第十六話 思い出

「ミュンヘンから来ましたハイドリヒ天城あまぎ華子はなこです。日本語勉強中の身ですが仲良くしてくれると嬉しいです」


 魁世は梅雨も終わりの朝のホームルームで紹介された転校生、いや編入生の華子ハナコをみて思わず呆気にとられた。

 洋画に出てくるあの金髪の女性は実在したのかと思ったのも束の間、学級委員の魁世はハナコの暫くの世話役に任されてしまった。


 担任教師からでは無く何故か校長室に呼び出されて校長先生からハナコの世話を任された時は少々面食らったものの、金髪の別嬪さんと仲良くできる機会は今回くらいだろうと魁世も快諾した。


 魁世は極めて事務的に学校の各教室への道案内、学校生活で知っておくべきことを教えた。かつ人並みに柔らかく接しハナコが学校に馴染み易いように便宜した。

 ただそれだけである


「カイセさんって色んなこと知ってるんですね」


「え?あーそうですね。けどこの学校の編入試験に合格したハナコさんも相当色んなこと知ってるんじゃないですか」


「恐縮です、けどそんな褒めてもなにも出ませんよ」


 魁世の通う公立高校は県内随一の偏差値の高校であり、編入試験は並の学力では合格できない。初めての挨拶で日本語勉強中と言っていたがここまで流暢に日本語を扱うハナコはかなり頭の良い方なのだろう。


「それより敬語やめません?わたし日本語覚えたてだから敬語疲れてしまいます」


「せやな、うん」


 校舎を歩いていると廊下を歩く男子生徒の多くが振り返るほどの容姿である。そんな彼女と会話できる関係を持てただけ今回は収穫があったと思った。


「カイセさーん、おはようございますっ」


「おはようグーテンモルゲン」


「ドイツ語覚えてくれたんですか!うれしいデス」


 今日もハナコさんは金髪が眩しいネ!


「カイセーお菓子は好きですか?」


「めっちゃ好きだよ」


「じゃあ今度作ってきますねっMünchenの美味しいお菓子期待してて下サーイ」


 名前忘れたけどバームクーヘンみたいなの貰った。美味いっちゃ美味かったけど正直甘すぎて苦手だった


「え、ハナコさんも家コッチだったんだ」


「う〜んちょっと違います。カイセと一緒に帰りたいから、デス」


 お、おう


 魁世はハナコが自身に好意を寄せるきっかけがあった覚えは無い。好意で無いならば最近のハナコの魁世に対する言動行動は所謂ドイツの女性の男性に対する通常の行動なのだろうか?

 真偽はさておき過剰に反応するのは癪だった魁世はこれを放置していた。


 そして事件は起こった。

 放課後の教室に忘れ物を取りに来た魁世は自分の教室に近づくにつれて教室の出入口で中の様子を身を隠しながら伺っている人物が見えてくる。

 魁世はその人物にこっそり声をかける


「わっ…!魁世くんじゃないですか」


 驚かせないようにしたが朽木早紀は声を抑えながらも驚いてしまった。

 すると早紀が魁世に対して憐憫と非難の織り混ざった視線を向けていることに気づく。

 魁世は恐る恐る教室を覗いた。

 そこにはハナコと雨雪がいた。二人が会話しているようなので耳をすませる。


「…ですから私に学級副委員その職を譲っていただけないかしら」


「さっきから言っている通り、貴方の言ってることの意味がわからないし、譲る意味がわからないわ。そろそろ帰っていいかしら」


 魁世はこの場に来てしまったことを後悔した。


「わたしねアメユキさん、カイセのことを愛してるの。少しずつ関係を深めようと思ってるんだけど、壁があるというか、まだ何か足りないんデース」


「勝手にすればいいじゃない。どうしてそれとこれが関係あるの?」


「関係、それはアメユキさんがよーく分かってるんじゃないですか?」


 質問に質問で返しながらハナコは極めて口調は穏当に会話を続けようとする。


「このクラスはかなり特殊、どこかの偉い人がそうしたいからそうなってる。そんなクラスだから色んな問題、事件事故が起きる。

 それを解決したり蓋をしたりするのがアメユキさんとカイセー含む学級委員。カイセはそんな激務の仕事してるから忙しくてわたしと一緒に過ごしたくても過ごせないと思ってたの」


 けどよくよく見ると違ってたの


 薄桃色の下唇を僅かに歪ませてハナコは言う。


「アメユキさん、あなたが無能だからカイセはそのお尻拭いで忙しいんじゃないかって気づいちゃった。


 わたしってカイセが褒めてくれるくらい要領はいいから今後はわたしとカイセでクラスを纏めてアメユキさんはその過分な仕事から解放される。どうデス?良い案ではありません?」


 状況が逼迫しているのは分かるのだがハナコの勉強中の日本語で丁寧語にしようと尻拭いをお尻拭いとしたのかと思うとなんだか笑えてきた魁世であった。


「……色々言おうと思ったけど多過ぎるからこれだけ言っておくわ。私は今の職務から降りるつもりは無い。ただ貴方がそんなにやりたいなら来期のクラスの係決めで立候補すれば良いでしょ。所詮はその程度のこと」


 雨雪のその言葉を最後にその会話は終わった。


 その出来事以来、雨雪はハナコを警戒的な意味合いで気にかけるようになった、と魁世には見えるようになった。

 二人が表立って何かしことは無い。あの放課後の会話が広まることも無かった。だがいつしか雨雪とハナコとの間に“何か”ある、誰も触れようとしないしできないが凡そのクラスメイトは感じ取り始めていた。


 ……


 …


「そういえば魁世は天城さんとは随分と仲良いでしょ?なにか知らないの?」


「誠に申し訳ございませんが存じ上げません。はい」


 自分含め若人は感情が昂り易い反面、急速に冷めることも多い。ハナコの感情の矢印が自分からもっと他の誰かに移って、その人物と一緒にいる可能性があるではないか。

 きっとこの世界の誰かだろう。きっとそうだ

 魁世の妄想もよそに雨雪は続ける。


「後日私たちに今回の功績からの報酬が謁見の上言い渡される。その後に今回の戦争の“戦勝祝賀会”が開かれるから三人とも準備しといて」


 どんな準備すればいいのか魁世も惟義も早紀もよく分かっていなかったが条件反射で肯定した。




「と云うわけで昌斗頼んだぞ」


【皇女殿下お二人と吉川、大島はあの時に船から飛び降りて泳ぎで対岸に渡り、後は行方知らず。それを一週間以内に帝都に連れ帰らなければならない。一応聞くが生きてはいるんだろうな】


「そこは高坂寧乃が定期的に吉川と魔法通信で確認し合っているからモーマンタイだ」


 魔法通信の中で魁世はおどけてみせるが昌斗は無表情のままであった。



「もお〜魁世くん心配したんだよ?」


「そこはほんとにごめん。けどさ、帰ってきたしさ、結果オーライだよ」


 魁世は能代榛名の不満を表す膨れ面を見て、自分の居場所はやはり此処なのだとひとりでに思った。


「この間は食べれなかったけど榛名さんのシチューみたいなの食べたいな」


「みたいなの、じゃありません。あれは立派なシチューです!材料無いから工夫したんですよっ」


 …


「近江中尉、いえ近江少佐。異界人の数、殆どの位置が調査完了しました」


「ご苦労ドルトン曹長。いや今は准尉であったなすまん」


「出発と略式勲章授与式、二階級特進がつい昨日のようですな」


 …


「そういえば義勇軍はどこにいるんだ?かなり大所帯だと思うが」


 魁世の問いかけに明可と直はなんでもないように答える。


「そりゃなんやかんやで五千人くらいになったからな、流石に殆どの奴らは帝都の外でテント生活さ」


「食糧とかどうしてるのかという顔だな。その辺は“ご親切”な商人の支援もそうだが元々の帝国軍の食糧庫から賄っている。『腹が減ったらアイツら何するか分からん』と帝国軍の奴らに呟いたら快く食糧庫を解放してくれたぞ」


 いつから明可と直はこんなに図太くなったのだろうか。やはり戦争はひとを変える


「…トラブル起きてないならいいんだ。うん」


 …


「浅野マァーヤ伍長殿、特異点使用権限の継承権を持つ皇女二人の居場所と同行している異界人二名の居場所を掴んだぞ」


「これで全てか出雲粟国“軍曹”」


「俺ら軍曹だったな」


「忘れては折角の二階級特進が意味ないだろう」


 …


「…で、いつ私たちは褒美を貰えるの?」


「すうっそれはですね、えっと、ですね、近日中になんとか…」


 魁世は八田藍や平群美美、桑名鶴夏の三人と出くわしてしまった。

 だが約束は約束であり、しっかり報酬を払うのは当然である。


「マジ、本当にそろそろまとまった報酬を皇帝陛下からいただける筈だから。もう少しなんだよ、な?」


 魁世はただ頭を何度も振って場を凌ぐしかなかった。

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