お前の番を連れてこい〜私(神)を納得させてみせろ〜
ヘイ
第1話 怪物と少年
日本に属する海に囲まれたとある島。
黒髪の少年は海に向かって走る。空は暗い。
涙を堪えて走る。
切れる息を無視して走る。
意味がない、訳じゃない。
他人から見れば自殺志願者にしか見えないこれも、彼──
「はっ……はっ……」
この島、
海の中に神様が居て、その神様はある事をすると願いを叶えてくれるのだと。
どうやって願いを叶えてもらうか。
海の中に飛び込むしかない。
時代と共に消えていった行為だ。
なにせ、行われているのは人身御供。誰かの犠牲で成り立つ、綱渡りのような安寧。
「…………っ」
靴の中が浸水していく。
丈一は気にしない。
「かみさまっ!」
血迷っている。
海の中に進んでいくなど。止める人間は周囲には居なかった。季節は夏ではない。海で遊ぶ人間が居るとは想定していない。
「おねえちゃんをっ………かえ、し」
波に飲まれる。
きっと。
(ああ……しんじゃうな)
丈一も全く泳げないわけではない。
ただ子供一人、波に押し流されては助からない。
「────ふざけるなよ!」
海の底。
ナニカが上ってくる。
「人間! 昔からお前らはそうだ! 気に入らん! 気に入らん! 何なんだ!」
苛立ちを隠そうともせずに沈みゆく丈一の身体を押し上げていく。海面に向けて。
「貴様らの願いだ! 貴様らでどうにかしろ! 叶わないのなら諦めろ! 自己犠牲だと? お前一人の命にどれ程の価値があるというのか!」
海の怪物は少年を砂浜まで運んでからも文句を垂れる。目を覚まさない丈一に対して一方的に。
「何故冬の海に飛び込んだ! このままでは…………!」
怪物には分かっていた。
海の神と崇められる、この生物には何が丈一を駆り立てたのかを理解できていた。
ここ二百年ほどで人身御供はなくなった。時代にそぐわない行いだったから。島の外部から技術が流れ込み、迷信じみた行いは消えていった。
「私は一度たりとて生贄を求めた覚えはないのだがな」
贄を捧げる行為が続けられたのは理由があった。この神は贄を求めなかったというのに。
「お前が死ぬのを、私は赦さない」
この怪物と当事者のみが知る話であるが、生贄として捧げられた人間は皆怪物に食い殺されると言うことはなかった。
しかし、贄は贄として捧げられた。
島には戻らなかった。
だから、愚かな行いが続いた。
そして神は願いを叶えられる限り、叶え続けた。叶えなければ、きっとそこで直ぐにでも終わっただろうに。
「……冷えてはならぬ」
怪物は姿を変える。
少年よりも少し歳上の少女に。怪物の肌は温もりがないから。冷えた身体は人肌で温めるのがいいだろう。
救命活動もこの姿が適している。
「死ぬな」
懸命な救助が功を奏したのか、丈一の口から水が吐き出される。
「おね、え……ちゃん?」
彼の視界は輪郭だけを捉えていて。
「…………家に帰るぞ」
「うん」
はっきりとは何も分かっていなかった。
「…………いつまで居んだよ」
丈一は高校生になった。
少年の頃に幼馴染の少女を失って海に向かって走ったのを覚えている。
「ん? 丈一、帰ったか」
だから、家のリビングでオンラインゲームを遊ぶ少女と混同はしていない。
「もう六年は経ってるよな?」
「おっと、クソ! やられた!」
リモートコントローラーを隣に投げて、実に悔しそうに少女は顔を歪めた。
「で、ああ……そうだな」
ゲームを遊ぶ彼女はテレビ画面から顔を逸らさずに叫ぶ丈一に答える。
「父さんたちも父さんたちだ」
「六年経つんだから気にするな。今更すぎるぞ、その内ハゲるぞ」
「ハゲないから! 髪ふさふさだから!」
「と言うか仕方ないだろ。私もこの家に来た時に何でか受け入れられてしまってな」
丈一が怪物に救われた日。
怪物が少女を模った日。この少女は丈一をおぶって、彼の家まで来た。家の場所を知らなかった怪物は丈一に場所を尋ねながらどうにか辿り着ついた。
家族にあって、幼い少年を任せて帰ろうとして。
「…………っ!」
丈一は当時のことを思い出す。
風呂場で身体を温めるように言われて、目の前の少女と共に浴室に入れられたこと。そこから段々とはっきり世界が見えるようになって。
「いつまでもジメジメと。お前の大好きだったおねえちゃんの事を忘れろとは言わんが、私が居ることくらいは受け入れろ。全く中学上がってすぐの頃までは添い寝もしてやったと────────」
「うぉおおおい!! 止めろ!」
顔を真っ赤にして必死に止める。
あまりにも恥ずかしかった。
寂しさと孤独感を紛らわせたくて、この少女に縋っていたという事実を今更掘り返されるのは。
「それで、今日は入学式だったろ? いい
「な、何だよ」
「いや、こんな島じゃゲームみたいな出会いはないか」
彼女はハタと思い出して笑った。
「……てか、お前そう言うの興味あるのかよ」
丈一が聞けば、彼女は溜息を吐き出す。
「まあ、聞け。私もな考えがあるのだ」
「おう」
「お前には早いところ
言葉通り、丈一だけはこの少女の正体が何であるかを知っている。
「何でだよ。いつだって戻れるだろ?」
「とにかく、さっさと新しい恋を見つけろ」
「余計なお世話だよ!」
怪物は青い瞳で丈一を見る。
海のような深く、美しい目が捉えて離さない。けれど、それは不快感ではなく。
「な、なんだよ……」
「ハッ……いつまたお前が泣き出すのかと思うとな。心配で心配で海にも戻れんくてな」
「なぁっ!?」
中学生の頃に終わった話を蒸し返されては堪らない。今はもう丈一も大人で、心の整理をつけて生活していると言うのに。
「おま! せっかくポテチ買ってきてやったのに!」
「え!? 本当か!」
「やらん!」
「いや悪かった悪かった! 今日は一緒に寝ような」
「そう言うことじゃないんだよっ!」
丈一はポテトチップスの袋を怪物だったとは思えない少女から遠ざける。
「────ほら、丈一。隣に来い」
ポンポンと彼女は自らの横、ソファの座面を叩く。
「はあ」
「食べんのか?」
「食べるよ。てか俺が買ってきたんだよ」
ゲームをやめて、適当なアニメを流していた。
「
「な……そ、その話に戻んのか」
「揶揄ってるようにしか聞こえんかったかもしれんが、本当に私が言いたいのは……私が居なくなっても孤独ではないように、ということだ」
「……別に孤独じゃないっての。もう俺は大丈夫だし、戻りたきゃ戻れよ」
「嫌だ」
「お前が居たいだけじゃねぇか!」
「違う、断じて違うぞ」
視線が右往左往する。
「ほら、アレだ。
「お前」
「何だ?」
「父さんより父さんしてるよ」
「……私は雌だ!」
神だというがあまりにも表情豊か。丈一は呆れて「てか、どうせゲームとかアニメとかハマって帰るタイミング引き延ばしたいだけだろ」と言う。
「違うぞ? まあ……後、四、五年は待ってやらなくもないがな?」
「おい、最新ゲームハード遊ぶ気満々じゃねぇか」
「ええい! 黙れ黙れ! 何にせよ、お前が大人になって
短い黒髪の彼女は立ち上がり丈一に指差して言う。
「そう! お前は、両親がいながら寂しがっていただろう!」
「うぐっ……!」
「そう言うことだぞ!」
親によって埋められるものではない。
それこそ、丈一にとって『大好きなおねえちゃん』であったから。
この怪物──穂波
「私を納得させる
浬は叫ぶ。
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