第2話 ボッチと他所者


 伊南島に学校施設と言えるものは三つしかない。

 

 一つが保育施設。

 一つが小・中一貫校。

 一つが高校。

 

 昔はもっと数があった、と言うわけでもない。学校教育が行われるようになってからも大方変わっていない。変わったと言えば校舎の使われ方くらいであった。

 

「…………帰りたい」

 

 この島の悪しき特徴として、進学先が極端に絞られていると言うものがある。

 この島から出て行き、数が減ると言うこともあるにはある。親の転勤であったりだ。

 しかし、外からこの島に来ると言うことはほとんどない。

 

「浬……」

 

 先日の入学式の事を思い出しても、見知った顔ばかりがずらりと並んでいた。目新しい顔なんてのは居なかった。

 

「放課後釣り行くべ!」

「お、マジで? 行く行く!」

 

 クラスメイトの話し声を聞きながら丈一は机に突っ伏す。

 

「…………」

 

 彼はこの学年で親しい友人が居ない。

 原因、と言っては気分が悪い。

 幼い頃の自分自身が悪いのだと。そう思っていた方が良い。相手が生きているならまだしも、死人のせいにするなんて。

 

「帰りたい」

 

 クラスメイトの男子の顔を丈一はしっかり覚えている。誰もが小学校以前からの知り合いで、揶揄ってきていた事も忘れていない。

 ただ、子供の悪戯もある時を境にパッタリと止み、腫れ物を扱うようになったのだ。

 

「はあ」

 

 学校の居心地は良くない。

 溜息を幾ら吐いても底がない。

 何がつがいだ。男子も女子も触れたがらない。別に恋人だとかが居なくとも。

 

「こんにちはー……?」

 

 目の前の席で椅子の引き摺る音。

 誰かが座った。

 

「……うぇ?」

 

 かけられた声で丈一は顔を上げた。

 座っていたのは面識のない少女。綺麗な茶髪に紫がかった瞳。

 

「一緒にご飯食べない?」

「俺……?」

「うん」

「な、何で?」

 

 彼の質問に彼女は「楽しい方が良いから」と。

 

「名前、聞いてもいい?」

「え、あ……ああ。穂波、丈一だけど」

 

 自己紹介もしばらくぶりであった。

 見知った顔ばかりのこの場所で新しく名前を覚えてもらおうという事は基本的にない。

 

「わたし、姫崎ひめさき詩歌しいか

 

 名前だけ告げて、少女は自分の机を丈一の机と勢いよく合わせる。

 

「島の友達一号、丈一くんに決めた……!」

 

 詩歌はニヤリと笑みを深めた。

 

「────あの、姫崎さん」

 

 食事を進める中で色々とタイミングに悩んだものの、丈一は気になった事を質問する事にした。

 

「丈一くん」

「な、何でしょう?」

「わたし達、同い年だよ?」

「は、はあ」

「敬語も敬称もいらないって」

「……姫崎」

「うん?」

「あのさ、何で俺と飯食べようって思ったわけ?」

 

 間髪入れずに。

 

「ボッチだから」

「お、おう」

 

 丈一も孤立しているとは思っているが、こうして他の誰かに言われると反応に窮してしまう。

 

「親の都合で来たんだよね、この島」

「それ以外で来ないだろ」

「ははは、たしかに。お父さんお医者さんでね、お呼ばれかかったみたいでさ」

 

 付いてきて、入学までの間で詩歌はこの島を見て回った。

 

「お魚、美味しいよね」

「まあ、海に囲まれてるしなぁ」

「あ、あと温泉も気持ちよかった!」

「……この島の魅力って言ったら、温泉それくらいなんだけどなぁ」

 

 話は盛り上がるが一番気になる部分が出てこない。

 

「いや、何で俺と昼飯をって部分は?」

「丈一くん、せっかちじゃん」

 

 丈一は一瞬、詩歌の脳天に手刀を入れたくなるものの。

 

「あ、ごめんって。本当本当」

 

 謝罪を告げる彼女に、深く息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 

「……やっぱさ。感じるんだよね。他所者よそものだっていう感覚がさ」

 

 馴染めない。

 周囲の関係はとっくに完成されきっている。新しく入ってきた人間が入っていけるかという話だ。

 

「その点は丈一くんはね、良いよ」

 

 ひとりぼっちだし、周りに馴染めない仲間って感じで。親近感覚えるね。

 と、詩歌は嬉しそうに告げた。

 

「……しばらくすれば姫崎の方は友達できるだろ」

「ええ〜、寂しいの?」

 

 詩歌のニヤニヤとした顔に丈一は内心うざったさを覚えながらも、追求を無視する。

 

「しょうがないにゃぁ、お昼だけは一緒に食べようね」

 

 色々と言いたくなるが彼は弁当を食べ進めることにした。

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