第六話 ファーストコンタクトⅡ

雨雪と魁世は一つ目の皇帝からの依頼もとい勅令を実行することにしていた。皇帝の御息女二人を人類諸国家のある西に逃すことである。その方法についてはまず、この帝都及び対外情勢から考えなければならない。二つの大海を断つように大陸西と大陸東から伸びる半島の先にそれぞれ都市が築かれ、双方から架かる大橋は物流その他諸々を繋ぎ、同時に西の大陸、東の大陸を繋ぐ主要街道がそこを通る。こうした西と東の文化、交易を繋ぐ都市二つを総称して帝都と呼ぶ。その西側にあるのが帝城であり魁世達の屋敷である。異種族は東から侵攻した様だが方々への聞き込みからどうやら異種族は海路を使って反対にも上陸、西も東も都市及び城壁に沿って包囲され、陸路は完全に封鎖されている。なら残された手段はひとつ。


「船を調達して西へ逃げる、普通に考えてこんなところか」




「それも敵からも味方からも察知されずに、ね」


 現在帝国存亡の危機に帝都に残っている帝国軍は僅か一万足らず、対する異種族は十万と普通ならこの状況になる前に対処するか無理なら帝都から脱出している。なぜそれをしないのか、それは帝都が“千年城壁”しかり帝国建国と同じく一千年以上の歴史を持つ帝国そのものであり、それを失陥することは例えば帝室が残っていようと帝国の滅亡を意味する。そんな場所である帝都に残っている廷臣達は本当の忠臣であり、帝国と一心同体である帝国国民や廷臣達の手前、皇帝が我が娘可愛さに皇女二人を逃すなど帝室の存続がどうであれ許されざる行為であり、露見すれば首謀者の皇帝は問題なくとも実行犯の異界人二年一組全員死刑となる危険性があった。だが矛盾するようだが皇帝の血脈が絶たれないよう逃すのも重要である。


「だから皇帝陛下は私たちを秘密裏にわざわざ別の世界から呼び出した。あくまで客人ということにしてまで一定の社会的地位を与え、自由に動けるようにする」


 雨雪は白湯の入った器を手にする。このぬるま湯、この世界での衛生状況を鑑みた雨雪がクラス全員は原則として煮沸した水しか飲まないことを通達したことで生まれた飲み物であった。


 だが魁世としてはまだ何か皇帝には思惑があるように思えた。だがその考えに明確な根拠は無く、雨雪に言ってみた時には「貴方にはなんでも怪しく感じるようね、警報器みたい。」と言われるのがオチである。


「船及び船員は調達できたわ、極秘で滅亡の危機と言っても皇帝のネームバリューって凄いのね。」




「もうそこまでできたのか、やっぱ雨雪はすごいな」




「凄い?貴方が怠慢なだけじゃないの?」




「…帝国を救う大作戦の方はですね、誠意検討中ということでぇ…」




「意気込みは認めるわ、その根拠のないやる気は並大抵の人には無理よ」


 雨雪にとって帝都がどうとか異種族がどうとかそれ自体は問題では無い。故にこの件に関してはそこまで重要視していなかった。なぜなら


「それにあくまで選択肢だけれど、この皇女脱出が成功すれば私たちも此処を船で脱出するもの」


 雨雪の皇女脱出計画の真意は自分達の帝都脱出計画のデモンストレーションである。ここで帝国の警戒網を突破できればその場所もしくはその条件下に海路から脱出、異種族包囲網から皇帝との約束も何も関係なく逃げようと考えていた。


「もし海が無理なら陸から帝都を脱出するわよ」




「どうやって?」




「千年城壁の崩落地点の情報を手土産に異種族に投降、ある程度安全保障がなされたらまたそこから人類側にでも逃げればいいでしょ」


 そもそも投降が許されるのかという問題があるが、帝都での聞き取りで素直に異種族側に寝返った人間もいるという情報を得ているためこの問題はある程度解消されている。


「人類の裏切り者であることが世界に広まりそうだな」




「それはその事実を知ってる帝国が生き残っていればの話よ」


 魁世は両手をあげて溜め息をひとつ。


「流石は深窓の令嬢、伊集院雨雪お嬢さまでありますな」




「ありがと」


 魁世の精一杯の反抗も虚しく躱される。


 だが異界人二年一組はなにも魁世と雨雪の独裁では無い。良く言えば個性豊かな、悪く言えば我の強い者ばかりなのである。




 雨雪はふと外を眺める。何やら喧騒が聞こえたからだ。そして雨雪は戦慄する、割と広めの屋敷の庭に少なくとも数百の人だかりができていたからだ。


「まさかっ、私たちの存在がばれたって云うの⁉︎」


 この国では別世界から人間を呼び出す行為が宗教上禁忌であり、雨雪たち二年一組も皇帝の客人である設定であった。それがどこからか漏れ、禁忌を討伐しようと民衆が集まって来ているのではないか。雨雪はそう思った。


「あー言って無かったっけ、今榛名さん達が帝都の避難民に炊き出ししてんだよ」


 魁世の言葉に雨雪は声を荒げる。


「なんですって、ボランティアか何かのつもり?いつまで高校生風情なの?」


 現在異種族により封鎖されている帝都は慢性的な食糧不足に陥っている。毎日二十三人も養っているこの屋敷の食糧消費量はばかにならず、皇帝が与えてくれたこの屋敷の食糧は相当量となる。それを使っていることは容易に想像できた。


「その口ぶりはあなた、知っていたのね」


 何故自分に伺おうとしないのか、雨雪は魁世を睨めつける。


「惟義と明可、直の三人が一部避難民と接触して成り行きで“一緒に飯食おう”となったそうだ。いつの間にかこの屋敷にゾロゾロと帰ってくると、これも成り行きで屋敷にいた榛名さんと暇してた他の女性生徒と一緒に炊き出しをすることになった。ま、こんな感じ?」


 雨雪は懇々と説明する。


「いつまで此処が包囲されるか分からないのよ、貴重な備蓄を放出することはいざという時の備えが意味を為さなくなる事や、避難民が此処に居座る、もしくは施しを当然と思う様になるわ。それに、さっきも言ったけど今は安心安全な高校生気分でいるわけにはいかないでしょ」




「高校生、高校生て、ついこの間まで学生だったんだから仕方ないだろ」


 魁世は雨雪の言い分も最もだと思う。だがいつもと違い魁世は食い下がる。


「そんなに言うなら取り敢えず見に行こう」


 魁世は窓の向こうを指差す。雨雪は仕方なくついて行くことにした。




「あら?魁世くん?」


 魁世と雨雪は長蛇の列を成す避難民達に温かく一言声をかけながら、恐らくシチューの様なものを配る女性。だがその容姿、言動、行動は彼女を母性ある女性に魅せる。


 出席番号十八番能代榛名のしろはるなは近づいてきた魁世に笑みを向けると、隣の妙齢の女性に作業を任せて魁世達の方に近づいてきた。


「盛況のようだね、ところでさっきの方は…」




「お手伝いさんよ、いいって言ったんだけど手伝ってくれてね〜」


 榛名はもう一歩魁世に近づく。


「それで、ここに来て良かったの?お仕事あるんでしょ」




「いやぁお腹空いてきちゃてさ…二杯分貰えるかな」




「全然いいですよ〜大盛りにしときますねっ」


 魁世が雨雪の方をちらりと見て二杯と言った。そもそも雨雪はここにシチュー擬きを食べにきた訳ではない。雨雪は榛名を呼び止める。


「能代さん。今の状況を説明してくれるかしら」


 雨雪の少々、いやかなり剣呑な雰囲気にも関わらず榛名はさらりと言う。


「困ってる人がいたからちょっと援けただけ、それだけですよ」


 榛名はそれで済んだかのように一礼して持ち場に戻って行った。


 雨雪はかなり苛ついていた。


 魁世は榛名のような特定の女性に妙に甘い。会話もいつもより柔らかくなるし、雨雪に対しては呼び捨てなのに榛名には“榛名さん”と優しい表現をする。普段は令嬢などと持ち上げて決して雨雪に逆らわない魁世は、今回のような榛名の独断専行には何かと肩を持とうとする。別に決して雨雪はそれに関して怒っているのではない。食糧不足にも関わらず大勢に炊き出しをする行為を咎めているのである。


 雨雪と魁世は知り合ってから長い、雨雪は幼稚園のころから魁世のことを知っていた。榛名は高校に入ってからの付き合いであり、どちらかと言えば日は浅い方である。だが榛名は魁世に馴れ馴れしいし、魁世自身もそれを避けようとしない。




 私はあんなことしたことないのに




「帰るわよ魁世」




「え、まだシチュー食べてないんだけど」


 雨雪はキッと魁世を睨みつける。魁世は仕方なくその場を後にした。


 その二人、雨雪の姿を榛名は笑みを浮かべて見つめていた。


 ……


 …


 フラーレンは離れゆく帝都を眺めていた。新田昌斗が今夜帝都を脱出すると言ってから、そのまま父皇帝に別れの挨拶に行き、麻袋一つ分に入れれるだけ服やら何やらを詰め、護衛は昌斗だけでいつも使う豪華な馬車では無く、質素な馬車に乗って息を殺すように港まで来たと思えば、少し歩いたところにあった明らかに人目に知られていないであろう船着場に到着した。そこには既にそこそこの大きさの帆付きの船が用意されており、姉メーリアとと共に乗り込んだ。


 フラーレンは闇夜で灯りの一つでもつけたかったが、昌斗曰くこの脱出は帝国、ましてや宮廷廷臣、側近らの殆どが知らない秘密の脱出であり異種族だけでなく帝国にも知られてはいけないらしかった。


 このまま西方の人類諸国へ亡命し、帝国救済の助力を請うそうだ。フラーレンは夜風なのか海風なのかはっきりしない風を受けながら、溜め息を一つする。


「帝国のため、ね」


 フラーレンは昌斗の言っていたことを思い出す。自分は一千年の歴史ある国家の帝室直系の娘である。故にいずれは“帝国のため”に生きていかなければならない。由緒ある貴族に嫁いで帝国を安定させるか、それとも人類諸国の何処かにの王侯の妃となるか、女帝は無いだろうが、いずれにせよ自身の運命はほぼ決まっている。それに必要な教養は生まれてから叩き込まれてきた。あとは言いつけ通りに生きていけば少なくとも優雅な生活は送れる。


 だが少し考える。ここで帝都を脱出中のこの船を乗っ取るか備え付けの小舟に乗るかして、本当に出奔してしまうか。そうすれば自分と妹は晴れて外の世界に出ることができる。


 この船には恐らく雇われの船員が数名と、上陸後もお供をする“キッカワ”と名乗った女と“ナカイ”と名乗った男、そしてマサトがいる。


 さて誰から黙らせるか、取り敢えず精神の薄弱そうなナカイからにするか…


 フラーレンがそんなことを考えているといつの間にか背後に人がいたことに気づく。


 昌斗である。


「な、なによ」


 まさか今から自分のしようとしていることがバレたのか、いやそれは無い。まだ誰にも姉のメーリアにも話ていないのだから。


「皇女殿下、失礼致します」


 すると突然、昌斗がメーリアを抱き上げた。所謂お姫様抱っこである。


「ちょ、え!なにしてん、の!」


 メーリアは初めてのことに困惑する。目の前の昌斗は眉を少しも動かさずメーリアを抱えて何処かへ向かう。


 そしてメーリアは月の光に照らされた昌斗の横顔を見て、この能面は案外美形の類いなのではと思った。


 メーリアはこの瞬間、意識が別のところにいた。


 そして自分を抱えた昌斗が船の縁に立っていることに気づかなかった。


 昌斗は呟いた。


「必死で泳げ。吉川が補助する方向に泳いで進め、そして対岸に着いたら全力でこの地から離れろ。死にたくなかったらな」


 昌斗はメーリアを海へ放り投げた。


 ……


 …


 この夜、帝都沿岸で炎上する船が観測された。その火は帝国の人々だけでなく異種族連合の戦士達からもよく見えた。そして翌日帝国港に漂着したその黒焦げになった船は実は皇女二人を逃すための船で、それを手引きしたのは突然現れた“皇帝の客人達”であり、その目論見は皇女二人が船の上で焼け死んだことで頓挫したのだとそこかしこで噂となる。


 同時にこの事実を知った帝国国務尚書は皇帝の客人二十三名を見つけ次第捕縛せよと命令を下す。


 異界人二年一組は皇帝の客人という貴族の様な生活から一転、閉ざされた帝都でお尋ね者として追われる身となってしまった。

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