第10話 女子校あるある①

 サトシが白金女子学園に来てから、三か月が経った。


三か月も経てば、生徒たちは独身男性教師という特別な存在にも慣れて来るかもしれないと、サトシは予想していた。

そして、その予想は半分当たったが、半分は外れた。

特別な存在に慣れてきたのは、生徒ではなくサトシのほうだった、



サトシは、先輩の先生に言われることがあった。


「サトシ先生も、そろそろ女子校に慣れましたか? 大変でしょうが、一年A組の子たちは何も特別な子じゃないですよ。女子校ではあれが普通ですから」


「そうなんですか」


「女子校というと、清楚で可愛らしい子が多くて、乙女の花園というイメージを抱く人が多いかもしれませんが、実態はそうではないですからね。可愛らしい子やお嬢様は、確かにいます。いますが、それは校外にいるときの仮の姿ですからね」



サトシがスーパーマーケットで、生理用ナプキンを拾って、桜井を追いかけたのは校外だった。

あのときの桜井は、可愛らしく恥ずかしがって逃げた。

見ず知らずの男性から見られたくない物を拾われのだから、当然、恥ずかしかっただろう。

桜井にとっては、顏から火が出るほど恥ずかしい出来事だったに違いない。


だが、教室での桜井は全く違う。

校内の桜井とその周辺の友達は、おっさん女子へと変容している。



「あぁ、まいった。トイレ行ったらさぁ、今日なっちゃったー。今日は持ってきてないんだよね。 とりま、購買部へ走るか」


「え? 美柑、アレになったの? わたしあるよ。あげようか?」


「マジで? 超助かるぅ。ハルちゃん、ありがとう!」


「ほいよ」


「ハルちゃーん! わたしも忘れたぁ、アレ貸して」


「なんだ、あなたもなの? ほいよ!」


桃瀬は、生理用ナプキンを、貸してほしい子へと投げた。


「わたしもー」


「あいよ!」


遠慮なく生理用ナプキンは教室の空中を飛ぶ。

この光景に、サトシはたまりかねて口を開いた。


「おーい、休み時間に入ったから何をしても自由ですが、先生がまだ教室にいるんですよ。少しは恥ずかしいと思わないんですか。それに、必要であれば購買部へ行きなさい」


「あれ? サトシ先生いたんだぁ。もう風景に溶け込んじゃっているから、全然わからなかったぁ」


「先生はカメレオンじゃありません!」





 ある大雨の朝のこと。

サトシが朝のHRをしようと教室に入ると、窓のカーテンレールや備品棚に、濡れた靴下が干してあった。


「何だか、教室が臭い……ですね」


サトシは、教室にこもった湿気と、靴下の異臭と消臭スプレーのブレンドに、ウッと吐きそうになった。


干してあるのが靴下なら、まだいい。

サトシが教壇から教室の窓をよく見ると、カーテンレールに干された白い靴下のなかに、

一個だけブラが混ざっていた。


「あぁー、下着を干した人は誰ですかぁ! 窓に下着を干すなんて、やめなさい。外からまる見えじゃないですか!」


「そっかー、先生って頭いい! 窓側じゃなくて、壁側にしとけばいいってことだよ」


「あ、そうかぁ! サトシ先生って天才じゃね?」


(いやいや、そういう問題じゃない)





 サトシが一番困るのは、体育の授業後に英語の授業が入っていた場合だ。

とにかく、彼女たちの着替えは長くて終わらない。

わざと着替えを長引かせて、授業を遅らせているのではないかと勘ぐってしまうくらいだ。


その日も、体育の後に英語の授業が入っていた。

サトシはなかなか終わらない着替えに業を煮やしながら、廊下でずっと待っていた。


(あいつら、教室の中で下着の品評会でもしているのか?)


「きゃー、ハルちゃんのブラかわいい!」


「うわぁ、美柑のショーツ、おしゃれだよねー」


「キャー、見ないで。恥ずかしい」


ぎゃーっはっはっはっ……。女子校の笑いはいつも豪快である。


「あなたたち、遊んでいないでさっさと着替えて! 次の授業が始まっちゃうじゃないの」


学級委員の夏梅が桜井たちを注意している様子が、扉の向こうで待っているサトシにまで聞こえてきた。


「あ、夏梅、あんたのパンツも見せなさいよ」


「何を言ってるのよ。やめて、やめて、きゃーーーーー!」


「夏梅、伝統的なハイウェストの白だぁ!」


キャーーーー!

わぁー! わぁー!


もろに下着の話が教室の外にまで聞こえてくる。

廊下でじっと待っているサトシにも我慢の限界がきた。

サトシはドアから教室の中に向かって叫んだ。


「おーい、いい加減にしなさい! 次の授業はもう始まっているんですよ。いつまで、キャーキャーやっているつもりなんですか!」


一瞬にして、教室は静かになった。

急に静かになると、返って気持ち悪いものである。

サトシは困惑した。


(これは、入っていいのか? それとも、罠か? よく考えろ、俺。もし、これが生徒ではなく動物だとしたら? 明らかに攻撃のチャンスを狙っている獣の静けさだ)


サトシが警戒していると、教室のドアを開けて桃瀬が顔を出した。


「先生、すみませーん。まだ着替えが終わっていない子がいるんだけどぉー。

サトシ先生なら、入ってもいいですよ。遠慮しないで、さ、さ、どうぞお入りになってん」


「……」


「あれ? 先生、どうかしました? まさか緊張しちゃってます?」


「先生を嵌めようとしているのですか?」


「まさかぁ! フフフ……実はねセンセ、ここだけの話。うちの店にいい子が入ったんですよ」


センセとはサトシのことだろう。

教育上どうかと思うが、桃瀬は夜の怪しい店のママを演じているつもりなのだ。


(なぜ、夜の店のママを演じるんだ。絶対罠だろ、これはきっと)


サトシはどう出るべきか……迷った。


(下手に騒ぐと、女生徒たちは揚げ足とってくるからなぁ)

 

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