第5話 新入生オリエンテーション①

 山梨県 K高原。


白金女学園の新入生たちは、チャーターしたバスで、合宿所に向かっていた。

同僚の工藤からの情報によると、教頭は毎年のようにこの、新入生オリエンテーションに力を入れているらしい。


「今年も始まりました。楽しい新入生オリエンテーション。これを体験すれば、協同性と何かを学び、立派にわが校の生徒へと成長するでしょう。皆さん、このオリエンテーションで、自己鍛錬いたしましょう」


「はい、教頭先生。今年の新入生も、我々が清く正しい生徒へと導きましょう」


教頭と学年主任である藤原先生の意気込みは、サトシにとってプレッシャーになる存在だった。

例年であれば、ここに校長が参加して、校長が生徒にとって癒しになるのだと、同僚の工藤は出発前に教えてくれた。

しかし、今年の新入生オリエンテーションに校長は参加しない。

おそらく、癒しの存在がいないことで、教頭の熱血さに拍車がかかるだろう。


(教頭の熱心な教育方針が、生徒たちにどれだけ効果があるかは、甚だ疑問だな)


サトシの心配をよそに、新入生たちは遠足気分で盛り上がっていた。


「うわーっ! きれいな大自然ね、桜井さん、見てよあの山脈」


「ほんと、心が洗われるかんじー。桃瀬さん、あの山のずっと向こうはどこかしらね」


桜井は桃瀬に尋ねたのだが、答えたのは夏梅だった。


「あれは南アルプスだから、向こう側は長野県よ」


せっかく張り切って正解を教えてあげた夏梅だったが、桜井や桃瀬たちが知りたいのはそういう答えではなかった。


「夏梅さんったら、現実的すぎー」


「真面目でつまんなーい」


「あら、日本地図に基づいた答えは地理の基礎知識でしょ」


つまらないと言われた夏梅は真面目すぎる答えを基礎知識と主張した。

だが桜井と桃瀬は、そんな夏梅を無視して柚木と一緒に合宿所の話で盛り上がっていた。


「どんな合宿所かなー。楽しみー。柚木くんはどんなところだと思う?」


「ちょっと、あなたたち、わたしの話を聞きなさいよ!」



 合宿所は、K高原の中にあった。

それは、生徒の期待とは裏腹に、だいぶ年季が入ったボロい木造の建物だった。


「柚木くん、ちょっと思っていたのと違うと思わない?」


「誰だよ、西洋風ペンションだって言ったやつ。超えげつねー」


タマゴ特売日でサトシと出会っていた桜井美柑さくらいみかん

彼女と同じ班になったのは、天然パーマのツインテールがかわいい、桃瀬春奈ももせはるな

背が高くてイケメン風な、柚木ゆずきカオル。

この三人が同じ班になっていた。

そして、学級委員でくそ真面目な夏梅京子なつうめきょうこ

同じグループではないが、彼女はなぜかよくこの三人の側に付きまとっている。

その様子を遠くから見ていたサトシは、


(桜井たちの班は、結構個性的な生徒が集まってしまったな。まぁ、世話好きの夏梅が付いていれば大丈夫かな)


サトシはオリエンテーションの班を好きな者同士で決めさせていた。

夏梅は好きな者同士から外れてしまって一人だったが、いつの間にか桜井たちの班にくっ付いて一つの班を形成していた。


生徒たちは、ボロい合宿所に入ると重い荷物をおろし、やっと一息ついた。

そこで、さっそく教頭がパンパンと手を叩いて注意を促した。


「はい、はい、皆さん、一息ついている場合じゃありませんよ! ここからもうオリエンテーションは始まっています。さっそく、この合宿所のお掃除に取り掛かってください。一年分の汚れがたまっていますから、徹底的にお掃除いたしましょう!」


さらに、学年主任の藤原先生が生徒にカツを入れた。


「社会に出たら、毎日掃除するのはあたりまえだぞ。隅々まできれいにするように!」


生徒たちは、あらかじめ決められていた持ち場につき、班ごとに掃除に取り掛かった。


サトシの受け持つ一年A組は、外回りの雑草除去が担当だった。

サトシも大きなゴミ袋を持ちながら、雑草除去に参加した。


(やれやれ、実家の草むしりもしたことがないのに……)


仕事と割り切りながらも、黙々と草むしりをしているサトシとは正反対に、生徒たちは遠足気分だ。

外の美しい景色を見ながらの作業は、彼女たちの気分をいっそう盛り上げていた。

桜井たちは、建物内の掃除よりも外で新鮮な空気を吸いながら作業ができるのは、ラッキーだと言ってキャッキャと喜んでいる。


「本当に綺麗な景色だよね。桜井さん」


「しかし、だるっ! なんでこんな草むしりなんかするのよ。やらなくていいと思わない? どうせまた生えてくるんだし」


「でも、よく考えてみて。他の班より超ラッキーじゃん! どうせわたしたちは、高原を散歩したかったんだもの、一石二鳥ってことじゃない」


「桜井さんも柚木くんも、よく耐えられるね。あー、お腹空いたよー」


「桃瀬さんったら、もうお腹減ったの?」


「だってぇー、あれ? 一石二鳥と浮かれていた割には、柚木くんったら、草むしりのスピード超早くない!」


「フフフ、わたしの自慢話を聞きたい? 実は、町内の草むしり大会で、優勝したことがあるの」


「そんな行事が町内の行事にあるの? 柚木くん、一体どこに住んでるのよ?」


「桜井さん、個人的な情報の詮索はよしましょうよ。それにしても、ここ紫外線強くない? 日焼け止めクリーム持ってくればよかったぁ。やん、日焼けしちゃう。」


サトシは桜井美柑たちのおしゃべりを背中で聞きながら、微笑ましいと思っていた。


「……ねえ、あそこにいる完全武装した人は誰?」


桜井美柑が指さした先には、長袖のシャツに帽子、サングラスとマスク、軍手といった格好で黙々と草むしりをしている生徒がいた。


サトシもその様子を見て警戒した。

もしも、うちの生徒に紛れて不審者がいたら一大事だからだ。

すると、その不審者は突然叫び出した。


「あなたたち、おしゃべりばかりしてないで、ちゃんと草むしりしなさいよ!」


「その声は夏梅さん! あんた、夏梅さんじゃないの? どうしたのよ、その完全武装は!」


「だって、この白い肌を焼きたくありませんもの。これくらい準備してきて当然でしょ!」


「夏梅さん、汗が……ハンパないんだけど」


「大丈夫? のど、乾かない?」


「いいから! みんな、草むしりに集中して!」


不審者ではなく、学級委員の夏梅だとわかってサトシはホッとした。


(やれやれ、焼きたくないからって紛らわしい格好するなよ)




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