第一話 はじまり

 高校二年一組、学級副委員の出席番号二番新納魁世にいのかいせは今しがた起きた、起きている出来事にすっかり気が動転していた。

 魁世達は何秒か先までいつもの教室で担任の毒にも薬にもならない話を聞いていたはずだった。

 来年度から受験だ、今学期から高校三年生のゼロ学期だ、授業は予習復習が大事だ、とはいえ学生時代を謳歌するのも大事…そこまでの話は魁世の脳に残っていた。

 こんな日常もいつか終わるのか。そんなことを思っていた矢先、瞬きを千分割してもまだ短い時間の内に学級担任は金糸の豪勢な服を着た白髭を蓄えた老人に、黒板は壁一面にはめられた煌びやかなステンドガラスに、教師の掲示物は精緻で金の額縁をつけた油絵に、天井は高く蛍光灯は妙な拓燭台となっていた。

 新納魁世は自身がとうとう幻覚を見るようになったのかと勘繰った。がそれは目の前の高貴そうな老人の明瞭な言葉に掻き消される。


 同じクラスの出席番号十四番中井優輝なかいゆうきも困惑していたが、それ以上に期待を膨らませていた。

「異界より訪れし者達よ、突然のことに驚いていることだろう」

 こっ、これってもしかして異世界転移ってやつなんじゃないだろうか。アレじゃん!

 うわぁーすげー!

 なんか豪華なおじさんが喋ってるけど、こっちはそれ訊いてるどころじゃないよ

 転移できたのって多分魔法のおかげだよな。つまりこの世界には魔法がある。もしかするとエルフとかケモ耳とかいるかもしれない。それにいきなり荒野に飛ばされるとかじゃなくてなんか王様が説明してくれるっぽいし

 なんか興奮してきた。異世界ライフを満喫するんだ!


 その高貴な老人の話は要約すると


“朕はこの世界で最も歴史ある国、帝国と呼ばれる国の元首、皇帝である”


“諸君らは選ばれた存在であり、ここ帝国のために力を貸してくれ”


“帝国は敵である異種族の群れに侵攻され、残す領地が都のみという危機的状況にある”


“そこで諸君らには『異界からの力』を使って帝国を救い、また朕の娘達を安全なところへ逃してやって欲しい”


 ……?


「え、あの…」


「どうしたのだね、異界の者よ」


「その、あ、僕の名前は中井優輝って言うんですけど、なんか魔王を討伐するとかじゃ無いんですか?」


「魔王もご存じとは聡明であるな。だが魔王は既に封印されておる」


「え、じゃあ何のために呼ばれたんですか」


「先も言ったであろう。人類のために包囲されたこの地から我が娘の王女二人を逃してやってほしいと」


「その異種族ってなにか悪いことしてるんですか」


「当たり前である、今も朕らの帝国を侵している」


 優輝はなにかおかしいと思った。

 自分たちは戦争のための便利な兵器として召喚されただけなのではないか。


「なんかおかし………」


「あの!突然色々とすみません!うちの者が失礼な口を!非礼をお許しくださいっ!」


 魁世は後ろからいきなり優輝の後頭部を掴んで無理やり土下座させ、自分も高貴な老人の前に出て流れるように土下座をした。


「その、えっと、ですね。こちらも色々突然でして、はい」

 魁世は頭を下げたまま続ける。

「ちょおっとお時間いただけないでしょうか」

……

 魁世と同じく女子副委員の出席番号一番伊集院雨雪いじゅういんあめゆきは思案する。

 現在自身のようにこの可笑しな状況となっているのはあの朝のホームルームの時にいたクラスメイト全員、総勢二十三名。


「で、人生初の土下座の方はどうだったかしら。魁世?」


 とりあえず別室に移動した雨雪らであったが色々と説明と理解が必要であった。


 「雨雪、もう少し褒めてくれてもいいと思うのだが。こっちは必死で話し合う時間を確保したのに」


 魁世は花壇の土のような色の瞳を雨雪に向ける。

 雪雨としては確かに魁世はよくやった方である。対する優輝は何を思ったのかいつもは教室で机に突っ伏しているかスマホをひとり弄る姿が大半なのに、この非常時に活発かつ積極的になりだした。

 まだ断片だけだが、自分達のいるこの世界の恐らく一国の首長に対してペラペラと喋り余計なことをのたまいそうになっていた優輝を止め、こうして時間を作った。やり方は酷いが魁世の判断は間違ってはいない。雨雪にはそう思えた。


「僕っ、その……みんなのために…」


「中井優輝さん」


「は、はひ」


 優輝は先程のやる気は何処へ、大蛇に睨まれた小動物のように萎縮している。

 それを見た魁世は想起する。雨雪は長く湧き水のようにきれいな黒髪に傍はた|から見ても端正な顔立ちを持つ。その双眼は黒曜石のように美麗で見つめる者を圧倒させ、畏怖させる。実際に魁世自身がよくその眼で睨まれ、蛙のようになるのだから間違いない。

 雨雪はここで釘を刺しておこうと決めた。


「みんなのために先んじて行動してくれたのはありがたいけど、軽挙妄動は謹んで」


 優輝はただ首を幾度も縦に振るばかりである。

 雨雪は溜め息をひとつ吐くとひとりの男に話を振る。


「何処かもわからないところに飛ばされてしまって、呼び出した側はなにやら偉い人でどうやら危機的状況…さて、嶋津委員、どうします?」


 出席番号二十三番嶋津惟義しまづこれよしは二年一組の学級委員でありクラスの信任や責任等を一身に受ける男である。大柄で体は引き締まり、精悍な顔つきから他人からの第一印象は良いが、自他共に認める考え無しであり、これまでクラスのリーダーとして象徴的な役割のみ負い、実質的なクラス運営はほぼ副委員の魁世と雨雪に丸投げしていた。だがそのリーダーシップは本物であり魁世はそのことを“将帥の器”とよんでいた。


「うむ、目の前に困っていた人がいたら助ける、当然だ」

惟義は腕を組んだ。

「ここにひとつ、このクラスの方針を決めておきたい」


 多分あの偉い人は王様だ。ここで手柄を立てたらきっと褒美が貰えるだろう


 一定の地位を獲得するか領土を貰うなりお金を貰うなりしたらそれを皆の共有として最低限生活できるようにしよう。それが終われば後は皆の自由だ


 ここまではどうかクラス全員で協力したい。こんな状況ではおれも皆も何もかも全て分からない


 だが!この二十二人ならこれを乗り越えられると信じている

……

別室から戻ってきた二年一組全員は未だ名前もわからない高貴な人物に対し平伏する。代表として惟義が目線を下げたまま話し出す。


「我ら二十三名は皇帝陛下の御身の為に粉骨砕身いたします。何なりと御意をお与え下さい」


惟義は雨雪に教えられた文章を何度も頭で反復しながら宣言した。

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