第二十五話 彼らは戦うことを選んだⅠ
新納魁世は顔に気持ちの良い日差しを感じつつ目を覚ます。
確か刺客を追って、帝城に着いてそれで…どうしたんだったか
窓付きの大きめの部屋には白いシーツのベッドが二つ、魁世は窓際のベッドに寝ていた。
「二十四時間と三十八分、お寝坊さんね」
隣のベッドでは伊集院雨雪がベッドに備え付きの机の上でりんごらしき果物を包丁で剥いていた。
部屋には戸棚がいくつかあり包帯や瓶に詰められた薬品らしきものが詰めてあった。ベッドのシーツに包帯、窓枠に至るまで全体的に白で統一されており、部屋に漂う消毒液のような匂いが病室を思わせる。いや起きてから感じる体の痛みや違和感からして自分が病室に運び込まれたのは間違い無いのだろう
雨雪の手元には剥かれて切り分けられたりんごが盛られている。
魁世と雨雪のベッドの間は人ひとり通れるくらい。魁世は雨雪の方へ手を伸ばす。
「駄目よこのりんごは来客用」
「なんでえ、それ多分俺らに贈られたヤツだろ?だったら食っていいだろ」
「…駄目なものは駄目」
ケチなやつめ
「あいつらはどうなった?」
「あいつら、というのが誰かわからないけど一応全部説明するから聞いときなさいよ」
まずは例の四人の刺客について
「帝都の二人はひとりが能代さんに洗脳され乃神さん達に追い詰められて自害、もうひとりは貴方がっ……祝賀会場を爆破して乗り込んできたところを取り押さえてくれたじゃない。まあこの話は後で、帝都郊外の二人は…」
「なんだ、言いにくいのか」
「そうじゃないの。信じられないでしょうけど帝都郊外で皇女お二人と私たちが付けた護衛役を狙った例の二人はひとりが味方に撃たれて死亡、撃った方のひとりは異空間に逃げたらしいの。しかもその過程の中で中井優輝さんが一緒に異空間に連れ去られたわ」
魁世は確か雨雪は冗談が嫌いだったことを思い出しつつ考える。
「もう少し詳しく頼む」
魁世はその内容に驚きを隠せなかった。だが同時に、起きてしまったものは仕方ないとも思った。
一つ目に中井優輝に不死の力が宿ったことでも驚きだが、浪岡為信がそれを交渉材料として他の者達の命を保証させようとしたことは思わず感心した。他のクラスメイトはだいぶご立腹らしかったが
二つ目に相手の陣営にも何かしらの対立があることに安心した。よりにもよって中井優輝を連れ去った方は過激派陣営らしかったがそこは仕方ない
「仕方ないで済ませないで。浪岡為信と隣にいた獣人はその後行方をくらませたのよ。先日のドラクル公の一件もそうだけど私たちの命を狙う勢力が既に二つも…」
「まあ、うんそりゃそうだけどな。別に雨雪のせいで敵が現れた訳じゃないし、ましてや大島が連れ去られてしまったのも雨雪のせいじゃない。先ずはこうして今生きてることを喜ぼう、うん。」
「それもそうね、っていい感じで終わらせようとしないで!そうよ貴方には他にも言いたいことがいっぱいあるんだから」
これは要らぬスイッチを入れてしまったかな
「貴方なんであの時単身で爆破された祝賀会場に来たのよ。そこで大怪我までして」
あの時のことはよく覚えていないが、自分に意識が無くなっても琥太郎やあの場にいた惟義が取り押さえてくれるだろうという打算はあった。自分の現在の状況を見るに打算通りになったのだろう
「急いでいたら一緒にいた琥太郎とはぐれてしまって、仕方ないから僕だけ来たんだよ」
「そうやって後先考えないで、揉みくちゃになって、銃弾受けたんじゃないの」
「大丈夫、当たったと言っても掠っただけだし」
「またそうやって…」
雨雪が頭痛があるような動きをする。なんだ頭痛いのか
「今度から無茶しないならそれでいいから」
「わかった。それはそうとりんご食べていいか?」
「……もういいわよ、食べたいならどうぞ」
雨雪は盛大に溜め息をついて切り分けられたりんごを皿ごと渡してきた。取り敢えずりんごを一片口に入れる。
うん、美味しいな
「雨雪が切ってくれたから美味いよ」
「なに言ってんの」
「あ、今ちょっと嬉しかったり」
魁世は笑顔で雨雪を見る、だが雨雪は黒曜石ナイフのような鋭利な目線を向けてくる。
「…ごめんて、悪かったよ」
メーリア、フラーレンの皇女二人はあの後に吉川ナルと新田昌斗の手で無事に帝都、父皇帝の元へ帰還することができた。ナルも昌斗も帝都郊外の一件は一応、皇帝に報告した。だが皇帝は大した興味を示さなかった。
「きっと魔人の仕業であろう」と皇帝は目を合わせずに言った。
……
…
同日の夜中、嶋津惟義は療養中の魁世以外のクラスの男子たちを集めていた。
場所は当初より皇帝から下賜されていた屋敷、また魁世や雨雪が療養中なのもこの屋敷である。
その屋敷の中でも大きめな部屋で話は行われた。
嶋津惟義は言う。
「こうしてお前らを召集したのは他でもない、我らの同胞たる中井優輝はどこに行ったのか?そこを考えたい」
黒耳長人の支配域から先程帰ってきた那須興壱は発言する
「あのさ、俺は遠出してて蚊帳の外だったからさ、先ずは状況説明してよね」
本多直は言う。
「中井には悪いがあの一件は今の我々ではどうしようもできない。考えるべきは我々を“殺さなければならない”と言ってきたドラクル公や既に刺客の特殊部隊を送り込んできた“ドミトリーズ”と名乗る謎の勢力への対策ではないのか」
流れるように興壱を無視した直に森明可は片眉を上げる。
「直お前結構ドライだな、オオムね賛成だが話し合うべきなのはもう一つあるんじゃないのか?」
乃神武瑠は言う
「たしかに明可の言う通り話し合わなきゃな事はも〜一つある。それはこの世界に娯楽が少な過ぎ問題、だろ?」
「違うわ!…ええと、アレだ、俺たちはこのままクラスの集まりで行動し続けるのかって話だ」
明可の言葉に直は噛みつく。
「お前この状況下で浪岡の野郎みたいに全員が自分勝手に行動しろって言ってんのか?」
「そうは言ってない、ただ俺は今後の俺たちのあり方をどうするのか考えようって言いたいんだ」
足柄琥太郎は明可の意見に頷く。
「その辺りはぼくも考えていたんだ。たしかに今全員が離散して行動するのはまずい、けれど今のクラスという前の世界の枠組みで行動し続けるのは考えものだと思う」
惟義は今まで黙っている昌斗に話を振る。
「昌斗、お前はどう思う」
昌斗はいつもの無表情を崩さぬまま話し出す。
「……今のところ個々の男子は同じ異界人であるこの集団が今後も協力し、問題に対処し続ける、この点は一致している。
だが他の女子、彼女らがどう考えているのか。男子と全く同じ考えではないだろう。先日の中井が連れ去られた一件然り、今回の異種族との戦争然り、思えばかなり特異なことを経験した訳だ。そもそも突然知らない世界に召喚、この言い方でいいのか分からないが全く関係ない国家、戦争のために駆り出された挙句、今度は自分達を殺しに来た者達を対処しないといけなくなってしまった。
本当は皆元の世界に帰りたいだろう、家に帰って家族と会い、またいつもの学校生活に戻りたいだろう。それを無理となんとなく理解して思いを押し込んで今に至る。現在も安全とは言い切れないこの状況で、いつまでも気を張っていられるかと問われればそれは無理だ。
私含め諸君らもいい加減落ち着きたい筈だ。そんな彼女らが何もせず静かに暮らしたいと思うのは我儘ではないだろう」
昌斗の言いたいことを他の男子たちもなんとなく理解する。
規模も分からない勢力と正面から戦うことは果たして自分達の幸福の点で見て適切なのだろうか、このままひっそりと生きてある日突然現れた敵に一瞬で殺されることが果たして完全なる不幸なのだろうか。
例えば桑名鶴夏や平群美美、八田藍のように敵地に乗り込んだ経験のある彼女らが今後もそんな危険な日々を容認するだろうか。
「そうだなあ、女のコたちことあんま考えてなかったなあ」
武瑠に惟義も賛同する。
「そもそも我らのクラスは女性の方が多いのだ。むこうが拒否すれば多数決の論理でこちらは潰れる」
男子十名、十三名、大島優輝が異空間に拉致されて浪岡為信が失踪した時点で男子の数は八名となる。
だが昌斗が言いたいのは女子の方が多いのだから尊重しろとかそこでは無い。
結局のところ今大方の男子を支配している思いは“闘争心”であり“積極的な生存本能”である。いつまで続くかも分からないソレにいつまで自分達は付き合うつもりなのか?そこを問いたかった。
もし今の状況、状態でこの集団の在り方を決めれば恐らく“団結”や“徹底抗戦”になるだろう。まず女子が非戦を求めていると勝手に思い込んでいるのが間違いであり、男子の方が少ないからと言って今の勢いなら慎重論を押し込んで直のような考えになし崩し的に決定するだろう。
昌斗はこうして別の意見を吟味するのも必要だと思ったのだ。
「それより!やはり娯楽少ない問題を解決すべきだネ!」
武瑠の意見よりも個人的願望に近い話は続く
「たしかに生活水準をなるべく元の世界に近づける点で言えばその通りだよな、水洗式トイレとか風呂とかな。特に女子には喫緊の問題だろう」
明可の意見に直も思っていたことを口にする。
「今まで忙しくて触れていなかったが明可お前臭うぞ」
「お前もな直」
「うむ、なすりつけ合う必要はない!ここの部屋の男子みんなそうだ」
惟義の言った通り、この夜使われたこの部屋は翌日使用人が掃除に来た時はかなり芳しい香りがした。それこそ学校の部室のように。
魁世たちが来るまでの異種族の集まりによる収奪戦争はこれまでに計四回発生しており、今戦争は五回目ということで第五回帝都エヴァルー包囲と呼称されることになる。
それを聞いた魁世は四度も首都を包囲され国土を蹂躙されたのによく生き残っていたなと失礼にも感心した。何故包囲された側が“籠城”ではなく“包囲”と言っているのか疑問だったが、いつか習ったウィーン包囲みたいなものかと勝手に納得した。
そして思う。その度に自分達のような異界人を紹介したのだろうか?皇帝に聞いてみれば教えてくれるかもしれない。いや単純にあの千年城壁で四回守ってきただけで、今回は一部老朽化して危なくなったから初めて異界人を召喚したのかもしれない。
そんな第五回帝都エヴァルー包囲の戦勝祝賀会で発生した爆発事故、どう見ても事件だが公式には事故になっているこの事件は、死者に皇帝はおろか貴族がいなかった(給仕といった数名が直撃を受け死亡した)。貴族たちが我先に逃げようとして混乱が生じた。物的被害が爆発で祝賀会場だった帝城の大部屋がボロボロになる程で済んだ。犯人を魁世が見つけその場で捕まえたことで一応の収束をみた。
なお犯人がドミトリーズという謎の何かから来た刺客であることは魁世たちしか知らない上にそのことを宮廷の人たちには伝えていないため、かの人物は魔人という人間に悪さをする種族であるいうことになった。詳しい動機といったことは現在帝国近衛兵によって尋問されるところだったが、間違えて拷問されて死なれては困るので先に捕まえた魁世たちが預かることとなった。これは近衛兵と呼ばれる帝城内の警備、皇族や入内した貴族の警護を行う者達からかなり嫌な顔をされたが惟義は二日で返す条件で了承して貰った。
魔人とは魔法を使うからでは無く、何かしらの条件があるのか、適当な理由付けでその名称がついているのか、魁世達には説明も無く、宮廷近臣の一人が
「悪い魔人が発生し、悪さをしたのだろう。これは貴族各々が家に帰って神と皇帝陛下に祈念しなければ…」
と言っただけで、それに会場にいた貴族はもとより、皇帝もそれで納得していた。
その場にいた雨雪も惟義も琥太郎も意味が分からなかった上に、冗談で言っているのかと思ったが、割とこういった風で事件事故を終わらせてきたのだろう。こんな適当だから滅びかけるんだ。となんとか心の中で納得し、雨雪達も帰路に着いた。
当の犯人、ドミトリーズからの刺客は現在あの屋敷にあった地下牢に繋いである。
魁世は左腕のあたりを掠めた銃弾らしき傷が癒えておらず、包帯をつけた状態である。
翌朝、魁世は雨雪から祝賀会で下賜された褒美について教えてもらう。
場所は屋敷の中の広めの庭、以前に能代榛名が炊き出しを行った場所でもある。
「へー惟義が貴族の仲間入り、しかも男爵か」
「魁世貴方も私もクラスの二十三人は全員爵位を戴いたのよ」
「爵位て、騎士爵だろ」
「立派じゃない。ナイト・カイセよ、一応死ぬまでお給料も貰えるんだから」
「まあ最初の目標である“一定の地位を獲得するか領土を貰うなりお金を貰うなりしたらそれを皆の共有として最低限生活できるようにしよう”っていう惟義の宣言したことは達成されたと言えるな」
「それと一緒に私たちは皇帝から勅令を受けたの」
えなにそれ、嫌な予感がする
「嶋津惟義の率いる義勇軍がいたでしょ」
「うん」
「義勇軍が占領して帝国領としたところを新しく“南奥州”と名付けて、わざわざ昔の帝国の行政区分を復活させて“南奥州属領”としてコレヨシ・フォン・シマヅを属領領主、同地軍管区司令官に任命。ついで私たちもその属領を発展させるための行政官または防衛の軍人としてし出向せよ。とのこと」
確か惟義が解放という名で占領した地は元は異種族連合に占領されていたとはいえ、元の元は色んな小国家や都市国家が存在した筈だ。そこの戦後復興、周辺国からの防衛、帝国への同化政策、考えただけでも最低でもこれだけのことをしなければならない
こっちはドラクル公やドミトリーズとかいう何も分かんない勢力の対策をしないといけないのに、仕事としてコレもしないといけないのか
「ふーん今後も頑張ってさ」
「貴方も行くのよバカじゃないの?」
「い、イヤだ!今から死ぬまで騎士の禄を食ん(はん)で死ぬまで過ごすんだい!」
「問答無用、貴方のせいでもあるんだから」
そ、そんなあ
駄々をこねる魁世と冷たく見つめる雨雪の元に学級書記の朽木早紀が小走りで現れる。
「雨雪さん、魁世くん、みんな揃ったよ」
その言葉を聞いて魁世は先程まで寝転がっていた芝生から即座に立ち上がった。
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