第七話 作戦開始
???
「近江吾郎中尉、第一空挺団より参りました」
士官服をきた若い男は執務室に入るなりそう告げた。
執務室の長はその男を見るなり話出す。
「先日“下界”より別世界から下界への“回廊移送”が観測された」
准将は先任中尉に説明を続ける。
「最高評議会はこれの介入を決定した。貴官にはその任務に当たってもらう。」
「発言の許可を小職に頂けないでしょうか、ヒノ准将閣下」
「許可する中尉」
「任務というのは、先例通りその異界人の抹殺でしょうか」
「もしくは我等ドミトリーズのために働けそうなら半分生かして、半分殺害する」
准将は自身の大きな机にホログラムを表示する。
「この大陸と大陸の間の国家、ここで観測された。恐らくこの国に残っていた回廊移送権限を持つ者がいたのだろう。ここに一個小隊を率いて向かってもらう」
「使うのは回廊ですか?特異点ですか?」
「特異点を用いる。故に一個小隊、四人しか派遣できないし、迎えも艦隊に帰る方法もない。この任務は拒否もできるが…」
「いえ問題ありません。小職は軍人であります。任務を受ければ小職のできる限りを以て遂行致します」
「そうか、詳細はまた別途送信するが人選は任せる。特異点発現は明朝0500、思い残すことがないようにしておけ」
「畏まりました。」
中尉にとってこれが軍人最後の仕事となるだろう。その世界へ行けばもうこの世界には戻って来れない。そこで新たな人生を歩むことになる。
中尉は背筋を伸ばし、准将は席から立ち上がる。
「ドミトリーズ世界政府万歳」
「ドミトリーズ世界政府万歳」
二人は敬礼した。
……
…
帝国国務尚書、ハウゼンは皇帝に謁見していた。
「皇帝陛下、謀反人の不始末はこのハウゼンにお任せくださいませ。」
「…そうか」
皇帝の客人は皇女を誘拐したとして、指名手配となった。ハウゼンは皇帝の客人が現れた時点でなにやら怪しいと踏んでいた。しかしまさかここまで分かりやすい悪事を起こすとはハウゼンも思っていなかった。
「皇帝陛下、今後とも我等は忠節を尽くして参ります。内務尚書として今まで以上に政事に邁進していく所存であります」
意訳すると『余計なことをするな、私が全てを差配するからお前は椅子に座ってるだけでいいんだよ』である、その意図の汲み取れる他の廷臣達はこのハウゼンの言動、行動に歯軋りする。
ハウゼンは野心家であった。一貴族から内務尚書という国政全般を担う職務を与えられるまで宮廷工作、謀略の限りを尽くしてきた。だが帝国への忠誠心は本物である。奸計を好む奸臣は落日の国家に仕えようと思わない、故にハウゼンはある種の忠臣であった。
「未だ謀反人は捕まえられておりません、ですが必ず皇女殿下お二人を救出しこの帝国に安寧をもたらしてみせまする」
ハウゼンは慇懃に礼をした。
皇女がどうであろうと目下の帝都を包囲する異種族連合との情勢に変化は無い。
帝国、特にハウゼン含む宮廷上層部はこの状況を打破する方策を模索していた。西方人類諸国への援軍要請がその最たる例である。しかし今のところめぼしい人類による援軍の兆しは無い。実は西の大陸に位置する半島国家群の商業国家より利子付きで食糧といった支援物資、傭兵団を送ってもらっている。なおこれは異種族連合による帝都包囲後のことであり、異種族連合は陸路は封鎖できていても海上通路は封鎖できないという海上戦力の無さを露呈することにもなった。だが帝国はその異種族の短所を知ってもなお有効な手立てを見出せてはいなかった。
不安や不満は帝都市民、避難民、帝国軍軍兵、傭兵にも広がっている。
ここは帝都の東側、東の大陸に位置するここは西側ような王城や荘厳な屋敷、礼美な宗教施設は少ない。様々な民族、種族が住みつき犯罪も西側より多く、雑踏としている。だがそれによる様々な物産の集積という観点から商業の発展の著しい場所であった。
ここには帝国救援のために南西の商業国家より派遣された傭兵団の基地がある。基地と言っても帝都のそれらしい大きな建物を接収してそこを居住地としただけの場所であった。
現在ここに元二年一組の大半が隠遁していた。
皇女を乗せた秘密の船が事故か意図した何かで炎上、大破。これは皇帝の依頼を受けた二年一組が秘密裏に行っていたことであったが、夜中に延々と燃え盛る謎の船に姿を消した皇女二人という様々な要因からハウゼン率いる廷臣達は事の真相に辿り着いた。
本当にそうだろうか
何か別の人為的な何かが働いているのではないか
いやむしろ
「魁世はどこ行ったのよ」
この傭兵団施設に隠遁できているのは二十三名の内十三名、学級副委員長の新納魁世含め残り十名の行方はよく分かっていなかった。
雨雪にとってこの状況は非常によろしくない。だがここから打開する策はそうすぐには思いつかなかった。
雨雪はふと周りを見渡す。
視線の向こうでは出席番号二十二番
周りの傭兵団の者達は様子を息を殺して見つめる。
一矢目、的の真ん中、ど真ん中に吸い込まれるように突き刺さる。
二矢目、また的の真ん中に突き刺さる。
三矢目、他の二矢の隙間に的中した。
そして上がる歓声
興壱は笑ってまた四発目を的中させることでその歓声に応える。
観衆の傭兵達はその弓の技に沸く。
興壱は馬から降りて傭兵達と“また”酒を汲み代わり始めた。
この流れが先程からずっと繰り返されている。正直何故こいつらは飽きないのかと雨雪は思う。
だが興壱のコレで雨雪達は傭兵団の元に隠れることができていた。
話は雨雪達が転移した当日に遡る。
雨雪達は転移し、皇帝から屋敷を与えられると同時に情報収集といった行動を開始した訳だが、那須興壱もその部類であった。いや興壱は別に雨雪や魁世の言っていたことにそこまで興味があった訳では無く、興壱が傭兵達の駐屯地に足を運んだのも大した目的があった訳では無かった。
当初不審者か何かと思われた興壱だったが、なんとはなしに弓術の話になりそのまま自身の弓の腕前を見せただけである。
「へぇ、やっぱ弓の大会とかあるんだね」
「おぉそうともコウイチさん、あんたがうちの国で開かれる大会に出たらきっと一等賞だな」
興壱はその中性的な貌を綻ばせる。
はじめは小僧とかボウズとか呼ばれていた興壱であったが、弓の腕ひとつでこの傭兵団でも一目置かれる存在となっていた。
そこからの現在である。
興壱が自分達を当分帝国から匿ってくれと傭兵団長に頼んだ結果、雨雪達以下十三名はこうして先日の屋敷暮らしとは比較にならない程貧しいが、保証されていた。
いや匿ってくれただけありがたいと思うべきなのだ。
雨雪は自分達の目下の状況がいかに危険なものであるか理解しているつもりだった。十三人のうち女子も勿論いる、しかも若い。
傭兵団が匿う代わりに何を要求してくるか分からない、現状なにも求めてこないことを途方もない幸運と感じるべきであった。
「なんで帰ってこないの」
とはいえ魁世、魁世以下十名の行方が知れないことが雨雪には途轍もない不安であった。
ここまで孤独を感じるものなのか、雨雪は目の前でパンとスープにありつけている他のクラスメイトを見てもなお鳥肌が止まらなかった。
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