第三話 決意Ⅱ

 朽木早紀くちきさき、彼女を見た人物は概して“幸薄そう”と形容する。そこが魅力だと語る男子クラスメイトがいるのもまた事実である。


 魁世達が連れてこられたのはこの世界に来た時の宮殿であった。だが部屋は前回と異なり数倍も大きく最奥に座る皇帝の左右には元の世界の美的感覚でも上等と分かる服装をした者達が控えていた。その大広間は謁見の間と云った。

 恐らく存在したであろう様々な形式を略して謁見は行われる。


「畏れ多くも皇帝陛下の客人というのは諸君らのことか?」


 早紀達から見て右側、皇帝から見て左側の皇帝に最も近いところに立つ人物が問いかける。魁世はその傲慢さのある声と立ち位置から男がかなり高位の存在と理解した。魁世達の代表は惟義となっており、実際謁見の間の最前列は惟義なのだがこういったことには次席の魁世が返答する。


「その通りで御座います、我ら十七名は帝国の危機に馳せ参じ致しました」


「皇帝陛下の客人であることから諸君らにこの亡国の危機を脱する策を献上することを許可する」


 自分がどんな立場かも語らず男は話を続ける。魁世はつい先刻の出来事を思い出していた。

  …

  ……

  「お前達は朕の客ということになる。」


 宮殿に連れられた魁世達は事前に別室で皇帝に会っていた。無論このことが秘密の会談であることは理解できた。


「畏まりました。しかし私達が別世界から来たことを何故言ってはならないのでしょう」


 皇帝はなんでもないように答える。


「それはお前達は禁忌の存在だからだ。太古の昔にお前達のような異界人によって多大な厄災が発生し、それ以降多くの国家、宗教において異界人を“呼び出す”行為、魔法は禁忌となった。朕の帝国は違うがな。だが朕の帝国でも異界人に悪しき思いを持つ者は一定数おる」


 帝国はこの世界の世界宗教の分派の信仰地であり、帝国の方は割と緩い教義で異界人に関しても大した教条は無いのだが、帝国以外の、特に西側人間諸国で信仰される宗教分派、信者人口ではそちらが本流となるが、そこでは異界人は基本的に禁忌であり、つまり西側人間諸国に帝国の異界人の存在が露呈してしまう色々と厄介な事になるらしかった。

 雨雪や魁世はここ数日の情報収集と今の皇帝の発言で自分達、異界人というものはこの世界でどう見られているのか理解し始めている。


 ・元からこの世界にいた人間より別の世界から来た人間はどういう訳か総じて身体的能力、魔法適正(便宜上そう呼ぶ)が高い。


 ・その強大な個人戦力としての有用性と別の世界からの知識、思考は時にこの世界を助け、時に害をなしてきた。


 ・異界人をこの世界に呼び出せることが出来る者はごく少数。


 ・少なくとも自分達のいる国以外の殆どの国では異界人は危険なものとして禁忌であり、その正体は基本的に余人に知れてはならない。


 等々である。


「わかりました。既に此方で既に色々と動いているのですが宜しかったでしょうか?」


「構わぬ、今日ここに全員出向してこなかったのも意味があるのだろう?」


 惟義、魁世、雨雪、早紀とその他合わせて十七人しか宮殿には来ていない。残りの六人は別行動をとっていた。意味があるか無いかで言えば半分正解で半分嘘だった。


「それで我らは本日は何をすればよいのでしょうか」


「今日は宰相や将軍達といった重臣との御前会議だ。目下帝都を包囲している異種族連合への対応を話し合っておる。具体的には降伏するか徹底抗戦を続けるか、戦うならどう戦い勝利するのか。と申しても今のところ時間を摩耗するだけで大したことは決まっとらん」


 皇帝は今回の会議で魁世達に形勢逆転の策を出して欲しいのである。魁世は少し考えて返答した。


「畏まりました陛下、思いついた策ならありますのでご披露致しましょう」


 話が終わりそうになった時、魁世は皇帝に礼を失した発言をした。


「そういえば、この国の中で今一番力のある方はどなたでしょう」


「ハウゼン、という国務尚書に任じてやった男がおる。その者は野心家でな、今の地位も己が力で勝ち取ったものだと思っとる」


「……かしこましました。全ては皇帝陛下の御為に」

  ……

  …

「我らは客人ですが、この国について色々と調べさせていただきました。傭兵含め一万に満たない帝都の軍に対し、敵は十万をゆうに超えるます。それを防げているのはこの帝都一円を囲む堅牢な城壁のお陰です、しかし先日それを揺るがすことがあったそうで」


 ここで魁世は一呼吸おく。周りの重臣達の反応を見る、何を思い出したのか苦悶の表情が半分、なんとも思ってなさそうなのが半分、ただ魁世達を見定めようと眺める者がごく少数であった。


「この帝都の城壁は帝都のできた一千年ほど前に戦時は無類の防御を誇る“結界”が付与されています。それは一千年の間多くの敵から帝都を守ってきたまさに護国の盾、ですが先日その“千年城壁”が一部崩落したとか」


 千年城壁、その面壁の最大の特徴は一定距離およそ歩幅五十歩の距離まで異種族が近づくと脳漿が裂けるような頭痛が発生するところにある。城壁から矢を降らせ、城門からの攻勢といった通常の城塞の機能もあるが、文字通り千年以上も国が亡ばなかったのは時の英雄の武勲や忠臣の権謀術数によるものでは無く、この千年城壁にあると多くの国々や世間の一般的な認識であった。


 これはここ数日の間に魁世達が集めた情報である。情報収集と言っても与えられた屋敷の使用人、宮殿大図書館での読み聞かせ、周囲の一般住民からの聞き込みであり、この帝都では一般常識にすぎない。だが収穫は大きかった、この世界及びこの国の統治体制、生活、文化、経済形態、国家間の関係に至るまで凡そ一般常識は入手し二年一組の全員に共有されていた。


「モノはいつか壊れ無くなります。ですが今は戦時、元の防衛機構が優れているので散発的な帝都への突撃を防げていますが、もしも今異種族の崩壊した城壁への一点集中攻撃を受ければ早晩この帝都、いや帝国は滅亡します」


 話し手は魁世から学級委員長の嶋津惟義に変わる。


「そこで!不肖ながら我らは帝都死守だけでなくこの帝国自体を復活させる術を献策致します」


 惟義は曇りなき眼を宮廷重臣たちへ向けて告げた。

……

「ありえんな、皇帝陛下の客人とはいえ、はっきり言ってあまりにも猪突が過ぎる」


 惟義の献策した案は、まず士気を上げるために皇帝陛下御自ら陣頭に立ち、一部崩壊した城壁から帝都にある軍を総動員して突撃して異種族連合の包囲を突破、その後に逆進して帝都へ帰還する。それを何度も繰り返し、包囲軍の層を薄めて異種族たちを疲弊させるという策であった。


「却下だ却下」


「よくそんな愚鈍な策を出せたものよ」


 帝国貴族である重臣たちは惟義に聞こえる程度の小声で嘯いた。

 惟義は本当に残念そうな顔をして言った。これは事前に魁世から用意されていた言葉だった。


「分かりました。御前で申し上げることができたことが何よりの喜びにございます。それでは我々はこれににて失礼することをお許し下さい」


 そうして惟義たちは重臣たちから半ば追い出されるように宮廷を後にした。

 ……

 …

 一度屋敷に戻った後、魁世は二人のクラスメイトを部屋に呼んだ。もっともその部屋は二十三名の男子は内十名全員が共同で住む部屋であり、呼び出したというより、近くに寄せたというのが正しい。


「昌斗、琥太郎。二人を呼んだのは他でも無い、僕がこれから開始する作戦に協力して欲しいからだ」


 出席番号十七番新田昌斗にったまさとは無表情にかつ温度を感じさせない声で言った。


「そうか」


 出席番号五番足柄琥太郎あしがらこたろうはクラス一番の巨躯の持ち主であり、


「魁世が立てた作戦ならきっと大丈夫だよ。ちょっと不安だけど」


 自他共に認める臆病な性格をしていた。


「——という作戦でいく。要は昌斗には僕がこの場にいない時の作戦の代行、琥太郎には雨雪たちを護衛する。それが役割だ」


「確認だが伊集院雨雪は了承しているのか」


「勿論。クラスのためにだと言ったら了解してくれた」


「……そうか」


 昌斗は何があっても表情筋を動かさないことから、伝統芸能からとって“能面”とあだ名されている。


「ま、何かあったら昌斗、頼んだぞ。無責任に頼まれるのは慣れっこだろ」


 昌斗はクラスの中で学問からスポーツまで優秀な成績を収める秀才として知られていた。


「反対意見とかは無いんだけど、どうして魁世はここまでするのかな」


 琥太郎は呟いた。魁世は目を細めて答える。


「昼休みの飯はいつも昌斗と琥太郎、そして僕の三人だったよな、僕はそういうのを守りたいんだ」


 聞いた琥太郎は何となく友達を守りたいんだなと納得した。


「新納、当然これは他の者には極秘だろう」


「あーそうだった、これ秘密作戦だから、琥太郎もそういうことだから」


 秘密にする行為は雨雪さんは了承しているのかな?琥太郎はすこし心配になった。


「それでは双方、抜かりなく」


 三人は立ち上がって動き出した。

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