第二章 郭大の始まり

第二十八話 考察Ⅰ

???

 旅団長のヒノ・グロワールは上官の降下猟兵総監のグリッペンベルクの元を訪れていた。

 グルッペンベルクは言う


「ヒノ旅団長、貴官の隷下部隊が例の世界に赴いて早一カ月だが、無事に任務は遂行できたと思うかね」


 第一線を退いたとはいえドミトリーズ世界政府を守りし唯一無二の軍隊。ドミトリーズ艦隊、または宇宙統合艦隊とも呼ばれる組織に於いて、上級大将の階級であるグルッペンベルクが尊敬できる人物であることに間違いは無い。

 だがそんな尊敬すべき人物になんとも情けない事しか返答できないことをヒノは悔やんだ。


「分かりません。我らの世界たるドミトリーズは例の世界に辛うじて数人を送り込めても、端末程度の機材で途方もない距離で相互に通信できる技術は散逸しました」


 ヒノの飾り気の無い返答にミューラは苦笑する。


「ドミトリーズは現在既に四つの敵性人外勢力を相手し、各都市ステイションの経済は低迷、怪しげな宗教が蔓延し、星間航行技術や星系戦略兵器は辛うじて保持しているが、今現在も人類の叡智は失われ続けている」


 ドミトリーズは低迷期、衰退期にある。


「そんな我らの世界を救うか、或いは不倶戴天になり得る可能性の塊。それが例の世界であり、あの星だ。あの世界の住人を“重力に縛られた蛮人”と言う者もいるが私はそうは思わない」


 我らは伸び切ったゴムである。とある御高名な学者の弁だが、言い得て妙だとヒノは思った。


「そこでだヒノ・グロワール第一空挺団旅団長、最高評議会及び統合艦隊司令部、統合参謀本部より通達だ。貴官を中将に昇進させて調査または威力偵察の為の派遣艦隊を編成する。調査対象は勿論例の世界、どうだろう受けてくれるな?」


 演説が始まったと思ったら、そんな命令のための前置きだったのだろうか。ヒノは老人は話が長くなりがちと聞いたことあるが近くに実例を見た。

 ヒノは姿勢を再度正し、敬礼する。


「謹んでお受け致します」


 理由はどうあれ軍人であり、どんな命令であれ遂行するのは士官学校からの常識である。

 果たしてあの世界はドミトリーズの希望となるだろうか、それとも五番目の殲滅対象になるだろうか。

 …

 ……


 現在の我々を取り巻く状況に関する一考察①


 考察者 新納魁世、新田昌斗、足柄琥太郎


 机の上の紙に書かれた文面を魁世達三人は額を寄せて眺める。

 南奥州、その広大な辺境にかつて存在した国の一つ、旧ガノア王国の政庁。ここに群蒼会、帝国で云うならコレヨシ・フォン・シマヅの属領の行政拠点が置かれた。

 その旧ガノア王国の一室に魁世、昌斗、琥太郎はいた。この三人は惟義より属領に来て最初の仕事を与えられた。

 その仕事とは“目下の状況の考察”である。


「さて、なんて書こうか。昌斗、琥太郎」


 水を向けられた昌斗はいつもの無表情で返す。

 魁世は昌斗の言葉に首肯しつつ、琥太郎にも聞いてみる。


「あー、いい感じに書けばいいんじゃない?かな」


 二年生一組、今の群蒼会の面々には琥太郎は群蒼会一の身長、引き締まった剛体を持っている割には気は小さく自己主張の少ない人間という共通認識があった。

 それは偏見だが間違ってはいないなと再認識しつつ、魁世は羽ペンを手にとる。


「じゃあ書くぞ、書き始めはー」

 ……

 …

 まずはじめに、年月や時間について再確認しておきたい。

 この世界の年代は聖なる暦と書いて聖暦、帝国を含めた多くの人間国家、特に西側諸国で信仰される大方の宗教の教祖的立ち位置の人物の誕生日から始まっており、現在は1453年となる。

 また月日に関しては太陽暦に相当するものが使われており、この考察を書いている日が三月三日、この世界に来たのが二月二日である。

 …

 この世界、少なくとも帝国に於いて海(この世界の何割を占めているのかも広い湖を指すのかも分からない)で用いられる船の形状がほぼガレー船であること。国家の在り方や価値基準が騎士の考え方といった封建的支配体制であること。この二つだけから見ても元の世界の中世、また西洋の15世紀あたりに該当するだろう。

 魔法や耳長人に代表される異種族という人間に近しい見た目の別生物が存在する世界ではあるが、この元の世界との類似性は我々の大きなアドバンテージたり得ると考える。

 例えば我々は中世以降の科学技術やその後の歴史といった部分を知っている。このことは実現性を考慮したとしても、この世界の他勢力に比べ有利と言える。

 …

 夜間の星の動きからして、ここが惑星であることは間違いない。なお月は見られない。

 ここでは地球平面説のようなものは受け付け無い。

 …

 ドミトリーズ、ドミトリーズ世界政府について

 この世界ではドミトリーズが一般名詞なのか固有名詞なのかもはっきりしないため、呼び方は従来通りドミトリーズで統一する。

 能代榛名のこの世界に来てから手に入れた、ドミトリーズの言葉を使うなら“覚醒”したことで手にした能力。個人差はあるが対象の人物の脳内に情報を流し込んだり、覗き込んだりできる能力だが、ドミトリーズに関する情報の殆どは能代榛名が自身の能力を用いて得た知識に依る。

 なお、始めに森明可と本多直が、次に乃神武瑠が尋問したドミトリーズからの刺客だが、殆ど情報を得られなかった。


 まずドミトリーズ世界政府と呼ばれる国家がこの世界の何処か、もしくは別の世界、もしくはこの世界つまり惑星から離れた何処かに存在するのは確かである。少なくとも帝国近辺、地図に載っていないのも確かである。

 生体認証のついた銃火器や、如何にも特殊部隊の装備はドミトリーズの技術が低くても元の世界程度は存在し、何処からともなく現れた点からも、高速移動技術か空間と空間を繋ぎ移動できるレベルの技術があるだろう。


 能代榛名が得た情報として、かの刺客の四人は第一空挺隊の第07小隊であり、“ドミトリーズ艦隊”または“宇宙統合艦隊”と呼ばれる軍事組織の中の一つであることが判明している。今後はこの部隊を暗殺部隊と仮称する。

 また後述するドラクル公国のヴァラド公が口にした“奴らが空の彼方から現れ、この世界ごと火の海にするのか分からん”、という言葉の“奴ら”はドミトリーズを指すのでは無いかと考察する。空の彼方とは宇宙を意味し、宇宙船もしくは空間と空間を移動する為の特別な機体でこの世界に現れ、空爆のような何かで当時のこの世界を蹂躙したと考察する。

 以上の点から、我々群蒼会の命を狙った勢力は高度な技術と高度に組織化された勢力である。

 先に言及するが、このドミトリーズ世界政府と戦って勝ち目は無い。

 ……

 …

「こんな絶望感満載な感じでいいのか?昌斗」


 昌斗は目線で意思を伝える、黙って書け、と。

 ……

 …

 こう見ると、こちらに勝ち目は無いように見えるがドミトリーズの行動から見るに、全く打つ手が無いことは無い。

 まずドミトリーズが僅か四名の部隊を異界人の我々へ向かせた事は、『ドミトリーズが総力を挙げて異界人、この世界を叩き潰せない何らかの事情』があると推測される。

 確かに此方をドミトリーズが過小評価し、部隊の能力を過大評価している可能性も勿論あるが、それではヴァラド公の言及していた“奴らが空からやってきて辺りを火の海にした”状況になることに説明がつかない。


 またドミトリーズに前線基地のようなものが見受けられないことも、ドミトリーズが帝国近辺、この世界、惑星に直接的影響を持っていない証左である。(仮に秘密基地のようなものが存在していたら、尚更僅か四名を派遣し、現在も増援も何も無いことに説明がつかない。十人にも満たない人員しか収容できない基地は最早基地では無い)


 ドミトリーズ内の問題かこの世界の問題かは不明だが、ドミトリーズがこの世界に直接的では無く、ごく少数の暗殺部隊を向かせるという迂遠な方法しか用いることができない可能性が高い。

 今のところこの一点のみだが、ドミトリーズが基本的に対処療法しか使えない、しかもかなり限定的であることは、今後の群蒼会の生存戦略に大いに影響するだろう。

 …

 ドラクル公国、ヴァラド公について

 帝国義勇軍とドラクル公国軍が会見し占領地の線引きを行なった際、ドラクル公が友好ムードから突然の抜剣、惟義達三人へ剣を向けるという事態が発生した。ドラクル公は


『お主らを殺すことは私の為でもましてや愛する公国のためでもない。この星、世界のためだ。お主らが生きていてはいつまた“奴ら”が空の彼方から現れこの世界ごと火の海にするか分からん。言ってる意味がわからんだろう。だが此方も必死なのだ。すまんがここで死んでくれ。』


 と発言し、惟義達と一時剣を交えかけた。

 このドラクル公国が喫緊の脅威であろう。“殺さなければならない”と言及としている以上、今後もそれこそ暗殺といった方法から、直接的な戦争、もしくは帝国との外交交渉で我々を帝国から引き渡させ、処分する可能性が考えられる。

 ヴァラド公が明確な意思を持って発言している辺り、洗脳等で操られていないだろうから、今回の異種族包囲を解いた時のような短期的なやり方では無く、中長期的なやり方で対処していくべきだろう。

 だがドミトリーズと違って、比較的近い位置にあり、理性的な統治者に見えるヴァラド公と交渉を以て事態を解決する可能性が残っているのは僥倖と言えるだろう。

 …

 不明な点

 ヴィーマ朝帝国皇帝がどの様な方法で我々を呼び出したのか、もっと言えば異界人の召喚方法である。

 この世界は魔法が存在するため、その類いであるのが有力ではあるが、違う可能性も考慮しなければならないだろう。


 次にドミトリーズが異界人がこの世界にやってきたことを如何にして察知、観測したのか不明である。

 もしこの世界に協力者のようなものを置いていたとしたら、暗殺部隊を送る必要が無くなる。殺すという一点のみに重点を置くなら現地人を雇う方法が合理的ではなかろうか?故に有力な現地協力者の類いは少なくとも現段階ではいないと見ていいだろう。

 ではどうやって観測したのか?この点に関しては完全な想像だが、人工衛星的な何かで監視しているのではないだろうか。

 ……

 …

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る