第8話 女生徒SIDE:一番変化したのは……


新入生オリエンテーションを終え帰って来ると、生徒たちには変化があった。


○○さんと苗字で呼びあっていたのが、呼び捨てになったり、ニックネームで呼び合ったりと、生徒同士の距離感が縮まった様子だった。


桜井さんは美柑へと、桃瀬さんはハルちゃんへと、

柚木くんはそのままで変化なし。

そして、学級委員の夏梅さんのことは、何故か桜井たちだけが夏梅と呼び捨てにするようになっていた。


「おはよう、美柑」


「おはよう、柚木くん」


「美柑、合宿ではありがとね」


「うううん、別にいいのよ」


「あれ? ハルちゃんは?」


その時、桃瀬は必死に走りながら校門へ向かっていた。


「おはよう、柚木くーん!」


桃瀬は、柚木には挨拶したが、桜井美柑には目もくれず、一目散に校門に向かって走って行く。

柚木は桜井美柑に気を使った。


「おはよ、ハル……、あ、れ……、まだペットボトル事件のことを恨んでいるのかな」


「いいよ、柚木くん。あの事件はそもそも夏梅が原因。わたしが一番先に名のり出たのが、面白くないんでしょ、ハルちゃんは」


二日目のネイチャートレイルでは、仲が良かったのだからと、桜井美柑は気にしないようにした。


桃瀬は校門に近づくと、いつもと違う空気に気が付いて、ピタッと足を止めた。

校門前で抜き打ちの風紀検査が行われている。

あの教頭と藤原先生の厳しい目が、登校してくる生徒たちの身だしなみをチェックしていた。


桃瀬は急いでUターンし、桜井たちの所まで走って戻って来た。


「大変よ! 校門で風紀検査やっているわ! 髪、髪、結ばないと……」


「うっそー! マジで? どうしよう! ヘアゴム持ってきてなーい」


「美柑、わたし持っているよ! お徳用の袋ごと持ってきているから、ここから取っていいよ」


「サンキュー、ハルちゃん、助かるぅ」


「ハルちゃん、教えてくれてありがとう。スカートのウエストを折っていたのを戻さなきゃ!」


「柚木くん、ブラウスのボタンをちゃんと締めて!」


「あ、そっか。ありがと」


「美柑、胸元のリボンは、きちっと結び直した?」


「え、ええ、ちゃんと結んだわよ」


「よし、みんな大丈夫ね? 行くわよ、風紀検査。いざっ!」


桜井たちは、校門で待ち構えている教頭と藤原先生の前へと、整然と列を作って進んだ。


「おはようございます。教頭先生!」


「おはようございます。藤原先生!」


教頭と藤原先生は、桜井たちの身だしなみを厳しくチェックした。

制服の着こなし、スカートの丈の長さ、頭髪の長さ、靴下の長さなど、鋭い視線が桜井の全身に向けられた。


「ええ、良いでしょう。問題ありませんね」


「よーし、お前ら、問題無しだ。通ってよろしい」



その様子を、サトシは昇降口からずっと眺めていた。

そして、自分の受け持ちの生徒の行動を確認すると、感心しながら校舎の中に入っていった。

筋肉痛の足を引きずりながら……。



サトシが昇降口へと入っていく後ろ姿を、遠くから桃瀬が見つけた。


「あ、サトシ先生……」


「え! どこ、どこ?!」


思わず桜井は、サトシの姿を必死に探した。

桃瀬も柚木も、桜井の必死な態度に驚きを隠せなかった。


「まさか、美柑ったら本気で……」


まさか、本気でサトシ先生を好きになってるんじゃないのかという、疑いの空気が流れた。

桜井は、ふと我に返ると頬を真っ赤に染めた。


「や、やーね、わたしったら。単なる追っかけだからさぁ。でも、結構いいやつだよね」


「そーお? そうでもないと思うよ」


「わたしもー。柚木くんと同じ意見。クールそうにみえるけど、見掛け倒しだと思う」


「だよねー、ハルちゃん。わたしも、面白半分で追っかけるのはアリだと思うけどさぁ。サトシ先生って、からかうのには飽きないタイプっていうか……、あれ? でも、美柑ってもしかして、ガチで恋しちゃった?」


「やだ! ガチ恋なわけないじゃーん。でも、なんかいい線いってると思うんだけどぉ」


すると、桃瀬と柚木による衝撃のひと言。


「だけど、生徒とのやりとりは丁寧語を絶対に崩さないんだって。馴れ馴れしい関係にならないようにしているらしいよ。前に居た学校でも、絶対に特定の生徒を特別扱いしなかったって。教師としてのガードが強固だというか、面白みがないというか。

ここだけの話なんだけど、先輩から聞いたんだけどね。工藤先生とは大学生時代のお友達で、二人は愛し合っているのではないかという噂……」


「柚木君の説明だとさ、サトシ先生はゲイってことになるじゃん」


「あ……そうなんだ」


桜井は柚木の話と桃瀬の言葉を聞いて、愕然とした。


「別に、構わないんだけどー……、でも、ゲイって……」


桜井はがっくりと膝を落し、昇降口の廊下で座り込んでしまった。


「美柑、しっかりして! やだわ、美柑ったらまさかこんなに落ち込むなんて。先輩たちはBLコミックの読みすぎだから、気にすることないよ」


「いいの、ほっといて。どうせ叶わない恋だもの」


「ダメだよ、美柑。わたし達も一緒に追いかけるからさ、美柑もあきらめないで」


「いいのよ、あなたたちにはわたしの気持ちはわからないわ。もう、そっとしておいてくれる?」


「美柑……」



そして、彼女たちは1年A組の教室に入った。

教室に入るなり桜井は、風紀検査のためにきちんと留めたブラウスのリボンをゆるめ、結んだ髪のゴムを取った。

さらりと綺麗な黒髪が肩に広がる。

その姿は、桃瀬たちから見ると、まるで桜井がちょっとだけ大人になったように見えた。


(何よ、美柑だけ先に大人になろうっての?)


大人びた桜井にライバル心が燃えた桃瀬は、試しに女子高生らしい誘いをかけてみた。


「ねぇ、ねぇ、帰りにさぁ、新しくできたケーキ屋さん覗いてみない?」


「行く、行くーーー!」


真っ先に手を挙げて即答したは、桜井だった。


(なんだ、やっぱりノリがいいのね。この人)


桃瀬は桜井の女子高生らしい反応に好感を持った。




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