第二話 決意Ⅰ
二十三名の異界人はその高貴な老人、ヴィーマ朝帝国皇帝エルハノール・ヴィーマーの客人ということとなった。今いる場所がその皇帝の住まう宮殿で、その宮殿のある帝都は現在十万を超える異種族の大軍に包囲されている。他の帝国領は全て蹂躙され最早滅亡寸前である、らしかった。
恐らく本当だろうと仮定して、このまま何もしなければ帝都は陥落する。そして亡国の客人となってしまった自分達は異種族と謂われるものたちによって最悪奴隷か殺害のどちらかであることは容易に想像できた。
皇帝が最後の手段として二年一組達を便利な兵器感覚で呼び出した、この優輝の考えはおそらく間違ってはいないだろう。ここで何もしなければ勝手に召喚された挙句その場にいただけで殺されかねない。
皇帝は二十三名の若人に大変よくしてくれた。帝都の空き屋敷の中で丁度は地味だが最も大きなものを与え、衣食住はこの国では上等なものを、何十人もの使用人も与えてくれた。前の世界でも考えられないような高待遇に二十三名は悪い気はしなかった。
そして皇帝は今のところ二十三名に対して具体的に何かしろと命令もしていない。お陰で二年一組の面々はここ二日間は屋敷にいた。
屋敷の窓から庭で何処から拾ってきたのか、サッカーボール大のボールで遊んでいるクラスの男子たちを眺めながら雨雪は思案する。彼女にとってこの一連の出来事は生きてきた十七年の驚きを全て足しても足りないほどの驚きの連続であったが、二年一組というクラス、元いた世界と切り離された今となっては唯一と言っていい共同体であり、今後“生き残り”の行動をする中で重要視し、今は決して分裂四散してはならないと思っていた。そして既にこれから何をすべきなのかある程度分析していた。
ここで一日二日も生活すればこの国が、世界がどんな状況か見えてくる。服装や建物、人物に至るまでどこか中世欧州を連想させ、この世界に召喚された原因と思われる“魔法”というものも少しずつ分かってきた。
また同時に“皇帝の客人”の権限を使って情報収集も行なっていた。
「けど凄い偶然だよな、元の世界での言語がこの世界でも使える」
雨雪は自身の部屋に入ってきてそう言う男に凍てつく視線を向ける。
「勝手に入ってこないで。それとも何?別の世界に来たから元の世界の常識は関係ないとでも言うの?」
「朝食の後に部屋に来いって耳打ちしてきたのは雨雪の筈だけどな……」
全員でとった朝食の後に、雨雪が後で自分の部屋に来るように魁世に耳打ちしてきたのは事実であった。
雨雪を名前呼び、かつタメ口ができる人物は少ない。新納魁世はその一人である。
「貴方がここ数日で分かったこと、感じたことを話しておきたかったの。話して」
伊集院雨雪は深窓の令嬢である。才色兼備を地でいく人物であり、組織運用で彼女に勝てるクラスメイトはいないだろう。そんな雨雪いや二年一組は早速行動を開始していた。
「俺の常識では国家元首しかも皇帝陛下がどんなに礼を尽くすとしても、直接俺らに話しかけるっていうのは普通じゃない。それがはじめの疑問だな。確か中継ぎ、奏上官みたいなのを介して話す筈だ。他にもある」
「滅亡寸前としても国なんだし、大臣とか宰相とか将軍とか普通周りにいるだろ。なんならはじめて会った部屋には衛兵さえもいなかった。不用心が過ぎる」
二年一組を屋敷へ案内し、料理を振る舞うといった細々としたことは勿論皇帝はしていない。だが皇帝の近臣レベルの大人物を未だに魁世や雨雪達は見ていなかった。
「つまりこの件、私たちをこの世界に召喚したのも皇帝の娘を私たちの手で逃がそうとしている事も全て皇帝の独断の可能性がある、そういうことよね」
「仮にそうなら皇帝ひとりで動かなければならない事情がある」
この仮定が今後どのような影響を与えるかは未知数である。今度は雨雪が話し出した。
「言語についてはまぁ…今のところはなんとも言えないわね。クラスメイトのひとりは『この世界は元の世界の未来の世界で日本語が残っている』なんて言ってたけど“文字”これに関しては私たちの知るものとは全く違うわ」
雨雪達の話す言語は日本語だがその中には英語、和製英語といった元は日本語ではないものも含まれる。“機会”と“チャンス”は凡その意味は同じだがルーツは全く異なる。つまりこの世界で日本語が通じても片仮名でしか形容できないことは通じない筈であった。がこの世界の人々はごく普通に“テスト”や“ノート”といった名詞を使ってきた。だが中には通じない物があり完全に同じとは言い難かった。
「話は変わるが本当にこの国は逼迫しているんだな。路上生活者の数は異常だし物資不足や街路哨戒中の兵士達の疲労ぶりと言ったら、俺らが定期テスト前の徹夜明けの表情よりも酷いよ」
「テストを一夜漬けで済ませるのは貴方だけ、一緒にしないで。
この屋敷のある区画は上流階級の邸宅が多いけど空き家も目立つわ。恐らく異種族の包囲前に夜逃げしたんでしょうね」
「いずれにせよまだ調査、情報収集が必要だな」
魁世の言葉に雨雪は首肯しながら目の前の男の相貌を観察する。そして意を決して口を開いた。
「魁世、あなたにお願い、いや命令があるの」
肥沃な土壌のような色の眼と黒曜石のような輝きと鋭利のある瞳が交差する。
「何なりとお申し付け下さい」
「私たち二年二組は現在危機にあって、全てにおいて主導権を喪失し、未来が殆ど予想がつかない状況になっている。そこであなたには——クラスの為の独自行動を許可します。責任は私が負うから、もっともこんな世界だと最悪責任さえも取らせてくれないでしょうね」
「御意のままに、伊集院閣下」
魁世は慇懃にそして大げさに応えた。
「僕はこのクラスが好きだ。だから雨雪と同じ目線を向いてるし、もちろんクラスを守るために行動する。実は色々考えてはいたんだ、ざっと言えば細工は流々仕上げを御覧じろ、って感じだな」
同時に二人のいる部屋のドアが開け放たれる。
「ふ、二人とも!皇帝陛下が直ちに宮廷に出向せよ、だって!」
息を切らしながらそう伝えたのは魁世や雨雪と同じ学級委員であり、書記の出席番号二十番朽木早紀。多くのクラスメイトは彼女を幸薄そうと表現する。
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