第八話 寵童

銀耳長人、彼女らはそう呼ばれていた。


 人間よりもきめ細やかな肌に艶のある白髪、特徴的な長く先鋭化した耳に個人個人で異なる藍、翠、琥珀色の瞳。そして不老長寿。


 銀耳長人は魁世達の調べていた“魔法”に長けていると言われている。だがそれは魁世達が思っていたようなものでは無かった。魁世はてっきり火炎魔法だの爆発魔法だの派手で攻撃的な魔法が存在するかと思ったが、実際は相手の気配がわかるとか、他動物と多少コミュニケーションがとれふといったなんとも地味なものであり、数キロ先の何かが見える事や魔法適正者同士で遠隔通信が可能といった驚きのものもあったがそれでさえも魔法適性者の皆が使えるわけでもないと分かった。


 とはいえ人類の十人に一人程度、複数魔法が使えるものはもっと少ないのに対して、銀耳長人は種族の殆どが魔法適性がある。人類との優位性は明らかだった。


 白耳長人こそが現在帝国を包囲している多種族連合の盟主的存在であり、その白耳長人の総氏族長エターニテ・スルタール十二世こそが諸族を纏め上げ、連合を率いるまでとなった覇者にして盟主王である。




 魁世はスルタールを見た時、まず最初にエノキを思い出した。そうあの鍋などに使うエノキである。自分の感覚が間違っているのかもしれないが、艶のある銀髪というより、どちらかと言えば髪を洗ってないから頭皮の脂でテカっているだけなのではなかろうか。

 魁世はどうもこの世界の美的感覚と自分の感覚の差異を感じずにはいられない。


「我らを匿っていただき有難うございまする」


 魁世は目の前のスルタール十二世に平伏していた。


 ここは帝都を包囲している多種族連合、それも盟主の天幕の中である。まさかここまでとんとん拍子に事が進むとは思っていなかった。


「面を上げよ人間」


 魁世は目線は下げたままに頭だけほんの少し上げる。


「貴様のもたらし情報によって我らはあの千年城壁に風穴を開けることができた。しかも大きな風穴だ」


 スルタールは両手を広げて表現する。


「あの、先祖の攻撃を幾度となく跳ね返してきた壁を我の代で打ち破れたことは望外の喜びなのだよ。わかるかね人間?」


「ははあー」


 魁世はただ畏まるばかりである。

 今はとても機嫌のいいスルタール十二世だが、途端に苛烈になり事あるごとに忠臣の諫言を無視しては、そのまま忠臣を斬り殺したことで有名な王である。魁世のここでの目的はこの気分屋の王のご機嫌をとることでは無い。余計なことを言って文字通り首が飛ぶ訳にはいかないのである。


 魁世の後ろでは既に今回の千年城壁を物理的に破壊できたことのちょっとした戦勝祝賀会の準備が慌ただしく行われていた。魁世も“千年城壁に劣化した場所あり”との情報を伝えたとしてこのちょっとした宴に呼ばれていた。

 この宴会に出ている料理は戦場にも関わらずやはり総氏族長なだけに元からこの世界の住人でなくてもわかる豪勢な料理が絨毯の敷かれた床に並んでいた。

 スルタールはもちろん最奥の上座、そこから各族長や高位の部隊長が序列順に床に座る。魁世は末席も末席に座った。なおこの宴会に他種は参加していない。それは他種の王達は現在ドーラ帝国首都包囲の真っ只中の戦時であり小規模とはいえ宴会なぞもっての外、という理由づけだが実際は単にそこまでスルタールと仲が良くないのが本音である。今回のドーラ帝国侵攻もスルタール達銀耳長族達は人類への反攻をお題目に掲げているが他種族からすれば異種族連合も今回だけの同盟であり、一応スルタールを盟主としているが単なる略奪戦争である。


 雰囲気としてはモンゴルのゲル風の内で地べたに座って料理も地面に皿のまま直置きのものを皆で集まって食べている。これもまた魁世の好き嫌いだがあまりにも脂っこいもの、味の濃すぎるもの、如何にも質より量に比重をおく料理はあまり好きではない。


 スルタールの側近らしき者が乾杯の音頭をとる。その後魁世はまた頭を床につかんばかりに下げてスルタールに向きなおる。


「本日は私の方から踊り子を連れて参りました。どうか披露させては貰えぬでしょうか」


「ほぉ、見せてみよ」


「それではどうぞ、私めの厳選した踊り子達です」


 突然流れ出す音楽


 天幕の外から美麗な衣装を着た少女達が踊りながら現れた。 


 いやそれは“舞”という表現が正しいだろう。


 この世界に天女という言葉があるかは分からない、だが呼び出した魁世も見事としか言いようが無い装束と舞に思わず息が漏れた。


 舞っているのは四人、四人とも食事を忘れてしまうほど美しかったが、その中でも一際美しい少女が盟主王の前に踊り出る。


 その動作運びは小川の流れの様に自然で、蝶の様な美しさと慎ましさ、流し目はなんとも物思いげで盟主王スルタールの目線はその少女から離さなかった。


 スルタールはなんでもなく手招きする。

 目の前の少女もスルタールに拝礼すると傍に寄る。

 スルタールは少女を抱き寄せる。

 そして魁世の方向は全く見ずに、少女へ顔を向けたまま話し出す。


「カイセよ、お主は我らに敵の重要情報を持っていただけでなく、こんな美しいニンゲンも持っていたのか」


「ははぁー、盟主王様の宸襟を帯びるまでに御座いまする」


 魁世はあまり意味の分かっていない言葉を使った。

 スルタールは上機嫌なのかふっと鼻で笑う。どうやら悪い意味ではなかったようである。


「しかし、本当に美しい。余にニンゲンを食う趣味は無いがこれは本当に食べてしまいたくなる」


 スルタールに抱き寄せられている少女は頬を赤らめ、伏し目がちになる。


「名前は?」


 スルタールの質問に魁世は口を開く。


「その者の名は、乃神武瑠と云います」


 魁世が言い終えるまでの数秒、ほんの数秒のうちのことである。


 少女はスルタールに抱きついた。スルタールはそれを拒ばなかった。スルタールも周囲の家臣、傘下族長たちもなんとも思わなかった。


 だが次の瞬間、少女の手にはスルタールの腰にあったはずの愛剣が握られていた。その細い腕は盟主王の首を挟んでいた。


 そして少女はその剣をスルタールの首にぴったりと寄せた。


「ある宗教過激派武装組織の元少年兵、得意なことは踊りと戦いです」


 魁世は口元を僅かに歪める。


 周りの者たちは激昂し、剣を抜こうとする。


「ちょーと待って下さい、剣は鞘にしまって席に戻って。大きな声も音も出さないで。そこの踊り子達に武器を渡して。言うこと聞いてくださいよ」


 魁世は盟主王の座っている上座に向かう。


 未だ座って身動きの取れない盟主王の前に立った。


「要求は簡単です。みなさん白耳長族の備蓄している兵糧、これを全て焼き捨てて下さい」


 盟主王は声を荒げようとするが、なぜかできない。体格にも自身があった筈だが先程からあの華奢な体にはあるとは思えない力で押さえ込まれている。


 少女の眼は正に獰猛な獣、口は溶けたチーズのようにおどろおどろしく裂けたように嗤っていた。


 自身を拘束している少女が初めて声を出す。男性とも女性ともとれる不思議な声で。


「驚いたぁ?コレ、罠でしたぁ〜残念ぇーん」


 少女、いや武瑠は舌を出して言った。

 スルタールは武瑠の表情に思わず息を飲んだ。


「あ、ついでに私たちが帝都に帰るまで決して危害を加えないこと。そうすれば盟主王は晴れて解放されます」


 魁世の言葉に家臣達は目を彷徨わせ始めた。


 


 魁世はこのやり方を元の世界にあった古代の神話から着想を得た。それは中央から来た若き皇子みこが辺境の豪族を従わせる際に、族の頭目に宴席の中で姫に変装して近づき、酒を飲ませて酔わせ油断したところで隠していた刃でもって屈服させた。なおその時にその若き皇子は昨今にも伝わる有名な名を得た。


 ……


 …


  帝都ではここ数日に様々な事が起きすぎている。


 皇女誘拐に始まり、謎の皇帝客人の遁走、謎の客人の一部が馬車を強奪して城門を無理矢理強行突破、城門の弓兵は弓をさんざんに射掛けたがその者たちは異種族連合の野営地へ向かってしまった。次の日に秘匿していた筈の千年城壁の不良部分が異種族連合に攻撃され、なんとか撃退したものの弱点を知られたことは決定的な痛手だった。重臣たちは耳打ちし合う。これは恐らくあの馬車を奪って逃げた者たちが異種族に伝えたのだろう。皇帝の客人でもあったにも関わらず、恩を仇で返す行為に帝国廷臣たちは怒った。皇帝はただ瞑目するばかりであった。


 未だに誰一人皇女誘拐の最容疑者達が捕まっていないことは重臣達を苛立たせたが、苛立ちが治ろうとなかろうと異種族連合の包囲が解かれる様子は無い。

 その筈だった。


 突如異種族連合の包囲が崩れ始めた。いや、まるで“何かを焦っている”ように引き上げ始めた。先日謎の黒煙が異種族連合から出たあとだったのでどうも相手の心理を理解しかねていた。

 喧々轟々と議論はするが、大して何も決まらない御前会議にて、廷臣達に驚くべき情報が舞い込んでくる。


「傭兵団が出陣した、だと?」


「傭兵団だけではありません、帝都の我が軍だけでなく帝都臣民の有志の兵も加わり、出陣した兵の数は今も増え続けています」


 帝国上層部は軍になんの司令も出していない、何よりその軍の司令官たる貴族もこの御前会議に居合わせており何故どうして出兵したのか分からなかった。


「出兵…いや命令違反の兵達は誰に連れられてどこに向かったのだ?」


 国務尚書のハウゼンは伝令してきた数少ない帝国兵士に問いかける。


「そ、それが」


 兵士は言い淀む。まるで自分の見てきたことが信じられないように。


「兵士達は導かれました。自分達を義勇軍と称し、軍を率いて敗走する異種族連合を背後から強襲し帝国と皇帝陛下御身の為に戦う。そう喧伝しておりす」


 信じられない光景を見てきたような兵士の貌はとても嘘をついているようには見えなかった。

 重臣達にはますます分からなくなった。

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