第6話 新入生オリエンテーション②
清掃活動が終わると、今度は全員で夕飯の準備に入った。
「女性たるもの、炊事は毎日当然のようにしなければなりません。全員で協力しあって、美味い夕食をつくりましょう。それが今日の夕食になります」
教頭がまた檄(げき)を飛ばした。
桃瀬と柚木は、ため息交じりにつぶやいた。
「今の時代、女性がぁ、女性がぁ、なんて古くない? 家事は男女協力してやるものだよね」
「ああ、こんな学校に入りたくなかった」
桃瀬と柚木がぼやいている間に、桜井美柑は手際よく調理を始めていた。
軽快な音をたてながらニンジンやキュウリを包丁で切っていく。
トン、トン、トン、トン……
「桜井さん、包丁さばきが上手…」
「別に、こんなの毎日やっているから」
「毎日っですって! 凄くない?」
「うちの親は働いているからさ。弟にもご飯たべさせなきゃいけないし、長年やっているうちに、自然と身に着いたのよ」
「へぇー」
「意外だわ。桜井さんが料理上手だなんて」
桜井美柑は、ほとんどの料理を作りあげた。
サトシは、スーパーでのタマゴの一件から、桜井が弟のためにご飯を作っていることは知っていた。
(それにしても、たいしたものだ。 料理に関しては、俺のクラスが一番かもしれないな)
そして、やっとお待ちかねの夕食タイムがやってきた。
「うわーっ、おいしそう!」
「A組の桜井さんって、お料理得意なのね」
「やめてよ、だから慣れているだけだって、言っているでしょう!」
他のクラスの生徒にも褒められた桜井は、自慢もせず驕りもせず、毎日のことだからと謙遜していた。
新入生たちが全員食卓に着いたところで、教員たちも生徒と一緒の食卓に座った。
「では、みなさん、労働に感謝していただきましょう」
「いただきます!」
みんなで美味しい夕食を食べようと箸を持ったそのときだった。
学年主任の藤原先生が、教頭の耳に何かをひそひそと小声で伝えている。
それを聞いた教頭の顔はみるみる曇った。
「外回りを掃除したのは、どこの班ですか? 庭に空のペットボトルが落ちていたそうです!」
外回りを掃除したのはA組の桜井の班以外に、他の班もいたはずだったが、なぜか桜井達の班に容疑は集中した。
「合宿所の中で、みなさんが黙々と掃除しているとき、外でおしゃべりしていた班がありましたね。A組の生徒がずいぶんにぎやかだったそうですが」
教頭から疑われて納得がいかない桃瀬春奈は、はっきりと反論した。
「わたしたちじゃありません」
「でも、あなたたちは、いつも騒がしくおしゃべりばかりしていますよね。今日も、おしゃべりしながら草むしりしていたんじゃないですか?」
「おしゃべりと空のペットボトルは、関係ないと思います」
と、桃瀬春奈のきっぱりと無罪を主張する態度は変わらない。
「何ですか? 教師に向かって口ごたえをする気ですか? 素直に認めて謝れば、許すものを……」
そのとき、
自ら教頭の前に一歩前に進み出たのは、桜井美柑だった。
「いいよ別に、勝手に疑えば? はい、わたしが捨てました。これでいいでしょ」
桜井美柑の行動には、桃瀬春奈も驚いた。
サトシも、教頭を挑発するような桜井の言動に驚いて、何とかしなくてはと思っていた。
すると、桃瀬は桜井に対して、つっかかってしてきた。
「桜井さん、なんで? やってもいないのに……」
「そうだよ。桜井さんが罪をかぶることないよ」
桃瀬も他のA組の生徒たちも、桜井の行動を止めに入った。
しかし、桜井は折れなかった。
「いいから、みんなご飯食べちゃってよ。せっかくの料理が冷めちゃうじゃない。大丈夫、わたし、お腹空いていないから。味見しながらつまみ食いしてたし」
「何よ、桜井さんったら、一人だけいい子になるつもり? 教頭先生! わたし桃瀬春奈も、ペットボトルを捨てました!」
「はい! わたし柚木カオルも捨てました!」
「わたしも捨てました」
「わたしも捨てました」
A組の生徒たちが、次々に自首しはじめた。
サトシは、自分の生徒たちの団結力に感動していた。
(き、君たちはなんて美しいんだ……)
しかし、A組全員が自首したのではない。
今がチャンスとばかりに、ひとりご飯を必死に口の中に詰め込んでいる生徒が一人いた。
「おバカさんたち。ご飯は温かいうちにいただくものよ」
夏梅だった。
一方でA組の生徒に教頭はあきれ果てていた。
A組の生徒たちによる集団自首行動に、怒りの矛先が狂った教頭は、空のペットボトルをゴミ箱に捨てた。
「そんなに何人も名乗り出て、一体どういうつもりなのでしょう。落ちていたペットボトルは一本だけなんですよ。あなたたちで回し飲みでもしたのですか?」
「「「………」」」
「わかりました。A組の皆さん、食事をとってよろしいです。ただし、桜井さんと桃瀬さん、あなたたちは全員分の食器をかたづけること! いいですね!」
「「はーい」」
教頭の「ただし桜井さんと桃瀬さん」には、なんの説得力も根拠も無い。
ただ抗議された腹いせに皿洗いを命じたとしか思えない、とサトシは思っていた。
とりあえず、その場はなんとか収まり、サトシの受け持ちクラスはやっと夕食をとることができた。
サトシは不満ではあったが、あとで教頭に謝罪を入れた方がいいなと覚悟していた。
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