第四話 孤狼、ふたり

出席番号十九番浪岡為信なみおかためのぶはこの世界特有の碧い月に照らされた裏路地を歩いていた。大都市と呼ばれるところには様々な側面がある。常に多くの人口を抱え、大規模な経済活動の拠点や都市人口を支える多種多様な市場、そして非合法活動といった裏社会の者達が幅を効かせやすいのもまた大都市の特徴である。


 為信はそんなアンダーグラウンドを象徴するような場所、帝都の中で最も治安の悪い場所にある奴隷市場を訪れていた。




「いやぁこんな不景気に良くぞお越しくださいました」


 為信にその禿げた頭を向けながら手揉みをしつつ話す男、この奴隷市場の主であった。


「…あぁ」


 為信も愛想悪く応対する。為信は満月ならさぞ目立ったであろう禿げ頭を眺めつつ“不景気”と口にした奴隷商人の言葉を反駁する。


「不景気、というのは今が帝都包囲中だからか」


「えぇ、相手は勢いに乗ってる異種族、しかもそれを束ねるの白銀耳長人の若き盟主王だそうで。そんなのが攻めてきたとあっては購買意欲も下がるものですし、“同業者”が此処を離れるらしくウチに買い取って欲しいと半ば商品の奴隷を押し付けられまして、はい。まぁ奴隷と言いましてもヒトも獣人も耳長人も手広く取り揃えておりますので」


「では何故お前は帝都に残った。危険ではないのか」


 為信は初対面、しかも明らかに年上でありながら、その他者への態度はぞんざいだった。


「聡明でいらっしゃいますな、確かにその通りで。もし帝都が陥落してあっしらが逃げられなかったら、あっしらのような奴隷商人は異種族から見たら同族を奴隷化して売り捌いている訳で。無罪放免してくれる訳ないですな」


 異種族を奴隷にするという行為を異種族がいい思いをする筈は無く、これまで通りに生きたいのなら異種族の軍から離れなければならない。避難するなら生きてる以上経費諸々が常時かかる奴隷は置いていくしかなく、首都に残るこの男のような人物に売り渡しておいた方がいいと思ったのだろう。


 何事も命あっての物種であるからここから身ひとつで脱出する顔も知らない奴隷商人達の判断は正しいのだろう。だが目下の情勢下でも商機を見出そうと財産とも言える商品を手放さずこの大都市帝都で貪欲に商売を続ける姿勢はまさに為信のいた世界の資本主義を思わせた。だが閑古鳥が鳴いてるあたり同業者がいなくなって一時的にでも市場を独占するという目論見は外れたのだろう。


「質問ばかりですまないが奴隷売買は異種族はやってないのか?」


 禿頭の商人は嗤い混じりに答える。


「まさか、獣人の皆さんもヒトを商品にしてますよ。今回の戦争でも人間が相当異種族に連れ去られたそうで。そういった恐怖が帝都を守り通せている、そういう見方もできるでしょうなぁ。あ、ご存知と思いますが一応奴隷商売や所有は御法度ですので。なんで手前は捕まらないのか?そんな顔してますなぁ、説明しましょう。あっしらは商品の“調達”から“売買”まで一括することはありません。それぞれその手の玄人がやるので仮に片方が捕まってもそう簡単に市場が壊滅はしませんよ。まぁお偉いさんも利用されますのでその関係であっしらはお縄にかからないとも言えますな」


 つまり元の世界の奴隷売買と同様に人攫いといった盗賊が廃村や戦場の戦災孤児を攫い、奴隷商人に“卸し”あとはそれを顧客に売買する。確かに命を商品とする商売を大っぴらにできるものでは無いし、需要がある以上無くならないだろう。今のところ奴隷を用いた三角貿易といったところまで進んではいないと為信は判断した。




「違法としても、お前の“客引き”は随分と直接的だったな」


 為信はこの奴隷市場に自力で辿り着いた訳でない。なんと二年一組の住む屋敷に奴隷商人が現れたのである。勧誘だけする訪問販売であり、富裕層の住宅街に新しい住人が来ると機を見るに敏に行動する様は為信の世界と通ずるものがあった。


 為信は奴隷訪問販売員が屋敷の敷地内に入る前に応対し、ここまでやってきた。つまり此処に奴隷市場があることも為信が奴隷市場に行っていることを知っている者は二年一組の中にはいない。


「まぁ商売ですからね。」


 為信はこの商人が“玄人“や“商売”と胸を張って言っているあたり、この仕事での良心の呵責は何も感じていないことが分かった。だから憤慨するわけでも悲しむわけでもないが、やはりここは別世界であることを肌で感じとった。


「さて、いつもなら落札方式なのですが戦争でお客様はお一人、あっしが選ぶ一押しの商品をご紹介しましょう。」


 禿頭の商人に連れられ為信はとうとう奴隷の展示、保管されている場所へ足を踏み入れた。


「お客さんには趣向と言いますか、何かご希望はございますか」


「…特に無い」


「面白いことをおっしゃりますなぁ、大体こういうとき大抵のお客様は年齢がどうだ、胸が大きさがどうだの純潔だの髪の毛の色がーとかそんなものばっかりですのに」


 為信はこういった都市の奴隷商の客層は上流階級、商品は性奴隷であり、力の強い奴隷といったものは労働を欲する地主に売るのだろうと思った。実のところ為信は奴隷が欲しい訳でもなんでもなかった。とはいえ折角来た以上、禿頭の商人の商品紹介を聞かないのもなんなので最後まで付き合うことにする。


 紹介されたのは人間しかも恐らく未成年の奴隷ばかりであった。


「人間ばかりか」


「おや?お客さん変わっておりますなぁ獣人や耳長人がお好みですか、まぁそういう人もたまーにいますが余りお勧めしませんな」


 すると禿頭の商人は別の部屋へ案内する。そこには檻に入れられた頭に毛の生えた耳のついている者や妙に耳の長い者がいた。この世界に来て初めて見る獣人や耳長人であり、二年一組で初めて彼女らを目にしたことにもなる。


「奴隷、と言いましても別に絶対服従の魔法をかけてる訳でもないのでこの手の人間より色々優れている種族の奴隷を従わせるには恐怖を与えるとか体を部分欠損させるとかそんな方法しかないでっせ。万が一は自己防衛ですし、ヒトの奴隷がまぁ妥当かと」


 すると為信は数いる異種族奴隷の中で壁にひっそりと体育座りでいる獣人の奴隷を見つめる。黒い髪に黒く毛を蓄えた耳、だがその犬のような耳は右側の方に大きな切り傷があり、為信は一瞬去勢した跡なのかと思ったが、まず見た目は女性、雌のように見える上に元の世界とは違って去勢をする意味もその印をつける意味も無いように思える。つまり先程男の言っていた身体を傷つけるといった恐怖を与える方法で屈服させようとしたのだと分かった。


「あーあれはやめといた方がいいですよ。何度も返品、売りに出された厄介な品でして、返品された理由ってものまぁ酷いもんで、ご主人に歯向かって殺しかけただのそんな碌でも無い商品でっせ」


「それにその商品には先日やんごとなきお客さんが来まして、今度来た時に買ってくれると言って下さったんですわ、なんでも“目”が欲しいらしく、今度パッと取って目だけ売ろうかと。要するにお客様には……お客…様?」


 為信は“檻を開けた”


 商人はその行為の意味が分からなかった。鍵は掛かっていた筈で、鍵を持っていたのは自分だけ、仮に自分から盗んだとしてもいつ?どこで?


 為信はなんでもないように言葉を発する。


「生殺与奪を握る主人に何度も逆らったのにも関わらず、殺されていない。それはお前が殺せないほど強いから、強いのに何故奴隷になったかは知らんが耳を斬りつけられても屈しないのは精神力が強靭だから。違うか?」


 為信は目の前の黒髪の獣人の少女に膝を地面につき目線を合わせて語りかける。対する獣人少女のその目は真っ直ぐに為信に向いており、獣の品定めする眼であった。


 為信は徐に立ち上がり声を張り上げた。


「此処にいる奴隷の者達よ!俺は既にお前達を閉じ込める檻全ての鍵を開けている!お前達は自由になった。さぁ外に出てみろ!」


 続々と檻から出てくる奴隷達、禿げた商人はまだ状況が分かっていないようだった。


 為信は手に束になっている鍵を見せつけて言う。


「貴様らを奴隷として売り捌こうとする男はただひとり、今は丸腰だぞ?さぁ、存分に暴れろ!」




 為信は自分にこの世界に来て、ある特殊な能力を得た。それを自覚したのは今日のことであり、為信はそれを行使してみることにした。


 為信は自分の能力は“手のひらに持ったものを、目に見える別のものと瞬時に交換できる能力”と自覚した。それが元の世界の常識とはかけ離れた何かであるのは自明だったが、それを行使するとこでどんなリスクがあるのか為信には分からなかった。ただどんなものにも代償があることは何となく分かっていた。




 交換されたのは為信が途中で拾った枝切れと奴隷を収容する檻の鍵だった。禿頭商人に会った時、その懐から見えた鍵が何の鍵なのか予想し、能力を行使してそれを手に入れた。そして禿頭商人から見えぬように秘密裏に檻の鍵を解除し続けた。


  ……


  …


  為信は血や埃まみれになった奴隷市場の瓦礫に腰を下ろした。隣には例の黒髪の獣人もいる。


 まず解放された奴隷達は奴隷商人やその部下達を鏖殺した。そこで終わりではなく今度は血で酔い凶暴化した奴隷達で殺し合った。結果的に為信と黒髪の獣人少女だけが残った。


「なんでこんな事したのかって顔だな」


 為信は目の前の惨状を眺めながら少女に語る。


「私は別の世界から来た。偉い人に呼び出されたらしい。クラスとかいうヤツがそのままだ、だからその集団の長とお仲間が当然のように今後について語りだした。“みんなで協力しよう”だったか。


 確かに何も分からない今はそうするべきだろう、“生き残る”ためだ。この世界じゃ根無草の俺たちがある程度豊かに暮らせる為にはこうするしかない。だが“ぬる過ぎる”」


 為信は何かに障ったように目を見開いて喋りだす。


「滅亡寸前の国が目の前に転がってんだぞ?何故奪おうとしない?折角の別世界なのに己の欲望を解放させぬとは何事なりや?嶋津や伊集院はいい、だが新納、新納魁世おまえは違うだろう、お前ならこの世界を回天させることができる。支配だって平和だって破壊だってできるだろう………あぁ!どいつもこいつも緩い!」


 為信はそのまま黒髪の獣人少女に振り返るとずいと顔を近づけて言う。


「それが今の状況とどう関係するのか?関係なんてしない!私はお前のその深淵の黒い眼を美しいと思った。そんな目ができるのは只者じゃない、お前は面白く化けそうだ。だから解放した。現に今までの奴隷同士の戦いを傷ひとつつく事なく勝ち抜いた、お前には世界を謳歌する権利がある」


 為信は言いたいことを吐き出し終えたのか踵を返してここを去ろうとする。


 だが唐突に為信の袖が引っ張られ、足が止まる。


 袖を引いていたのは一人の黒髪の少女


「……お前も一緒に来るか?」


 少女は無言で頷く。


 二人は歩き出す。


 ふと為信は少女に問いかける。


「お前、名前はなんだ?言っておくが俺の名前は為信だ」


 すると少女は為信の前ではじめて口を開く。


「無い、タメノブが決めて」


 為信は名前が無いのはこの世界では普通なのか、それとも珍しいのか知らないが、兎も角名前が無いのは不便だろうと考える。


 見た目以上に無愛想な黒髪の獣人少女に為信は、そういえば自分もかなり不愛想な方だと思い立つ。


「そうだな、そうだお前のその暗く優美な眼からとって“棃黎”、“リレイ”だ」


 為信は歩き出す、彼にはこれといった目標は無い。答えるとすれば“満足すること”が目標である。

 二十三人の若人は動き出した。ある者は走り、ある者は歩き、熟考し、本能のままに行動する。

 己のため、友のため、愛する者のため二十二人は事を成し事を紡いでいく。


 ここに歴史書における全く新たな章が始まろうとしていた。

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