第十五話 凱旋
惟義の率いる義勇軍は帝都に凱旋する。
新たな英雄の登場に帝都は沸き立っていた。
総大将の惟義をセンターに左右に明可と直の三人が鈍く光る甲冑を着込み、帝都の正門正面より一身に歓声を浴びつつ行進する。つい先日まで皇女誘拐の容疑者にして指名手配犯、お尋ね者だったとは思えない堂々とした進軍であった。
帝都帰還中に馬に乗っていた惟義が「馬印だ!馬印を作ろう!」と言って作った旗、白地に“義”と書いた旗を高々と掲げさせる。それに触発された明可も二人に合わせるために仕方なく直も専用の旗を作らせた。明可の百足隊は赤地に黒で百足の意匠、直の青菱隊は青地に菱形を四つ組み合わせて尖った十字のようなものを描かせた。
この“蒼の四つ菱”は直の思っていた以上に好評だった。
なお惟義の“義”の字は惟義の義であり、正義、大義の義であると惟義自身はかなり気にいっているのだが再三の通りこの世界に言葉として日本語とそれに類する言語は存在しても漢字や片仮名、平仮名そのものは存在しない。故に惟義がどんなに自身の自慢の旗を掲げてもこの世界の者たちは由来も意味も解りようが無い。つまり側から見れば惟義の“義”の一字を「何かの特殊な紋章、マーク」程度にしか認識できなかった。
帝都臣民、帝国各地から流れついた難民の多くは惟義率いる義勇軍を歓喜で迎えた。これで我が家に帰れる、何も恐れず眠れるとあっては惟義含め明可や直も通りを行く先々で感謝を伝えられ、歓声で溢れた。
三人とも顔立ちはいい方であるため強くて実績もあるとあって女性人気も高かった。
惟義達はこれまた堂々と帝城に入城、皇帝からはお褒めの言葉と褒美は追って沙汰する旨が伝えられる。
惟義は上機嫌である。
「よし!これで最初のほとんどが達成されたな」
帝都に戻っていた魁世も笑いながらも一応言っておく。
「一応皇女殿下お二人を帝都の外へ連れ出してるからお二人をこっちに連れ戻してやっと終わりだな」
惟義は顔に疑問符を浮かべる。
「なんじゃあそれ、知らぬぞ」
「ほら僕たちが指名手配された理由になったやつ」
「知らんし覚えとらん」
この様子だと本当に覚えていないようで、魁世としては事前に説明した筈なので覚えておいて欲しいところである。
「まっお前には僕たちの代表として堂々としてるだけで十分さ」
「うむ、任せろ」
惟義達も魁世達も傭兵団駐屯地に潜伏していた他のクラスメイトも最初の屋敷に戻っていた。
皇帝から下賜されたものの数日しか使わなかったこの屋敷は魁世の思っていた以上に綺麗に保たれていた。
これは魁世達が帝都のお尋ね者となる前後で屋敷から脱したものの残された屋敷の使用人達はその後も清掃といった職務を怠らなかったからである。
皇帝の用意した屋敷なだけあるというか、屋敷も上等ならそれを任される人間も上等な人間ということなのだろうか?
そんなことを思いつつ魁世と惟義は今後の話し合いを続ける。
「褒美が貰えるまではまだ安心じゃできない。特にウチの雨雪さんはそういった最後の細部までこだわる方だからな」
「それはアレだな。魁世、俺はよく分からんから頼むぞ」
不思議とそれは魁世を助けてくれている様だが、彼女がそんな慈善家で無いことは魁世は分かっているつもりだった。
「…ま、それはそうと宗方透も大活躍だったそうだな」
「その場にいなかった軍師役の浪岡為信の代わりだったが、間違いない!透は天才だ。透がいなければこんなに早く目標を達成できなかった。確かに前々から不思議な女子ではあったし、あの場にいたのは完全にアクシデントだったが多分その為信よりも軍師に向いているぞ」
惟義としては為信が軍師に適任と思った魁世が少し不思議であった。
ふと魁世は呟く
「そういえば自称当代一の弓取りの興壱がみえないんだが、どこにいるんだ?」
「あ、言ってなかったか。那須興壱は今海峡を越えた大陸の黒耳長人のところに向かってる。理由は俺たちの義勇軍を支援してくれていた霧島屋ってところから頼まれたんだよ、今回の異種族連合の瓦解を機に友好的な関係をもって欲しいとな。どうやら霧島屋は黒耳長人と交易したいようだな」
ん?んんー?
「なんだ、それ。興壱は帰って来れるのか?」
「うむ!帰ってくる…さ」
「おい学級委員」
「それはそうとお!魁世副委員殿、本来なら我らの軍師となるべきだった浪岡為信は一体今どこにいるんだ?」
「…知らん」
ほれ見たことか。惟義はそんな顔をした。
話が停滞し始めたそんな時、伊集院雨雪と朽木早紀が魁世と惟義のところへ来た。
「随分と話が盛り上がっているのね。何かトラブルあったの?」
雨雪の言葉に魁世と惟義は目で意識疎通をはかる。
(わかっているだろ友よ)
(仔細承知さ同志)
惟義が大して考えもせずに興壱を黒耳長人の支配地に向かわせたこと、魁世が為信の居場所を未だに知らないこと。この二つを雨雪に知られたらまずいのである。
基本的に雨雪に表立って逆らえる人間は少なくともクラスには居ない。それは雨雪が冷徹なれども放つ言葉は正論であり、ほとんどのクラスのメイトが雨雪は無謬の人であると信じていることが理由だった。
今この場にいるのはクラスの頭となる学級委員の面々。
学級委員長 嶋津惟義
副委員 伊集院雨雪
副委員 新納魁世
書記 朽木早紀
雨雪はいつも以上に真剣な声音で喋り出した。
「義勇軍の人たちが接触したドラクル公国軍、ドラクル公ヴァルド・ノヴァーナは貴方達を“殺さなければならない”と言ってきたそうね。森明可の腕時計を見てそう言ってきたんでしょ、つまり私たち別の世界から来た人間“異界人”の全員が殺害対象ってことでしょうね」
魁世は改めて聞いてもこれがかなり重大な事態であると感じた。
この事実を知っているのはその場にいた明可、直、惟義に学級委員の面々であり、他のクラスメイトには事の重大さと吟味のために未だこの事を伝えていなかった。
義勇軍の軍師、宗方透もその時は義勇軍陣地で留守番していたため未だ知らない。知ってることと言えばあの場でドラクル公ヴァルドと占領地に関する条約が無事に結ばれたことくらいである。
なお、領土線引きの条約で惟義と軍師の透は帝国と皇帝の名を勝手に使って結んでいた。これは後に宮廷内で問題となって議題に上がったが、亡国寸前だったにもかかわわず逆に領土を得られた条約内容に特に不満もなく、帝国の名に泥を塗ったわけではないこと、そして惟義たちを英雄として祭り上げる方針となったことで、惟義たちはその点を咎められることは無かった。
「“お主らを殺すことは私の為でもましてや愛する公国のためでもない。この星、世界のためだ。お主らが生きていてはいつまた“奴ら”が空の彼方から現れこの世界ごと火の海にするか分からん。言ってる意味がわからんだろう。だが此方も必死なのだ。すまんがここで死んでくれ“…だったな、一回しか会っていないがあれは本気で言っていたと思う。ヴァルドには…何と言ったらいいのかだが、確かに王の器があるように思える。だから詳しい理由は分からんが俺たちを“殺さなければならい”少なくともここは本気だろうな」
早紀はどうしてこうも不幸が重なるのか、常々周りを呪いたくなる。
殺さなければならない、一体全体なにを言ってるのだろうか。早紀含めクラスメイトは皆来たくてこの世界に来た訳では無い。それなのに今度は少なくとも一人の国家元首から殺害宣言を受ける羽目になるのは余りにも酷いではないか。
とはいえこのまま嘆いて座して死を待てるはど早紀も雨雪も諦めの良い女性ではなかった。
「確かに脅威だけど直近で暗殺を仕掛けたりいきなり攻めてくることは無いでしょうね、なんせ敵の存在を知ったのが昨日の今日であることは彼方も一緒でしょうし、先ずは情報収集から始めるでしょうね」
この件はまた皆で話し合うべきだろう。目の前の事があらかた済んで皇帝から褒美を貰って余裕が出来てからまた改めて考えよう。なのでヴァルドとの一件も取り敢えずは箝口令を敷いておくこととなった。
早紀が用意した白湯(ただのぬるま湯)を飲みながら雨雪はぽつりと呟く。
「そういえば最近見ない人多い気がするのだけど」
人数確認すべきかしらと雨雪が言い出した時には魁世と惟義の額には汗が出始めていた。
魁世はついこの間怒られたばかり、惟義も勝手に未知の地に失うには痛すぎる興壱を無断で送り込んでしまった。
「貴方達何を恐れているのか知らないけれど那須興壱が黒耳長人のところへ向かったことも浪岡為信の居場所が掴めないことも知ってるわよ」
どうやら那須興壱の件は宗方透が、浪岡為信の件は足柄琥太郎が説明済みとのことだった。魁世と惟義は取り敢えず安堵する。正直これ以上に雨雪に怒られるのはごめんである。
「そうそう天城さん、ハイドリヒ天城華子さんが日中どこかに行ってるのよね」
夕飯の時には戻って来るんだけどね。雨雪は付け足す。
今まで“帝国を救う大作戦”といった事柄で一切名前の出てこなかった華子を雨雪が気にする、注視するのか。
それは元の世界での魁世も大いに関係する出来事である。
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