第二十三話 ブレインウィシング

能代榛名が自分に特殊な力があることを理解したのはつい最近の話である。その日は今回の異種族連合の侵略を撃退し、同時に領土を広げた今戦争の戦勝祝賀会の数日前であった。


 どうやら榛名は他人の思考に干渉できるらしい。具体的には自身の思考を流し込んだり相手の思考を読み取ったりである。この世界に来たばかりの時、屋敷で避難民への炊き出しを行っている最中にそんな疑念を抱き、何度か試してみて今さっき確信したというのだ。

 これを明可や直あたりの三馬鹿連中が言えば一蹴したことだろう。だが普段から真面目で優しく母性ある(魁世視点)榛名が神妙な面持ちで話してくれば勿論態度は変わってくる。


「こう、なんでしょうか、その時は私の言いたい事とか気持ちを話してる人たちはすーっごく分かってくれたんです。けどある時は全然意思疎通ができないというか、なんか変ですよね、ごめんなさいこんな事に時間とらせて」


「いやそんなことないですよ。それで自分にはなにか力なり何なりがあるかもって教えてくれるだけでもこっちはありがたいというか、ね?」


「なんで私に振るのよ…まあ真剣に考慮すべきことなのは間違いないわよね、なんせ魔法とか半獣半人の存在する世界なんだから。けど伝えたいことはそれだけじゃないのよね」


 雨雪の指摘に榛名は頷く。榛名はもう一つ伝えたい重大なことがあった。


「ダメって思ってたんですけどわたしの得た力?の実験というか何というか試しに昨日と今日色んな人に使ってみたんですよ」


 さらっと爆弾発言をした榛名に思わず口が出る雨雪


「ちょっと待ちなさい、今の言葉が正しければ色んな人つまり私たちに使ったってこと?」


 誰しも自分の思考は読まれたくないし、脳内に勝手に情報を植え付けられることを許容する人はかなり少数派だろう。それがテレパシーの類いだとしても。


「まあまあ雨雪、続けて榛名さん」


「えっとね、先ずは屋敷の外の人に実験してみたの。対象の人を決めてその人の顔とか覚えて頭の中に思い浮かべるの、そして思考を覗くのか何を伝えるのか…上手く言葉にできないけど、例えば何かの情報を伝えたかったら先ず何を伝えたいか頭に思い浮かべて、次に伝えたい人を思い浮かべるんです。その人を目視できたらやり易いですかね、思考を覗き込む時もそんな感じです。」


 途中から文体が変わったあたり本当に説明に苦慮しているのだろう。魁世はそう思った。


「それも色んな人に試して練習して分かってきたんだけどね、で伝えたいのは練習してる時にわたしたちを殺す?消す?ってことをしようとしてる人を見つけたの」


 またしても突拍子もないことだが、要約すると

 その人物は榛名が帝都の避難民に炊き出しをしていた時に現れ、避難民に混じって炊き出しのシチューを受け取ろうとした。その時は漠然と目の前の人物の思考を読み取るくらいしかしていなかったが、その男が自分達を殺す作戦のために避難民に扮して偵察にきたことが分かった。

 最初はただの頭のおかしい人かと思ったが、その人物の考えていることが偵察らしく情報収集に徹し、尚且つ“ドミトリーズ”や“第07小隊”といった妙な単語ばかり思考の中にあったため、これは本当なのではないかと思ったらしい。


「勝手に練習とか実験したのは本当にごめんなさい、けどこれのお陰で色々便利になると思うの」


 現にこうして様々なことが事が重大になる前に事態を知ることができたのだから榛名はかなりお手柄である。

 なお榛名は同時に自分の力、能力の不完全さも言及した。相手の思考を読み取ることも入り込むことも基本的に一人であり、相手によっては途中で無意識に思考の読み取りや情報の流入を拒否してきたり、そもそも効かなかったりする。何より対象の人物を頭に念じ続けなければならないためかなり疲れるそうだ。

「不思議だけど魁世くんと雨雪さんは特に効かなかったですよ〜」

 あっさりと暴露するものだから怒りようもないのか単に疲れたのか、雨雪は溜め息混じりに釘を刺しておく。

「言っとくけれど、以降はその能力は勝手に使うの禁止。いい?」

 雨雪としてはクラスではかなり人間のできた女性の榛名がそんな安易に能力を使うことにも驚いていたのかもしれない。

 さてこの話を踏まえてどうしたものかと思案しようとしたその時、魁世たちしかいなかったこの部屋にまた一人女性が現れた。

「カイセー!ここにいたんデスネー!」


 ハイドリヒ・天城・華子(ハナコ)はドアを開けて入ってくると同時に魁世に抱きつく。


「うんうん、グーテンタークグーテンターク」


 魁世はあくまで腕は回さないが挨拶を返す。鼻の下を伸ばして


「ハイドリヒさん、要件だけ伝えてくれるかしら」


「華子さん。魁世くんが困ってますよ」


「けどカイセはハナコのことを拒ませんよ、ねーカイセ」


 雨雪は頭を少し傾けながら眼線はハナコに向けつつ続ける。


「貴方の思いは重要ではないの、今私たちはとっても重要な話し合いをしていて、貴方はそれを遮っているの。分かるかしら?」


 微笑を浮かべつつ榛名も告げる。


「あらあらハナコさんは魁世くんと本当に仲良しと思ってるんですね、けど魁世くんはそれほど喜んでいませんよ。ね?魁世くん」


 ……いやあ、三人とも仲良しだね


「は、HA、ハ!取り敢えずなんの御用なのかな」


 不思議なことに部屋が肌寒くなっているが、ハナコは極めてあっけらかんに告げる。


「ワタシも能力を持ってます。どんな能力かというと動物、例えばカラスとかの視界を借りることでその生き物が行ける場所まで距離関係無く索敵、聴音できる能力です」


 そういえばと魁世は今いる部屋を見渡す。この部屋は至ってシンプルなつくりで木戸の窓も存在する。そして今の今までその窓は全開で、その縁には鳩が止まっていた。




「榛名さんは一人不審なヒトを見つけたんですよね、ワタシは四人見つけました。自分達をコンソーシアム世界政府から任務を受けた特殊部隊と自称していて、任務内容はワタシや榛名さんのような能力を得た人、彼らは覚醒と言っていましたけどそういう人は勿論、ワタシたち異界人全員抹殺。そしてその抹殺任務決行日はカイセや雨雪さんが呼ばれた戦勝会当日、つまり明日。ここまで分かりましたよ。あっそういえば雨雪さんは何か分かってことあります?情報共有しておきたいデスネ」


 ハイドリヒ天城華子の今の発言は額面通りに受け取ればなんと優秀な女性なのだろうか。いや別に言葉の裏を読み取ろうがハナコが大手柄なのは間違いない


 だが最後の一言は所謂海外ジョークなのだろうか?いやそうに違いない、きっと場を和ませようとしてくれたのだろう。だから雨雪も榛名さんもそんな怖い顔しなくていいと思いますよ


 こうして思わぬ力を得た二年一組はこの情報を全員に共有し次の行動を開始する。

 ……

 …

 かくして二年一組は謎は多いものの、兎に角自分達を殺しにくる四名の刺客を迎え討つ。


 帝都方面の敵二名を迎え討つのは実働部隊として既に戦闘と戦争経験、部隊指揮のある森明可と本多直、万が一の戦力穴埋め要員として大柄で強そうだが気の小さい足柄琥太郎に新納魁世に可憐な男子の乃神武瑠、そして重要な敵洗脳係の能代榛名。合わせて六名。

 潜伏中の皇女二人と護衛の吉川ナルと大島優輝の帝都郊外方面の敵二名に対しては魁世が最も信頼する人物である新田昌斗、突然ふらりと帰ってきた浪岡為信と彼がいつの間にか手に入れた従者の獣耳の少女、元から護衛役として現地にいる吉川ナルと大島優輝を合わせると五名。

 全体として魔法通信要員の高坂寧乃、四羽の鳩で索敵と情報収集を行うハイドリヒ天城華子の二名。

 嶋津惟義と伊集院雨雪は日時変更不可能な宮廷での戦勝会に出席する。


【カイセーもう一人はそっちに向かってるよ】


「こちら魁世、了解した」


 既に一人は対処したと報告を受けていた。対処とは殺害の意であり、安堵が大半だが生け捕って情報を引き出したい欲もあった、大変贅沢な話だが

 ならおまえ魁世がやれとアイツらは言うだろう。勿論そうさせてもらう


「琥太郎そろそろ来たか?」


「いや全然見えない…本当に来るんかなあ」


 四名の刺客の潜伏先や作戦行動を全て把握し、こうして今も配下の鳩を使って監視や索敵をしているハナコの功績は勲章ものである。帝都方面の敵二名が事前に決めておいた進行ルートまで把握したことで、その帝都の路地裏を縫ったようなルートのある地点で待っとくだけで迎撃できる。

 二名のうち一人が突然どこかに消えた、と思っている洗脳されたことも知らないもう片方の敵は自分だけでも任務を遂行しようというのか潜伏先から帝都の帝城へ向かっているらしかった。

 突発的事象が起きれば起きるほど人は頑張って予定通りに行動するものなのだろうか?魁世が帝国を救う大作戦の時にあくまで順序立てた計画にこだわったことと同じことなのだろうか?自分ならどうするだろう、例えば今この瞬間琥太郎が何処かに消えたとして自分はそれでもここで迎え討つためにこの路地裏に居座り続けるだろうか?

 いやいけない、思考の渦に陥るところだった


「琥太郎、まだ現れないか?」


「現れないかな」


【カイセ!大変!】


 突然ハナコが魁世と琥太郎に通信を開いてきた。


【もう一人はそっちに向かってない!そっちの裏路地迂回しないで最短距離で戦勝会会場に向かってる!】

 魁世と琥太郎は急ぎ帝城、戦勝祝賀会へ向かう。


 これは不味い、かなり不味い

 …

 ……

 新田昌斗はふらりと帰ってきた浪岡為信とその従者の獣人少女と共に、帝都郊外に潜伏する皇女二人とその護衛役のクラスメイト吉川ナルと中井優輝の元へ向かった。


 昌斗も為信もあまり話さない質であるために、昌斗が為信に今までどこをほっつき歩いていたのか聞かないし、為信が昌斗に今まで何があったのか詳しく聞き出そうとすることは無い。

 勿論、為信の従者でリレイと名乗る獣人に関しても話にならない。

 リレイは為信が案外お喋りな人間で感情豊か、というよりある一部のことに関してのみ関心と感情が出るのだと思っている。実際にリレイと二人きりの時は


「新田はリレイおまえが犬なのか狼なのかとか興味ないのだな、可笑しいと思わんか?彼奴は何を行動原理に生きてるのだろうな」


「なにやら皇女二人と取り巻きの居場所が分かっている風で道を進んでいるが、本当に分かってるのだろうな、森の中で迷ったなんぞ言われる前に俺たちだけ勝手に引き返すか?」


「無口で愛想が悪い奴だ、おまえもそう思うだろ?リレイ」


 行動原理が刹那的享楽であるのと大して無いのとではどちらがおかしいだろうか?

 無口で愛想悪いのはリレイもそうだが、為信は恐らくリレイのみにこんなにペラペラ喋るのだから其方の方がタチが悪いのではなかろうか。


「…?なんで本人言わない」


「誰が言うもんか、おまえの前だから言うんだぞ」


 昌斗と為信の仲は全く深まらなかったが、なんとか謎の刺客二名より先に皇女たち四名と合流した。


「先に魔法通信で聞いているだろうが、話によると強いそうだ」


 昌斗はいつもの能面で吉川ナルや中井優輝、皇女二人に事の事情を説明する。


「吉川としてはどの様な…」


「それよりも余に言うべきことがあるのでは無いの?」


 そう言って目を吊り上げつつ昌斗に詰め寄るのは第二皇女フラーレン


「船上の件は大変なご無礼を致しました。どうか寛大な御心でお許しください」


 これを恭しくも言うでも怯えながら言うでも無く、ただ無表情に淡々と言うものだからフラーレンも肩透かしをくらってしまう。


「処分は如何様にも、ただ私としては皇女殿下お二人をと帝国を第一に考えての行動であったことを御容赦ください」


 自身の身分を振りかざしてまで尋問するつもりは無いし、そんな人間を嫌うフラーレンとしてはこれ以上尋問する気にはなれなかった。

 すると今度は別の男がフラーレンと第一皇女メーリアの二人に慇懃に礼をする。


「浪岡為信と申します。こっちはリレイと言います、なんなりとお申し付けください」


 文面は兎も角、言葉と声音の節々から全く敬っているのが感じられない。


「あそうそう、ほらなんかカラスが一羽不自然に空飛んでるんですが、あれは味方の動物操れる奴の味方の鳥なんですよ。あれで敵を知らせてくれんです」


 敬語に慣れてないのか、為信の言い草に馬鹿にしているのかと感じてしまう。

 だがフラーレンとメーリアとしては状況的に無理にでも信用するしかないし、リレイと呼ばれる少女がついこの間まで敵対関係にあった(今回の異種族連合の実際の参加種族は白銀耳長人、鬼人、羽人、羊人でありリレイの種族もリレイ自身も関係無いのだが人間の多くは異種族全般を雑に括っている)異種族の類であるからといって不平を言うわけにはいかない。

 今はなんとしてでも帝都、父皇帝の元に一刻も早く帰らなければならないのだから。


「何者なんだ。中世風の世界に銃で武装した特殊部隊がいるなんて」


 クラス一の健脚、出席番号十五番の吉川ナルは元の世界で女子陸上部のエースとして活躍していた。また彼女はアウトドアな趣味にも精通しており、まともな準備もせずに山籠りのできるサバイバル術を持っているとクラスでは評判であった。

 故に魁世は船から脱出した(あるいは海に放り投げられた)皇女二人の護衛兼世話係として吉川ナルを採用した。あとは同じ女性であるから仲良くできるだろうという安直な考えも少々ある。

 なお魁世がナルにこの件をお願いする際にナルはなにも魁世に要求していない。魁世としては願ってもないことだが、ナル曰く


「私が適任なのだろう?みんなが五体満足で生き抜くために必要なら喜んで協力するさ」


 やだなにこの子イケメン!

 魁世は思い出す。そういえばナルは元の世界では陸上部の功績とその快活で侠気ある性格から異性よりも同性人気が高かったことを、こうして皇女二人の脱出用の船に送り出した経緯がある。

 なおここまでに雨雪は魁世の計画を知らずに魁世の提案でナルを皇女脱出の要員に充てた。つまりナルは魁世からの要請を受けつつ何食わぬ顔で雨雪の計画の内の船に潜り込んだことになる。

 ナルはいつの間にか雨雪を騙して魁世に通じていたことになるのだが、本人はその辺をよく分かっていない。

 魁世はみんなのためにやっているし、雨雪もみんなのためにやっているのだから、どちらにも協力しよう。その程度にしか考えていない。

 関係ないが吉川ナルは陸上部のスポーツ推薦で入学した。


「メーリア様、フラーレン様、ご安心ください。この吉川ナルが必ずお守り致します」


 そんじゃそこらの騎士より余程かっこいい吉川ナル。今から来る相手を「強敵だなあ」くらいにしか認識していないナルであったが、メーリア、フラーレンはなんとはなしに無条件に信頼、安心していた。

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