第三十七話 ナンオウの戦いⅡ

「百足隊、狙うは敵大将の首だ。一番槍には十年物の酒を用意するからな!」


「相手は侵略者、窃盗にしか興味がない弱兵である。青菱隊諸君、遠慮なく存分に戦え」


 明可、直の両名が元は平和な世界のただの学生だったと誰が信じるだろうか?

 口調は変わり目つきも据わった二人を誰が経験の浅い素人と云うだろうか?

 異界人特有の卓越した身体能力だけでは成せない実践型の剣技、状況を的確に判断する兵の指揮官としての心構え。二人は明らかに成長していた。


「うむ、それでは紫電隊。進め!!」


 成長というよりソレは適合に近い。魁世はそうボスにして上官の惟義に言っていた。

 主に内政を担当している雨雪や領内の犯罪を取り締まる足柄琥太郎といった比較的安全な仕事を担当する者とは違い、明可と直は直接人を殺め幾度も血を見た。現在はその状況に適合しているに過ぎない。その果てに心が疲弊する恐れを魁世は惟義に相談していた。


「うむ、心配するのは群蒼会メンバーとして元はクラスメイトとしてなんだろうが、目の前の属領領主のことは心配してくれないのか?」


 魁世は惟義に当然のように返答した。


「だっておまえはメンタル強いだろ」


 惟義は笑う。


「精神が強靭なのはお互い様だな」


 そうでもないぞ。僕はすぐ凹むタイプなんだ




 司令本部の作戦会議で魁世は夜襲の日を伸ばせば伸ばすほど勝利の確率、すなわち敵軍の撃破率は上がる。そう言って夜襲をなるべく遅らせてはどうかと進言した。

 敵の行軍が伸びきったところで横槍を入れることが今回の作戦の肝であり、ならばなるべく伸びるのを待ってはどうか?

 だがその案は惟義によって却下された。


『今でも領内の村々では物資の略奪などが行われている。魁世の言う通りなのかもしれないが、我々の本来の目的は領民を守ることだ。本来ならすぐにでも出撃するべきところをこうして待機している。夜襲は予定通り今夜行う。

 仮になるべく敵の侵攻を許したとして、村落の被害が手遅れになっていたらどうする?進軍速度が今後も同じとは限らない。現在の状況がチャンスなら欲張ることもないだろう』


 明可は別にどちらでもよかった。なんとなくだがどの選択肢をとっても勝てそうな気がしたからだった。


「しかしこれは……予想外だな」


 松明が闇夜を照らす。そこには武器を取られて跪く敵のスルガ王国軍の兵士がいた。

 先ほど明可率いる百足隊は予定通りに夜襲を仕掛けた。

 略奪された農村で酒盛りに興じていたスルガ王国軍を明可たち百足隊が快刀乱麻を断つごとく急襲し、蹴散らした。

 進軍中のスルガ王国軍を細長い蛇で表現するなら明可たちはその尻尾のあたりに狙いをつけ、襲撃を仕掛けたわけだが明可としてはここまで上手くいくとは思っていなかった。


「他人の家に押し入り略奪をはたらいた貴様らは、もちろん自分たちは相応の覚悟をもってやったのだろうな?」


 松明が闇夜を照らす。そこには武器を取られて跪く敵のスルガ王国軍の兵士がいた。


「食糧の現地調達はこの世界では当然らしいな。

だが、婦女暴行はどんな真っ当な理由があった!!」


 目の前の跪く敵兵士の後ろには昼間行われたであろう村の略奪の跡があった。

 明可は今すぐ叩斬りたかった。だが明可の仕事は敵末端兵士の断罪ではない、それを思い出した。


「百足隊!進むぞ」


 現在も残敵掃討は続いており、降伏するスルガ王国軍の兵士は増えつづけている。



 本多直の青菱隊はスルガ王国軍の中腹あたりを襲撃した。明可のところと同様に薄氷を割るように易い戦闘だった。

 直は罠を疑った。だが逃げ惑うスルガ王国軍の後ろ姿に欺瞞は感じられず、自分が士気を上げるために言った“弱兵”の二文字がどうやら本当になりつつあると感じた。


「ふっ、他愛も無い」


 直が狙っていたのはただの侵略軍撃退ではない、スルガ王国軍の最高指揮官の首である。

 スルガ王国軍には国王による親征を示す特別な旗が掲げられていることが斥候によって発見されていた。


「村を焼いて物資を奪うといった“ご褒美”は手下に与えるのだろう。だが国王とて最後尾でノロノロ行軍するのも不満だろう。なんせ内戦で国土が荒廃している筈の自分の国を差し置いて外征にでるような王様なのだからな」


 ならば真ん中あたりに国王はいるだろう。直はそう予測しそこを叩いた。


「ビンゴだ。こんにちはスルガ王国の諸君」


 直の眼前には煌びやかな甲冑を着た人物とそれを守る兵士たち。直は自分が大物を引き当てたことが分かり心の裏で笑みを浮かべる。

 直は愛用の長槍を構える。

 背中の人物を必死に守りたいのか、兵士たちが大振りで向かってくる。

 直は鍛錬どおりに槍を繰り出し、そして引く。

 槍先は吸い込まれるように鎧の隙間に入り込み、ズブリとした感覚が直に伝わる。

 似たようなことを続けると目の前には煌びやかな甲冑の男が残る。


「こ、降伏する。余は国王だ」


 直は心の裏での笑いを隠し切れなくなり口元を歪めた。

 ……

 …

 情報収集もあったものではない。明可の嘆きは南奧州属領軍だけの話ではなかった。

 スルガ王国が南奧州に侵攻した目的は至って単純、略奪である。

 そこには国王と王弟の内戦の中で生まれた事情がある。スルガ王国では配下の貴族への恩賞として略奪を許可することが常態化していた。


 基本的にこの世界の軍隊は貴族の私兵を国王の名の元に集結させることで運用される。むろん王の直轄軍も存在するが、従軍した貴族に対して褒美を授けなければならない点は変わらない。主な恩賞である領地を封ずるといった行為は“今回はありがとう”の意味だけでなく“次もよろしく”も含まれ、恩賞を疎かにすれば昨日まで一緒に戦った貴族が今日は反乱分子となる。忠誠心どうこうより給料がしっかり支払われる雇用関係が重視されていた。

 そうしたこの世界の常識から見ると内戦の場合はいかに良い雇用条件を示すことが味方になる貴族を増やし、その数がそのまま兵士、すなわち戦力の増減に関係する。

 だが内戦という国全体から見れば領土が寸土も増えない状況では、簡単に領地を褒美にすることは難しい。


 では国王と王弟はいかにして味方を集め戦争に突入したのか?

 両名は自国の略奪の許可を与えるという最悪の形で恩賞を与え、内戦を続けていった。

 これは内戦が長引けば長引くほどスルガ王国を荒廃させ、長期戦からくる物資の枯渇と兵士の劣化は略奪をエスカレートさせていった。

 そののち、現国王派が内戦に勝利しひと段落したと思えば、今度は戦後の恩賞を与えねばならなくなった。五年も続いた内戦で草も生えなくなったスルガ王国内に恩賞に足る領土は残っていなかった。

 これで恩賞を渋れば次の戦争の標的が誰になるのか、国王は分からざるをえなかった。

 手っ取り早く配下の貴族に恩賞を与える方法

 スルガ王国国王には隣の帝国領になりたての属領南奧州が獲物に見えたのはそれほど時を要さなかった。


「内戦の結果、兵士は農民から作物を奪うことにのみ特化し、王や貴族は戦争が手段では無く目的と化した。そんなスルガ王国がこちらを舐めてかかって無作為に戦線を広げてしまえば、ついこの間まで異種族と本気の戦争をしていたプロの傭兵で構成された我が軍が負けることは無い、たとえ三倍以上の戦力差でも。なるほどあり得る話だな」


 明可のその言葉に合流した直は頷く。


「お前もわかってきたか。それが魁世の言っていた将の才というやつなのか?」


 直は半分冗談で言った。


「さあな」


 明可は適当に頷いた。



 同時刻、惟義の紫電隊も夜襲を仕掛けて成功させていた。


「まさに蜘蛛の子を散らすように逃げていくな。こんなに上手くいくとは思わなかった。むろん透の作戦は信頼していたぞ?」


「うん、かんぺき」


「逃走した敵兵が属領内で盗賊になる可能性がある。まだ戦闘は続くからな」


 魁世は一応釘を刺しておく。


「うむ、魁世の言う通りだ。紫電隊!投降した兵に乱暴はするなよ!だが、抵抗するなら生死は問わん」

 ……

 …

 紫電隊、百足隊、青菱隊は南奧州属領とスルガ王国の国境付近で合流した。


「俺の青菱隊は引き続き残敵掃討を行っている。さてこれからどうするのか“ご領主”」


 直の次に明可は惟義に問いかける。


「この戦いはそろそろ終わるよな?」


 惟義は返答する


「うむ、スルガ王国の国王は直のお陰で捕えることができた。すぐに和平交渉を行うことができるぞ。それに今は敵国でも今後は友好国になることができるかもしれない」


 訊いていた直は友好になるのは無理だろうと感じた。だが惟義ならできるかもしれないとも思った。


 魁世は軍務局長の仕事の関係で惟義たちより遅れて向かっていた。すると立ち寄った村で警備部部長である琥太郎の姿を見た。


「琥太郎、警備部部長が板についてきたな。戦後処理は大変か?」


「秩序の維持は僕ら警備部の仕事だ。別にどうということは無いよ」


 警備部部長の足柄琥太郎はその働きぶりから“温和な警邏”と領民に呼ばれていた。

 現在もその呼び名らしく略奪で荒廃した村の復興を自発的に始めていた。


「魁世はすごいよ。第三行政局に加えて軍人として主任参謀と軍務局長を務めているんだから」


「やっぱり?みんなもっと僕を褒めてもいいと…」


【魁世!聞こえてる⁈】


 魁世の頭に魔法通信が割り込んでくる。


「……どうした寧乃」


【北北東から急速に接近する強力な魔力の波動を感知した。もうすぐそっちに到達する】


 明らかに動揺している寧乃の声音を聞きつつ、魁世は地図を脳に浮かべる。

 ここから北北東には


「…ドラクル公国か!」




 惟義たちのいる属領南奧州とスルガ王国の国境付近は突如として土煙に覆われる。

 突然のことに明可は反射的に体を屈めるが、後から強烈な耳鳴りを感じて今さっき爆音が鳴り響いたことを理解した。

 直は未だ収まらない土煙の中から黒い影を視認する。

 黒い騎士、その陰を見て直はそんな呼称が脳裏に浮かんだ。


「我が名はバーバル・インゼクト。ドラクル公四騎士の一匹にして蟲王様の血族の一匹である。スルガ王国との相互防衛条約に則り、貴様らを打ち倒しに来た」


 戦いは始まったばかりである。

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