第二十九話 考察Ⅱ
……
…
「こんなもんかな、昌斗」
昌斗は仏頂面に首肯する。
そしてここまでほぼ蚊帳の外だった琥太郎に魁世は仕事を与える。
「じゃ琥太郎コレ早紀に渡してきて」
「え、あ、ぼく?」
朽木早紀は高校二年一組の時は学級書記を、現在も似たような役割を担っていた。
「先ずは早紀に見て貰って、その次に惟義、雨雪…という感じで文章を回していくから」
琥太郎は引き締まった肉体を僅かに揺らしつつ、文書を受け取る。
「じゃ、じゃあ行ってくる」
「おお行ってこい」
部屋を出る琥太郎を魁世は笑顔で送り出す。すると今まで黙っていた昌斗が口を開く。
「含みのある笑いだな、新納」
「含み?僕はただ親友の恋路を応援しようとしているだけさ」
昌斗は変わらない無表情を魁世に向ける。
なんの感情も示していない筈なのに、魁世はその視線に非難を感じた。
「なんだよ、実は昌斗も早紀を気になってんのか」
魁世はそうおどけて見せるが、昌斗の視線が非難から哀れみに変わったのでやめた。
元の世界での高校、中学校、下手したら小学校から昌斗が必要の感じない会話では基本的に発言しなかった。つまり全く喋らない。魁世としてはこの昌斗の習性は単なる癖かと思っていた。だがここにきて、十年近い関わりの中で、この昌斗の習性は昌斗なりの処世術なのかと思い始めた。
仮にそうなら、会話の中で墓穴を掘らない点で言えばこれほど便利な処世術は無い。折角だし早速自分も真似してみようか?
「…顔に何か付いてるのか」
「いやあ、昌斗を真似て目線だけで会話しようと思ってね」
すると昌斗はとうとう魁世に目線も向けないで淡々と告げる。
「新納、確かこの案件が終わったら伊集院のところへ来るように言われているのでは無いのか?速やかに」
魁世は記憶を辿る。そして思い出す。
「やっべ!なんで早く言ってくれないんだ!」
魁世は慌てて部屋を出る。昌斗は一人、部屋に残された。
昌斗はふと開いた窓から外を眺める。新芽の柔らかい緑と葉に乗った水滴が日光に当たって眩しい。
窓から優しい風が草花の薫りと共に部屋にやってくる。
昌斗は魔法だの、宇宙艦隊だの、摩訶不思議な世界だが、こんな景色はどの世界も存在することに少々の感慨を覚えた。
……
…
琥太郎は旧ガノア王国政庁の廊下を走る。先ずは書記の朽木早紀に渡せと言われても、場所も聞かずに部屋を飛び出したことに琥太郎は少し後悔する。
考え無しに部屋から出たのは、そんなにこの考察文書を届けたい訳では無い。
とりあえず走っていると、彼女の丈の半分はありそうな高さに積み重なった紙の束を運ぶ早紀を見つけた。
琥太郎は脳内で何度もシミュレーションした言葉を早紀にかける。
「やあ、元気?」
「え、琥太郎くん?あ、ああ〜⁉︎⁉︎」
口に出してみたら、あんまりな言葉だったと思いだすよりも先に、早紀が盛大に転んだ。
琥太郎が声をかけたせいであるのだが、それにしても盛大に転んだ。
しかも不幸なことに、早紀は大量の紙も運んでいた。その紙も早紀が転んだときに美しく舞い上がり、気づいた時には辺り一面に撒き散らされていた。
早紀はあまりのことに一瞬呆然としていたが、すぐに周りの紙を拾い始めた。
琥太郎も「手伝うよっ」と急ぐように言って、拾うのを手伝い始める。
二人は無心で拾い集める。
「これって…」
「えっと、雨雪さんから南奥州の中の旧ガノア王国とかの役所に残っていた行政に関する文書を集められるだけ集めて欲しいって言われてね」
早紀が苦笑気味に説明する。
「ところで琥太郎くんはどんな用事ですか?」
「あ、ごめん。魁世がこれを渡しておくようにって」
琥太郎は持っていた考察文書を早紀に渡す。読んだら惟義、雨雪の順にクラスの全員に回して欲しい旨も伝えた。
「分かりました。ありがとうね」
早紀は会釈をして感謝を伝えてきた。琥太郎は雨雪の考えも魁世の心の内もよく分からないが、早紀の笑みが屈託の無いものであることはよく分かった。
「それじゃあ、わたしもう行くね」
また早紀があの重そうな紙の束、今しがた琥太郎の渡した文書を上乗せしたそれを持っていこうとする。
「…っ僕も手伝うよ!」
琥太郎は早紀の返答も待たずに紙の束の殆どを抱える。
「そんな大丈夫だよ」
「いや、僕も今から暇で丁度いいからさ」
琥太郎は白い歯を見せて笑った。
……
…
雨雪は旧ガノア王国政庁、その中でも高官の部屋であったのであろう広い執務室で旧ガノア王国の行政文書を読んでいた。
この世界の言葉は兎も角、文字に関しては元の世界のものとは違ったものだったが、文法が日本語とほぼ同じで、スペルも単語も英語と酷似しており、雨雪はこの世界に来て僅か一カ月程度で凡その文章を読めるようになっていた。
「…これは忙しくなりそうね」
ある程度読んだ雨雪の最初の言葉がそれであった。
属領南奥州内に存在した旧ガノア王国を始め殆どの小国の支配者階級、王族や貴族の多くが同国から逃げ出したか、死んだ殺されていた。それもこれも惟義たちより以前にこの一帯を占領していた異種族連合の仕業なのだが、雨雪はこれのお陰で既得権益を気にせず統治ができると思っている。
異種族連合による農村への略奪の跡が未だ残っていたが、ついこの間まで戦争だったのだからと割り切ることにした。
またこれは有難いことに異種族連合は現地の役人や吏僚階級をそこまで殺していなかった。異種族連合に今後もここら一帯を統治する気があったからなのか、単に同地が無政府状況になるのを面倒に思ったのか、雨雪はいずれにせよ一から統治機構を作らなくていいと少し安心した。
「そうね…まずは全員の役割分担、役職から決めないといけないわね」
全員とは勿論、群蒼会メンバーのことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます