第九話 反撃Ⅰ
出席番号九番
それは確かにその通りだが、彼女にとってそれらの事象は“魔法”という摩訶不思議なものに出会ってからどうでもよくなっている。
クラスの殆どの男子たちは火炎放射や自爆といった想像した魔法でないことを残念がりそれ以上踏み込もうとしなかったが、寧乃は違った。
寧乃にとってこれは高校生活、いや人生初の夢中になれそうなことであった。寧乃は小学生の頃、他の女子と同様に相応に夢を見る女子だった。だがそれは彼女よ頭が良く冷めているが故に社会の諸々に幻滅していく中で失われていった。だが見つけたのだ、自身の追い求めたくなる夢を、過去の自分が夢見た魔法使いになれるのではないか。
現時点で魔法使い同士の通信くらいしか発展していない魔法に何故そこまで期待できるのか、それは既にヴィーマ帝国皇帝の自分達を呼び出す召喚魔法を体感したからである。自分達を呼び出した方法が魔法であるかは実は寧乃の勝手な思い込みであるのだが、これに魅せられたのは確かである。
寧乃はこの世界に来てからすぐに研究を始めた。
皇帝の客人であることを最大限活用し、宮廷魔術師から市井の魔法使いにまで様々な魔法適正のある人たちに取材、教えを乞いに回った。
人間、若く麗しい女性には優しいもので懇切丁寧に初歩的なものばかりだが色々と教えてもらえた。
こうして寧乃はクラスで最も魔法に秀でた人間となった。
これに目をつけたのが魁世である。
この世界にモールス信号にはじまる電子機器による通信技術は無い。GPSといった衛星による探査技術も無い。だがこの世界の魔法はそれをある程度可能にする。
時代的には中世欧州程度にも拘らず、通信能力や探査能力はそれに伍さない。このことは日常生活から戦争に至るまで多くに活用、応用の効くものだと魁世には思えた。
だが同時に、この世界ではこれらの魔法がより有効活用されてはいないと考えていた。通信一つとっても、帝都で魔法通信を扱う部署があるわけでも、ましてや帝国軍にも専門の部隊が存在しない。基本的に貴族の子飼いであり、使いやすいよう制度化あるいは組織化されていないのである。
これは自分達のアドバンテージ足りうるのではないか、自分達ならもっとこれら魔法を合理的に運用できる。魁世は若年らしくそう思った。
魁世は寧乃に“色々”と頼んでいる。後々の多大な支援を約束して。
【こちら高坂寧乃より定時連絡、傭兵団に匿われているクラスメイトは全員無事】
【こちら新納魁世、報告ご苦労様】
寧乃はまだ知らない。異種族連合が瓦解し始めたその時、彼女の力がいかんなく発揮され、超絶激務となることを。
寧乃は潜伏している納屋の隅っこで魔法研究を再開した。
……
…
新納魁世は何がしたいのか
一言で言えば“手柄と名声を得る”、である。嶋津惟義がこの世界にクラスが呼び出された時にクラス中に共有した当面の目標、皇帝の願いを叶えて褒美を得て取り敢えず安全と衣食住の充足を得る。魁世の考えた策の源流はここにある。
手柄を立てるとは当初から皇帝より求められていた“皇帝の御息女二名を無事に帝都包囲網から逃す”と“目下の帝都包囲中の異種族連合軍を撃破すること”、撃破するとは即ち“帝都包囲を瓦解させる”“帝国領から敵軍追い出す”“当面の帝国の安全保障”の確立である。
これらを達成するために魁世がひとりでに考え出した作戦が秘匿名“帝国を救う大作戦”だった。
そもそも敵は十万、彼らにはヴィーマ帝国のけなしの一万の兵の指揮権もノウハウも何もかも無い。普通に考えてできることは無い。
魁世は自分達のクラスの力を信じていた。無条件では無い、魁世なりの分析と知見によるものでありクラスメイトを縦横無尽に活用すれば必ず為せると確信していた。とはいえ魁世のクラスメイトに対する期待度が高すぎる部分が過分にあったが。
残念なことに殆どのクラスメイトは魁世に縦横無尽に使い倒されることを知らない。ただ二人、魁世の股肱の友、出席番号五番足柄琥太郎、出席番号十八番新田昌斗を除いて。
……
…
その守備兵にとってそれは職務上当然のことであった。
上司の守備隊長が攻撃しろと命じてきたから攻撃した。ただそれだけである。
だがその守備兵は数日後にとある男に、集団に“魅せられる”ことになる。異国の童謡、何某の音楽隊の様に列をなして恐れていた筈の異種族の軍勢に隊伍を成し、槍を並べて狂った様に突撃した。
守備兵は思い出す。耳長や角付きから人間を守護する帝都の千年城壁、この城門をこじ開けて盗んだ馬車で出て行く集団のことを。
馬車一台に馬を四頭も使って引かせるという豪勢っぷり、その速さには守備兵の弓矢も追手の警備兵も届かない。
いや、今そんなことはどうでもいい
兵士は満面の笑みで突撃する。
先頭は自分達をこの平原まで“呼び寄せた”男。
「行くぞぉ!突撃イイ!!」
それに連なる幾千もの声
今まさに彼らは先日まで自分達を追い詰めていた異種族を逆に追い立てる猟師
いや略奪者か
名前は確か、コレヨシ・シマヅだったか。
……
…
「略奪者?まあそんな見方もあるだろうな」
惟義は馬上で大空に向かって呟く。
後ろには何千と帝国兵士、傭兵、武装した市民といった者達が列を成す。それは隊列と呼べる様なものでは無い、惟義はその光景に前の世界で開店前のラーメン屋の長蛇の列に並んだことを思い出した。
魁世の考えた“帝国を救う大作戦”、魁世にとってこれは自分もとい自分達のクラスが栄達するために考えた策である。惟義は現在その作戦の内容の一つを実行中であり、この作戦はこの世界に来て皇帝から依頼を受けた次の日には別の男子二人に共有しその後に惟義含む一部のクラスメイトに伝えている。
伝えていない人もいる、伊集院雨雪がその代表格だった。
『ふむぅ、俺以外に誰がソレに参加するんだ』
『主要メンバーとして明可と直、興壱、参謀として為信、惟義を総大将とする。野郎ばっかで不満なのか?』
『そんなことは無いが…、魁世はなにするんだ』
『え僕?そりゃあ秘密よ』
『…まぁ俺はどこか頭たりんから副委員長の思う様にしてくれ。先ずは傭兵団団長アムソトン・キゾ?って人に俺たちを売り込みに行くんだよな』
『それでは嶋津惟義閣下、頼みましたよ』
惟義は自分が考えることよりも本能を優先する人間であることを自覚している。だがそれでも経験則として知っているものがある、人はなにか無理難題を押し付け又は告げる時、大抵へりくだって喋ったり敬称を使ったりすることである。
時間は戻り、馬上の惟義は傍らにノートを持っている。それは魁世の作戦の惟義のすべき事項、流れ、その他必要な情報が詰まっている。
そのノートには傭兵団、帝国軍兵、帝都市民、その他難民に対して行なった演説の内容も入っていた。
場所は帝国軍帝都守備隊駐屯地、突然現れた男、惟義を守備兵たちは取り押さえようとするが出来なかった。何故なら惟義の隣にあの傭兵団団長がいたからだ。どの時代でも一軍の将とは尊敬され、優先権を持つものである。
その傭兵団団長はクラスの半数が潜伏していたあの傭兵団の団長だった。突然現れた惟義の言葉に兵士たちは聞かざるおえない。
惟義は魁世の書いたそのノートのそのままに突如として演説を開始する。
“帝国臣民ならびに帝国軍人の諸君、私は今上皇帝陛下より密勅を受けた惟義である”
“そうだ、今現在指名手配を受けている者だ。だがどうか今は私の演説を聞いて欲しい”
“…あの強靭でしたたかな耳長や角付き共の兵力は凡そ十万、こちらは僅か一万と少し”
“……勝てる訳が無かった、だが諸君らは耐えたのだ。我々人間は力も知識も平凡だ。だが相手がどんなに魔術に長けていようと、精強であろうと、我らは耐え忍んだ”
“城壁の外を見てみよ!地平線を覆い尽くす様な大軍は崩壊した!これが為されたのは何故か、それは我らに正義と!確固たる信念があるからである!”
“次にどんな敵が待ち受けようと、どんな受難があろうと、我らは必ず勝利できる。それは個々の胸に正義と帝国の誇りを持つ限り”
“さぁ諸君!叫ぼうではないか、帝国万歳と皇帝陛下万歳と、凱旋歌は今こそ鳴り響く!進め!進め!憎き異種族を背後から強襲だ!全軍全勢力全力をもって追撃する!…”
後にこの演説とその後の軍事行動は半ば伝説として語り継がれることとなる、ほぼ身分不詳の男に傭兵団は団長を挙げて全員が協力しその仲間達に触発、そして感化された帝国軍下級兵士、下士官は上官の制止を振り切り、帝国避難民や帝都臣民は精一杯の武器と食糧を準備して惟義と愉快な仲間達の戦列に加わっていくことになる。
まるで啓蒙された巡礼者たちの如く、彼らは惟義達二年一組と共に、謎の敗走を始めた異種族連合軍を追撃し始めた。
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