第二十七話 群蒼会

 他にもいくつかの議題についての話し合いが滞りなく進み、二年一組最後にして群蒼会の最初の会議は終了した。


 早晩、魁世たち群蒼会は皇帝より与えられた任地、惟義たちが解放と称して帝国領に編入されていった辺境の領土。そこの統治、開発と防衛に赴かなければなならない。

 先に具体的な統治方法や方針、防衛戦略の決定もそうだが其々の役割分担もしなければならない。

 気の遠くなりそうな話であるが、取り敢えずは目の前のことを着実にこなしていかなければならない。今やってることは必ず役立つと信じて。


「この屋敷から任地の南奥州?でよかったか、そこまでの二十人以上分の移動の必要なものとして馬車、それを引く馬匹、衣類、食料、野宿用のテントまで用意しないといけないのか」


「当たり前だけれど、盗んじゃ駄目よ」


 いそいそと準備する魁世に雨雪は釘を刺す。


「なんだよ、僕に前科は無いぞ」


「貴方が勝手に帝都から平群さん達を連れて脱出した時、その後の野宿生活の用意は一体どうやってしたのかしら」


 痛いとこを突きやがって。あの事まだ根に持ってるのかよ

 だが悲しきかな、反論も抗弁も僕にはできない。話題を変えて乗り切ろう


「そうだ、誰だったかな、傭兵団長のおじさんも一緒に来るんだろ。三千人も引き連れて。その備蓄をちょいちょい拝借する方向でいくと楽なのでは?」


 義勇軍として参加し、兵隊としては勿論、各部隊の補給確保といったことまでしてくれた傭兵団、傭兵団長アムストン・キゾであったが、惟義としては「うむ!協力に感謝する」程度の認識であり今回でお別れのつもりだった。

 そこをアムストンは自分と傭兵団ごと雇う、いや仕えさせて欲しいと懇願してきたのだ。


 なんでも今回の義勇軍の一件で惚れ込んだらしいが、真相は怪しいものである。元は雇われ兵なだけに何時また解雇されて無職になるのか不安だから、丁度人手の足りなさそうな惟義たちに召し抱えて貰い安定職を得ようという魂胆に見えて仕方ない。


 雨雪はなんの準備も無いため最初は拒絶したが、尋常でない頭の下げ方で懇願された上に惟義や明可、直といったアムストンたちと関わりのあった面々からも頼まれたため、先ずは三年契約で雇うこととなった。

 しかも雇う全ての傭兵に惟義たちへの絶対の命令遵守と給金は初めは払えない可能性を了承、書面で契約させた上で雇った。

 そこまでするのは単に任地の属領の経済状況、見込める資本、その他様々な情報が足りないために安請け合いできない事情があった。


「たしかにあの傭兵団長は帝都から南奥州までの三千人分の路銀や食料は自分達で準備すると言ってたけれど、それを拝借することになったら連中に変な借りを作ることになるし、何より雇い主の格好がつかないわ」


「うい頑張って準備するわ」


 魁世と雨雪は準備を進める。

 ……

 …

 乃神武瑠は屋敷の地下牢にいた。目の前で鎖に繋がれた人物からできるだけ情報を引き出すためである。謎の勢力、ドミトリーズからの刺客を尋問できるのは今日が最後、近衛兵に引き渡してしまえば群蒼会がこの人物と会える日は来ないだろう。近衛兵は相手が喋ろうが喋らまいが早々に首を刎ねるだろうから。


「明可と直が言ってたよ、アイツ全然喋らないんだーって。飯も食わないし水も飲まないからどうしたいいか分からないってさ。二人も優しいよね〜」


 武瑠は目の前の人物を飄々としながらもじっと監察する。名前はアサノ・マーヤ、ドミトリーズから武瑠たちを抹殺するかために送り込まれた暗殺者。相手の思考を読み取る、相手に情報を脳に流し込む能力を得た、彼らの言葉を借りるなら覚醒した能代榛名によってここまでは分かっていた。


 だが榛名の能力も万能では無く、思考を読み取るにかなり難儀するらしかった。だったら直接聞いてやろうとこうして牢に繋いでいたのだが、はじめに尋問を担当した明可と直が成果を得られず、こうして武瑠にお鉢が回ってきたのである。


「アサノさん、でいいのかな?まあ別に名前なんてどうでもいいんだけどさ、よかったね女性で、これだから二人もやり方に困ったのかな」


 あの時、魁世が必死の取っ組み合いの果てになんとか捕縛、後を引き継いだ足柄琥太郎や近衛兵が武装解除などを行なったわけだが、その過程で体つきから女性であろうとなった。


「まあ“じかに確認”しないだけ優しいよ、ホント。ボクが昔いたところじゃ女性と判れば問答無用で…って、これは生々しいか」


 ここまでアサノに大した反応無し。おまえのことは全部知っているぞ、と言ったら大人しく全て話すのだろうか?武瑠はそれは無いだろうと踏んでいた。自身の過去からの経験がその可能性を否定していた。


 例えば彼女の持っていた武装のことを話すとどうだろう。あの時は武装に関してもこの世界では未知のモノばかりで近衛兵は対応に苦慮していた。だから武瑠たちが預かったのだが、作り方は兎も角おおよその使い方や原理は分かった。それに関してはクラスの、群蒼会で随一の理系知識を持つ人物によって解析された。なおナイフを除く兵器の全てが生体認証が必要な様であったため、武瑠たちが使うことは出来ない。

 そう、使うことが出来ない。これではアサノを追い詰めるには足りない。

 別に嘘をつけば良さそうにも見えるが、それは自分達に分析能力が無いと相手に知らせるだけなので状況は好転しない。


「だったらゴーモンしか無い筈なのに、あの二人はそれさえもしなかった。甘いよね〜今までに人はとっくに殺してるくせに女性には躊躇うとか、おんなじ人間だよ?可笑しいよネ〜」


 明可も直も義勇軍の際に人生初の殺人はとっくに済ましている。


「けどボクは男女平等主義だからからね。さ、手出して〜」


 武瑠はなんでもないようにアサノの腕を引っ張り、懐からペンチを取り出した。

 ……

 …

「で、それで相手は喋ったのか?」


 魁世はベットの上から武瑠から尋問の結果報告を受けていた。

 傷が問題なのか体調不良となり、魁世はそこまで気にせず作業を続けようとしたが雨雪から厳命され安静にしていた。


「うーん、答えてはくれたよ。その代わりにアサノさんの両手の爪を剥がすハメになったけどね」


「じゃあ忘れないうちに書面に書いといてくれ。なるべく読める字でな」


「了〜解っ」


 武瑠は部屋から出ていった。

 一気に寒々しく病室、日は既に落ちており静けさを助長させる。

 魁世は自分以外誰もいないことを確認しつつ独り言を呟く。


「酷い奴だよな、僕」


 この世界に来てから今に至るまでを思い至る。考えれば考えるほど自分はきっと碌な死に方はしないだろうと思った。

 ふと病室を眺める。何故か人の気配がする、しかも複数


「そうだなああー新納。お前は酷い奴だ」


 ベットの向こう側、大小黒い影が二つ。魁世は傍目で病室の窓が空いていたことを確認した。


「失踪したと聞いたぞ為信、どうしてだ」


「どうして?自己の安全のために同級生を敵に差し出す人間を、お前たちは許容するのか?」


 浪岡為信は獣耳の少女、リレイを傍らに置いている。

 為信をどうするのか、それは最後の学級会、最初の群蒼会の話し合いの中でも議論された。

 当然のように厳しい意見が出た。特に明可と直や女子の面々から「間違っても帰ってきたら追放する」との声もあった。だが当事者であった昌斗やナルの二人は「為信が相手と交渉し成功していなければ間違いなく全員助からなかった」と言及したこと、彼のおかげで当初の目的であった皇女二人の護衛も結果的には完了したといこともあり、この件は“保留”となった。


「僕は為信のやった事は間違ってなかったと思う、ただ最適解では無い」


「ほう、最適解でない根拠は?」


「簡単なことだよ、為信は“敵の襲来に気づいてたんだろ?”」


「なんだそれは。貴様の想像、妄想の類いじゃないか」


 為信は笑う


「否定はしないんだな」


 為信の歪んだ口元が一瞬止まった気がした。魁世は続ける


「こっちとしては去る者追わず来る者拒まず、だ。僕が当初の義勇軍の軍師に為信を指名していたのも為信、お前がこの手のことは優秀と踏んでいたからだ。確かに他の奴らはお前を毛嫌いしている。だがお前の席はいつまでも僕が用意しておく」


「だからいつでも帰ってこいってか?嫌だね」


 為信はバッサリと告げる


「あんな奴らと仲良くつるんで利益があるとは思えない。あと悪いが集団でいるよりも一人の方が生き残れる確率は高そうなんでね」


 為信の意見は一理も二理もある。正体不明な敵、少なくとも一つは一国家な時点で表立って相対しようとするのははっきり言って狂気の沙汰である。仮に特殊能力を持っていようが、同じ世界からの縁だろうが。生き残る選択として全員が一斉に離散し、集まっていて一網打尽にされる確率を減らすことも十分に理解できる選択である。


「まあ為信ならそう言うだろうな。けど雨雪は、雨雪たちはそうじゃないらしいんだ」


 二年二組改め群蒼会はその狂気の沙汰を選んだ。真っ正面から戦うことを選んだ。

 例えそれが蛮勇でも、若気の至りだとしても。

 為信は踵を返して窓へ向かう。ふとぴたりと止まった為信は言った。


「もし、もし万が一俺がお前達の元に来る時は魁世、貴様が“本気”になった時だ」


 そうして為信とリレイは闇夜に消えていった。魁世はひとりベットの上で取り残される。


「本気かあ、それは少し難しいかもな」


 魁世の言葉は誰にも聞かれることなく消えた。

 ……

 …

 魁世の前には何台もの馬車が並んでいた。見た目は質素だが丈夫な馬車とそれを牽く馬を選んだつもりだった。

 運ぶのは群蒼会の愉快な仲間達、数日分の食糧といった生活必需品である。


「さて、こんなもんだろ」


 そう自分に言い聞かせつつ、どんなものも準備は大変だと感じる。同じ準備でも件(くだん)の傭兵団長がやってる兵站準備に比べたら児戯のはずであるが、それはそれとして準備は時間がかかった。


「カイセーこっちは終わったよ」


 そうして馬車の反対側から現れたのは金髪碧眼に東欧系の顔立ち、先日に鳥類を使った索敵能力を手に入れたハイドリヒ天城華子。


「ハナコが手伝ってくれたから早く終わったよ。問屋の仕入れとかは僕やったこと無いからさ、本当助かったよ」


 準備の中で、単純にモノを買い揃えるだけにはいかない事が出てくる。皇帝から属領へ出立のためのお金は既に貰っていたが、値段も考えず出納管理もしないのは殿様商売もいいとことである。それにこの世界には消費者相談センターも無ければ返品保証の概念も無い。

 そんな時に華子がその辺の役目を買って出てくれた。


「ハナコの店との交渉術は凄いよ。お陰でぼったくられるところだったし、お金も節約できた」


「えっへん!ハナコは凄いんデス」


 ハナコは得意げに胸を張る。

 魁世としてはこうしたハナコの様な群蒼会メンバーの個々の一芸に秀でた部分、そうしたある種の才能といった部分を引き出していきたいと思った。


「ハナコに沢っ山頼ってください。カイセのことはずーっと見てるから」


 魁世は先程からずっと自身の頭上の周囲をカラスが周回しているのを確認しつつ、ふと思い起こす。

 伊集院雨雪の作戦を潰し、乃神武瑠の過去を知った上でその技量を利用し、八田藍達を騙して無理矢理酷使し、異種族連合を騙して壊走させ、人々を扇動し義勇軍を結成、急速に異種族連合の占領地を再占領、謎の刺客を撃退しその後情報収集の為にその内の一人に拷問を加えた。

 きっと自分は碌な死に方をしない。この世界に来てから既に業(ごう)は十分貯まっている。

 だがそれもクラスメイトのため、群蒼会という新たな居場所を守るため。

 仕方ないことなのだ

 本当にそうか?



 お前はこの状況が愉しくて面白くて仕方が無くて、お前がプレイヤーになって遊ぶためだけにこの状況を作ったんだろ?



 うるさいなあ、本当に


「…いせ」


 ん…?


「魁世!」


 魁世はいつの間にか目の前に雨雪が仁王立ちでいる事に気づいた。


「あ、ああごめん。もう出発かな」


「そうよ、さっきから言ってるでしょ」


 雨雪は呆れ顔で魁世を見つつ、馬車に乗り込む。

 魁世も急いで乗り込んだ。馬車の運転手は経費削減の為に魁世が担当する。

 手綱をしっかりと手に取り、進み出す。車輪は軋まずに回り出した。

 ……

 …

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