第二十四話 —―は遅れて登場する
戦勝祝賀会は立食形式で行われていた。
滅亡寸前から敵を追い返した上に新たに領土を得られたとあっては祝賀会の参加者の多くは顔は満面の笑みを浮かべ、勝利の美酒で赤くなっていた。
帝都まで敵が侵攻していたにもかかわらず帝都に残っていた貴族たちの顔は特に赤い。帝国と帝都の危機にそそくさと逃げた上に状況の好転から帰ってきた貴族との今後の宮廷内での待遇、地位の違いは明白であり自分達の栄達を確信しているようだった。
そんな帝都残留貴族が近づくのは今戦争最大の功労者、帝国中で英雄と持て囃される嶋津惟義。「私らが徹底抗戦を主張していたからこそ、惟義さんあなたの功績に繋がるんですよ」と言わんばかりで、したり顔の彼らに雨雪は思うところがあるが大抵敗戦国の上層部は物理的に首が飛ぶか冷や飯を食わされるか二者択一なことが多い。にもかかわらず亡国の首都に残り続け皇帝に仕え続けたのは称賛すべきなのだろう。
だがあれほど得意げなのはいかがなものか、帝都が包囲されていた時はどうせ自分の屋敷の寝室で震えてるいただろうに。そんなんでいつまで皇帝の信任を得られるだろうか?
けど、私も同じ
自分も突然追われる身になり魁世達がいなくなったら膝を抱えて震えていた
結局自分もあの得意げな貴族と同じ、実質的には魁世が全てお膳立てして雨雪を含むクラスメイトはそれに沿って動いただけ
魁世がいつまでも私たちを第一に考えてくれるだろう。価値を見いだせなければ捨てるのだろうか?いや魁世にいたってそれは無い。絶対に無い
「だからこそ、だからこそ今度は私が…」
【……いてる?聞いてる⁈アメユキ⁈】
ぼんやりと頭の中に入ってくる声、ハイドリヒ天城華子が魔法通信を焦ったような声音でかけてきた。
「緊急のようね、何があったの?」
【アメユキ達のいる祝賀会場に例の刺客が向かってる!】
「もしかして…魁世は!魁世は大丈夫なの⁈」
【違う!敵は魁世の待ち伏せしてた方じゃなくて祝賀会場に直接向かってる!今モリやホンダ達も向かわせてるけど、万が一があるからシマヅと避難…】
ハナコと通信中、瞬間に爆音が頭に鳴り響いた
雨雪はなにかの衝撃を受けて床に吹き飛ばされた。
ポスッ、その音が始まりだった。
時刻は丁度昼頃、為信とリレイが全員分の昼食の準備を始めていた。ナルは周囲を巡回し、昌斗は皇女二人の近くに待機していた。
雨雪から皇女脱出の雑務要員に任され、荷物持ちとしてこれまで付いてきていた中井優輝の丁度胸あたり、そこが朱に染まる。
それが敵の襲来を告げる強制ブザーであり戦闘の合図であった。
昌斗は近くにいたメーリアとフラーレンを体前面ごと地面に押し付け、自身もそれに覆い被さるように茂みに伏せた。
ナルは近くの木に隠れ、為信とリレイもまた近くの茂みに隠れた。
そうだ天城華子の使役する索敵の鳥がいた筈だ。どうして連絡してこない、いやそもそも気づいていないのか
急いで連絡しなくては。いやこうして敵の襲撃を受けている以上、相手に現在の位置情報を悟らせないために今声を出すわけにはいかない。魔法通信は相手の声こそ頭の中で発せられるが此方は直接声を出さないといけない。恐らくだが同様の理由でナルも為信も高坂寧乃の方に通信したくても出来ていない筈だ
改めて気づく、昌斗には敵がどこから狙撃したのか、そもそも狙撃だったのか、敵は事前情報通り二人なのか、なにも分からなかった
油断、していたのだろう。味方の中に相手の思考が読める者と数匹程度の動物を操って視界を使える者がいるからと言って何故天狗になれるのか。いや違う、そんな強力な能力を持つ二人を有効活用できなかった。あの二人に頼りきっていた
なんと愚かなのか。恐らく大島優輝は死んだ。これ以上犠牲を増やさないように行動するには…?どうしたらいい、いや奇襲されて此方に敵の位置どころかなんの情報も無い時点で趨勢は決している
降伏か…?いや相手は此方を殺しにきているのに交渉が許されることは無い
どうする、ん?
中井、何故体を起こしている?あの出血だぞ?生きていても立ち上がれるような状態の筈は…
すると今度ははっきりと銃声らしき音が聞こえた。相手は先程より近づいているのか
中井優輝はまた倒れた。これもかなり血飛沫が飛んでいた。地面に倒れて身を隠させていたフラーレンが横目で撃たれた大島優輝の一部始終を見ていた。吐きそうになっている、今この瞬間だけは声を出さないでくれ。いやこれも護衛の我々の失敗の末だ
木の影から二度撃たれた大島優輝の様子を伺うと今度こそぐったりしたと思ったら呼吸しているのか腹が上下しだした。
まさか、不死…?
あり得る。我々は既に二人の能力者を見つけている、大島優輝がその類に及ばないとは限らない
ふと警戒しながらも周囲を見渡すと浪岡為信が両手を頭上に挙げて大島優輝に歩いて近づいていた。
恐らく無抵抗のポーズのつもりなのだろうが、なにをしている?撃たれるぞ。相手に無抵抗が伝わるかも分からない
浪岡為信は地面に寝そべる大島優輝に近づくと、突然大島優輝の頭を蹴り上げた。
??????????なにをしている。そういえばナルはどうしている、ふと見ると自分と同じように木から今の光景を眺めていた。その目は状況を必死に理解しようという意思が宿っていた。
「おい!いるんだろ!暗殺者のみなさんよお!」
まさか
「見たら分かってんだろうけど、コイツ不死身っぽいわ」
おいやめろ
「だからさ、コイツをアンタらコンソーシアム?にやるから見逃してくんねえか?」
浪岡為信、手段は選ばないつもりか
「あれだろ?研究とかの材料に便利だろ?どうだいい提案だろ!」
此方の生殺与奪を握っているのは相手だぞ、交渉できるのか?
いや、向こうも既に四人の内一人を洗脳され追い詰められている。やりようによっては可能なのか
「早く来てくれよ!こっちもコイツを押さえるので大変なんだよ」
すると木々の向こうから二人のヘルメットらしきものを被り、元の世界の特殊部隊のような見た目の者が現れた。
あくまで銃らしきものは構えたまで、いつでも目の前の為信を撃てるようだった
「…言葉は同じ、なのか。どうもこんにちは」
「……」
差し出された右手を無視しつつ、ヘルメットの特徴的な彼らは徐に喋りだす
「発音に大きな違いは生まれていない。先づその覚醒者を交換条件に手を引く、その提案受けよう」
「なにを言っているドルト特務曹長!艦隊には連絡も取れないし帰れないのだぞ。なんの得がある?」
「いきなり大声出さんで下さい出雲特務曹長、貴官は帰れなくても小官は帰れるのですよ。ドミトリーズに」
「帰還する技術を艦隊は散逸したのではないのか?まさか⁈」
「貴官の想像通りですよ、セイイブツを小官は持っています」
なんだ?なんの話をしている
「ドルト特務曹長!貴官には重大な背信の疑惑がある!今すぐ銃を下せ」
「背信?どこに?誰に?最後だし教えてあげますが小官は艦隊の少々過激な一派から密命を受けてましてね、セイイブツもその派閥のものなんですよ」
「は…?なにを…」
「まあ勿論命令と軍規違反で知られてはまずいのでね、死んでください」
ドルトと名乗る男は隣のイズモと言った男を射殺した。
「あー安心したまえ君達、私は塵芥に無駄撃ちはしない。そうだ君たちに知恵を授けてやろう。“目を閉じればそこは楽園、全てを忘れろ”この言葉はうちの世界じゃ有名なんだ。いいから目を閉じてろってことです」
そう言い残してドルトは浪岡為信から気絶している大島優輝を受け取り、傍らから取り出した言及していたセイイブツらしきものを取り出し、その板のようなセイイブツを指で操作しだした。
すると現れた等身大の見たことも無い色のした空間、入り口のようだった
ドルトはそのままその空間に入り込み同時にその空間は閉じられる。
見ていることしかできなかった
…
……
耳鳴りが酷い。埃を被っているのか目が開け辛い
雨雪がなんとか目を開けると、目の前には人が立っていた。
周囲は助けを呼ぶ声やうめき声で溢れ、視界を灰色が支配していた。
様子からして目の前の人物が祝賀会場を爆破させ、こうして立っているのだろう。不思議と雨雪の頭はいつも通りに状況を分析していた。
目の前の人物は何かを此方に向けている。雨雪はそれがなんとなく銃で、今自分は撃たれようとしていることがわかった。
雨雪は目を閉じた。
だがその瞬間、横から颯爽と現れた何者かに目の前の人物は殴られた。
埃まみれの床に転がる二人、片方はその銃のようなものをパンパンと乱射し始めた。
もう一人はそれを必死に押さえつけるが、乱射した弾がどこかに当たったのか血を吹き出している。
そして雨雪は、銃を突き付けてきた人物を取り押さえてくれたのは魁世だと気付いた。
目の前の取っ組み合いにも関わらず雨雪は君が抜けたように背中から床に倒れた。
なんだ来てくれるじゃない
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