第十話 反撃Ⅱ
魁世はこれらの行動は帝都、ひいては帝国の使えるだけの兵力、物資、その他諸々を根こそぎ抽出し二年一組の戦力として組み込むことを目的とした。
惟義の行動のみ正確に言うならば、基地に隠遁中に傭兵団団長を自身の軍事行動に参加、協力して欲しいと働きかける、つまり説得を事前に行った。
惟義は傭兵団団長の説得も魁世のノートを最大限使って成功させた。後の人々は惟義たちが義勇軍を率いることができた理由は惟義自身の人間的魅力、謎の惹きつける力だと言った。
今のところ魁世の策謀に蚊帳の外の雨雪だが、決して魁世が雨雪のことを嫌いとか戦力外と思っている訳では無かった。
同時刻に魁世と武瑠、クラスメイト女子三人は帝都からも壊走中の多種族連合とも離れた荒野にいた。
二日ほど前の夜、白耳長人または銀耳長人の総氏族長にして多種族連合盟主のエノキ王スルタール(魁世命名)を女装した武瑠が誘惑してすかさずエノキ王の武器を奪って脅して人質化、“耳長人の兵糧を全部焼き払え”と交渉、脅迫した。
結果として白耳長人の軍はエノキ王のために要求通り兵糧を破却焼却し、魁世と武瑠はエノキ王スルタールを解放した。
そして全力で馬車を駆って耳長人の陣営から脱出した。
行き先は帝都では無い。帝都では皇女誘拐と外患誘致のお尋ね者だからである。異種族連合は論外。なら人気の無い荒野や林野原しか無い。
魁世達五人はここ一日一夜はそこで半ばサバイバル生活であった。
男子二人女子三人が一つ夜空の下、なにも起きない筈もなく。
「カイセーお腹すいた〜」
そう魁世に猫撫で声でねだるのは出席番号十番
(ミミじゃなくてメイメイね!)
そうして焚き火を囲んでいるのは美美の他に二人、出席番号十一番
「ツルもグーってお腹が鳴ってます!」
鶴夏は他の女子二人よりも二回り以上背丈もなにもかも小さい。そして言動からも分かる純情さから、クラスではマスコット的な人気を誇る。自他共に呼ぶ愛称は“ツル”、なお鶴夏の由来はポーランド語から来ている。
鶴夏は雨雪の云う魁世の態度の“妙に腰の低い女子”のひとりであり、理由は定かで無い。魁世からすれば鶴夏は基本的に毒気が無いように見えるので物腰柔らかくなるのは寧ろ当然では、そんな具合である。
鶴夏も美美もクラスの中ではいつもテストで赤点ぎりぎりを取るタイプの人間であるが、八田藍の場合は違う。
美美も藍もかなり容姿容貌が整っており、金髪で丈ぎりぎりを攻めたスカートを着こなすような美美に対し、藍はそこまでである。
服装だけでなく頭もかなり違う。藍は複数ヵ国語を操る才媛であり、間違っても美美や鶴夏のようにテストで赤点回避に勤しんだり、魁世のように一夜漬けでなんとかする人間では無い。
魁世の身近に凍てつく視線を送ってくる人もいるが、藍に関してはどちらかと言えば達観した様なそれでいて少々馬鹿にしたような視線を送る人である。美美や鶴夏と話す時はなんとも楽しそうである為、自分と話す時に一段彩度の下がる目を向けてくるのはどう云う了見なのか知りたい魁世である。
「今回のことはちゃんと伊集院に話してるの?」
ほら、こうやって痛いことを聞いてくるのが八田さんですよ。
「そりゃあ、まぁ覚醒した手に入れたテレパシーでね、はい」
「どうせ怒られるのが嫌で言ってないんでしょ。早めに情報共有しておかないと後悔するかもよ。」
「そこはね、琥太郎に色々頼んでいるから。問題ない」
「へぇー」
出席番号五番足柄琥太郎に色々と頼んでいるのは事実である。“帝国を救う大作戦”を伊集院雨雪に知られてはならない、なので“なんとかしといて”とお願いしている。
「ここまでが作戦通りなら天才魁世くんは相当の策士ね」
「お褒めに預かり至極恐悦」
「それを個人的理由で特定の人に隠蔽して、当人の意思関係なく“良い事した”と思ってる天才くんはかなりのエゴイストって気づいたかも」
そんなこと言われましても。魁世はそう思う。自分の周りにいない雨雪含むクラスメイトの生存確認、行動については高坂寧乃が把握して逐一報告してくれる。その魔法とやらを使って。それで問題は無いと思っていた。
そんな魁世の思考に藍は水を差す。
「天才くんは、自分はなんでも出来ると思っているんだろうけど、天才くんが理解できてない事は案外多いかもね」
否定しようとした、だが魁世は思い出してしまった。
「もしもだ、もしも仮にそんな事があったとして。それは何だ?」
「魁世、ニーチェって知ってる?」
唸るような夏の終わった頃の放課後、雨雪は話しかけてきた。
「アレだろ、“神は死んだ”ってやつ」
魁世はそれしか知らなかった。
「ヨーロッパの実存主義の先駆けとして、ニヒリズムを説いた人よ。ありとあらゆる存在を否定してそれらの価値をも認めない考え方」
魁世は雨雪が何を言いだすのかと思えば、そう思ったが取り敢えず聞いてみる。
「ニーチェはあなたの言った通り“神は死んだ”と言って神の存在を否定し、次に倫理や道徳、理性を否定したの。そして最後はニヒリズムまでも否定しようとした」
雨雪は黒く輝く瞳で魁世を見つめる。
「何が言いたいのか分からないって顔ね」
「悪かったな、僕が博識じゃなくて」
「そういうことを伝えたい訳じゃないの。ただ、そう、そうね、何が言いたいんでしょうね。わたし」
それはこっちが聞きたい、魁世としては浅からぬ縁を持つ雨雪がこんなことを言ってくるのは今回が初めてであった。つまり正直やめてほしい。そう思った。
不思議な奴はクラスにひとりで十分なのだから。
「ごめんなさい、何を言いたいのか忘れてしまったからあなたも今の会話忘れて」
ふむ、そんな事言われて忘れる訳ない。
「まぁまたなんかあったら言ってよ」
それしか言うことが出来なかった。
あれは今思えば雨雪の魁世への何かしらのメッセージだったのではないか、こんな状況下だからこそ魁世は考える。だがこれがなんの意を持つものなのかという肝心の部分は考えても分からなかった。
「やっぱ答えは教えてくれないのか?」
魁世の問いに八田藍は彩度の下がった目で魁世を見つめて言う
「そのくらい自分で考えたらいいじゃない?天才くん」
残った手段は頭を掻いて誤魔化すしかない。魁世はすっかり陽の落ちた空を見上げつつ夕飯の準備を始めた。
……
…
これは学級が別の世界に来てからを記した日誌です。
書いているのは基本私、朽木早紀です。
ここ数日は色々と起きてますけど、記録に残しておくのは後々の為にも学級書記の私としても大事と思って書こう思い立ちこうして筆を取っています。
ちょっと斜に構えた文章はここまでにして、今日起きたことを書こうと思います。
私達が現在帝都の傭兵団の基地に隠れて暮らしてるのは前述のとおり…ではないですね、今日書き始めたから当たり前ですよね。この基地にいるのはクラスの半分程度で、他の人が何処で何をしているのかはよく分かっていません、とても不安ですが今の私たちの立場が立場なので迂闊に探しに行くこともできません。話を戻してそんな生活が始まったかと思ったら今度は突然惟義さん達男子が傭兵団を率いてどこかへ向かい始めました。いつの間に傭兵団のみなさんを率いる立場になったのかは置いといて、“多種族連合の帝都包囲が崩れた!今こそ追撃の時!”と言って人数を増やしながら帝都の城壁から出ようとするだけで意味不明ですし、帝都包囲が解かれたとかなんで知ってんのって話とか言いたいことは山ほどあります。当然雨雪さんもカンカンです。
「何考えてんの?」
敬語も使わない雨雪さんは、魁世さんとの会話の時か怒ってる時と相場が決まっています。
惟義さんや直さん、明可さんは何やら説明しようとしていましたが、途中で「琥太郎よろしく」と投げていました。
琥太郎さんは事前に聞かされていたのか、流れるように惟義さん達を止めようとする私たち二人の間に入ってきました。琥太郎さんも説明しようとしたら何かを思い出したかの様に黙り出して、私たちに言いました。
「ご無礼をお許しくださいぃ」
琥太郎さんはいきなり私たち二人を担ぎ上げて、その場を後にしました。もう雨雪さんブチギレ、私もかなり驚きましたけど雨雪さんが“下ろしなさい!”って大声あげてる方が驚きました。
その後私たち二人は基地の中の小部屋に小時間監禁されられました。琥太郎さんは外からずっと“すいません、すいません…”って謝り倒してました。
その後解放された時には既に落ち着いていた雨雪さんは琥太郎に“あくまで穏便に”事情を聞こうとしていましたが、琥太郎さんは大きな体を縮こませて「すみません、終わるまで言えないんです。」と言うばかり。しばらく押し問答が続いて、何かに納得したかの様な雨雪さんは体中にお怒りの気を振り撒きながらどこかに行ってしまいました。
多分今日のことは今ここにいない魁世さんの考えたことだと思います。雨雪さんもそれに気づいて凄く不機嫌になったんだと思います。魁世さんはかなり危ない橋を渡って何かをしようとしています、それを相談もなく勝手に決めて、勝手に他のクラスメイトに伝えて、勝手にそれを始めたことに怒ってるんだと思います。あ、もしかしたら魁世さんに勝手に心配されて秘密にされたことの方に怒ってるのかもしれません。
夕飯の時も雨雪さんは不機嫌そうでした。
これからどうなるんでしょう。
……
…
第二皇女フラーレンは額に汗を滲ませながら木漏れ日の指す林の中を歩いていた。姉の第一皇女メーリアも大人しく後ろから付いてくる。
フラーレンとメーリア、別の世界から来たという“キッカワ”と“オオシマ”と共に逃亡生活を続けていた。当初は船に乗って逃げると聞いていたのに突然夜中の海に放り出され、必死に泳げと言われて必死に泳ぎ、岸についた頃には後ろにあった船は何故か大炎上していた。フラーレンは皇族、しかも今上皇帝の実の娘であることから所謂“針より重いものを持ったことがない”程は言わないが、少なくとも野宿はした事が無かった。だが案外楽しいものであり、キッカワと名乗る自分と同年くらいの女性ともそれなりに会話ができる様になってそれなりに状況を飲み込めていた。
自分達は帝国の危機に際し、帝都を脱出して西側の人間の支配する国に向かっているのだと。
メーリアには疑問だった。一つ目に何故わざわざ船から降りて泳がねばならなかったのか、何故フラーレンはその夜からずっと不機嫌なのか。
細かく言えばもっとあったが、身の回りの安全といった諸々はキッカワに、荷物運びといった雑務をオオシマにしてもらってある以上、あまりどうこう言うのも憚れた。
妹のフラーレンは違ったが。
不機嫌な妹が言うには、あの船にいた“ニッタ”と名乗る男に海に放り投げられたらしかった。寒くはなかったとはいえ夜中の海である。せめて一言くらい言って欲しかったのだろう。
そのニッタは今ここにはいない。そういえば船を動かしていた水夫もいない。
彼らはどこにいったのだろうか?
とはいえフラーレンとメーリア二人では生きていけない以上、キッカワ達に従うしか無い。
父上のいる帝都もどうなっているのか。
心配しても確認する方法は無い。だがメーリアは帝国帝室の一員であり、いざとなったら亡命政府の一つは率いなければならない。
メーリアは林の中でひとり決心した。
群蒼列伝 大ミシマ @omishima
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