の先住地域に派遣して友誼を結び、黒耳長人との交易を望んでいた義勇軍の支援者的存在のキリシマ屋の要望に応えていた。


「だがまあ、今できることをするだけだな」


 惟義は自身の直属の部隊、紫電隊。成り行きで結成されたこの部隊は南奥州にやってきてから寝ても覚めても訓練に明け暮れている。


「シマヅ少将閣下、準備完了しました!」


「うむ、じゃあ行くか。まずはあの山まで走るぞ!」


 訓練と言っても、部隊全員で行う長距離走や、超長距離走や、超々距離走だった。

 これは個人の模擬戦闘や数十人規模の集団模擬戦闘といったよくある訓練のやり方をよく分かっていなかったのが大きい。一応、惟義が紫電隊の中の特性や部隊内の人間を凡そ理解しようという思惑とも呼べないふんわりとした理由もあった。

「まずは基礎体力づくりだ!」と威勢よく言ってはいたが、ここ一週間は本当に基礎体力づくりだけしかしていない。

 走るコースは海岸を一直線や、山登りまで幅広い。いつの間にか南奥州全域を走り切っていた程、走り続けていた。


 だがこの自称行軍訓練は思わぬ効果をみせる。

 帝国の属領になったとはいえ、南奥州全体はまだまだ不安定であった。行政もなにも、まずは治安維持から始めなければならない状況で、惟義が先頭に立って紫電隊全員で南奥州中をぐるりと周るその姿は、慰撫の意味を持ち、南奥州の住民に新たな統治者を意識させ、秩序は回復していった。

 ……

 …

 紫電隊と同じく義勇軍に参加し、現在もそれぞれ千人規模の部隊である森明可の百足隊、本多直の青菱隊も惟義同様に訓練に明け暮れていた。

 だがこの二人の部隊はもう少し色々と仕事をしていた。

 まず部隊兵士の衣食住である。


「この戦争で住民が離散し、空き家となったところに入ってもらうか」


「異種族連合を恐れて避難していた現地人が、ちょうど兵士が入ってしまった家に帰ってきたらどうする?」


「勿論、元の持ち主にお返しするさ。俺たちは決して盗賊では無いからな」


 明可は毅然と答えつつ、食糧と衣服についても話し合う。

「帝都から持ってきていた分で食糧は向こう一ヶ月は備蓄に問題は無いが、兵士へ配給の仕方やそれに伴う具体的な部隊編成も練らないといけないな」


「服は…取り敢えず自前のものでやりくりしてもらうしか無いな。今の季節は寒くも無いし、冬までに具体的な準備と配給を行えば良いだろう」


「明可、そんな悠長で大丈夫か?衣服には武器も含まれるだろ。壊れていたら新調するなり修理するなりの組織的な体制をつくらないといけない。それに靴下といった消耗の早い物のことも考えんといかんだろう」


 そんな二人に対してまるで先輩かのように接する人物が一人。


「はっはっは!!悩んでいるようだなあ、モリ殿にホンダ殿。ここは傭兵隊長歴二十年のこのアムストンを頼って欲しい!」

 元、帝国救援の傭兵団長。現在は南奥州属領軍の顧問的な立場にあるアムストン・キゾは、その無精髭を撫でつつ話しかけてくる。

 少なくとも人生の先輩であり、一般兵から指揮官まで経験済みのアムストンの意見は重要なのは間違い無い。

 こうして少しずつ、かつ急速に惟義率いる南奥州属領軍は軍隊としての初歩的な部分を完了させつつあった。

 ……

 …

 惟義の紫電隊、森明可の百足隊、本多直の青菱隊は今日も今日とて訓練を行なっている。

 この世界にも存在する恒星、太陽が兵士たちの真上に到達しようとしていた時、惟義たち個人同士の模擬戦闘をしていた。

 惟義率いる南奥州属領軍は南奥州に来てから早一ヶ月が経過しており、元二年一組、現在の群蒼会の面々の役回りが決まり始めていて、惟義、明可、直の三人は特に軍事方面を任されるのは当然の流れだった。

 群蒼会代表にして南奥州属領領主の嶋津惟義は目の前の草原で繰り広げられる訓練を眺めて言った。


「うむ、皆励んでいるのだなあ……そろそろ参加したいのだが」


 まるでお預けを食らった子供のような惟義を属領軍顧問に就任したアムストンが宥める。


「まあそう焦らんでも、今訓練している中にシマヅ少将閣下に相手できる人はいても、勝てる人はもういませんよ」


「むう、それは顧問殿もか?」


「そうですな、小官は技量では年の功も相まってシマヅ閣下やモリ少佐やホンダ少佐の相手くらいにはなれるでしょう。ですが基礎の身体能力が年齢不相応かつ生物的にも不相応に高いお三方には勝てんでしょうなあ」


 属領軍管区は一千年以上の歴史を持つ帝国の枯れた軍制度として存在した。

 帝国軍務省の文書保管庫に眠っていた“軍団制度”には10人の兵士からなる10人隊、10人隊を10個集めた100人隊、100人隊を10個集めた1000人隊、といった文字にすると極々単純そうな編成が書かれており、帝都軍務尚書からの指示で属領軍はこの制度を用いることになった。

 階級は大きく三つに分けられ、待遇は良いが責任の重さも大きい士官から所謂“雑兵”と揶揄される兵卒、それを直接指揮する下士官が存在する。

 士官は上から大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉。

 下士官は上から曹長、軍曹、伍長。

 兵は上から上等兵、一等兵、二等兵。

 10人隊を指揮できるのが下士官全般、100人隊を指揮できるのが士官の少尉から大尉といった尉官級、1000人隊を指揮できるのが士官の少佐から大佐までの佐官級、複数個の1000人隊を指揮できるのが士官の少将から大将までの将官級である。

 なおこの“できる”とはcanではなくqualification の意であり、惟義たち三人はそれぞれが1,000人の部隊を率い、惟義は3個の1,000人隊を率いるため、惟義が少将、明可が少佐、直が少佐となる。

 

「以前も言ったが顧問殿は少将閣下でなく、惟義と呼んでいいのだぞ」


「はは、顧問とはいえ階級はあくまで中佐相当です。この呼び方でお許しください」


「ふむう、それならせめて親しみやすく惟義殿と呼んでくれ」


「それならコレヨシ殿、この私めもアムストンと呼んで下さい」


「よし分かった。アムストン殿」


 惟義は引き続き目線を目の前に戻す。

 上裸になっていた明可と直が訓練用の棒一本でそれぞれ百人目の兵士を薙ぎ倒していた。

 双方ともに体から湯気と汗が出ているが、その表情はまだまだやる気であった。

 周りを囲んでいた百足隊と青菱隊の合計2,000人の殆どの顔が引き攣っているか、泡を吹いて倒れていた。

 明可は呼吸を整えて大声量で言った。


「まだかかってきていいぞ!なんだ!もういないのか!」


 至極真面目な表情で明可は言うが、直は首を振りつつ明可の方に手をおいて言う。


「お前は問題なくても、兵士たちは朝からコレなんだぞ。もう昼だし休ませるべきだ」


 直の言葉にいまいち分かっていないような表情だったが、明可は訓練中の全員に昼休憩を告げた。


「そういえば宗方はどうした」


「知らんな。どうせ一日藁の上で眠っているんだろう」



 帝都が異種族連合によって包囲され、絶対絶命の危機に瀕した帝国を救うべく魁世が企み、惟義三人が主導した義勇軍の軍師だったのが宗方透である。

 彼女の采配によって異種族連合に占領されていたディーオン要塞とそこに立て籠もる異種族連合軍残党を義勇軍が要塞を素通りしたことで、相手を激怒、また隙を見せることで要塞に立て籠もっていた異種族連合を釣り出し、最後は半包囲の戦術と指揮官狙撃によって短期間で制圧した。


 元は女子高校生であった透が、この世界に来てからこんな才覚に目覚めたのか、或いは元からだったのかは明可にも直にも分からないが、数なくとも元の世界での習慣であった『どこでも寝る』『基本的に怠惰』の二点は変わらず、現在の南奥州属領軍の参謀長に惟義から任命されてもその習性は変わっていない。

 透は普段はどこにいるのかもわからないが、朝昼晩の食事時や夜中の属領軍の駐屯地にはふらりと現れ、食事をとって寝るだけ寝たらまたどこかに消えるのが属領軍内で日常と化していた。

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